
こんなコメントをいただきました。
「知人は投資は怖いと言ってやりませんが、現金をそのまま置いていても、このインフレだと価値が減るだけです。頑張って説明しても話が通じないので、放っておいてますね」
とのことです。ありがとうございます。
投資だけでなく、政治、宗教、投資、子育て、老後の暮らし方。
人と深い話をしようとすると、どうしても意見の違いが出てきます。
正しいデータを示せば、相手も分かってくれる。
そう思って丁寧に説明しても、まったく話が通じない。
それどころか、説明すればするほど相手が頑なになり、最後にはケンカになってしまうこともあります。
すると、「あの人は論理的に考えられない」「もう話しても無駄だ」と結論づけたくなります。
しかし話が通じない原因は、情報や論理が足りないことではなく、そもそも会話を受け取れる土台ができていないことかもしれません。
哲学者のピーター・ボゴジアンとジェームズ・リンゼイの共著「話が通じない相手と話をする方法」は、400ページほどもある、かなり分厚い本です。
この手の本にありがちな、「聞き上手になりましょう」という話だけでは終わりません。
宗教、環境、政治的な立場など、信じている前提そのものが違う相手と、どうすれば会話を成り立たせられるのか。
研究や実践に基づく手法を、入門から、かなり難しい相手との対話まで段階的に扱っています。
その土台になるのが、ラポールです。
相手を論破する前に、相手が安心して話せる舞台を整えるのですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「話が通じない相手と話す方法」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、会話より先にラポールを作ること。
二つ目、理解することと同意することを分けること。
三つ目、結論ではなく、その信念へ至った方法を一緒に調べることです。
最後に、会話で本当に残すべきものについて、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・会話より先にラポールを作る
それでは一つ目、会話より先にラポールを作ることです。
「ラポール」はフランス語で、関係・関連・つながりという意味です。ここでは、安心して話せる関係や会話の土台のことを指します。本題に入る前に必要な土台作りですね。
この人は、話している途中で笑わない。人格を否定しない。言葉尻をつかんで、すぐに論破しようとしない。
そう感じられれば、自分の考えを少しずつ言葉にできます。
反対に、「この人は自分を負かそうとしている」と感じれば、相手は考えを検討するより先に、自分を守ろうとします。防御態勢に入ってしまうと、こちらの話は聞いてくれなくなるのですね。
とくに宗教や政治のように、その人の生き方や所属集団と結びついた信念は、単なる知識ではありません。
その考えを否定されることが、自分自身や、自分の大切な人を否定されることに感じられます。
その状態で、いくら正しい情報を提示しても、受け取ってはもらえません。
では、よくある会話の本に書かれているように、相手の話へひたすらうなずけばよいのでしょうか。
そうではありません。
よくこの手の会話の本だと、「なるほど」「そうですね」「分かります」とうなずくといいみたいなことが書かれていますが、実際にそれをやられると、話している側も不安になるのは、皆さんも経験しているとは思います。
本当に聞いているのか。早く話を終わらせたいだけではないのか。本で読んだことを実践しているだけじゃないのか。
機械的な相づちは、聞いているようで、内容を受け取っていません。少なくともQ太郎は、「こいつ、聞いてないな」と思ってしまいます。
同意できるところはうなずいてもいいのですが、同意できないことまでうなずく必要はありません。わからないのであれば、「そこ、ちょっとわからないので、もうちょっと説明していただけませんか」と聞いたりするのもいいでしょう。
つまるところ、相手がどういうロジックでしゃべっているのかを理解して、同意する必要はないのですね。真剣に聞くというのは、相手の真意が何なのか、どういう思考でそこに至ったのかを理解することで、うなずきまくることではないわけです。
ここで注意したいというか、完全にNGな行動は、相手の話題を使って、自分の体験談を始める「パラレルトーク」です。
例えば友人がアメリカ旅行の話をしている途中で、「アメリカといえば、自分が行ったときは」と、自分の話へ切り替える。
話題はつながっていますが、相手の話を使って、自分が話したいことを話しているだけです。
Q太郎の父もこれをよくやりますが、この問題は長くなるので、また別の動画で扱いたいと思います。
とにかく目的は、相手の真意やロジックを理解するという目的を達成することが重要で、全部にうなずいたりとか、「なるほど」とか同意したりする必要はないわけです。また相手の話を利用して、自分の話を差し込むパラレルトークは完全に論外なわけです。
あなたが膨大な知識を持っていたとしても、相手はそんなことには興味がなくて、それより自分をどれだけ気にかけてくれるかに重きを置きます。「相手の話を聞く」というのも、その一環なのですね。
・二つ目・理解と同意を分ける
それでは二つ目、理解することと同意することを分けることです。
宗教や政治的信条が違えば、そもそも同意することは難しいです。しかもこの本のターゲットは、その根本的部分からして違う人との会話をどうするかなのです。基本的には「同意できない相手」なのですね。
とくに、受け入れられない信念を持つ相手には、「理解を示したら、相手を肯定したことになる」と感じてしまいます。
