
こんなご質問をいただきました。
「老人ホームについて、Q太郎さんのご意見が聞きたいです。資産が多くても老人ホームを選ばない人もいます。よろしくお願いします。」
とのことです。ありがとうございます。
最近、老後の住まいについて考える機会が増えてきたんですよね。Q太郎の親の世代がそういう年齢になってきているというのもあるんですが、視聴者の方からも「老人ホームを検討している」「いつ入ればいいのか」「親をどこに預ければいいのか」というコメントをよくいただきます。
そういう会話の中で気づいたんですけど、「老人ホーム」という言葉を、みんなけっこう漠然と使っているんですよね。Q太郎もそうでした。老人ホームといえば、施設のスタッフが介護してくれて、食事も出てきて、安全に暮らせる場所、というイメージ。費用がいくらかかるかはよくわからないけど、とにかく「お金がたくさんあれば入れるんだろう」という感覚かと思います。
でも実際に調べてみると、「老人ホーム」という単語が指している施設は複数の全然違う種類があって、それぞれ対象者も費用もルールも別物だったりします。しかも、1億円の資産があっても「余裕」と言えない施設もある。結構いいお値段です。そして費用以上に大事な問題が別にある、ということも見えてきました。今日はそういう話をしていきたいと思います。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。
今回は「終の棲家」と「孤独と自立」の話です。
・「老人ホーム」は1種類じゃない
まず整理しておきたいのが、「老人ホーム」という言葉が指している施設の種類についてです。
一口に老人ホームといっても、大きく分けると「自立している人向け」と「介護が必要な人向け」で、入居条件もサービスも費用もまったく違います。なんとなくひとまとめに語られがちですが、ここを混同すると老後の計画が根本からずれてしまうので、一つずつ丁寧に見ていきます。
まず自立している人向けの施設から見ていきます。
その一が、サービス付き高齢者向け住宅、通称「サコウジュウ」です。60歳以上で自立している人が入れる施設で、イメージとしては「見守りサービスつきのマンション」に近い。居室にはキッチンも浴室もついていて、自炊もできる。外出や外泊も基本的に自由で、かかりつけの病院にも自分で行ける。スタッフが常駐していて安否確認や相談には乗ってくれますが、日常の自由度は普通のマンション暮らしとほぼ変わらない。
たとえば朝7時に起きて、自分でコーヒーを淹れて、昼前に近所のスーパーへ買い物に行って、夜は自炊する、という生活が普通にできます。旅行に行きたければ外泊届を出せば問題ない。「施設に入る」というより「安全装置がついたマンションに引っ越す」という感覚です。費用は月額15万円前後が目安です。
その二が、住宅型・健康型の有料老人ホームです。住宅型は自立している人から要介護の人まで幅広く入居できる施設で、食事や生活支援サービスがあります。健康型は完全に自立した人向けで、プールやフィットネス設備が整っていたり、旅行イベントや文化教室が充実していたりして、アクティブな老後を楽しむための施設という色合いが強い。
ただし健康型には大事な注意点があって、介護が必要になった時点で退居しなければならないんですね。たとえば72歳で元気なうちに入って快適に過ごしていても、転んで大腿骨を骨折して歩行が難しくなった瞬間に「申し訳ありませんが、介護対応ができないので」と出ていくことになる。次の施設を探す体力も気力も落ちているタイミングで、引っ越しを強いられる。ここは入居時にしっかり確認しておく必要があります。費用は月額20から30万円程度です。食事付きなので高くなりますね。
その三が、介護付き有料老人ホームです。24時間介護スタッフが常駐していて、食事・入浴・排泄のサポートまで対応してくれる。認知症の方も入居できる施設が多い。安全面では最も充実していますが、費用は月額平均23万円、入居一時金は平均60万円、高い施設では数千万円。これが一般的にイメージされる「老人ホーム」に最も近い施設です。
その四が、特別養護老人ホーム、通称「特養」です。公的な施設なので月額7から15万円と最も安い。「老後は特養に入れれば安心」と考えている方も多いと思います。ただし入居条件が要介護3以上で、かつ待機が長い。都市部では申し込んでから入居まで、2、3年かかることも珍しくない。「急に介護が必要になったから今すぐ特養に」というのは、現実的にはかなり難しいとは思います。特養は「計画的に早めに申し込んでおくもの」という認識が必要です。
・費用の現実
では費用の現実を見ていきます。
標準的な介護付き有料老人ホームに20年入居した場合、月額23万円として計算すると月額だけで5,500万円を超えます。入居一時金の平均60万円を足すと、総額5,600万円前後。「20年で6,000万円近く」というのが、ざっくりとした現実です。
1億円の資産があれば20年は余裕に見えます。でも問題は「その後」なんですよね。85歳で入居して20年間生きれば105歳。平均寿命だけで考えれば105歳は現実的ではないかもしれないですが、長寿化が進む時代に「20年で十分」と断言できる人がどれだけいるか。また入居期間中に医療費が別途かかることも、計算に入れておく必要があります。
さらに高級施設になると話が変わってきます。東京の一部施設では、入居一時金だけで3,000万から5億円以上かかるとも言われています。月額も40から50万円を超える施設があります。1億円では入居一時金すら払えない施設が、東京都内に普通に存在しているんですね。
「1億円あれば老後は安心」というのが、いかに漠然としたイメージかがわかると思います。どの種類の施設に、いつから、何年入るかによって、まったく計算が変わってくる。「老人ホーム」という言葉一つで安心している場合ではない、ということです。
