
先日、「見栄の消費」とブランド品についての動画を出しました。
そのときに、コミュニティでこんなアンケートを取りました。
あなたは今、「ブランド品」や「見栄の消費」とどう付き合っていますか?
結果は、かなり面白いものでした。
「興味がなく、全く買わない」が46%。「昔は買っていたが、今は卒業した」が28%。この二つを合わせると、約7割以上の方が、ブランド品からかなり距離を置いていることになります。
一方で、「実用性や品質重視で、結果的にブランド品を買う」が22%。そして、「周囲との交流や自信のために、必要だと思っている」が3%でした。
この結果を見て、Q太郎はけっこう興味深いと思いました。
というのも、このチャンネルの視聴者さんは、ブランド品を単純に敵視しているというより、かなり冷静に距離を取っている感じがあるんですね。
見栄のためには買わない。でも、品質や実用性があるなら買う。昔は買っていたけど、今は必要なくなった。そもそも興味がない。そんな感じです。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。
今回は、このアンケート結果をもとに、「ブランド品を卒業した人が、お金に強くなる理由」について、独自の視点で深掘りしていきます。
Youtubeで観たい方は以下のリンクから。
ブランド品を卒業するとは何か
まず、「ブランド品を卒業する」とは、どういうことなのか。
これは、単にブランド品を買わなくなることではないと思います。
安いものだけを買うようになるとか、高級品を全部否定するとか、そういう話ではありません。
Q太郎が考えるブランド品の卒業とは、他人にどう見られるかで物を選ばなくなることです。
若い頃は、ブランド品が鎧になることがあります。以前の動画でも話したシグナリングですね。自分の持ち物で、自分の社会的ステータスを手っ取り早く表すのに使います。
高級な時計をつけたり、有名ブランドのバッグを持つ。高い服を着たり、良い車に乗る。
こういうものは、単なる物ではなく、社会の中で自分を守る鎧になることがあります。とくに実績の無い若い人たちにとっては、お金を払うだけで社会的ステータスのようなものを得られるわけです。
自信がないときや、周囲から軽く見られたくないとき。自分の立場を示したいときや、人間関係の中でなめられたくないとき。
ブランド品は、自分の代わりに自己紹介してくれる道具になります。
「私はちゃんとしています」
「私はそれなりに稼いでいます」
「私はこの場にふさわしい人間です」
こういうメッセージを、本人の代わりに出してくれるわけですね。
これも以前の動画で話しましたが、ブランド品が必要な場面もあります。仕事や人間関係で、見た目が信用につながることもあります。ある種の業界では、身なりがそのまま名刺のように機能することもあるでしょう。「スーツを着ない詐欺師はいない」というように、偽のシグナリングを出して信用を得ることにも、ひと役買っています。それだけ人は外見を重視してしまうのです。
ただ、年齢や経験を重ねると、その鎧がだんだん必要なくなる人もいます。若い時と違って、それなりに実績や社会的ステータスができあがってくる。
そうなると、自分が何者かを、物で証明しなくてもよくなる。人にどう見られるかより、自分がどう使うかを重視するようになる。見栄のために買っていた物が、ある日急にどうでもよくなる。
これが、ブランド品を卒業するということだと思います。アンケートの「昔は買っていたが、今は卒業した」という方は、実績や社会的ステータスができあがって、ブランドに頼る必要がなくなったというのもあるとは思いますね。
お金に強くなる理由
では、なぜブランド品を卒業した人は、お金に強くなるのか。
一番わかりやすい理由は、支出が減ることです。
ブランド品は高いです。もちろん、品質が良いものもあります。長く使えるものもありますし、修理しながら使えるものもあります。
ただ、見栄のために買うブランド品は、どうしても支出が大きくなりやすい。
しかも、一度その世界に入ると、次から次へと欲しくなります。
時計を買ったら、次はそのブランドのバッグが欲しくなる。バッグを買ったら、服も合わせたくなる。服を買ったら、靴も欲しくなる。車を買ったら、住む場所も気になってくる。
こうして、生活全体が見栄のグレードに引っ張られていきます。50代も超えてくると、いい加減世の中の仕組みが見えてくるので、「そこまで自己主張せんでもええやん」という感じになってくるとは思いますが、若い頃はそうもいかなかったりします。
そんな感じで、一つのブランド品だけで終わらないんですね。
ブランド品というのは、単体の商品ではなく、生活水準全体を引き上げる引力を持っています。実際は長期的なセット販売なのです。ここが怖いところです。
だから、ブランド品を卒業すると、単にバッグ代や時計代が浮くだけではありません。
他人の視線に合わせた生活レベルの上昇、見栄の消費から降りることができます。これが結構大きい。
そして、もっと重要なのは、欲望の主導権を取り戻せることです。
これも以前に話しましたが、人間は、自分で欲しがっているつもりでも、実際には欲しがらされていることが多いです。
広告、SNS、友人関係、職場の空気、同世代との比較、成功者っぽい人の持ち物。
こういうものを見ているうちに、自分も欲しいと思ってしまう。ブランド品の宣伝も、イケメンや美女を使うことで、「このブランドを買えば、自分もこのグループに入れる」と思わせてしまう。
でも、それは本当に自分の欲望なのか。
それとも、他人の視線から作られた欲望なのか。
ここを見分けられるようになると、お金にかなり強くなります。
ブランド品を卒業するというのは、この見分ける力がついてくるということでもあります。
「これは本当に欲しいのか」
「それとも、欲しいと思わされているだけなのか」
この問いを持てるようになる。これがお金に強くなる理由です。
ブランド品は悪ではない
ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、ブランド品そのものが悪いわけではないということです。
今回のアンケートでも、「実用性や品質重視で、結果的にブランド品を買う」という人が22%いました。
これは、かなり成熟した買い方だと思います。
見栄のためや、他人に見せるために買うのではない。使いやすい、長持ちするから買う。デザインが自分に合っているから買う。
結果的に、それがブランド品だった。これは別に問題ないと思います。
たとえば、毎日使う財布やバッグなら、ある程度良いものを買った方が満足度が高いかもしれません。
靴も、安物を何度も買い替えるより、きちんとしたものを手入れしながら使う方が、結果的に安くなることもあります。Q太郎も、昔は適当な数千円のスニーカーを買っていましたが、最近は1万円ちょっとぐらいするスケッチャーズの靴を買うようになりました。靴に1万円も出すのは、昔のQ太郎なら絶対にやらなかったのですが、やっぱりそこそこ高いものは履きやすいのですね。それで結構長持ちする。使用年数を考えると、年換算なら以前よりも安い。ちなみに革靴は履きにくいので買わないです。
そんな感じで、服も、自分に合う定番品が決まっているなら、同じブランドを選ぶ方が迷わなくて済むかもしれません。
これは見栄ではなく、道具としての選択です。
必要なら買うし、不要なら買わない。ただそれだけです。
他人の視線ではなく、自分の生活にとって必要かどうかで決める。
ここが大事だと思います。
買わない見栄にも注意
ここから少し話をひっくり返します。
ブランド品を買わないことは、たしかにお金に強くなる一つの要素です。
ただし、「ブランド品を買わない自分は偉い」と思い始めると、これもまた別の見栄になります。
高級時計やブランドバッグでマウントを取る人もいますが、一方で、ブランド品を買わないことでマウントを取る人もいます。
「まだそんな物にお金を使っているの?」
「ブランド品なんて情弱が買うもの」
「本当にお金持ちは地味だから」
こういう感じですね。Q太郎も正直こんな感じです(笑)
ちなみにQ太郎がアンケートに答えた場合は、「興味がなく、全く買わない」ですね。
でも、これも結局、ブランドを買わないことにあまり執着しすぎると、逆に他人の視線を気にしていることにもなります。
ブランド品を買う見栄と、ブランド品を買わない見栄。
方向は逆でも、根っこは似ています。
どちらも、「自分がどう見られるか」を気にしている。
つまり、お金の使い方を他人との比較で決めているわけです。
本当に自由な人は、ブランド品を買っている人を見ても、買っていない人を見ても、あまり気にしないのではないかと。
自分に必要なら買うし、自分に不要なら買わない。他人が買っていても、買っていなくても、そこにいちいち反応しない。そもそも他人の持ち物とか気にしない。
これが一番強い距離感だと思います。
ブランド品を卒業することは、ブランド品を憎むことではありません。ブランド品に反応しなくなることです。
欲しいなら買えばいいし、いらないなら買わなければいい。
それ以上でも、それ以下でもない。このくらいの距離感が、一番お金に強いと思います。
ちなみにQ太郎がブランド品を買うのが嫌なのは、高いというのもありますが、ロゴの自己主張が強すぎるというのもあるからですね。あくまでQ太郎の感想ですが、「グッチー」とかデカデカと書かれているシャツとか、なんか美少女アニメのイラストがプリントされたシャツを着て歩くのと同じぐらい、いい年したおっさんには勇者な行動だと感じています。勇者レベル99ぐらいでしょうか。「人の目を気にしない」を通り越して、「社会的な死」に巻き込まれそうな感じはあります。
最近はルイ・ヴィトンがロゴ無しのバッグを販売したりしてますが、ああいう製品を増やしたほうがいいんじゃないかなとは思います。とりあえず、おっさん向けにロゴを隠してほしいです。だからユニクロが売れるんだとは思います。
ちなみに京都で、ヨーロッパあたりから来たと思われる観光客のいい年したおっさんが、美少女アニメのTシャツを着て歩いているのを見たことがありますが、本人はめっちゃ誇らしげでした。日本大好きなんだと思います。このあたりも、結局は他人の視線より、本人がどう感じるかが重要なんだなと思いました。このおかたを見て、Q太郎的にはまだまだ修行不足だなとは感じました。観光客だから許されているところもあるとは思いますが、社会的に死なないレベルで、我が道を行くのがいいとは思います。
まとめ
そんなわけで、今回の話をまとめると、先日のアンケートでは、「興味がなく、全く買わない」と、「昔は買っていたが、今は卒業した」を合わせると、約7割以上の方が、ブランド品から距離を置いているという結果になりました。Q太郎も「興味がなく、全く買わない」の部類ですね。
ただ一方で、「実用性や品質重視で、結果的にブランド品を買う」も22%ありました。
この結果から見えるのは、ブランド品を単純に敵視しているというより、見栄のためには買わないけれど、必要なら買うという距離感です。
ブランド品を卒業した人がお金に強くなるのは、節約できるからだけではありません。
他人の視線にお金を使わなくなるからです。
まわりに不快感を与えるレベルの服装はまずいですが、高く見られたい、なめられたくない、成功しているように見られたい、周囲から浮きたくない。そういう理由でお金を使わなくなると、財布はかなり楽になります。
それ以上に、心が楽になります。他人の評価のために買い物をしなくてよくなるからです。
ただし、ブランド品を買わないことを誇りにしすぎても、それもまた別の見栄になります。
必要なら買い、不要なら買わない。
ブランド品を卒業するとは、他人の視線に財布を握らせないことです。自分の決定権を他人に握らせないことです。
皆さんは、ブランド品や見栄の消費と、今どう付き合っていますか。
買わなくなったもの、逆に品質重視で買い続けているものがあれば、よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