しかし、理解と同意は別です。「その考え方にたどりついた経緯は理解はできたけど、同意はできない」という話ですね。我々がやらなければいけないのは「経緯の理解」であって、「同意」ではないわけです。
例えば知人が、「投資はギャンブルだから絶対にやらない」と言ったとします。
あなたがすぐに、長期投資のリターンや新NISAの説明をしても、相手が恐れているものが分からなければ、まず会話になりません。
身近な人が株で大損したのかもしれません。老後資金が一時的にでも減ることに耐えられないのかもしれません。投資商品と詐欺商品を同じものだと思っているのかもしれません。
そのため、まずやらないといけないのは、そう思うに至った背景を聞き出すことですね。それが会話の第一目的なわけです。それをやる前に、自分の知識をぶつけても意味が無い。高確率で時間と労力の無駄になります。
反対に、「株は長期なら必ずもうかる」と信じる人に対しても同じです。
なぜそこまで確信しているのかを理解することと、その確信へ同意することは別です。会話でやることは、確信に至った経緯を聞き出すことですね。だから聞くことが重要なわけです。聞き上手とは、この経緯を聞き出す能力とも言えますね。うなずいていれば言い訳では無いのです。そもそもそれは目的がない。
ラポールとは、相手へ迎合することではありません。
意見が違うことを隠さなくても、会話を続けられるという信頼です。
相手がその考えに至った経緯を聞き出していくうちに、相手も自分を客観的にとらえられるようになるので、案外自分の間違いに気づいたり、意見が変わったりすることもあります。
逆に相手の話を聞いて、自分自身の間違っていたことに気づいたり、本気で「なるほど」と思ったりとかもありますね。そのときは「なるほど」と言ってもいいと思います。
そのため、重要なのは、なんで相手の話を聞かないといけないのか、聞くことの「目的」を理解することですね。「話を聞く人は喜ばれる」とか、そういう単純な話ではないわけです。あくまで自分と相手による、建設的な作業なわけです。
・三つ目・信念へ至った方法を調べる
それでは三つ目、結論ではなく、その信念へ至った方法を一緒にさぐっていくことです。
強い信念を正面から否定すると、人は結論を守ろうとします。
そこで「あなたは間違っている」と言う代わりに、次のように尋ねます。
その考えを、どの程度確信していますか。
何がきっかけで、そう考えるようになりましたか。
どのような証拠が出れば、考えが変わる可能性がありますか。
同じ判断方法を、反対の立場の人が使っても信用できますか。
例えば、「新NISAは政府が国民を損させるための罠だ」と確信している人がいたとします。
そこで自分の知識やロジックを展開して反論するのをぐっと我慢して、どうしてそう思うのかを普通に聞く。
何を見て信じたのか。反対の情報も確認したのか。相手を責めるのではなく、「週末なにして遊んでいますか?」レベルで、あくまで「会話」として普通に聞き出すのですね。
相手の結論を奪うのではなく、相手自身に、その結論を支えている方法を眺めてもらいます。
ここで重要なのは、尋問や質問攻めにしないことです。
相手を追い詰めるために質問を連発すれば、質問の形をした論破になります。
会話は、一方が正解を教え、もう一方が修正される場ではありません。
お互いが、自分の考えを作った方法を点検する共同作業です。あくまでその考えに至った経緯の話を普通に聞くわけですね。それが会話なわけです。話しているうちに、いろいろ気づきがある場合があるわけです。
相手が好きなもののこと、なんでそれを好きなったのかを聞けば、だいたいみんな早口でめっちゃしゃべってくれますしね。
・Q太郎の見立て・次の会話を残す
ここからは、Q太郎なりの見立てです。
Q太郎は、話が通じない相手とは、意見が違う相手ではないと思っています。
お互いが、自分の結論を発表することしか考えていない状態です。
相手が話しているあいだに、次の反論を考える。基本的に相手の話を聞いていない。
相手の言葉から、自分の体験談へつなげるパラレルトーク。
質問するふりをして、自分の正しさを証明する。
これでは言葉を交互に出しているだけで、会話にはなりません。いわゆる「会話のドッヂボール」です。
会話の目的は、あくまで「相手がなぜその考えに至ったのか」を聞き出すことです。その目的を外してはいけないわけです。自分の意見の発表会は、その目的とは外れているわけです。
もちろん、相手が最低限の礼節を守らず、こちらを傷つけることだけが目的なら、会話をやめ、距離を取ることも必要です。
本書でもあくまで対象は「信条は違うけど、会話をする気がある人」なので、そもそも会話をする気がない人はどうにもなりません。
会話をする気のない相手とは、無理に会話を続けなくてもいい。それはもう会話の対象外です。こちらが何か言っても、ひたすら「うんこ、うんこ」と言っている相手とは会話ができないわけです。
会話とは、自分の正しさを発表する舞台ではありません。
相手が安心して話せる場所を整えてあげることと、相手がその考えに至った理由を、普通に会話として聞き出すことです。それが話が通じない相手と話すための、最初の技術になるとは思います。
実践するには経験が必要になるので、そこは経験を増やしていくしかないとは思いますね。
皆さんは、意見は変わらなかったけれど、話してよかったと思える会話がありますか。
また、ついやってしまう会話の癖があれば、コメント欄から教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
