「老後のお金」に疲れたあなたへ:不確実な未来に「正解」を求めない投資家の生存戦略

「老後のお金」に疲れたあなたへ:不確実な未来に「正解」を求めない投資家の生存戦略
老後2000万円問題が4000万円問題になってキリがない感じになってきたことに対する動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。チャンネル紹介ゆっくり実況形式(セルフボイス)についてTwitterとブログ...

このようなコメントをいただきました。

「老後2000万円って言われてたのに、今は4000万円らしいですよ。年金の受け取り開始も、もっと後ろにずれるかもしれないですね」

とのことです。ありがとうございます。

老後の資金を考え出すと、本当にキリがないとは思います。心配が尽きない。

深夜、布団の中で、頭の中だけで年金の受給額から生活費を差し引きしはじめて、結局答えが出ないまま朝を迎えてしまった。そんな感じのコメントも、結構以前にありました。

それで、ふと思ったんですね。これだけ計算して、これだけシミュレーションして、みんな安心できているんだろうかと。むしろ、計算すればするほど、未来が怖くなっていないだろうか、と。

頭いい人ほど不安が多いと言いますが、まさにその通りな感じでして。

エクセルやスプレッドシートを開いて、65歳、70歳、75歳と数字を並べて、物価上昇率を3パターン入れて、それでも「これで安心」というゴールにたどり着かないまま、また新しい数字が出てきて振り出しに戻る。年金をいつ受け取るかを延々と悩みまくる。

夜中にエクセルを閉じたときには、むしろ開く前より不安が増えている。不安を消すために計算したのに、なんか不安が増えてよくわからなくなるわけです。そんな沼に片足を突っ込んでいるかたも、けっこう多いんじゃないかなと思っています。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に振り回されないための生存戦略を日々発信しています。

今回は「不確実な未来に正解を求めない生存戦略」を深掘りしていきます。

・シミュレーションという名の底なし沼

まず整理しておきたいのが、老後資金の計算がなぜ終わらないのか、という話です。

物価高、税制改正、それから自分の健康状態。この三つは、どれだけ精密な表計算ソフトを作っても、Q太郎たち個人ではコントロールできない変数なんですね。

物価が来年どうなるかは日銀にも正確にはわからないですし、わかってたらもうちょっとましな金融政策をやっているわけです。

年金や医療の制度がこの先どう変わるかは、国会の議論次第というところがあります。そしてだいたいろくなことになっていないのは、皆さんもご存じのとおりです。

健康状態にいたっては、どれだけ食事や運動に気をつけていても、事故や病気のようにコントロールできない部分がどうしても残ります。自分が安全運転しても、横からぶつけられる可能性はありますしね。

制度の話でいうと、公的年金の受給開始年齢は、過去にも段階的に引き上げられてきた経緯があります。「今の制度がこのまま続く」という前提そのものが、実はけっこう危うい仮定なんじゃないかと、Q太郎は考えています。今日決まったルールが、20年後も同じ形で残っている保証は、誰にもできないわけです。消費税も増えましたし、健康保険料も増えましたし、年金のゴールもどんだけ動かされたかという話ですね。

物価にしても同じで、スーパーに行くたびに、同じ卵のパックの値段が去年よりじわじわ上がっている。あの感覚は、頭の中でどれだけ精密な将来予測を立てても、結局は現場の値札のほうが先に動いてしまう、というわかりやすい例だと思います。

日本は卵が1パック300円ぐらいで買えるので、まだまだ安いほうですが、台湾とかニュージーランドとか、海外はガンガン値上げしていきますね。台湾だと1パック500円ぐらい。ニュージーランドだと千円ぐらいします。しかも海に囲まれているくせに、魚が高い。適当な切り身で千円ぐらいする。輸入もとなのに、なぜか日本よりキューイやバナナが高い。わけがわからない。

話を戻しまして、将来の物価とかの予測が外れたことを責めても仕方なくて、そもそも予測しきれない前提でお金の計画は立てるものなんじゃないかと。

老後資金のシミュレーションというのは、ドラクエとかのRPGのように、レベルを上げても上げても、次のフロアに行くと敵がさらに強くなっていく感じに似ているところがあるんですね。

「あと10レベル上げれば安心」と思って上げてみると、次のフロアの敵の強さもまた上方修正されている。ラスボスの手前まで来たと思ったら、実はさらに奥に隠し部屋が続いていた、というやつです。ゴールが常に一歩先に逃げていく構造になっているわけです。

ゲームはそうやってプレイヤーを楽しませてくれるからいいんですけど、現実でこれをやられても、全然うれしくないわけです。

ドラクエは買い切りのゲームなのでまだいいですが、老後問題はさらにエグくて、基本無料ゲームと似た構造になっています。最初は無料で遊べますよと言っておいて、「あと500円課金すれば次のステージに進めます」を繰り返しているうちに、気づいたら財布からいくら出したかわからなくなっている。そしてゲームに終わりがないわけです。終わりがないように設計されているからです。

老後資金のシミュレーションも、「あと100万円積み立てれば安心」を繰り返しているうちに、いつまでも「あと少し」から抜け出せなくなる感じですね。でも、いくらやっても結論が出ない。あくまで予想なので、結論なんかあるわけがないですね。

そんな感じで、コントロールできないものに心を砕くというのは、今というかけがえのない時間を、静かにドブに捨てているのと同じ状態なんじゃないかと、Q太郎は思っています。

最近はショート動画とかも流行ってきて、うちのチャンネルでのしばらくやってみたんですけど、Q太郎的にあまり合わないなと思って、しばらくやめることにしました。縦画面で作るのが面倒ですし、なんか合わない。

