今を楽しむべきなのに、なぜ投資や貯金をするの?【今を生きる】
新NISA一括投資→即毎月定率取り崩し運用中のQ太郎です。
今回は、「今を生きる」が重要なのに、なぜ投資や貯金をするのかについてです。
本記事をYouTube動画で観たい方はこちらのリンクから。
「今を生きる」のになぜ貯金するの?
こんなご質問をいただきました。
「未来や老後に対して不安を感じる人が多い中、「今を生きる」という事の重要性が高まっているとは思います。
しかし今を重視しすぎると、それこそ江戸っ子の「宵越しの金は持たない」のように、お金をすべて使ってしまうことにもなりかねません。
Q太郎さんの動画を拝見すると、「今を生きる」ことの重要性を説いている物が多いように思われます。
しかしそれだと未来の為に節約や貯金、投資を頑張る事と矛盾するのではないかと思います。それにお金を貯めないとFIREも出来ないとは思います。
この辺りの矛盾とどう折り合いをつけているのかを教えてください。別にいちゃもんを言っているわけではなく、単に好奇心として知りたいだけです。よろしくお願い致します。動画応援しています。」
とのことです。
質問のポイントをまとめると、
・「今を生きる」は今現在を大切にすること。
・節約や貯金は未来を大切にすること。
この2つが矛盾しているのではないかという話だとは思います。
簡単に言うと「もし「今を生きる」が重要だったら、未来のために貯金なんてしないで、お金どんどん使って今を楽しめばいいんじゃないか?なんで貯金とか投資してるの?」というような話ですね。
それでそもそもの定義の問題ですが、「今を生きる」というのは「宵越しの金は持たねえ。お金をぱっと使ってなんやらかんやら」みたいな短期的な快楽を追い求めることではありません。「今という時間を無駄にしないで、大切に使うこと」です。
自己実現のためや、やりたいことがあるにもかかわらず、「また今度でいいだろう」と思って、それほどやりたくもないソシャゲで時間を潰していたら、それは今を生きていることにはなりません。問題を未来に先送りしているだけです。「人は死ぬ」という事実を無視して、まるで永遠に生きられるかのようにふるまって先延ばしすることは「今を大切にしている」とは言えません。完全に今を無駄にしています。
「今を生きる」、つまり「今を大切にする」ということは、今このときを無駄にせず、自分自身が後悔しない選択をすることになります。そのためには知恵も必要ですし、そんな簡単なことではありません。
欲望に身を任せてお金を無意味に使い切ってしまうことが、後悔しない選択とは言えないでしょう。
よく「大賢は大愚に似たり」と言います。愚か者は将来を考えずにその時その時の欲望だけで動くので、ある意味「今を生きる」なのですが、先ほど言ったように賢者の「今を生きる」は「後悔しない選択」を常に考えて動いているわけで、「大賢は大愚に似たり」といってもやはり内容はまったく違うわけです。
ピカソが描いた絵が、「何か子供の落書きっぽい」と思う人もいたりしますが、ピカソはちゃんとした絵を描けるうえでそれを崩してキュピズムを創り出しています。
子供が自由な絵を描いたからといって芸術にならないのは、人生において何かを乗り越えたうえで裏打ちされた絵ではないので、観る人の心に大きな感銘を与えたりするようなものではないからです。
その日その日の感情のままに生きている「今を生きる」は、ぶっちゃけ動物とやっていることがおなじなわけで、何かを選択した結果そうなっているわけではありません。のどが渇いたから水を飲む、腹が減ったから飯を食うみたいな、欲望のままに動いているだけで、動物レベルなわけです。
賢者の「今を生きる」は、今を大切にし、後悔しない生き方、後悔しない選択をし続けることなのです。欲望のままにお金を使うことは、単に犬猫レベルで欲望に忠実に生きているだけで、今を生きているわけではありません。今も将来も全部かなぐり捨てているとしか思えません。
お金を使い果たし、その後困窮した生活が待っているのであれば、それは一瞬一瞬をしっかり生きて「後悔しない選択」をしたことになるのでしょうかという話です。
逆に、遠い老後のために節約しすぎて、今の生活が苦痛にまみれているというのも、来るかどうかもわからない遠い未来のために現在を捨ててしまっているので、「後悔しない選択」をしているとも言えません。
必要なのはつねに「後悔しない選択」をし続けることで、それには今の一瞬一瞬をしっかり生きなければいけないということです。それが「今を生きる」です。「大賢は大愚に似たり」と言いますが、欲望のままに散財するのと、理性を持って選択をしつづけているとでは、おなじ「今を生きる」でも内容はまったく違います。
子供を助けるために全財産をなげうつとかだったら「後悔しない選択」でお金を使ったことにはなりますが、意味も無く欲望のためにお金を使い果たすことが「後悔しない選択」にはなりづらいんじゃないかとは思います。そのあと無一文になって後悔する可能性の方が大きいとは思います。
ちなみにQ太郎は、節約をしているわけではなくて、とくにお金を使う必要がないということです。
できるだけ家電とか便利グッズとかサービスとかに依存したくないというのがありますし、別にジュースもお菓子も食べたいとも思わないですし、外食がおいしいと思うことがそもそもあまりなかったりするので、結果的にお金をあまり使わない感じになっています。
ただ自分にとって必要なものにはお金を使っていますので、今現在必要なものなのにセールまで待つみたいなことはやりません。いつ死ぬかわからない身と思いながら、できるかぎり後悔しない選択をしています。選択が正しかったかどうかはあとにならないとわかりませんが、少なくともその選択をしたことに自分が後悔しなければいいわけです。なんかあって間違った選択になったとしても、「自分が選んだし、仕方ないかな」とあきらめがつきます。
まとめ
そんなわけでまとめると、
・「今を生きる」というのは、自己実現ややりたいことを先延ばしせず、一瞬一瞬をしっかり生きて「後悔しない選択」をしつづけること。知恵が必要になり、簡単なことではない。
・「大賢は大愚に似たり」というが、愚か者はそのときの欲望にまかせて生きているだけで、「後悔しない選択」をしているわけではない(多くは金を使い果たしてあとで後悔してると思います)。
・欲望にまかせて生きるのは、のどが渇いたから水を飲むのようなもの。虫や動物でもやっていること。
・「今を生きる」で欲望のままにお金を使い果たすことは、今をしっかり生きて「後悔しない選択」をする知恵の持ち主のやることではないかと。
・選択が正しかったかどうかは結果論。重要なのは「自分が後悔しない選択」を知恵を持って行うこと。
となります。
そんなわけで「大賢は大愚に似たり」と言いますが、おなじ「今を生きる」でも、知恵を持ってやっているのか、欲望のままに動いているだけなのかで全然内容が違ってきます。
自由奔放な発想の子供の絵が芸術にならないで、ピカソの絵が芸術になるのもこの違いですね。乗り越えた深みやすごみがあるかどうかです。
そんなわけでつねに知恵を働かせて、今を大切にし、「後悔しない選択」を続けることが重要でしょう。投資も貯金も自分にとっての「後悔しない選択」であればやればいいですし、銀行預金の方が安心するというのもその人の「後悔しない選択」になります。
オルカンを買うか、S&P500を買うかもどちらが正しいかではなく、自分にとって「後悔しない選択」をすればいいでしょう。そんなわけで、知恵を持って「後悔しない選択」しつつ、今を生きていただければと思います。