【警告】サイドFIRE「25倍ルール」の盲点。予定通りにいかない人生を生き抜く「Q太郎流・防衛的FIRE術」

side fire

取り崩し投資運用中のQ太郎です。

今回はサイドFIREの問題点と、Q太郎ならどうするかについてです。

Youtubeで観たい方は以下のリンクから。

【警告】サイドFIRE「25倍ルール」の盲点。予定通りにいかない人生を生き抜く「Q太郎流・防衛的FIRE術」
サイドFIREにおける問題点についての動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。チャンネル紹介とブログもやってます。今後ともよろしくお願いいたしますTwitter:
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サイドFIRE「25倍ルール」の盲点

こんなご質問をいただきました。

最近「独身サイドファイアはいくらが最適!?」みたいな動画がたくさん出てくるんだけどそんなもん
(年間の総支出 - 年間の労働収入)× 25
でええやろ、って思いましたが、それだけこの手の動画が量産されてるってことは自分が見落としてる部分もある気がしてきて不安になってきました。Q太郎さんのサイドファイア必要資金動画も見てみたいです。

とのことです。ありがとうございます。その計算式は、Q太郎的には問題がありますが、そのことについてはあとで説明いたします。

4%ルールと25倍について

さて、「年収の25倍がFIRE資金」というのは、いわゆる4%ルールから来ています。資産の成長が毎年4%以上を見込めるなら、毎年4%取り崩しても減らないという話ですね。

このルールは、1990年代の米国で発表された「トリニティスタディ」という研究に基づいています。25倍という数字ですが、数学的には非常にシンプルな逆算で、ようするに100割る4で25という話です。

つまり、「年間支出の25倍の資産があれば、理論上は元本を減らさずに一生暮らせる」という計算になります。研究においては、95%以上の確率で資産が底をつかなかったという結果が出ています。あくまで過去のデータですが、「まあ、4%ぐらい取り崩しても大丈夫じゃね?」という話ですね。

ただこれに対して、質問者様の数式である「(年間の総支出 - 年間の労働収入)× 25」というサイドFIREの話になってくると、ちょっと話が変わってきます。話が変わってくるというか、不確定性が上がってしまうのですね。今回はこのことについて話していきます。

なぜ「2500万円FIRE」はあきらかに厳しいのか

具体的に数字を使いながらサイドFIREについて考えてみましょう。

たとえば、年間支出が200万円、バイトで100万円稼ぐから、不足分の100万円の25倍、つまり「2500万円あれば上がれる」という計算をしていたとします。2500万円でサイドFIREという話ですね。

これには致命的な見落としがあります。それは、あまりにも楽観的な「労働への過信」があります。「労働収入は、あなたの都合よく一定であり続けない」ということですね。先ほどの計算式では、労働収入を変わることの無い「定数」として扱っていましたが、労働収入は定数ではないのです。

「人的資本」の下落という残酷な現実

そもそも、サイドFIREに必要な数千万円という資金が貯まるのは、多くの人にとって40代後半や50代になってからではないでしょうか。

この年齢から、これまでのキャリアを捨てて「未経験の軽い仕事」に移った場合、あなたの市場価値、つまり「人的資本」の評価はピークから転げ落ちるように下がっていきます。

「いつでも、どこでも、好きな時に月10万円くらい稼げる」 そう思っているかもしれませんが、50代の未経験者に用意されている仕事は、往々にして体力を切り売りする重労働か、低賃金の単純作業です。20代と同じ土俵で競い合い、若者よりも低い評価に耐えながら、当初の計算通りの労働収入を維持し続ける。それは「自由な暮らし」というイメージとは程遠い、過酷な現実です。

感情労働の重み

また、数字上の計算には絶対に現れないコストがあります。それが「感情労働の重み」です。サイドFIREを考えるにおいて、この「感情労働の重み」が無視され過ぎている気がします。

40代、50代まで組織の第一線で働いてきた人が、サイドFIREをしてサービス業や単純労働の現場に飛び込んだとき、何が起きるか。それは、「親子ほど年の離れた若者に、あごで使われる」という現実に直面する可能性です。しかもタメ口どころか「おい、おっさん!」とか命令調で接してくるのです。しかも、なんかやっていることが合理的じゃない。仕事が合理的じゃない。

それが大丈夫な人は別にいいんですけど、「自分が現役時代なら、こんなやり方はさせなかった」 そんなプライドや経験が、現場では逆にあなたのストレスを増幅させます。若者にとっては単なる指示であっても、自尊心を削られる感覚に陥る人には、これほど苦痛なことはありません。 そうなると、「月10万円くらい楽勝」と思っていたはずの労働が、精神を蝕む「拷問」に変わります。

そもそもFIREやサイドFIREしたい人って、会社での人間関係が嫌だったりとかの理由があることが多いとは思います。サイドFIREの再就職先で、もっとひどい人間関係があったときに耐えられるのかという問題も出てきますね。

