【格差社会】なぜ人は平等を嫌うのか?新NISAで広がる富の偏在と、資本主義の生存戦略

kakusa kirau

取り崩し投資運用中のQ太郎です。

今回は、富の分配、つまり「平等」と「公平」の違いについてです。

Youtubeで観たい方は以下のリンクから。

【格差社会】なぜ人は平等を嫌うのか?新NISAで広がる富の偏在と、資本主義の生存戦略
新NISAで投資できる人とできない人で格差がどんどん広がることについてのご質問に対する動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。取り崩し投資で毎月20万円のマネーマシン作成計画音声使用について
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なぜ人は平等を嫌うのか?

こんなご質問をいただきました。

現在は金持ちとそうでない人たちの二極化がかなり激しくなってきました。新NISAも資金に余裕があってできる人とできない人がいて、これがさらに格差を広げる結果になります。そのうち共産主義革命が起こりそうな気もしますが、現在の格差社会についてどう思いますか?

とのことです。

たしかに格差は大きくなっていますね。

よくニュースやSNSを見ていると、「現代はとんでもない格差社会だ」とか「一部のお金持ちだけがずるい思いをしている」といった声を耳にすることがあるかと思います。

スーパーに行けば毎日のように食品が値上がりしていて、生活費を切り詰めているのに、テレビをつければどこかの大富豪が宇宙旅行に行ってきたなんてニュースが流れてくる。

そんな状況を見れば、「なんだか世の中、間違っているんじゃないか」と感じてしまうのも無理はありませんよね。

たしかに、現代の資本主義社会においては、お金を持っている人とそうでない人の差が非常に激しくなっているのは紛れもない事実です。

ですが、だからといって「じゃあ、全員の財産をいったん国が全部没収して、国民全員に一円の狂いもなく同じ金額ずつ配り直せば、みんながニコニコ笑って暮らせる理想の社会が完成するのか」というと、実はそう単純な話ではないんですね。

今回はこの非常に興味深い人間の心理と、世界の富の現状について、じっくりと掘り下げてお話ししていきたいと思います。

人間というのは不思議なもので、頭では「平等がいい」と思っていても、心の中では全く別のことを考えていたりするんです。今日はそのあたりの心理的メカニズムも紐解いていきますので、順を追って丁寧に解説していきますね。

衝撃的な富の偏在データ

まず、現代社会における富の偏在、つまり「お金が社会のどこに、どれくらい偏って集まっているのか」という、残酷な事実の確認からしていきましょう。

二〇一五年に、世界的な金融機関であるクレディ・スイス銀行が、世界の富に関する非常に衝撃的なレポートを発表しました。そのレポートによると、なんと、世界人口のたった一パーセントのトップ富裕層が、世界全体の富の五十パーセント、つまり半分を握っているという結果が出たんです。

これ、パーセンテージだけだと少しイメージしにくいかもしれませんので、百人の村に例えてみましょう。百人の村人がいて、村全体の財産として大きなホールケーキが一つあるとします。

普通ならみんなで等分して食べたいところですが、現実の世界では、たった一人の大金持ちの村人が、ケーキの半分を丸ごと自分のものにしてしまうんです。

そして残りの半分を、九十九人で分け合うわけですが、ここにもさらに残酷な現実があります。同レポートによれば、下から数えて七十パーセントの人たちの資産を全部かき集めても、世界の富のわずか三パーセントに満たないそうです。つまり、百人のうちの七十人は、ケーキのカスみたいな小さな欠片を奪い合っている状態なんですね。

これを聞くと、「なんてひどい格差なんだ」「資本主義というシステムは完全に狂っているじゃないか」と絶望的な気持ちになる方もいらっしゃるでしょう。

たった一握りの人間が富を独占し、多くの人が苦しい生活を強いられている。直感的に、これはあまりにも不公平だと感じるのは、人間として極めて真っ当で、当然の感情だと思います。

この格差をうまく表現したスペインの映画に「プラットフォーム」というのがあります。ある牢屋みたいなところに閉じ込められて、部屋の天井と床の中央に穴が開いていて、毎日毎日天井からたくさんの食べ物の乗ったプラットフォームが降りてくるのですね。