それでショート動画をひたすらスクロールして、色々な数字や情報をザッピングしていく視聴のしかたがありますよね。夜、寝る前に30分もスクロールし続けたのに、終わったあとに「結局何を見たんだっけ」となるわけです。

以前、「FANZAで散財したかた」の動画でも近い話をしたことがあるんですが、ああいう表面的な情報を大量にインプットしても、そこから実際に得られる安心感はごくわずかだったりするんですね。ああいう表面的な情報の断片をいくら集めても、実は心はあまり満たされないんじゃないかと思うんです。大切なのは、数字そのものよりも、自分の人生の「手触り」を感じられているかどうかなんじゃないかと。つまりFANZAでは、多数の動画を切り貼りした、時間の長いベスト盤とか総集編は、満足度が低いし、内容も覚えていないので買うなと。

たとえば、Q太郎自身、エクセルで資産シミュレーションをひたすらしていた時期がありました。でも、やればやるほど不安な気持ちになって、肝心の「今日は何を楽しもうか」という感覚がどんどん薄れていったのを覚えています。

数字を追いかけているつもりが、いつのまにか数字に追いかけられている状態になっていたんですね。

それでここからが、今回Q太郎が一番言いたいところなんですけど。

「いくらあれば安心か」という問いには、この不確実な世の中では、たぶん永遠に正解が出ないんじゃないかと思っています。正解を探せば探すほど、逆に不安が育っていくというパラドックスから、いったん降りてみるという選択肢があってもいいんじゃないかと。

実際、Q太郎が老後シミュレーションをやめても、なにも困らなかったわけです。むしろ、無駄な時間が減りました。

・投資家としての「余白」の作りかた

では、計算をやめたあとに何をすればいいのか、という話に移ります。

一つ目は、「足るを知る」という言葉の意味を、自分のサイズで測り直すことです。資産額の目標を追いかけるのではなく、「Q太郎は何があれば笑っていられるか」という、もっと小さい単位の幸せを先に定義してしまうという考えかたです。

温かい味噌汁が一杯あることとか、そういう具体的で小さい単位のほうが、実は「安心」の実感に直結しやすいんじゃないかと思います。

これが「資産1億円」という目標だったら、達成した瞬間にまた次の目標が欲しくなるわけですね。キリがないので、小さくて具体的な幸せのほうが、実はコストパフォーマンスがいいわけです。

二つ目は、健康への投資です。結局のところ、老後における最大のコストカットは、健康で自立していられる状態を長く保つことなんじゃないかと、Q太郎は考えています。というか、これがすべてじゃないでしょうか。

老後シミュレーションに使っていた時間を、そのまま散歩や睡眠に振り分けたほうが、数字上のリターンも高いんじゃないかと思うわけです。将来の医療費を下げてくれる可能性が高いわけですしね。

三つ目、これはQ太郎の実体験に近い話になるんですが、「朝5時半の静寂」という感覚があります。この時間帯は、街も情報も、まだ騒がしくなる前の静けさがあるんですね。ニュースサイトも、SNSのタイムラインも、まだ人が動き出す前でどこか間延びしている。そんな静けさの中で、読書とか自分の好きなことをやっていると、なんとも言えず満ち足りた気分になるわけです。なんか早朝ってテンション上がりますよね。

これが8時とか9時になってくると、通知は鳴るし、ニュースの見出しは煽り気味になってくるし、情報の温度が一気に上がってきます。同じニュースでも、5時半に読むのと9時に読むのとでは、受け取り方がまるで違う。8時の投稿のような喧騒に自分から飛び込まなくても、自分のペースで一日を始めることができる。ああいう落ち着きの中にいる時間を、意識して増やしていくことが、案外いちばんの豊かさなんじゃないかと感じています。

毎日早起きする必要はありませんが、たまに午前五時とか早起きすると、テンションが上がるわけです。散歩するとさらにテンションが上がる。FIREや早期退職して時間がある人は、たまに超早起きしてみてください。まさにハレとケのハレですよ。

そんな感じで、情報から少し距離を取って、自分のペースを取り戻す。これが、不確実な未来に対する、Q太郎的な余白の作りかたです。

「足るを知る」も、「健康への投資」も、「5時半の静寂」も、共通しているのは、コントロールできない未来の数字ではなく、コントロールできる今日の行動のほうに意識を向けているという点です。未来の正解を先に決めてから動くのではなく、今日できることを積み重ねた結果として、未来がついてくる。そういう順番のほうが、この不確実な時代には合っているんじゃないかと、Q太郎は思っています。

・まとめ

そんなわけでまとめると、老後資金の計算には、この不確実な世の中である以上、完璧な正解はたぶん出ません。コントロールできない変数に心を砕くよりも、「何があれば笑っていられるか」を自分のサイズで定義して、健康という土台に投資して、情報の喧騒から少し離れた自分のペースを持つこと。この三つのほうが、実は一番効く生存戦略なんじゃないかと、Q太郎は思っています。

冒頭でお話しした、布団の中で頭の中だけで計算を続けて、答えが出ないまま朝を迎えてしまう夜。ああいう夜が減るだけでも、けっこう人生の質は変わるんじゃないかと、Q太郎は思っています。少なくとも不眠症は避けられる。

みなさんは、老後資金のシミュレーションをするとき、途中で「これ以上考えても仕方ない」と手を止めたことはありますか。それとも、とことん数字を詰めたほうが安心できるタイプでしょうか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。

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