なぜ「買わない」のが一番幸せなのか?買い物中毒をハックするお金の哲学

なぜ「買わない」のが一番幸せなのか?買い物中毒をハックするお金の哲学
「買い物中毒の人は持っているもの(所有欲)よりも、これから持とうとしているものに重点を置いている。これは所有欲の観念に対して矛盾していないか」との質問に対する動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。チ...

視聴者の方から、こんなご質問をいただきました。

「買い物中毒の人たちは、すでに持っているものではなく、これから欲しいものに対して執着があると思います。私も欲しい物がありますし、所有していないものに対する執着はどう考えればいいのでしょうか?」

とのことです。ありがとうございます。

前回の動画で「所有物は拡張された自己だ」という話をしましたが、買い物中毒の人を見ていると、すでに持っているものに執着しているわけではないのですよね。むしろその逆で、次々と新しいものを欲しがっています。

「人は所有物に執着する」という話からすると、ちょっと矛盾した行動にも感じられますね。今回は、ここを深掘りしていこうと思います。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。

今回は、「所有」と「欲望」の違いを深掘りしていきます。

・これまでの話のおさらい

これまでの動画で、「所有物は拡張された自己である」という話をしました。人が自分のものを手に入れると、脳はそのモノを「自分の一部」として処理します。だから、サンクコストの罠から抜け出せないのも、授かり効果が起きるのも、すべて「自分の一部を切り捨てることが困難だから」という構造から来ています。

ただ、今回の質問者の方は、鋭いところを突いてきています。

買い物中毒の人は、すでに持っているものへの執着ではなく、まだ持っていないものへの執着が強い。所有しているものよりも、これから手に入れるものへの強い欲求です。

これは、所有欲とは、実はまったく別のメカニズムで動いているのですね。

・所有欲とドーパミン欲望の違い

脳の中で、「モノを所有すること」と「モノを欲しがること」は、まったく別の回路で動いています。

まず「所有欲」の方ですが、前回の動画でも話しましたが、人間は自分のものを「拡張された自己」として脳が処理します。自分の一部になる、ということです。だから手放すことが痛い。

たとえば、10年使い込んで傷だらけになった財布を捨てられない、という経験はないでしょうか。客観的に見れば、同じ財布を新品で買えば済む話なのに、なぜか手放せない。あるいは、誰かに自分の愛着のあるコップを割られたとき、同じコップを500円で買えるとわかっていても、なんとなく腹が立つ。

これが所有欲です。すでに自分の一部になっているものを失うことへの抵抗感です。

次に「ドーパミン欲望」の方です。

こちらはまったく構造が違います。まだ持っていないものへの欲求で、「手に入れようとしているとき」に快楽が最大化されます。「手に入れたとき」ではなくて、「手に入れようとしているとき」というのがポイントですね。

わかりやすい例を出すと、新しいスマートフォンが発表されて、「欲しいな」と思っているとき。発売日を調べて、レビュー動画を見て、カラーを悩んで。その過程がすごく楽しいわけです。Q太郎もそうですが、欲しい物を調べている過程が一番楽しい。それで実際に手に入れると、最初の数日は嬉しいけれど、一週間もするともうそれが日常になってしまう。

「手に入れる前の方が、手に入れた後より興奮していた」という経験、Q太郎も含め、多くの人に身に覚えがあるのではないでしょうか。

これがドーパミン欲望の特徴です。快楽の源泉が「獲得の期待」にあるので、手に入れてしまうとドーパミンが収まってしまう。

ここが所有欲との決定的な違いです。

所有欲は「すでに持っているものを手放したくない」という引力で、ドーパミン欲望は「まだ持っていないものを手に入れたい」という推進力です。方向がまったく逆なのですね。

