50代・資産8000万円でリタイア。「お金を払うだけ」の地獄からの脱出

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Q太郎のお金の哲学です。

今回は、お金を払うだけの人生はいかがなものかについてです。

YouTube動画で観たい方はこちらのリンクから。

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「お金を払うだけ」の地獄からの脱出

こんなご質問をいただきました。

50代、男です。資産8000万円でリタイアしました。年金は65歳でもらう予定です。仕事が嫌になったわけではなく、Q太郎さんの動画でもおっしゃっていたように、人生の折り返し地点に入ってきたので、健康な内にやりたいことをやろうと思いました。旅行も行きましたし、好きな釣りも楽しみました。

ただ、やはり注意したいのは、お金で物事を解決しない方がいいということです。リタイア後も節約を心がけているのは、お金が勿体ないということ以上に、お金に依存してしまうと生活する力が失われてしまいます。何でもお金で解決する人生は、自分で生きている気がしないのですね。Q太郎さんのご意見もお聞きしたいです。長文すみません。応援しています

とのことです。ありがとうございます。

お金への依存を避ける

これ、かなり面白いご質問というか、コメントですね。

普通に考えると、資産8000万円でリタイアしたら、「もっとお金を使って楽しんだ方がいいのでは」と思う人もいるかもしれません。旅行に行ったり、外食したり、便利なサービスを使ったり、面倒なことはお金で解決したりと、せっかく資産があるなら、使わないともったいないじゃないか、という考え方ですね。

もちろん、それも一つの考え方です。お金をまったく使うなという話ではありません。体が元気なうちに旅行に行くのもいいですし、好きな釣りを楽しむのもいいです。お金は棺桶まで持っていけませんしね。

ただ、今回の質問者様が言っている、

「お金に依存してしまうと生活する力が失われる」
「何でもお金で解決する人生は、自分で生きている気がしない」

ここは、Q太郎もかなり同意します。

先にQ太郎の結論から言うと、お金で全部解決すると、人は楽になるのではなく、弱くなることがあります。

これ、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、わりと本気でそう思っています。

別の視聴者様のコメントでも、「子供をダメにしたいなら、欲しい物を何でも買い与えればいい」というのがありました。これにはかなり同意です。

お金を払えば便利になります。面倒なことを他人に任せられますし、時間も浮きますし、快適にもなります。でもその一方で、自分で考える力、自分で動く力、自分で生活を組み立てる力が、少しずつ落ちていく可能性があるんですね。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。今回は、資産8000万円でリタイアした方のコメントをもとに、「お金を払うだけ」の地獄からどう脱出するかについて、独自の視点で深掘りしていきます。

お金を払うのが一番ラク

以前にも話したことがありますが、物を手に入れる方法には、「お金を払う」以外にもあります。

「盗む」とか「奪う」とかの犯罪的な手段を抜きにすれば、「作る、もらう、借りる」があります。

この中で一番ラクなのが、お金を払うことなんですね。お金を出して、買う。終わりです。極端に言えば、チンパンジーでもできるわけです。以前もそんな動画を作りましたが(笑)

でも、自分で作るとなると、知識が必要ですし、道具も必要です。失敗もしますし、時間もかかります。

もらうとなると、人間関係が必要ですし、相手に頼む必要があります。相手との信頼も必要です。

借りるとなると、返す責任がありますし、壊さないように使う注意も必要です。そもそも誰から借りるのかを考えないといけませんし、やはり人間関係が必要です。

つまり、「お金を払う」以外の方法は、だいたい頭を使うんですね。人間関係も使いますし、工夫も必要になります。

一方で、お金を払うだけなら、考える部分がかなり少なくなります。欲しい、買う、以上終わり、です。

これが便利な一方で、怖いところでもあります。

お金で解決し続けると、だんだん考えなくなっていくんですね。

どうすれば安くできるか、どうすれば自分で作れるか、誰かに借りられないか、別のもので代用できないか、本当に必要なのか、そもそも買わなくてもいいのではないか。

こういう思考が、ごっそり抜け落ちていきます。

お金を払えば終わりですからね。考える必要がない。

そして、お金を払うことに慣れすぎると、今度はお金がないと何もできない人になっていきます。

これはかなり怖いです。

Q太郎の動画制作はかなり無料

たとえば、Q太郎のチャンネルの動画も、ほぼ無料で作っています。

動画編集ソフトも無料のものを使っています。背景も自分で撮った写真を使っていますし、素材やBGMも、できるだけ版権フリーのものを使っています。

最近はAI音声を使っていますが、これもさすがにお金がかかるかなと思っていたんですね。ところが、仕事でAI音声を使っている知人というか親戚がいて、毎月トークンがけっこう余っているので、使っていいとのことでした。なので、ありがたくお借りしています。

最近動画のサムネ画像もAI生成していますが、これも無料です。

しかも、YouTubeチャンネルの相談用チャットに作らせています。YouTubeの相談チャットにチャンネル分析をしてもらったら、「サムネがダメダメですね。センスないんじゃないですか?」とか偉そうなこと言ってきたので、まあそこまでひどい言い方はしませんが(笑)。「サムネがちょっとアレなので、クリックする人少ないんじゃないですか」みたいな感じで指摘されたので、「アレってなんやねん。そこまで言うなら作ってみてよ」と言ったら、立派なのを作ってくれました(笑)

