50代からの「無駄」こそが人生の配当:趣味にお金を使う哲学

 

最近、ちょっと面白い気づきというか、自分でもいつの間にかそうなっていた、という話をしようと思うんですね。

Q太郎はここ数年、スコーンを焼くんですよ。正確には「焼き始めた」というほど気合いがあるわけでもなくて、気がついたらなんか焼いていた、という感じなんですけど。

スコーン一個、材料費でいえば数十円。仕込みから焼き上がりまで1時間以上かかります。近所のカフェに行けば、もっとちゃんとしたスコーンが400円で買えるんですね。効率で計算したら完全に負けてるわけです。

でもQ太郎は焼くんです。なんでかって言うと、「スコーンを焼いている1時間」が、なんとなく自分に戻ってくる感じがするんですよ。今回はその「無駄な1時間」の話です。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。

今回は50代からの「無駄」と「配当」という少し変な話をしていきます。

・効率という思考回路の罠

Q太郎チャンネルを見てくださっている方の多くは、資産形成に真剣に取り組んでいる、あるいは取り組んできた方が多いと思います。新NISAで毎月積立、iDeCo満額、生活費の最適化、保険の見直し。1円単位で効率を詰めてきた、という人もいるんじゃないでしょうか。

その姿勢は正しいんですよ。資産形成の段階では、効率こそが武器になります。タイパ、コスパ、利回り、複利。この思考回路が、資産を確実に育てていく。

ただ、Q太郎がここ数年で気になっていることがあって。その「効率という思考回路」が、ある段階で逆に足を引っ張り始めるケースがある、という話なんですね。

具体的に言うと、FIREした後、あるいは50代60代になってお金がある程度貯まった後に、今度は「使えなくなる」という問題が出てくるんですよ。

趣味にお金を使おうとすると、頭の中でコスパ計算が始まる。旅行に行こうとすると「この金額を20年間投資に回せば」という計算が動き始める。欲しいものがあっても「本当に必要か」というフィルターが勝手に立ち上がる。

Q太郎の知り合いに、資産が1億を超えているのに外食をためらう人がいます。おいしいものを食べることが好きで、それが人生の楽しみだとわかっているのに、財布を出す前に「もったいない」という感覚が出てきてしまう。客観的に見たら十分すぎるほどある資産なのに、使えない。

これは「ケチ」とか「性格の問題」ではないんですね。資産形成期に最適化された思考回路が、必要な場面を過ぎてもそのまま動き続けてしまっている、という問題です。

・サンクコストという嫌われ者

投資の世界に「サンクコスト」という概念があります。もう回収できない埋没費用のことで、投資判断では「過去に使ったコストは意思決定に含めない」というのが正しい姿勢とされています。サンクコストに引きずられると、損切りができなかったり、ダメな銘柄をいつまでも抱えてしまったりする。投資の世界では、サンクコストは意思決定の「バグ」として扱われるわけです。

ところが、趣味の話になると、この「サンクコスト」の評価が完全にひっくり返るんですね。

陶芸教室に3ヶ月通って、焼き上がった器は正直あまりうまくない。月謝と材料費を合わせると、デパートでいい器が何枚も買えたかもしれない。効率で計算すれば、完全なマイナスです。

でも、その3ヶ月の経験は消えない。粘土の感触、先生に「そこじゃない」と言われた瞬間、窯から出てきた器の色が想像と全然違っていたときの驚き。お金には変換できないものが、自分の中に積み上がっていく。

投資の世界では、回収できない費用はマイナスです。でも人生の文脈では、回収できない費用こそが、自分という人間の厚みになる。

Q太郎はこれを「人生の配当」と呼びたいんですよ。お金の配当は、資産を持っていれば定期的に入ってくる。人生の配当は、無駄な経験を積み重ねることで、じわじわと「豊かな記憶」として蓄積されていく。効率とは関係なく、ただ積み上がっていく。

・スコーンと「自分の時間」

ここからが、今回Q太郎が一番お伝えしたいことなんですけど。

Q太郎がスコーンを焼いている1時間に何が起きているかというと、「誰にも邪魔されない時間」を手に入れているんですね。

会社員時代、Q太郎の時間は誰かのために使うものでした。上司の意向、クライアントの締め切り、会議の予定、部下のフォロー。自分の1時間は常に誰かの何かに紐づいていた。

資産形成の期間も、時間は「効率のために使うもの」でした。本を読めば投資の勉強になる、副業をすれば収入が増える、早起きすれば生産性が上がる。そういう文脈で時間を使ってきた。時間がお金に変換されていくイメージです。

でも、スコーンを焼いている1時間は、誰の役にも立たないんですよ。Q太郎が食べる分のスコーンを、Q太郎のやり方で、Q太郎のペースで焼いているだけです。生産性はゼロ。タイパで言えば最悪の部類に入る。

でも、この「タイパ最悪の1時間」が、なぜか一番自分に戻ってくる感覚があるんですね。

お金で時間を買う、というのがタイパ思考の根っこにある発想です。家事を外注してその時間を勉強や仕事に充てる。これは正しい。でも50代以降に本当に必要なのは、お金で時間を買うことではなくて、「時間を自分に返す」ことなんじゃないかとQ太郎は思っています。

趣味の時間は「生産性ゼロの時間」に見えます。でもその時間こそが、ずっと効率のために切り詰めてきた「自分だけの時間」を取り戻す作業になっている。

・心の利回りを最大化する

50代60代から本格的に趣味にお金を使うことを「無駄遣い」と感じてしまう人は多いと思います。Q太郎も正直、最初はそういう感覚がありました。「この年齢から陶芸を始めても、大して上手くならない」「旅行に行くより老後資金を増やした方が安全だ」という声が頭の中で鳴り続ける。

でも考えてみると、「上手くなること」が目的じゃなくていいんですよね。趣味で陶芸の達人になっても、プロ転向するわけじゃない。上手くなることが目的じゃなくて、陶芸をしている時間が好きだ、という話なわけです。

投資の世界では「利回り」という概念があります。投じたお金に対してどれだけリターンがあるか。

人生にも利回りがあるとすれば、Q太郎は「心の利回り」と呼びたいんですよ。1時間を使って、どれだけ自分が満たされるか。お金の利回りは数字で測れますが、心の利回りは数字では測れない。でも確実に存在する。

そして50代以降に重要になってくるのは、お金の利回りより、心の利回りを最大化することだとQ太郎は思っています。

人生の最後に残るのは、効率的に積み上げた数字ではなく、無駄だと言われた経験の記憶だと思うんですよ。おそらくQ太郎は最後の瞬間に、複利計算をうまく使えたことより、下手くそなスコーンを焼いていた午後の時間を思い出す気がします。

・まとめ

今回の話をまとめると、資産形成期に最適化した「効率という思考回路」は、50代以降は一度意識的にリセットする必要がある、という話です。

趣味にお金を使うことは、投資における「サンクコスト」ではありません。回収できない費用が、人生の配当として積み上がっていく。

タイパ最悪の1時間が、「自分の時間を取り戻す」作業になっている。

心の利回りを最大化することが、50代以降の本当の課題になる。

Q太郎は引き続きスコーンを焼きます。最近は少しチーズを入れるとどうなるか研究しているところなんですけど、それはまた別の話で。

皆さんは趣味や好きなことにお金や時間を使うとき、「もったいないかな」「無駄かな」と感じることはありますか。それとも、効率を考えずに使える人ですか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

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