端的に言うと、持っているものへの執着は「アイデンティティ」の話で、欲しがることへの執着は「ドーパミン」の話。起源がまったく違う。別ものなわけです。

・サルトルが気づいていたこと

フランスの哲学者サルトルは、こんなことを言っています。

「人間はすでに持っているものの総和ではなく、まだ持っていないもの、今後持とうと思っているものの総和である」

これは、もともとは「人はすでに持っているものの総和である」という言葉をもじったものです。サルトルは、人間の本質は「所有」よりも「欲望」の方にあると見抜いていました。

これは、日常のどこにでも転がっています。

欲しいスニーカーがあったとします。毎日ネットで調べて、色やサイズを比べて、セールを待って、やっと買う。届いた瞬間はうれしい。でも1週間後には、もう次に欲しいものを探しているんですね。あの「調べているとき」の高揚感は、手に入れた後には続かない。

ゲームで言えば、レアアイテムを何週間も追いかけて、ようやく手に入れたとき。あの瞬間の興奮は、次の日にはもう消えています。

オリンピックなんかでも、苦労して金メダルを取ったのに、その高揚感は二週間ぐらいしか続かないと言われています。すぐに日常になってしまうわけです。

サルトルはこれを哲学として観察していましたが、脳科学はあとからその理由を解明しました。ドーパミンは「手に入れること」ではなく「手に入れようとすること」に反応する物質だったからです。サルトルが言った「欲望の方が本質だ」という直感は、神経科学的に正確だったわけです。

つまり、ドーパミン欲とは「物が欲しい」のではなく、「追いかけているという感覚が欲しい」という欲望なんですね。

・ドーパミンとは何か

ドーパミンは「快楽物質」と紹介されることが多いですが、正確には「期待」や「予測」に反応します。何かを得るという期待、新しい何かに出会うという予測。そのときに大量に放出されるのがドーパミンです。

つまり、ドーパミンが一番出るのは「手に入れたとき」ではなく、「手に入れようとしているとき」なのです。

手に入れるまでが楽しくて、実際に手に入れたらもういいや、というのはまさにこのドーパミンのメカニズムで説明できます。

・ブラックフライデーとドーパミン

YouTubeを見ていると、アメリカのブラックフライデーのセールで客同士が殴り合いをして商品を取り合っている動画があります。「なぜそこまでするの」と思う方も多いと思いますが、ドーパミンが全開になった状態がまさにあの映像です。

「手に入れようとしているとき」に最大限にドーパミンが出る。しかもドーパミンは、意思決定や欲望を抑える前頭葉にも作用するので、リスクを無視してリターンを求める行動を引き起こします。殴り合いをしてまで商品を取ろうとするのは、前頭葉が働かなくなって、合理的な判断が抑制されている状態だからですね。

・Steamセールと積みゲーの話

身近な例で言うと、SteamのサマーセールやウィンターセールでPCゲームを買い込んでしまう経験、ゲーマーの方には心当たりがあるのではないでしょうか。Q太郎もあります。

セールが始まると、「どんなゲームが安くなっているか」を調べているだけでドーパミンが出ています。新奇性を求めるドーパミンのメカニズムです。そして「安い、買わないと損だ」とカートに入れまくる。

ところが実際に遊ぶのは一本か二本で、残りはずっと積みゲーになっていく。冷静に考えると、遊びたいタイミングに定価で一本ずつ買った方が、結果的に使うお金が少なかったりします。ゲームは一度に何本も遊べるものではありませんしね。

セールで節約したはずが、ドーパミンに乗せられて総額では散財している、という構造です。

・楽しみを追い求めることの方が楽しい

「人はなぜ物を欲しがるのか」の著者ブルース・フッドは、こう述べています。

「私たちは楽しむことより、楽しみを追い求めることに、はるかに多くの時間を費やしている」

これ、本当にその通りだと、Q太郎は思います。私たちは、楽しみをさがすことに、時間を使い過ぎているのですね。本好きな人やゲーマーには刺さる言葉ではないかと思います。

本もゲームもたくさん持っている。

でも、今持っているゲームを遊んだり、今持っている本を読んだりするよりも、どんな新しいゲームが出るか、セールでどんな作品が安くなっているか、次にどんな本を買おうかというようなことに、時間を使いがちです。

