
こんなご質問をいただきました。
「老後のお金ですが、どこかで支出のピークが来て、そこから支出は落ちていきます。外へ出ることも少なくなりますし、物欲も減ります。貯め込みすぎも危険なので、健康寿命をピークに考えるのはどうでしょうか?」
とのことです。ありがとうございます。
老後に備えてコツコツと資産を積み上げ、新NISAも活用し、株式も持った。65歳の時点で、5000万円の資産があったとして、そのかたが80歳になったとき、資産はいくらになっているでしょうか。
増えているかもしれません。運用が続いていれば7000万円かもしれない。1億に届くかたもいるでしょう。
では、そのかたは幸せでしょうか。
80歳のそのかたは、行きたかった場所に行けたでしょうか。食べたかったものを食べられたでしょうか。会いたかった人に会えたでしょうか。
質問者さんが懸念しているように、ここに、多くの資産形成が見落としている、根本的な問題があります。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。
今回は「健康寿命とお金」を深掘りしていきます。
・「死ぬ時が一番金持ち」という皮肉な現実
資産形成の世界には、笑えない冗談があります。
このチャンネルを見ているかたならご存じの、「死ぬ時が一番金持ち」です。
一生懸命節約して、投資して、複利を育てた結果、お金を使う体力も、使いたいという意欲も、すでに失われた状態で最大の資産を迎える。これは冗談ではなく、多くのかたが実際に直面している現実です。
「Die with Zero」にも書いていますが、ほとんどの人が資産の11%ほどしか使わずに亡くなるそうです。しかもこれは裕福層だけでなく、貧困層もおなじなのだそうですね。
他の視聴者さんのコメントにも、「60代になって、欲しいものがなくなりました」や、「お金を使いたいという気持ち自体が薄れてきている」といったものがありました。
このコメントを読んで、どう感じますか。欲が薄れることを「悟り」と受け取るかたもいるかもしれません。しかし一方で、欲しいものがなくなったのではなく、欲しいと感じる感受性が、少しずつ摩耗していったのではないかとも考えらえます。
Q太郎自身も結構摩耗している方ですが、興味があることにはちゃんとお金を使うようにはしています。
資産形成のゴールは「数字の最大化」ではないはずです。お金は使ってはじめて意味を持ちます。以前も言いましたが、お金は道具であり、商品券でしかありません。
商品券には有効期限があります。その期限内に使い切れなければ、その商品券は紙くずになります。
お金は有効期限がないのでそのあたりを勘違いしてしまうのですが、やはり有効期限はあって、それはあなたの健康であり、あなたの寿命です。使える体力と意欲があってはじめて「価値」に変換できます。
・お金を価値に変える能力の賞味期限
たとえば旅行を考えてみましょう。「Die with Zero」では若い人の旅行の話が出てきましたが、ここでは60代と80代で考えてみましょう。
60代のうちに行くヨーロッパ旅行と、80代で行くヨーロッパ旅行は、同じ旅程であっても、身体が受け取れる価値はまったく異なります。10時間を超える長時間フライト。着いたはいいけど、道路は石畳の道でクソ歩きづらい。観光地での長い行列。日本のように便利なサービスや親切な店員もいない。お釣りとか、場所によっては投げて渡されますからね。
60代なら楽しめるものが、80代では苦行になることがある。「行けたけれど、疲れただけだった」という話は珍しくありません。
ちなみにQ太郎はもうすぐ80歳になる父を台北へ連れていったことがありますが、本人以上にQ太郎が苦行でした。空港内の移動は車いすを使いましたね。
排泄の問題もありますし、とにかく大変です。台北まで飛行機で片道3時間程度でも苦労したので、ヨーロッパとか正直考えたくもありません。そんな長時間、飛行機に乗れる気がしません。
食事もそうです。60代のうちは、美味しいものを食べれば素直に感動できます。新しい料理に挑戦する好奇心もある。しかし年齢が進むにつれて、消化機能が落ち、食が細くなり、「これが食べたい」という欲求自体が弱まっていきます。奮発して予約した高級料理店で、「量が多くて食べきれなかった」という経験をしたかたもいるのではないでしょうか。
Q太郎の父は幸い食欲はあるほうなので、このあたりは問題無いですが、そうじゃないと旅行に行っても楽しめないことが多くなります。
趣味についても同じことが言えます。ゴルフが好きなかたが、70代後半になって体力的に18ホール回れなくなる。山登りが好きだったかたが、膝を痛めて低い山しか行けなくなる。「もう少し若いうちにやっておけば」という後悔は、お金ではなく、時間と体力への後悔です。
これは医学的な事実でもあります。日本人の平均健康寿命は、男性で約72歳、女性で約75歳とされています。平均寿命との差は、男性で約9年、女性で約12年です。つまりこの差の期間は、介護が必要であったり、自由に動けない状態であったりする可能性が高い。
すでにQ太郎の父が厳しい状態になっています。まじで甘く見ないほうがいいです。いや、本当に。「今の自分の健康が、未来永劫、続くと思うなよ」と声を大にして言いたいです。なめるなと。
お金を自由に、価値に変えられる時間は、60代から数えて10年から15年程度しかない可能性が高いのです。この現実を、資産計画に組み込んでいるかたは、意外なほど少ないのです。
・黄金の10年をどう使うか
