なぜ「謝らない人」ほど資産公開したがるのか?自信のなさが生む負のループ|絶対「謝らない人」(榎本博明・著)

ayamaranai hito

最近、ちょっと面白いと思った本があったので、紹介させてください。

榎本博明さんの「絶対『謝らない人』」という本です。自らの非をけっして認めない人たちの心理を分析した一冊なんですね。

実はQ太郎の身近、というか親族というか、身内にもこういう人がいまして、結構参考になったんです。

絶対に謝らない人、皆さんの周りにもいませんか。ミスを指摘されても、絶対に「すみません」と言わない人。言う場合もあるのですが、だいたい謝罪にはなっていない。

よくあるのが謝罪会見とかで使われる、「誤解を与えたとしたら誠に遺憾です」とか、「ご心配をおかけしたのだとしたら、申し訳なく思います」とかですね。一見謝っているようで謝っていない。

「誤解を与えたとしたら誠に遺憾です」は、「あなたが誤解して解釈しているだけです」という意味ですし、「ご心配をおかけしたのだとしたら、申し訳なく思います」は「あなたを心配させたこと」に対して言っているだけで、自分がやらかしたことには何の謝罪もしていないわけです。ようするに、いっさい謝っていない。「あなたが勘違いしているだけです」と言っているだけ。謝る気なんてさらさらない。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。

今回は、この本を参考にしながら、絶対謝らない人の心理と、彼らが自慢話や資産公開をしたがる理由について、深掘りしていきます。

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なぜ謝らないのか

この本の結論から言ってしまうと、謝らない人たちというのは、自分に自信がないんですね。

これ、意外に思う方もいるかもしれません。謝らない人というと、なんとなく自信満々で、強そうなイメージがありますよね。

ところが、実際は逆だったりします。

謝ってしまうと、自分の価値が落ちてしまうように感じる。他人より下に見られてしまう。自分に自信がないからこそ、そういう状況には絶対に陥りたくない。

これが、謝らない人たちの根本にある心理なんですね。

一方で、自分に自信のある人は、謝ったところで自分の価値が落ちるわけではないとわかっています。だから、ミスを指摘されたら素直に謝罪して、受け入れて、次に活かしていく。

謝らない人は、そういうことができません。ミスを指摘すると、謝るのではなく、逆にキレてくるわけです。

これは、自信のない自分を守るための防衛反応なんですね。防衛反応で反撃してくるわけです。自分に自信がないので、ミスの指摘をそのまま受け入れることができない。受け入れたら自分の価値が落ちると考えてしまうわけです。

ミスの指摘が適切でない場合もあるかもしれませんが、それだったら冷静に議論すればいいだけで、不機嫌な態度をとったり、怒ったりキレたりする必要はまったくないのですね。

しかも、ミスについては何の検討もなされていないので、根本的なことは何も解決していないわけです。

自分を正当化することにだけ執着しまくる。だから、また同じミスを繰り返してしまう。これが、謝らない人たちの負のループです。

自慢、マウント、そして資産公開

逆にこの手の人たちは、やたら自慢したがったり、マウントを取りたがったりします。

謝ることは自分の価値を落とすことになる。一方で、自分の価値を示すためには、自慢する。とにかく、「自分の価値」にこだわるんですね。ブランド品をやたらと好むのも、この手の人たちの特徴と言えます。

なぜ「自分の価値」にこだわるのか。

これも、結局は自分に自信がないからです。結局そこに行きつきます。

だから、外部のお金とか、社会的地位とか、そういうものに頼るしかなくなる。自分の内側ではなく、外部に頼るしかないわけです。Q太郎からすると、めちゃくちゃコスパの悪い事をしている。

本の中では、ほかにも「平気で見え透いた言い訳をする」「自分ではなく、いつもまわりのせいにする」といった特徴も挙げられていて、Q太郎も読みながら、本当にその通りだなと思いました。身近にいるので、めちゃくちゃよくわかります。

以前、「資産公開するとろくなことにならない」という内容の動画を出したことがありますが、この謝らない人たちというのは、自分の価値を証明するために、儲かっていたら資産公開とか年収公開もしたがるんですね。

それを言ったところで、メリットはほとんどありません。表面上は「すごいですね」と言われるかもしれませんが、裏で嫌われたり、めちゃくちゃ悪口を言われたりするわけです。少なくとも、尊敬されることは万が一にもありません。デメリットしかないんですね。

同窓会とかで、収入マウントを取りに行く人とかいますけど、あれは本気でヤバいと思います。なんで自分から評価落とすようなことするのか。そして案の定、やっぱり裏で悪口言われてるわけです。絶対にろくなことにならないです。