「あ、作れるんだ」と思って、それ以来使わせてもらっています。

普通のAIの無料コースって、何枚か画像生成したらすぐに、「今日の分は終わりです。貧乏人はまた明日来てください」みたいな感じになります(笑)

ただ、相談用チャットだと、どうもその制限が無さそうな感じなので、今のところ利用させてもらっています。あまりこういう話をすると、そのうち制限されそうな気もしますが(笑)

そんな感じで、Q太郎はできるだけ無料でやっています。

お金を使いたくなければ頭を使え

これ、最初からAIにサブスクして画像生成していたら、こういうシステムの盲点を突くというか、ある意味「せこい」ことは考えないわけですよ(笑)

もちろん、Q太郎が単にお金を払いたくないというのもあります。というか、それが一番大きい理由かもしれません(笑)

でも、それだけでもないんですね。

お金を払わないとなると、頭を使わないといけません。どうすれば無料でできるか。どこに素材があるか。何を自分で作るか。何を借りるか。何をあきらめるか。どこまでなら許容できるか。

こういうことを考える必要があります。

もし最初から全部お金で解決していたら、たぶん何も考えなかったと思います。

有料ソフトを契約する。有料素材を買う。有料AIに課金する。サムネも外注する。最終的には動画編集も外注に丸投げする。原稿もAIや外注に任せて、全部丸ごとやってもらう。お金を払えば、たしかにクオリティは上がるかもしれません。

「払った分以上に儲かればいいじゃん」と言うならそれでいいかもしれませんが、でも、Q太郎的には、そこが何か違うんですね。

お金を払えばラクです。でも、その分、自分で工夫する余地がなくなりますし、自分で考える時間もなくなりますし、自分の手を動かす場面も減ります。

すると、自分の動画なのに、だんだん自分で作っている感じが薄くなるんじゃないかと思うわけです。動画を作るのもQ太郎にとっては娯楽の一つなわけで、それをAIとか外注に奪われると、それはちょっと違うんじゃないかという話です。

すごく遊びたかった新作ゲームを買ってきたら、AIや外注業者が「よっしゃ、任せておけ!代わりにクリアしてやる!時短だ!」とか言い出す感じですね。いや、勝手にクリアするんじゃねえ、と。時短じゃねえよ、と。

お金で解決すると考えなくなる

これ、動画制作だけではありません。

生活全体でも同じです。

料理が面倒なら、外食する。掃除が面倒なら、掃除代行を頼む。移動が面倒なら、タクシーに乗る。買い物が面倒なら、ネットで全部届けてもらう。悩むのが面倒なら、AIや誰かのおすすめをそのまま買う。Amazonが実際そういうシステムになってますね。

もちろん、これらが全部悪いという話ではありません。

忙しい人が家事代行を使うのは合理的です。体調が悪いときにタクシーを使うのも普通です。高齢になって自分でできないことを誰かに頼むのも必要です。

ただ、何でもかんでもお金で解決していくと、生活の中から「自分でやる」部分がどんどん消えていきます。

料理しない。掃除しない。歩かない。直さない。作らない。選ばない。工夫しない。

そうなると、本人はただ、お金を払って、完成品やサービスを受け取るだけの存在になっていきます。

ここ、ちょっときつい言い方をすると、本人は肉の塊とか置き物みたいになっていくわけです。

実際に動いているのは周りの人です。作っているのも周りの人です。運んでいるのも周りの人です。考えているのも周りの人です。本人はただ、商品やサービスが届くのを待っているだけ。

これを「自由」と呼んでいいのか、という話なんですね。FIREや早期退職後に、こんな人任せな生活をしているのが本当に自由なのかと。

質問者様が言っていた、「自分で生きている気がしない」という感覚も、たぶんここにつながっているのではないかと思います。

自分で何もやっていない。さらに言えば、自分で何もできなくなっている。生活は快適なはずなのに、自分の輪郭が薄くなっていく。

これは、けっこう精神衛生上よくないと思います。

お金があるほど無能になる問題

お金は便利です。

でも、便利すぎる道具は、人を弱くすることがあります。

たとえば、毎日タクシーに乗っていれば、歩く体力は落ちます。毎日外食や宅配なら、料理の感覚は落ちます。掃除を全部人に任せていれば、自分の部屋を整える力も落ちます。壊れたらすぐ買い替える生活なら、直す発想もなくなります。

これが続くと、「お金があるほど無能になる問題」が発生するわけです。「お金を使いたくなければ頭を使え」の逆が起こるわけですね。

お金があるから、何でも人にやってもらえる。何でも買える。何でも外注できる。すると、自分では何もできなくなる。

平時なら、それでもいいかもしれません。社会が普通に動いていて、サービスを提供してくれる人がいて、荷物が届いて、病院が動いて、タクシーも来て、スーパーに食品が並んでいる。