・ここからが本当の問題
お金の話はここまでにして、ここからが今回Q太郎が一番言いたいことなんですが。
老人ホームの問題は費用だけじゃないんですよね。
介護付き有料老人ホームに入るということは、日常生活の多くを施設のスケジュールに合わせることになります。朝何時に起きるか、食事は何時か、入浴は週に何回か、外出するときはどんな手続きが必要か。施設ごとにルールは違いますが、安全を手に入れる代わりに、自分のペースを手放すことになる。
具体的に言うと、毎朝コーヒーを自分で淹れて飲んでいた人が、施設の食事の時間に合わせるようになる。深夜まで本を読むのが好きだった人が、消灯時間を守らないといけなくなる。近所の公園を気分次第で散歩するのが習慣だった人が、外出するたびに申請や付き添いが必要になる。毎晩晩酌していた人が、施設のルールでアルコール禁止になる。こういった小さな自由が少しずつなくなっていく。
これはある意味で仕方がないことです。介護が必要な状態になれば、スタッフが関わる以上、完全な自由を維持することはできません。でも問題は、「自分らしさ」がどれだけ残せるか、という話なんですよね。
安全と自由はトレードオフの関係にあります。老人ホームに入るということは、安全を優先して自由を一定量手放す選択をするということとも言えます。それが悪いと言っているわけではなくて、そのトレードオフを理解した上で選んでほしいということです。
・孤独と孤立は違う
ここで「孤独」と「孤立」という言葉を区別したいんですよね。
老人ホームに入りたい理由として「孤独が怖い」と言う人がいます。一人で自宅にいると、誰かと話す機会がなくなって、寂しくなるんじゃないかと。それもそれで一つの判断とは思います。
でもQ太郎が思うに、本当に怖いのは「孤独」ではなくて「孤立」なんですよね。
孤独というのは自分で選んだ一人の時間です。好きな本を読む時間、一人で散歩する時間、誰にも邪魔されずにものを考える時間。これは豊かさの一形態で、むしろ意図的に作りたい時間でもある。孤独を選べるということは、自分のペースを持っているということです。
一方、孤立というのは周囲に人がいるのに心がつながっていない状態です。施設の食堂で毎日同じ顔ぶれと食事をしていても、誰とも深い会話ができない。家族がたまに面会に来るだけで、あとは施設スタッフとのやりとりしかない。毎日人に囲まれているのに、誰も自分のことを本当には知らない。これは孤独とは別物の、もっとつらい状態です。
逆に自宅に一人でいても、近所に顔なじみがいて、かかりつけの医者と気軽に話せて、友人と定期的に連絡を取り合っていれば、孤立はしていない。自宅であっても老人ホームであっても、「つながりの質」が孤立を防ぐかどうかを決める。場所の問題ではなく、人との関係の問題なんですね。
老人ホームに入ることで孤独死のリスクは下がります。でも孤立のリスクが下がるかどうかは、また別の問題です。施設に入ることと、孤立を解決することは、イコールではありません。
・終の棲家をどう考えるか
老後の住まいに正解はないとQ太郎は思っています。資産の多い少ない、家族がいるかどうか、健康状態、住んでいる地域、何を大事にするか。全部違う。
ただQ太郎が言いたいのは、「お金があれば老人ホームに入れる、それで安心」という発想は少し単純すぎるかもしれない、ということです。費用の現実を知らずに「1億円あれば大丈夫」と思い込んでいると、実際に計算してみて愕然とすることになるかもしれません。老人ホームの種類を知らずに「老人ホームに入ればいい」と考えていると、自分が望む生活と全然違う施設に入ってしまうことにもなります。
Q太郎が個人的に思うのは、晩年の生活の質を決めるのは「どんな施設に入るか」よりも「誰かとのつながりをどう維持するか」の方が大きいんじゃないか、ということです。かかりつけの医者に気軽に相談できる関係があるかどうか。近所に気が合う人が一人でもいるかどうか。定期的に連絡を取り合う友人がいるかどうか。深くつながる必要はないのですが、そういうゆるいつながりが、孤立を防ぐ一番の手段になる気がしています。
終の棲家を考えるとき、「どこで死ぬか」という場所の問題より、「どう生きるか」という問いの方が本質的だと思うんですよね。施設に入ることを決めるのも、自宅に居続けることを決めるのも、どちらも「どう生きるか」という選択の延長上にあります。その選択を元気なうちにできるかどうかが、晩年の自由度を大きく左右するとは思います。
老人ホームの種類を知ること、費用の現実を知ること、そして「自分が晩年に何を大事にするか」を元気なうちに考えておくこと。この三つが揃って初めて、自分に合った終の棲家を選ぶ準備ができる気がしています。
・まとめ
今回の話をまとめると、「老人ホーム」はひとことで言っても、自由度の高いところから、安くて入れない特養まで、全然違う施設があります。入居のタイミングも費用も条件もまったく別物なので、「老人ホームに入ればいい」という漠然とした計画では対応できないとは思います。
費用の現実を知っておくことも大事で、標準的な施設でも20年で5600万円前後、高級施設では1億円でも足りないケースがあります。「老後は1億円あれば安心」という計算は、施設の種類と年数次第でいくらでも崩れます。
そしてお金の問題とは別に、「管理される安全」と「自分のペースで生きる自由」のどちらを取るか、という問いがあります。孤独は怖くない、でも孤立は怖い。晩年の生活の質を決めるのは施設のグレードより、人とのゆるいつながりだとQ太郎は思っています。
皆さんは「終の棲家」についてどう考えていますか。老人ホームに入りたいと思いますか、それとも自宅にできるだけ長くいたいと思いますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