老人ホームでもこういう問題があるみたいです。昔自分がどういう仕事をしていたかとか、年収はいくらだったかのマウント合戦ですね。あんな狭い世界でも、人間はそういうことをしたがるわけです。もう70年とか80年とか生きてきたら、そろそろ悟りを開いて、もっとのんびりと穏やかに生きてもいい気もしますが、どうもそうならない。こういう戦闘本能も人間のサガなのかもしれません。ロマンシングサガですね。

本当の自信とは何か

ここからが、今回一番言いたいところです。

Q太郎が思うに、自信って、別に根拠が必要なわけではないんですね。

ただ、あえて根拠があるとすれば、それは「トラブル対処能力」だと思います。

何かトラブルがあったときに、パニックにならずに対応できる能力ですね。

たとえば、家に強盗が入ってきたらどう対処するか。詐欺にあわないようにどう対処するか。他人とトラブルを起こさずにどうやって切り抜けるか。

こういう力があれば、生きていくうえでの自信になると思います。

逆に、自慢や資産公開というのは、むしろトラブルを招き込む行為です。だから、それをやればやるほど、生きていくうえでのトラブルが増えまくって、逆に自信がどんどんなくなっていくんじゃないかと、Q太郎は思います。自分で自分の首を絞めている感じですね。

それと、この手の、ガラスのプライドを必死に隠している人の攻撃性というのは、場合によっては本気で凶暴になることがあって、現実に殺人事件まで起こったりしているそうです。だから、あまり関わらない方がいい、ということも本に書かれていました。

こちらが親切で言ったことすら、自分への攻撃だと曲解されるリスクが高いんですね。それで、防衛反応としてキレてきたりするわけです。

だからこの手の人たちに、本気で説教したりとかは、自分の身の安全のためにも、あまりやらない方が良いんじゃないかとは思います。本気で何されるかわからない場合がありますしね。親切で言ったことすら、恨みに変えられてしまうわけです。

この本の物足りなさ

ただ、この本には、一つ物足りない点があると、Q太郎は感じました。

事例や心理的な分析はたくさん紹介されているんですが、具体的にこういう人たちにどう対処すればいいか、という記述がかなり少ないんですね。

後半に少しだけあって、先ほども述べたように、「関わらない方がいい」という、ちょっと身もふたもない解決策が提示されています。それはそうですし、そんなことは誰でもわかっているだろうと(笑)

関わらなくていいなら、誰も関わりたくはないわけです。みんなそこまで暇じゃないです。

それより問題なのは、Q太郎のように、この手の謝らない人が身内だったり、仕事での取引先だったりする場合、関わらないというのは、まず無理なんですよね。そういうケースに、どう対処していけばいいのかについては、もう少し書いてほしかったな、というのが正直な感想です。むしろそこがみんな知りたいところなんじゃないかと。そこを書いてほしかった。

ただ、こういうトラブルをささっと解決できる能力こそが、本当の自信なんだとは思います。そう考えると、Q太郎もまだまだ修行が必要だな、と感じています。トラブル解決能力は、生きていくうえで本当に重要とは思いますね。

まとめ

そんなわけで、今回の話をまとめます。

絶対に謝らない人というのは、強そうに見えて、実は自分に自信がありません。謝ると自分の価値が落ちると感じてしまうので、ミスを指摘されてもキレることで自分を守ろうとする。これは防衛反応であって、根本的な解決にはなっていません。

自分に自信がないからこそ、自慢やマウント、そして資産公開といった、外部の価値に頼ろうとします。ただ、それは尊敬されることにはつながらず、デメリットしかありません。

本当の自信というのは、お金や地位ではなく、トラブルに対処できる能力から来るものだと、Q太郎は思います。Q太郎自身も、こういうトラブル対処能力を鍛えていきたいとは思っています。

それで、この手の「絶対謝らない人」への対処は、関わらないのが一番ではあるものの、身内や取引先など、現実にはそう簡単に距離を取れない場合も多いです。関わらなくていいならQ太郎も関わりたくありませんけど、世の中そんな簡単な話ではないわけです。自分が好きなもの、好きな世界だけ見続けるわけにもいかない。

ブッダもおっしゃったように、「生きることは苦である」という言葉どおりです。「苦」というのは、仏教的には「苦しみ」というよりは、「思い通りにならない」ということですね。生きることは思い通りにならないわけです。

まあ、それをどうにかするのがトラブル対処能力であり、生きる力なんだとは思いますので、Q太郎もそういう能力を鍛えるため、精進したいとは思います。

皆さんの周りにも、絶対に謝らない人はいますか。そして、そういう人とどう付き合っていますか。実践していることがあれば、よかったらコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

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