【FIRE/老後】FIRE後に健康診断は必要?

fire kenkou

取り崩し投資運用中のQ太郎です。

今回は、FIRE後に健康診断をするかどうかについてです。会社を辞めると健康診断の強制力がなくなりますし、そもそも健康診断をどう考えるかという生き方の問題でもあります。Q太郎自身の考えも含めてお話しします。

本記事をYouTube動画で観たい方はこちらのリンクから。

FIRE後に健康診断は必要?【FIRE/老後】
FIRE後に健康診断をしたくないのでしなくていいのかについてのご質問に対する動画です。声が出せない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りしています。取り崩し投資で毎月20万円のマネーマシン作成計画定率取り崩しvs定額取り崩し、ど...
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FIRE後の健康診断

こんなご質問をいただきました。

Q太郎さんは健康診断や人間ドックなどはやっていますでしょうか?

私は会社を辞めてからは健康診断には行っていません。結果待ちのストレスがありますし、どちらにしろいずれ人は死にます。ただ延命のためだけに長生きするよりは、幸せに生きて自然死したいとも考えています。

FIRE後の健康診断についてご意見お聞かせください。

とのことです。

会社を辞めると自分で健康診断に行かないといけないので、強制力がないことで行かない選択をする人も多そうです。

それはともかくとして、どう生きるかは人それぞれなので、行く行かないは自分の信念に基づいておこなえばいいとは思います。

正解というものはなくて、自分がどう生きたいかという話です。

Q太郎の場合

Q太郎自身は、旅行やらなんやらで健康診断をしたりしなかったりでして、60歳を超えたらやめようとも思っています。

小説家の曾野綾子さんも60歳を超えたら健康診断はいっさいやめて自然死するつもりだというようなことを何かの本で書いていました。

微妙に長生きしても逆に苦しくなるだけの可能性もありますし、若い人たちの保険料負担を増やすのも悪いですしね。

さすがに骨折したら病院へ行きますが、わざわざ自分から病気を探しに行く必要もないかなとは思っていますし、治らないものならもうあきらめてほどほどに生きていけばいいかなとは考えています。

重要な注意点

ここで重要な注意点をお伝えしておきます。これはあくまで生き方の問題でして、世間でよく言われる「ガンは治療しないほうが長生きする」とか「病院に行かない方が長生きする」とかいう話ではありません。

さすがにこれはエビデンスがないですし、実際のところ長生きするかどうかはその人個人の問題です。

ぶっちゃけ遺伝子の問題がけっこう大きいとは思います。医者にかからなくても長生きする人もいれば、そうでない人もいます。

健康にいいことをしてもガンになる人もいますし、健康に悪いことをしていても長生きする人もいます。ただそれだけの「人による」という当たり前の話なんですね。

チャーチルの話

わかりやすい例を出しますと、第二次世界大戦のときのイギリス首相ウィンストン・チャーチルがいます。

葉巻を吸いまくり、お酒を飲みまくり、さらにドイツ軍の空襲などつねにストレスのかかる状況でいろいろな判断をさせられていたにもかかわらず、90歳まで生きたわけです。

現代医学からすれば「なんでやねん」みたいな存在ですね(笑)。

本当に人によるわけで、長生きするかどうかは生活習慣だけでは決まらないというのがよくわかる例だと思います。

本当に言いたいこと

Q太郎が本当に言いたいのは、生き方として「医療や闘病によって無駄に苦しんで長生きするより、ほどほどに生きて枯れるように自然死したい」という話であって、おだやかに幸せに生きたいということです。

医者にかからないと長生きするとか、ガンを治さないほうが長生きするとか、そういう話ではないのです。

これらはむしろ、闘病したい人たちと同様に「長生きしたい」という欲があることにおいては共通しているとは思います。

そういうのを避けて、自然におだやかに生きていきたいという話ですね。

健康診断をあまりせず医療にあまり関わらずほどほどに幸せに生きるもよし、がっつり人間ドックするもよしで、すべてはその人のライフスタイルです。

延命治療を望まない人は9割

ここで少し数字を見てみます。内閣府の高齢社会白書によると、「延命のための特別な治療は行わず、自然にまかせてほしい」と回答した人の割合は91.1%にのぼります。

神戸新聞のアンケートでも95%が延命治療を望まないと答えており、65歳以上ではなんと97%です。

つまり日本人のほとんどが延命治療を望んでいないわけです。

ところが実際には、自分の希望通りの方法で死を迎えられる人はわずか数%しかいないという現実があります。

望まないのに延命治療を受けてしまうというのは、意識がなくなったときに決めるのが家族になってしまうからなんですね。

家族としては「できることはすべてやりたい」という気持ちになるのは当然で、事前に意思を伝えておくことの大切さがここにあります。

延命治療について

延命治療についての話もしておきます。意識がもうろうとして、栄養がゆっくりとなくなってきて、眠るようにゆっくり死に向かおうとしているときに点滴などをされて、無理やり生かされ続けるのはなんか拷問チックでQ太郎は嫌だなーとは思っています(笑)。

よく例えられるのが、飛行機が燃料を失ってゆっくりソフトランディングしようとしているところへ、空中給油で燃料を入れられて高高度を飛び続けさせられるけれど、最後には翼が折れてハードランディングしてしまうという話ですね。

ただ闘病や延命治療をしたい人たちを否定する気はまったくなく、人それぞれのライフスタイルでやればいいとは思います。

仏教の「苦」という考え方

仏教では「生きることは苦である」といいました。

ここでいう「苦」とは「思い通りにならない」ということです。まさに生老病死の四苦は思い通りにならないものなので、そんなものだと思いつつ、そのときそのときで考えていけばいいかなとは思います。

人間は意見がころころ変わる生き物なので、Q太郎も年をとったらまた意見が変わる可能性もあるかもしれませんしね。

自然死や延命治療をしないことを願っても、無理やり延命させられるかもしれませんし、死に方すらままならないというのが実際のところでしょう。

まとめ

まとめますと、健康診断をするかどうかはその人の信念とライフスタイルで決めればいいことです。

長生きすれば幸せというわけでもありませんし、ガンに気づかないまま幸せに生きていたのなら、ガンを心配しながら生き続けていたよりはそれはそれでよかったんじゃないかなとも思います。

そんな感じでゆるく生きたほうが医療費も減りますし、健康診断するにしろしないにしろ、みんなそれぞれ幸せに生きたらいいじゃないかというのがQ太郎の考えです。

延命治療についても、9割以上の人が望まないというデータがある一方で、実際に希望通りになる人はほとんどいません。

だからこそ、元気なうちに自分の意思を家族に伝えておくことは大切かもしれません。ただ意思を伝えたところで、そのとおりに行われない場合もあります。

これもまた仏教でいうところの「苦」、つまり「思い通りにならない」ということです。死に方すら思い通りにならないわけで、そこにもある種の諦観が必要になってくるのかもしれません。

医療や健康診断とどう向き合うかは、突き詰めると「自分はどう生きたいか」「どう死にたいか」という問いに行き着きます。

Q太郎的にはあくせくせず、ほどほどに幸せにゆるく生きていきたいと思っています。ただ人間の意思はころころ変わりますので、Q太郎も場合によっては気が変わる可能性もありますが、そのときはそのときで。それもまた「苦」、思い通りにならないということでしょう(笑)。

今回のテーマは賛否いろいろあると思いますので、ご意見があればコメント欄でぜひ聞かせてください。

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