旅行より本を買う方が幸せ?「モノよりコト消費」という罠

mono koto

こんなコメントをいただきました。

「モノ消費よりコト消費の方が持ち上げられていますが、私は旅行より本を買ったりする方が満足度が高いです。コト消費もモノ消費と同じく、見栄の消費もあるとは思います」

とのことです。ありがとうございます。

これ、けっこう核心を突いた指摘だと思うんですね。

最近、「モノよりコト」という言葉、よく聞きますよね。物を買うよりも、旅行や体験にお金を使った方が幸せになれる、という考え方です。

たしかに、そう言われると、なんとなく説得力がある気がしてしまいます。物はそのうち飽きるけど、思い出は一生残る。そんな話を聞いたことがある方も多いと思います。

ただ、今回のコメントを読んで、Q太郎も改めて思ったんですね。

本当に、コト消費の方が偉いのか。モノ消費は劣っているのか。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。

今回は、モノ消費よりコト消費と言われるけれど、本当だろうか、というテーマで深掘りしていきます。

Youtubeで観たい方は以下のリンクから。

旅行より本を買う方が幸せ?「モノよりコト消費」という罠
モノ消費よりコト消費の方が良いのかどうかについてのご質問に対する動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。米国株投資家が『信長の野望・新生withPK』をプレイするとこうなる(参考文献:Amazonリン...
スポンサーリンク

モノ消費よりコト消費?

コト消費とは何か、満足度は人それぞれ

まず、コト消費という言葉の意味を確認しておきましょう。

コト消費というのは、旅行や体験など、形のないものにお金を使うことです。一方、モノ消費は、物を買うことにお金を使うことですね。

近年、「コト消費の方が満足度が高い」という話が広まっています。

物を買う喜びは一瞬で、すぐに慣れてしまう。けれど、旅行や体験の思い出は、時間が経つほど良いものとして記憶に残っていく。だから、モノよりコトにお金を使った方が幸福度が上がる、という理屈です。

これ自体は、間違いではないと思います。実際、体験にお金を使った方が満足度が高い、という研究もあります。

ただ、ここで一つ、大事なことを忘れてはいけないと思うんです。

それは、人それぞれ、満足度の出どころが違うということです。

旅行に行くより、本を買って読んでいる方が満足度が高い人もいます。外に出かけるより、家でゲームをしている方が幸せな人もいます。

コメントをくださった方も、まさにそうですよね。旅行よりも本を買う方が満足度が高い。これは、何も間違ったことではありません。

コト消費が万人にとって正解、というわけではないんですね。

実際、Q太郎も旅行自体はそんなに好きではありません。以前も言いましたが、Q太郎が海外へ行くときも、観光地とかはあまり行かずに、だいたい現地の図書館に行っています。台湾の図書館は日本の小説とかも置いてあるので、結構おすすめです。

なんか観光したいとかじゃなくて、別の環境で暮らしたいという感じなのですね。やることはどこでも同じで、食事作って、掃除して、近所散歩して、みたいな日常生活です。正直、飛行機に乗るのもそんなに好きではありませんし、何百回乗っても全然慣れません。そんな感じで観光自体はどうでもいいかなという感じになっています。

そんなわけで、大事なのは、コト消費かモノ消費かという分類ではなく、自分が本当に何を欲しているのかを正しく選び取ることだと、Q太郎は思います。

裕福な人ほどコト消費を重視する理由

ここで少し、別の角度からも見てみましょう。

実は、コト消費とモノ消費の比率には、ある傾向があります。

裕福な人ほどコト消費を重視し、貧しい人ほどモノ消費を重視する、という傾向です。

これ、考えてみると、けっこう自然な話なんですね。

ただ、これは「貧しい人がモノにこだわる、執着している」という話ではないんですね。むしろ逆だと思います。

貧しい人がモノ消費を重視するのは、モノを大事にしているからではなく、生活に必要なモノがまだそろっていないからです。家電が壊れたら買い替えないといけない。服も、必要なものを必要なときに買わないといけない。つまり、選んでモノ消費をしているわけではなく、生活に追われて、結果的にモノ消費の割合が高くなっているだけなんですね。

裕福な人は、欲しい物をだいたいそろえてしまっています。家も、車も、欲しかったブランド品も、もう手に入っている。そうなると、残っているのは経験くらいしかない。

だから、世界中を旅したり、珍しい体験をしたりすることに、お金と時間を使うようになるわけです。

たとえば、ドバイのお金持ちの方々が、スカイダイビングをしたり、砂漠でレースをしたりするのも、こういう理由が大きいと思います。物はもう十分すぎるほど持っている。だから、残った欲求の矛先が、体験に向かうわけです。

つまり、コト消費が持ち上げられている背景には、「お金がある人ほどコト消費をする」という現実があって、それが「コト消費の方が良いものだ」という価値観に変換されている部分もあると思うんですね。

裕福な人がやっていることだから、なんとなく良いことのように見えてしまう。

でも、これは順序が逆かもしれません。コト消費が偉いから裕福な人がやっているのではなく、すでに物を十分持っているから、自然と体験に向かっているだけ、という可能性もあるわけです。

