
取り崩し投資運用中のQ太郎です。
今回は死ぬまでにお金を使い切るより、口座にお金があったほうが幸福ではないかという話です。
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『DIE WITH ZERO』に反論!口座にお金があるほうが幸福では?
こんなご質問をいただきました。
「Q太郎さんこんにちは。『DIE WITH ZERO』にモノ申します。
死ぬまでにお金を使い切って体験を得た方が幸福だという人がいますが、私は口座にたくさんお金があった方が幸福を感じます。
別に高級料理とか食べたくないですし、旅行にも特に興味ありません。
そもそもお金を使うことで幸福を得るという考え方がおかしいと思います。
お金を使わなくても幸福を得る方法はたくさんあります。そもそもいつ死ぬかわかりませんし、口座にお金があることは安心感につながります。ご意見お聞かせください。」
とのことです。
まずDIE WITH ZEROについて簡単に説明します。ビル・パーキンスという著者が書いた本で、FIRE界隈でも広く読まれています。
主旨としては「死ぬときにお金が残るのは機会損失だ、体験にお金を使え」というもので、特に若いうちの体験には価値があるという主張です。
考え方としては理解できますが、これが全員に当てはまるかというと、そうでもないとQ太郎は思っています。
Q太郎も「お金を使う=幸福」というのは本質的な問題ではないと思います。Q太郎自身はドーパミンが出やすいのか、散歩したり図書館に行ったり、無料のゲームで遊んでも十分幸福が得られたりするわけです。
使う必要があれば使いますが、無理に使う必要はないのですね。幸福の感じ方には個人差があるので、DIE WITH ZEROの考え方が全員に当てはまるとは思いません。
もう少し深い話をすると、人という生き物は所有によって自分のアイデンティティをつくる傾向があります。
持っているものがそのまま自分の存在をつくるわけです。そう考えると、口座にお金がたくさんある=お金持ちというアイデンティティで生きられるということになります。
死ぬときまでお金がたくさんある=お金持ちのまま死ねるということでもあって、それはそれで一つの立派な生き方ではないかと思います。
口座にお金があることによる安心感というのは、実は心理学的にも裏付けがあります。不安が減ることで幸福感が上がるというのは研究でも示されています。
またいつ死ぬかは誰にもわからないので、長生きリスクへの備えという意味でも口座にお金を残しておくのは合理的です。体験を増やして幸福を得るより、不安を取り除くことで幸福を感じる人もいるわけで、それは全然おかしくないと思います。
ただ一点だけ注意があります。お金を使わないこと自体は全然いいんですが、問題は「お金を使わないといけないタイミングで使わないこと」です。
これはたんなるケチになってしまいます。
旅行したいとか、なにかやりたいことがあれば、それはちゃんとお金を使っていきましょう。「使わない」と「使えない」は全然違います。選択肢があったうえで使わないというのが理想です。
まとめ
お金を使うことが幸福かどうかは人それぞれで、DIE WITH ZEROの考え方が全員に当てはまるわけではありません。
口座にお金があることによる安心感も、立派な幸福の一形態です。アイデンティティの観点でも、長生きリスクの観点でも合理的です。
ただし使うべきときに使わないのはケチになるので、やりたいことがあればちゃんとお金を使っていきましょう。
選択肢を持ちながら使わないというのが理想ですね。
