タイパの正体は『見栄の消費』?経済活動の洗脳?

https://youtu.be/EEd-rL_aOMs

こんなコメントをいただきました。

「資産が増えてFIREしましたが、結局またタイパの良い稼ぎ方を探してしまって、結局働いてしまっていますね。経済活動をしないといけないという価値観に洗脳されている気がします(笑)

とのことです。ありがとうございます。

これ、けっこう面白い悩みですよね。FIREして、経済的には自由になったはずなのに、結局、また「効率よく稼ぐ方法」を探してしまう。これでは、いったい何のためにFIREしたのか、ちょっとわからなくなってきます。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。

今回は、このコメントをきっかけに、タイパという考え方そのものについて、深掘りしていきたいと思います。

・タイパという言葉と、倍速視聴の広がり

タイパという言葉、最近かなり流行ってますよね。タイムパフォーマンス、つまり、かけた時間に対してどれだけの満足や効果が得られるか、という考え方です。

コストパフォーマンスがお金の効率を測るものなら、タイパは時間の効率を測るもの、という位置づけですね。動画を倍速で観たりとか、まさにこの典型だと思います。

情報系の動画は、情報を取り込むことが目的なので、それでいい気もするのですが、最近は、映画やドラマを倍速で観る人も多くなっています。

これ、ちょっと不思議な現象だと、Q太郎は思うんですね。映画やドラマというのは、本来、間や余白、雰囲気を味わうために作られているものです。せりふのない数秒の沈黙とか、景色を映すだけのカットとか、そこに意味が込められていることが多い。それを倍速で飛ばしてしまうと、ストーリーの筋だけは追えても、作品が本当に伝えたかったものは、かなりこぼれ落ちてしまうんじゃないかと思います。

なんか、その映画やドラマが本当に観たいというよりも、情報として取り込みたい、という感じなんですね。

つまり、「この作品を味わいたい」ではなく、「この作品を観たという事実を手に入れたい」という方が、目的になっているわけです。これは、映画やドラマを「体験」としてではなく、「データ」として処理している状態だと言えるかもしれません。

仕事で必要ならともかく、「そこまでして映画を観るんだったら、そもそも観ない方がタイパいいんじゃない」と、Q太郎は思ってしまうんですが、若い人が、友達との話題についていくために、情報として映画やドラマを倍速で観るというのが増えているみたいです。

会話に入れない、話題に乗れない、それが気まずい。だから、内容を「知っている状態」だけを、最短ルートで手に入れようとする。これは、作品を楽しむためというより、人間関係から取りこぼされないための、一種の保険のような行動なんだと思います。

なんか、最近の若い人は、友達付き合いに、本当に気を使いますよね。Q太郎の世代で、そこまで人間関係に気をつかっている人は、あまりいなかった気もするんですけど、今の時代は、いろいろ大変なのかもしれません。

SNSがある分、誰が何を観た、何を知っている、というのが、以前より可視化されやすくなっています。だからこそ、「知らない」という状態が、以前よりプレッシャーになりやすいのかもしれませんね。

・タイパには良い面と悪い面がある

タイパは、良い面も悪い面もあると、Q太郎は思います。

そもそも、人生の時間は限られています。だから、それをどう上手く使うかという意味でのタイパは、必要なんじゃないかとは思うんですね。

たとえば、似たような情報を扱っている動画が何本もあって、その中から効率よく必要な情報だけを取り出す。これは、悪いタイパではないと思います。時間という限られた資源を、賢く配分しているだけですから。

一方で、あまりよろしくないタイパは、実際はやりたくもないことを、義務的に続けようとするタイパですね。

たとえば、本当はそこまで観たくない映画やドラマも、なんか世間で流行っているからという理由で、倍速で観たりする。

ちょっとこういうのは、「見栄の消費」も入っていると、Q太郎は思います。「あんな人気のあるドラマ観たことないの?」とか言われたくないので、見栄を張るために、頑張って倍速視聴する。

タイパがいいように自分では思っているつもりでも、そもそも観ないのが一番タイパがいいわけです。義務感から生まれたタイパは、結局、本当のタイパにはなっていないんですね。

あと中国の歴史ドラマって、全部で100話以上とか、わけわからないぐらい長いのがあったりして、それを5話ずつまとめた動画みたいなのもあったりして、なんかいろいろと大変だなとは思います。見始めたら、すごく時間を奪われてしまいますね。