60歳から70歳。あるいは定年退職から健康寿命まで。Q太郎はこの期間を「黄金の10年」と呼んでいます。
この10年は、体力も気力もあり、時間もある。資産も十分に積み上がっている。人生の中でこれだけの条件がそろう期間は、実はほとんどありません。
現役時代はお金はあっても時間がなかった。子育て期間はお金も時間も足りなかった。そして80代は時間はあるが、体力がない。
60代から70代の10年は、三拍子そろった、人生最後の黄金期と言えます。これを使わないのは、本当にもったいないとは思います。
しかし、多くのかたがこの時期に「まだ早い」という感覚で、お金を使い始めることをためらいます。「もう少し増やしてから」「もう少し安心してから」ですね。
某知り合いは、定年後に夫婦で世界一周旅行をしようと、長年計画していました。
65歳になったとき、「もう少し資産が落ち着いてから」と先延ばしにしました。
68歳のとき、奥さんが膝の手術をすることになりました。
70歳のとき、ご本人が腰を痛めました。「世界一周」は「国内旅行」になり、「国内旅行」は「近所の温泉」になっていった。
べつにそれも悪くはないのですが、問題はお金も時間も十分にあったことです。足りなかったのは、判断の速さと健康でした。
私たちはどうしても、お金を物差しにして物事を判断してしまうので、こういうことが起きてしまうのですね。
お金の物差しを持つことは必要ですが、資本主義社会だと、なんかそれしかないみたいな感じになっています。判断基準が全部お金の物差し。
それ以外の価値観の物差しもいくつか持っておいて、多角的に判断していくことが重要とQ太郎は思います。
・健康寿命から逆算する出口戦略
では、どう考えればよいか。
出口戦略を「資産をいつ取り崩すか」ではなく、「お金を価値に変えられる期間から逆算して、資産のピークをどこに置くか」として設計し直すことが必要です。これが質問者様の言いたかったこととは思います。
具体的に言うと、「80歳で資産が最大になる計画」は、目的に対してずれています。
80歳の時点で資産が最大化されても、その資産を十分に価値に変えられる確率は、60歳のときより大幅に低くなります。
むしろ「65歳から70歳あたりで資産のピークを迎え、健康寿命の間に積極的に使う」という逆転の発想が、資産形成の本来の目的に沿っているとは思います。
もちろん将来どうなるかわからないので、節約することが悪いということではありません。ただ「お金」を中心に物事を考えてしまって、つまりお金の物差しで物事を考えてしまって、本来お金も時間も十分であったにもかかわらず、お金を節約するためにやりたいことをやらなかったというのは、人生としてどうなのかなという話です。
やりたいことがなければ貯金をすればいいですが、そうじゃなかったら、ちゃんと考えて動いたほうがいいとは思います。時間は待ってはくれませんしね。
・節約癖を解除する哲学
そしてもう一つ、資産形成を長く続けてきたかたが持っている課題があります。節約が習慣化しすぎて、お金を使うことへの罪悪感です。
以前、アンケートをとって、その結果を動画にしましたが、Q太郎も含めて、お金を使うに罪悪感を覚える人は多数派なのですね。
とくに長年「使わないことが正義」として生きてきたかたにとって、お金を使うことは本能的に「悪」に感じられます。たとえ使える余裕があっても、財布のひもが自然と固くなる。レストランでメニューを見て、「これは高い」と感じた瞬間に、食べる前から気持ちが萎縮してしまう。食べたとしても楽しめない。
この感覚は、資産形成の局面では完全に正しい行動でした。しかし出口の局面では、同じ行動が逆効果になります。増やすための哲学と、使うための哲学は、まったく別物です。
使うことへの罪悪感を解除するためのひとつの考え方は、言葉を変えることです。このチャンネルを観てくださっているかたの多くは投資家ですので、投資と考えたほうがいいでしょう。
「旅行費用」ではなく「記憶への投資」。「家族との外食費」ではなく「関係性への投資」。「ジムの会費」ではなく「健康寿命を延ばすための投資」。S&P500やオルカンを買う感覚です。お金以外の物差しへの投資ですね。
言葉を変えるだけで、脳の反応が変わります。行動経済学の研究でも、同じ出費でも「消費」と感じるか「投資」と感じるかで、満足度がまったく異なることが示されています。
さらに実践的な方法として、「経験予算」を設けることも有効です。これも以前に言いましたが、毎月の生活費とは別に、たとえば月5万円を「経験専用口座」に移す。この口座から使い切れなかった分は、翌月に繰り越さない。強制的に使う仕組みを作ることで、節約癖の回路を少しずつ上書きしていくことができます。このあたりは自分でルールを設定すればいいでしょう。
・まとめ
そんなわけでまとめると、資産形成において見落とされがちなのは、「お金を価値に変える能力」には賞味期限があるという現実です。健康寿命を無視して数字の最大化だけを目指した結果、使えるお金と使える身体のタイミングがずれてしまう。
60代から70代の黄金の10年間は、体力・気力・時間・資産が重なる、人生最後の黄金期です。健康寿命から逆算した出口戦略を設計する。そして節約癖を「経験への投資」という言葉で上書きしていく。これが、後悔のない資産の使い方だと私は考えています。
皆さんは、老後のお金の使い方について、どのように考えていますか。「まだ使えない」という感覚があるかた、あるいは「もう使い始めている」というかた、よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