でも、何かあったときはどうするのか。

大震災が起こって、物流が止まって、人手不足になる。サービスが追いつかなくなる。あるいは、もっと極端に言えば、世紀末みたいな状況になる。

そのときに、お金をちらつかせても、「知らんがな。自分でやれ」と言われるだけかもしれません。世紀末だったら、少なくとも肩パッドと釘バットで武装しておかないと、命を守ることはできないでしょう。

なんにせよ、お金があっても誰も来てくれないし、直してくれる人がいないし、料理してくれる人がいないし、介護してくれる人がいない。

そういう時代は、普通にありえると思います。

実際、人手不足はかなり深刻になっています。お金を払えば何でもすぐに来てくれる、という時代ではなくなっていくかもしれません。

前回の動画でも言いましたが、実際に現在進行形で台湾の知人のマンションが雨漏りしていて、修理業者が来るのに一カ月とか、普通にかかったりします。

そう考えると、便利な世の中ではありますが、意識的に自分でできることを少し残しておいたり、自分の生活を自分で回す力を残しておく。これは、単なる節約ではなく、生存戦略だと思うんですね。

節約はケチではなく生きる訓練

今回の質問者様は、資産8000万円でリタイアしたあとも、節約を心がけているとのことでした。

これ、単なるケチではないと思います。

もちろん、お金がもったいないという感覚もあるでしょう。資産があっても、無駄遣いは気持ち悪いものです。Q太郎もサブスクとか嫌いですしね(笑)

ただ、それ以上に、節約には「頭を使う訓練」という面があります。

どうすれば安くできるか。どうすれば買わずに済むか。どうすれば自分で作れるか。どうすれば借りられるか。どうすれば代用できるか。

これを考えること自体が、生活する力を鍛えているんですね。

だから、節約は単にお金を守る行為ではありません。

生活の主導権を、自分の手に戻す行為でもあります。

お金を払えばラクです。誰かがやってくれます。でも、あえて自分でやってみる。料理する。歩く。直す。作る。調べる。工夫する。スコーンを作って失敗する。もう一回やる。

こういう面倒くさいことの中に、自分で生きている感覚があるのだと思います。

もちろん、全部を自分でやる必要はありません。

何でも自給自足しろという話ではありません。そんなことを始めたら、次は別の地獄が待っているでしょう(笑)

大事なのは、お金を使う場所と、自分でやる場所を、意識的に分けることです。

体力的に無理なこと、専門性が高いこと、危険なこと、時間をかけすぎると生活が壊れること。こういうものは、お金を払って頼めばいいと思います。

庭の高くてでっかい木とか、高齢者は業者に頼んで切ってもらった方が安全とは思います。実家の庭にも高い木があって、80歳近い父は業者を呼んで切ってもらったのですが、その業者の方も80歳近かったという話があって、「人手不足やべえ」と思いました。ただその業者の方は、高齢にもかかわらず、器用に梯子を登ったりしていましたけどね。

そんな感じで、本当は自分でできることまで、全部お金で流してしまうと、少しずつ生きる力が落ちていく。

ここはかなり気をつけた方がいいと思います。

お金を払うだけの地獄から降りる

そんなわけで、今回の話をまとめます。

資産8000万円でリタイアした質問者様が、「お金で物事を解決しない方がいい」と感じているのは、かなり本質的だと思います。

お金は便利です。お金があれば、選択肢は増えます。嫌な仕事から距離を取ることもできます。旅行にも行けますし、好きな趣味も楽しめます。これは大事です。

でも、お金で全部解決しようとすると、今度はお金に依存します。

お金がないと何もできない。お金を払わないと生活が回らない。お金を払って完成品を受け取るだけ。そういう状態になると、自由になったはずなのに、むしろ弱くなっていきます。

Q太郎的には、これは「お金を払うだけ」の地獄に足を突っ込んでいる状態だと思います。

苦痛から逃げるためにお金を稼ぐ。お金が貯まったら、嫌な仕事から降りる。ここまではいいです。

でも、そのあとに何をするか。

ただお金を払って、誰かが作った完成品やサービスを受け取り続けるだけなら、それは本当に自由なのか。自分で生きていると言えるのか。災害時や世紀末はどうするのか。肩パッドと釘バットはどこで売っているのか。

こういうことは一度、よく考えておいた方がいいと思うんですね。

お金は使っていいです。便利なサービスも使っていいです。人に頼ってもいいです。

ただ、お金を使えば使うほど、自分の生きる力が落ちていないか。自分で考える力が失われていないか。自分で生活を回す感覚が薄れていないか。

ここは見ておいた方がいいと思います。

Q太郎が動画制作をできるだけ無料でやっているのも、ある意味では生きる力を養うためです。単にセコいだけという説もありますが(笑)

でも、セコいなりに頭を使います。工夫しますし、調べますし、失敗しますし、やり直します。そうやって、自分の手で生活や活動を組み立てていく。

この感覚が、たぶん大事なんだと思います。

皆さんは、お金で解決しすぎて、逆に生活する力が落ちていると感じることはありますか。あるいは、あえてお金を使わずに、自分でやっていることはありますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

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