一定時間経つと、そのプラットフォームは下に降りて行ってしまいます。下にも同じような牢屋があって、次のそこにいる人が残った食べ物を食べます。

また一定時間経つと、食べ物がさらに下の部屋にへ行って・・・とずっと続いていくわけです。

上の牢屋にいる人がたくさん食べなければ、全員に食料がまわって全員が生きられるのですが、現実は、やはり上の牢屋にいる人がたくさん食べてしまって、下へ行くほど取り分が無くなって飢え死にしてしまうわけです。

まさに現代社会の縮図みたいな状況ですね。ネットフリックスとかで見られると思いますので、興味のある方は観てみてください。

完全な平等は望まれないという心理

では、ここで少し想像してみていただきたいのですが、もし仮に、神様のような絶対的な権力者が現れて、こう宣言したとします。

「よし、わかった。今の世の中は格差がひどすぎるからリセットしよう。今から世界のすべての富を、全員に一円の狂いもなく完全に均等に分配してあげる。銀行の預金も、株も、家も全部没収して、今日から全員、全く同じ資産額からのスタートだ!」と。

さて、皆さんはこの提案に、手放しで大賛成するでしょうか。借金で首が回らない状態の人なら「やったー!」と喜ぶかもしれません。

しかし、コツコツと節約をして、毎月少しずつインデックス投資に回し、十年、二十年と我慢してやっと一千万円の老後資金を貯めた人はどう思うでしょうか。

「ふざけるな!私が我慢して貯めたお金を、昨日まで遊び呆けていた隣の奴に配るなんて絶対に許せない!」と激怒するはずです。

実はここが、人間の心理の非常に面白いところなんです。

様々なアンケートや心理学の実験を取ってみると、人は完全に均衡な、いわゆる共産主義的な富の分配を決して好まないという結果が出ています。

全員の財産が完全に同じになる社会よりも、むしろ「多少の不均衡がある社会」、つまりお金持ちもいればそうでない人もいる社会の方を好む傾向にあるわけです。

先ほどのケーキの話を聞いた時は「一部の富裕層が独占しているのはひどい」と感じたはずなのに、いざ「全員が完全に平等な世界にしてあげるよ」と言われると、それはそれで「いや、ちょっと待ってくれ。それは何か違う」と強い違和感を覚えてしまうんですね。

平等と公平の決定的な違い

なぜ、私たちは格差に怒りながらも、完全な平等を嫌がるのでしょうか。

その最大の理由は、人間は「富が均等に分配されているか」という『結果の平等』よりも、「富の分配プロセスが納得できるものか」という『ルールの公平性』を強く気にする生き物だからです。

ここ、ものすごく重要なポイントなので、もう一度言いますね。私たちは、結果が同じになることよりも、そこに至るルールが公平であるかどうかを重視するんです。

たとえば、あなたが会社で働いている場面を想像してみてください。

あなたは毎日夜遅くまで残業し、休日も資格の勉強をして、大きなプロジェクトを成功させました。

一方で、隣の席の同僚は毎日スマホでゲームばかりしていて、ろくに仕事もせず、ミスばかりしています。

この時、会社から「うちは完全平等主義の素晴らしい会社だから、どれだけ働いて成果を出しても、どれだけサボっていても、二人の給料もボーナスも一円の単位まで全く同じです」と言われたらどうでしょうか。

「なんでやねん!それなら真面目に頑張るだけ損じゃないか!」と猛烈に腹が立つとは思います。

つまり、人は「努力をした人や、リスクを背負った人が、それに見合うだけの高い報酬を得ること」自体は、決して否定していないんです。

頑張った人が報われるというルールさえ守られているなら、そこに格差が生まれることは当然だと受け入れています。

私たちが本当に怒りを感じるのは、格差そのものではなく、「親が金持ちだから」とか「権力者と繋がっているから」といった、自分ではどうしようもない不公平なルールの下でズルをしている人を見た時なんです。

全員が同じゴールになる「結果の平等」ではなく、ルールが正しく機能している「ルールの公平」を、私たちは求めているわけですね。

資本主義と公平なルールの歩き方

この「人間は結果の平等よりも、プロセスの公平を好む」という心理的な事実は、私たちが日々資産運用をして、将来の老後資金を作っていく上でも、非常に重要な視点を与えてくれます。