それで、ゲームをプレイしたり、本を読んだりする時間はそんなに長くない。本末転倒が起こっているわけです。

実際にモノを手に入れて楽しむよりも、手に入れようとしている間の方がドーパミンが出ているからです。だから積みゲーになる。手に入れた瞬間に、ドーパミンは収まってしまいますからね。

・新奇性の進化的な意味

ただ、新しいものを追い求める欲望は、一概に悪いとは言えません。

人間が進歩してきたのも、この新奇性を求めるドーパミンがあるからです。新しい土地を探検しようとする、新しい技術を作ろうとする、誰もやっていないことを最初にやろうとする。

何かを最初に成し遂げるということは、「最初に成し遂げた人」という栄誉を獲得することでもあります。ホモサピエンスの拡張への意欲は、このドーパミンで動いているとも言えます。

・ラットと電極の実験

ドーパミンの強さを示す有名な実験があります。

ラットの脳内の報酬系に電極を差し込み、ラット自身がボタンを押すと電気刺激が与えられるようにします。するとラットは飲食も忘れ、ひたすらボタンを押し続けます。眠ることも食べることも後回しにして、ドーパミンを刺激し続けるのです。

それだけドーパミンのメカニズムは強い。前頭葉の理性的な判断を上回ってしまうことがある。

買い物中毒の人が「わかっているけどやめられない」という状態になるのも、ドーパミンのメカニズムから見ると、意志の弱さだけの問題ではないのです。前頭葉の機能が低下し、この「ボタンを押し続けるラット状態」になってしまっているのですね。

・買い物中毒の構造

整理すると、買い物中毒は「所有欲」ではなく「ドーパミンへの依存」です。

快楽は獲得そのものではなく、獲得するという期待から生まれます。手に入れようとしているとき、セールを眺めているとき、そのときが最も快楽が高い。

そして獲得してしまうと、ドーパミンは収まってしまう。だから次の獲物を探す。また新しいものを欲しくなる。手に入れたらまたドーパミンが収まる。

構造的にキリがないわけです。どれだけ所有しても、ドーパミン的な快楽は満たされません。だって、所有したらドーパミンが収まってしまいますしね。

仏教でいうところの「渇愛」ですね。もっともっとと求め続ける。こうして人生が物に支配されていくわけです。

それでQ太郎が思うに、「買わない」という選択肢が一番合理的なんじゃないかなと思います。

買わなければ、結果的にドーパミンが出続けます。買い物中毒でドーパミン快楽が欲しい人は、「買わない」という選択肢が一番いいんじゃないかとは思いますね。買い物中毒の方がいましたら、ぜひ試してみていただいて、結果を教えていただければと思います。

・まとめ

今回の質問への答えをまとめると、「所有していないものへの執着」と「所有欲」は、脳の中でまったく別のメカニズムで動いています。

所有はアイデンティティの話で、欲しがることはドーパミンの話です。

ドーパミンは獲得の期待に反応するので、手に入れた瞬間に快楽が収まり、次の獲物を求めることになります。買い物中毒の構造は、まさにここにあります。

対処としては、ドーパミンのメカニズムを知っておくこと。「今これが欲しいという気持ちは、ドーパミンが出ているだけかもしれない」と一度立ち止まって考えてみる。それだけでかなり判断は変わります。

そして、今すでに持っているものの中に、まだ楽しめていないものがないかを確認する。積みゲーや読んでいない本が山積みなら、欲しがることへの快楽を優先している証拠です。

それで逆にこのドーパミン欲望を利用して、買い物中毒の人は「買わない」ということで、ドーパミンを出し続けるというのもいい方法なんじゃないかと、Q太郎は思います。買わないかぎり、ドーパミンが出続けますしね。一番合理的な方法とは思います。

皆さんは、「欲しくて手に入れたけどほとんど使っていないもの」はありますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

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