この「感情労働の重み」というのは、サイドFIREするのであれば、よくよく考えた方が良いです。

「前の会社の方がマシだった」という絶望

そして、最悪の結末がこれです。 「こんな重労働をして、こんな惨めな思いをして、たったこれだけの金額しかもらえないなら……前の会社で働き続けていた方が、よっぽど人間らしく、効率よく稼げたのではないか」

自由を求めて檻を飛び出したはずが、たどり着いた先は、前の檻よりも過酷で、賃金の安い「別の檻」だった。 サイドFIREという甘い言葉に誘われて、よく分からない職種に飛び込み、結局は労働に縛られ続ける。「本当にこれで自由になったと言えるのか」という疑問が、毎晩あなたの胸を締め付けることになります。

これを避けるためには、やはり「理想」でFIREするのではなく、サイドFIREするならちゃんと働き先をあらかじめ見つけて、自分が本当に働けるのか調査しておくことが必要です。「思っていたのと違う」みたいな話にならないよう、事前にしっかり調べておきましょう。

まあ、そこまでするんだったら、そもそも「転職」を考えた方が早い気はしますね。おなじ業種での転職なら、収入を落とさずに済みますし、うまくいけば収入上がりますしね。あえてサイドFIREして、なんだかよくわからない仕事に就くよりは全然いいとは思います。

そんなわけで、会社の人間関係が嫌だったら、まずは転職を考えることをお勧めします。「転職したら人生変わった」みたいな人も多いですしね。

「一発当てた人」との違い

もちろん、高齢になってからのFIREではなくて、世の中には20代や30代で「一発当てて大儲けした」という人もいるでしょう。 しかし、そういう大儲けをする才能がある人が、あえて今の仕事を捨てて「サイドFIRE」という選択肢を選ぶ理由はあまり無いとは思います。「FIREしたい理由」の多くが、「仕事を辞めたい」とかの消極的な理由とは思います。

そんな感じで、今の仕事から逃げたい一心で、低予算でのサイドFIREを強行する。その時、一番の敵になるのは、将来の自分自身の「衰え」と「自尊心」です。

「予定通りにいかない人生」を見越したとき、本当の意味であなたを自由にするのは、「(年間の総支出 - 年間の労働収入)× 25」という、ギリギリの労働収入をあてにした不確定な計算式ではありません。

必要なのは「最悪、労働収入がゼロになっても生きていける」という、圧倒的な資産のバッファと、誰のせいにもせず、自分が決めた道を進み、自分を律して生きていける精神の独立です。結構厳しい道になるとは思います。

「労働」が「接点」から「足かせ」に変わる時

サイドFIREの前提である「軽い労働」は、心身が健康で、かつ自分に合った環境があるから成立する「奇跡のバランス」の上に成り立っています。

しかし、20年後、体力が落ち、職場の人間関係が最悪になったとき、その労働は「心地よい社会との接点」から「命を削る苦役」へと変貌します。

もしその時、手元の資産がサイドFIREの「労働収入ありき」のギリギリの計算しかなければ、あなたは嫌な仕事であっても辞めることができません。そうなれば、FIRE前よりもひどいことになりかねません。

結局、お金から自由になるために檻を抜けたはずが、「労働収入という名の細い命綱」に首を絞められ続けることになるのです。「何のためにFIREしたのかよくわからん」みたいな事態になってしまうのですね。

25倍ルールは「退職直前」の数字ではない

「25倍ルール」は、もともと「全資産をリスク資産で運用し続け、労働をしない」ことを前提とした理論です。 そこに、加齢とともに目減りしていく「不確実な労働収入」を組み込んで、ギリギリのラインを攻める。これは、急坂でブレーキが故障している車を運転するようなものです。

サイドFIREにおいて「労働」を固定定数として計算に入れるのは、自分の衰えという自然の摂理を無視した、あまりにも危険な賭けだと言わざるを得ません。

「(年間の総支出 - 年間の労働収入)× 25」の計算式がおかしいのは、年間の労働収入が固定定数になってしまっているのですね。人間はロボットでは無いので、仕事をしたくなくなる時もありますし、病気で仕事にいけない場合もあります。そもそも年も取ります。それらを考慮せずに、労働を固定定数として計算してしまうと、将来的に資産が足りなくなる可能性は極めて高くなります。基本的に労働収入は年齢とともに減ります。

計算式が教えない「人生の不都合な変数」

投資のシミュレーション画面で叩き出す数字と、私たちが実際に生きる「現実」の間には、あまりにも大きな乖離があります。これを考慮せずに、単に数字だけで考えると、とんでもない目にあってしまいます。数式が決して教えてくれない、3つの残酷な変数を整理してみましょう。

インフレという名の「静かな強盗」

まず、インフレの重圧です。あなたが「支出は年間200万円で固定だ」と固く信じていても、インフレが起これば、その分母はあなたの許可なく勝手に膨らんでいきます。支出はある程度は読めるとはいえ、完全な定数では無いのですね。

昨日の100円で買えたものが、今日は110円出さないと手に入らない。この「目減り」に対して、25倍という固定された数字はあまりにも無防備です。

さらに医療費とか、突発的な出費とか、いろいろな支出が発生することもあります。年間支出を多めに計算しているならいいのですが、ぎりぎりの設定だと、何かあったときに生活が回らなくなってしまいます。