資本主義というゲームは、最初からある程度の不均衡、つまり格差が存在することを前提としています。

そして、リスクを取って市場に資金を投じた人に対して、リターンという形で報酬を支払うというルールで動いています。

もちろん、生まれた環境や才能など、世の中に完全な平等はありません。

しかし、株式市場というシステム自体は、参加者に対して極めて冷酷なまでに「公平」に開かれています。市場は、あなたの年齢も、性別も、学歴も一切気にしません。

ただ「いくらリスクに晒したか」だけで判断してくれます。だからこそ、ただ社会の格差を嘆いて「世の中は不平等だ」と愚痴を言うのではなく、この株式市場というルールの公平性を利用して、自分自身の資産を築いていく必要があるわけです。

私たちが普段から、生活費を守るための短期的な生活防衛資金、数年後に使う中期の資金、そして老後に向けた長期的でリスクを取る資金、これらをしっかり分けて管理する「バケツ戦略」を実践しているのも、まさにそのためです。

予測不可能な資本主義の荒波の中で、自分と家族の生活を守り抜くためには、感情論で平等を求めるのではなく、冷徹にルールを利用しなければなりません。

公平なルールの中で、しっかりとリスクをコントロールし、着実にリターンを積み上げていく。これが、極端な富の偏在が起こる現代社会における、最も現実的で、かつ納得感のある私たちの生存戦略になるのではないでしょうか。

まとめと最大の防御策

それでは、今回のまとめです。今回は「なぜ人は平等を嫌うのか?富の分配と公平性の真実」というテーマでお話ししてきました。

まず第一のポイントとして、現代は上位一パーセントのトップ富裕層が、世界の半分の富を独占しているという、非常に残酷な格差社会です。

百人の村でたった一人がケーキの半分を独り占めしているというお話をしましたが、この事実を知って直感的に「なんて不平等なんだ、世の中間違っている」と怒りを感じるのは、人間として極めて正常な反応です。

しかし第二のポイントとして、人間は非常に複雑な心理を持っています。「じゃあ今の財産を全部リセットして、今日から国民全員が完全に同じ金額の資産になるように配り直そう」という『完全な結果の平等』を提案されると、私たちは猛烈な拒絶反応を示します。

なぜなら、人間は「結果が全員同じになること」ではなく、「自分が努力した分、あるいは自分がリスクを取って我慢した分は、しっかりと報われたい」という『ルールの公平性』を何よりも大切にしている生き物だからです。仕事をしてもしなくても給料が同じ会社なんて、誰も働きたくないのと同じですね。

そして第三のポイント、ここが今回一番お伝えしたかった重要な結論です。この私たちが求める「公平なルール」というのは、まさに今の資本主義、そして株式市場そのものに用意されているということです。

たしかに現実世界では、生まれた家庭の裕福さや、持って生まれた才能など、スタートラインは理不尽なほどバラバラです。「親ガチャ」なんて言葉が流行るくらい、世の中はそもそも不平等にできています。

しかし、ひとたび株式市場というリングに上がれば、そこには完全な実力主義の公平なルールが待っています。

市場はあなたの年齢も、学歴も、性別も一切気にしません。極めて冷徹に、そして完全に公平に、「どれだけのリスクを市場に晒したか」だけでリターンを分配してくれます。

だからこそ、世の中の理不尽な格差に文句を言って立ち止まるのではなく、この「公平なルール」を徹底的に利用してやるべきなんです。

私たちが日々実践している「バケツ戦略」も、まさにそのための最強の武器になります。明日突然仕事がなくなっても生き延びるための「生活防衛資金」は、絶対に減らない安全なバケツにしっかりと守っておく。そして、当面使う予定のない長期的な余裕資金は、「リスク資産」のバケツに入れて、市場という公平なゲームに積極的に参加させる。

世の中の「格差社会」という言葉に煽られて、感情的になったり不安になったりする必要はありません。ルールが公平である以上、正しい知識を持って市場に居座り続ければ、私たちにも必ず勝機はあります。

どうか感情論に流されず、リスクとリターンを冷静に見極めて、コツコツと自分自身の資産の山を築き上げていきましょう。それが、この理不尽で不均衡な資本主義の世界を生き抜くための、最も現実的で、最も納得のいく生存戦略になるのではないかと思います。

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