ここは気を付けておきたいところです。

コト消費は環境にやさしいのか

ここからが、今回一番言いたいところです。

コト消費には、もう一つ、危険な思い込みがあります。

それは、「コト消費はモノ消費よりも環境にやさしい」という考え方です。

これ、けっこう広まっている気がするんですが、Q太郎はかなり危険な思い込みだと思っています。

旅行が増えれば、当然、二酸化炭素の排出量は増えます。飛行機を使えば燃料を使う。ホテルに泊まれば、電気や水を使う。

しかも、ホテル利用というのは、けっこう無駄な資源やフードロスを生み出しています。

Q太郎がホテルに泊まるときに、毎回意味がわからんと思うのが、固形石鹸です。ほとんどの客は一泊とか二泊とか、基本的には数日しか泊まりません。すると固形石鹸を包み紙から取り出して使っても、ちょっとしか使わないことになります。次の客に再利用させるわけにもいかないので、基本的にはゴミになってしまうわけです。あれ、本当によくないと思います。詰め替え用の液体石鹸の方がまだましとは思いますね。

あとホテルのバスローブもそうですね。使用後はすぐにクリーニングです。環境にやさしくない。

バイキング料理なんかもそうで、かなり以前、中国に行ったときにバイキング形式のレストランに行ったのですが、みんなお皿に山盛りの料理を取りまくって、最後は山盛りの皿をいくつもテーブルに残して帰っていくのですね。比喩ではなく、皿の上に料理の山ができているのです。ギャグ漫画とかで出てくるように、ガチで料理が山盛りになっているんです。しかも一人じゃなくて、全員がそんな感じです。

そのレストランは結構いいお値段で、アイスもハーゲンダッツ食べ放題、チョコレートが滝のように流れるチョコレートファウンテンがあったり、並んでいる生肉をその場で焼いてくれたり、寿司もピザも何でもあるという、やけに豪華なレストランでした。

そこそこ生活レベルの高い人でないと食べに来られないとは思うのですが、そのレベルの人達がこんな料理の取り方をして、食べ残しし放題。しかもお皿に文字通りの山盛りで食べ残すという、スケールがやけに大きな残し方をしてくれています。なんか旧約聖書に出てくる堕落した都市みたいな感じの場所とは思いました。聖書詳しくないですけど、なんかそんなイメージです。

ちなみにQ太郎はおごってもらったので、自腹じゃないです。普通にかなり高いので、自腹なら行きません。当然それらの残された料理は、大量に捨てられているわけです。

そんな感じで、みんながコト消費に走って、体験が増えるということは、消費が減ることには、まったくつながらなかったりするのですね。それどころか、モノ消費よりひどい場合があります。ホテルもそうですし、実際、あのレストランは本気でひどかった。

モノを買わなくなった代わりに、旅行や外食で別の資源を消費している。形を変えただけで、消費そのものは減っていないわけです。下手すれば、モノ消費よりかなりひどい。

ここを「環境にやさしい」と思い込んでしまうのは、ちょっと危ういと思います。

コト消費も見栄の消費になっている

そして、もう一つ、見過ごせない問題があります。

それは、コト消費もまた、見栄の消費になっているということです。

SNSが発達したことで、旅行や体験というのは、ものすごく「見せやすいもの」になりました。

昔は家族で写真を撮って、家族だけで満足していた感じですが、今の時代はそうではないのですね。

絶景の写真や、海外ホテルの豪華な朝食。珍しい場所での体験。これらは、ブランド品を持つことと同じくらい、いやそれ以上に、人に見せやすいわけです。

「いいね」が欲しくて旅行先を選ぶ。映える写真が撮れるかどうかで行き先を決める。これも、ある意味では見栄の消費です。

つまり、見栄による旅行と、見栄によるブランド品購入は、やっていることの本質は、かなり近いんですね。

モノ消費もコト消費も、結局のところ、自分は人と違う、自分は特別だということを必死で示そうとする行為に他ならない、と言ってもいいと思います。

コト消費だから上品で、モノ消費だから俗っぽい、というわけではないんです。どちらも、見栄という同じ根っこから生えている場合があるわけです。

まとめ

そんなわけで、今回の話をまとめます。

モノ消費よりコト消費の方が満足度が高い、という話はよく聞きますが、これは万人に当てはまる話ではありません。人によっては、旅行よりも本やゲームを買う方が、ずっと満足度が高い場合があります。

裕福な人ほどコト消費を重視する傾向はありますが、これは欲しい物をすでに持っているからという側面もあり、コト消費そのものが偉いというわけではありません。

また、コト消費は環境にやさしいというイメージがありますが、旅行や体験も、二酸化炭素の排出や資源の浪費、フードロスを生み出します。とくにホテルやバイキング料理は本当にエグいレベルで消費がひどい。体験が増えることは、消費が減ることには直結しません。

そして、SNSの発達によって、コト消費もまた見栄の消費になっています。家族だけで満足していたものが、SNSによって外部に開かれてしまったのですね。見栄による旅行と、見栄によるブランド品購入は、本質的には同じものとは思います。

そんなわけで、本当に大事なのは、コト消費かモノ消費かという分類にこだわることではなく、自分が本当に何を好きなのか、何に満足を感じるのかを把握して、それに対して適切にお金を使うことだと思います。

皆さんは、モノ消費とコト消費、どちらの方が満足度が高いと感じますか。また、コト消費が環境にやさしいというイメージについて、どう思いますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

タイトルとURLをコピーしました