社会保険料という「隠れた年貢」

次に、社会保険料の罠です。皮肉なことに、あなたの資産が増えれば増えるほど、それを「守るためのコスト」も上がっていきます。

税金や健康保険料の算出ロジックは、時に残酷です。

額面上の利回りばかりに目を奪われていると、手元に残るはずの可処分所得が、こうした「公的なコスト」によって削り取られている現実に、後から愕然とすることになります。

「孤独」を埋めるための予期せぬコスト

そして、これが最も見落とされがちなのですが、「孤独のコスト」です。 以前の動画でも触れましたが、自由の裏側には、底知れない「孤独」という静寂が広がっています。

その静寂に耐えきれなくなったとき、人は外食や旅行、あるいは衝動的な買い物といった「新しい刺激」を求めます。それは贅沢をしたいからではなく、心の隙間を埋めるための「生存本能」に近い支出です。

数式は、生きるために必要な「栄養素」や「カロリー」は計算してくれます。しかし、あなたの「心のひび割れ」を埋めるために必要な、ささやかな潤いの費用までは計算に入れてくれないのです。

「数字上は足りているはずなのに、なぜか苦しい」 そんな状況に陥ったのであれば、それはあなたが数式という檻の中で、自分の「心」を無視してしまった結果かもしれません。理論は正解を教えてくれますが、幸福までは保証してくれないのです。

Q太郎なら「いくら」で檻を抜けるか?

では、Q太郎がサイドFIREするなら、いくらあれば安心だと考えるのか。 それは単純な数式だけではなくて、ちゃんと自分が快適に、幸せに生きられるかをまず考えます。Q太郎が重視するのは、金額の大きさよりも「レジリエンス」、いわゆる「耐性」の問題です。

サイドFIREするなら、少なくとも再就職先はしっかり調べておきます。本当にやっていけるか、年齢的にいつまで働けるのか、体力は持つのかとか、それらを総合的に考えますね。それで「無理」という結論が出たら、その時点で諦めます。

さらに言えば、サイドFIREする場合でも、Q太郎だったらバケツ戦略でFIRE自体ができる程度には資金を貯めておきます。短期バケツで1年分の生活費、中期バケツで5年分の生活費の確保ですね。毎年200万円であれば、1200万円をまず現金など元本保証された状態で確保します。これで少なくとも6年間生き延びられます。

そして年間100万円稼ぐという皮算用で、長期バケツでは2500万円を株式で運用します。あとは年初に4%取り崩して、短期バケツに入れて補填します。何かあっても中期バケツの5年分の生活費があるので、これで5年間はしのげますしね。その5年の間に再就職とか身の振り方も考えられますし、これならだいぶ安全になるとは思います。

そのため、年200万円で生活するとしても、サイドFIREするなら3700万円貯めてからになりますね。2500万円だと、労働収入がちょっと狂っただけで立ちいかなくなりますしね。

 結び:予定通りにいかないからこそ、「余白」が必要

さて、今回は「サイドFIREの計算式の罠」についてお話ししてきました。

私たちが目指すべきFIREとは、単に通帳の数字を合わせることではありません。それは、誰かに自分の時間を切り売りしたり、理不尽な環境に耐えたりすることから解放され、「自分の人生の主権」を取り戻すことのはずです。

しかし、もしあなたが「労働収入ありき」のギリギリの計算式((支出-労働)×25)を信じ込んでFIREを強行すれば、待っているのは自由ではなく、「労働を辞めることができない」という新しい檻かもしれません。

加齢とともに人的資本は減り、感情労働のストレスは重くのしかかります。予定通りにいかないのが人生です。その不確実性を無視して、数式の「正解」に自分の未来を預けるのは、あまりにも危険な賭けだと言わざるを得ません。

「(支出-労働)×25」という数式。 これ自体が間違っているわけではありませんが、これはあくまで「平穏な海」を想定した計算です。荒波が来たときにあなたを守ってくれるのは、数式の美しさではなく、「多重の防衛策」という名の具体的なバッファです。

Q太郎が提案するのは、労働収入がゼロになっても数年は笑って過ごせる「短期・中期のバケツ」を確保した上でのサイドFIREです。この「6年間の猶予」という圧倒的な余裕があって初めて、サイドワークは「苦役」から「心地よい社会との接点」へと変わります。

この世は無常です。あなたの体も、社会の状況も、常に変化し続けます。 その変化を恐れるのではなく、「変化しても大丈夫なだけの準備」を整えること。 数字の奴隷になるのではなく、数字を「道具」として使いこなし、精神の独立を勝ち取ってください。

皆さんは、この「サイドFIREの労働収入」をどう見積もっていますか? あるいは、数字が狂った時のための「心の保険」をどこに置いていますか? ぜひ、コメント欄で皆さんの生存戦略を教えてください。

数字を味方に、そして自分の人生を自分の手で耕していきましょう。

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