・観なくても話を聞けばいい

ちなみにQ太郎は、日本のドラマはあんまり観ていないですし、そもそも芸能人もあまり知らないんですね。

それでドラマの話を知人から振られたら、「観たことないので、どういう内容か教えて」って聞きますね。そうすると、作品の面白さとか、おすすめポイントとか、いろいろ語ってくれるので、質問しながらそれを聞いていればいいだけのような気もします。

基本的に、人は話を聞いてほしい生き物です。だから、知らないことを聞いて、相手にしゃべらせればいいと思うんですね。わざわざ事前に自分でドラマを観て、予習しなくてもいい気もします。

それで、話を聞いて面白そうだったら、「時間があったら観てみようと思います」とでも言っておけばいいんじゃないかと思います。そうしたら、「DVD持ってるから貸してあげるよ」とか言ってくるかもしれません。今、DVDを使っている人がいるのかは、よくわからないんですが、そんな感じで、相手から話を引き出せばいいだけだと思うんですね。

これは、いわば「会話のタイパ」とも言える方法だと思います。自分で予習する時間をゼロにして、相手から情報を引き出す。これなら、義務感もないですし、相手も気持ちよく話してくれる。一番、無理のない形なんじゃないかと思います。それで話を聞いて面白そうだったら、そのときに自分でじっくり観ればいいだけですしね。

・経済活動という洗脳に気づくこと

・経済活動という洗脳に気づくこと

それで、質問者さんが、経済活動をしないといけない価値観に洗脳されているとのことですが、これ、なかなか鋭い自己分析だと、Q太郎は思います。

やりたくてやっているのであれば、それは別に問題ないと思うんですね。FIREしたあとに、好きで何か事業を始めたり、好きで稼ぎ方を工夫したりするのは、それはそれで充実した時間だと思います。

ただ、義務的にやっているのであれば、それはそれでタイパが悪いんですね。

ここがポイントだと思います。タイパというのは、本来、自分が本当にやりたいことに、時間をどう配分するかという話のはずです。それが、いつのまにか「経済活動をしていないと不安」という、義務感のための行動になってしまうと、本末転倒になってしまいます。

なぜ、こういう状態に陥ってしまうのか。

Q太郎が思うに、これは、長年染み込んできた価値観の影響が大きいと思います。学生時代から、勉強して、いい会社に入って、稼いで、出世して、というレールを、何十年もかけて歩いてきたわけです。経済活動をしていることが、社会に認められている証であり、自分の存在価値そのもの、というふうに、知らないうちに刷り込まれている。

そうなると、FIREして経済的に自由になっても、頭ではわかっているつもりでも、心のどこかで、「働いていない自分」を、どこか落ち着かない、不安なものとして感じてしまうわけです。

これは、本人の意志が弱いとか、そういう話ではないと思います。何十年もかけて染み込んだ価値観は、簡単には抜けません。むしろ、それくらい強い洗脳というか、価値観を持っているからこそ、FIREしたあとも、つい「タイパの良い稼ぎ方」を探し続けてしまうんだと思います。

FIREして、せっかく時間が自由になったのに、また「稼ぐこと」に時間を使ってしまう。これは、お金のためというより、「経済活動をしていない自分」への不安を埋めるための行動になっている可能性があります。

ここで大事なのは、まず、自分がそういう価値観に影響されているかもしれない、ということに気づくことだと思います。質問者さんのように、「洗脳されている気がする」と自分で気づけているのは、実はかなり大きな一歩です。気づかないまま、ずっと稼ぎ続けて、いつまでも自由を実感できない人も、けっこういるんじゃないかと思います。「FIREや早期退職したのに、毎日全然時間がない」みたいな感じですね。

それに気づいたうえで、それでも「やっぱり経済活動が好きだ」と思うなら、それは自分の意志でやっていることになります。でも、「本当はやりたくないのに、不安だからやってしまう」のであれば、それは一度、立ち止まって考えた方がいいと、Q太郎は思いますね。そんなにやりたくないのにやっている以上、全然タイパはよくないわけですしね。

・まとめ

そんなわけで、今回の話をまとめると、タイパという考え方そのものは、悪いものではありません。限られた人生の時間をどう使うかを考えること自体は、むしろ大事な視点です。

ただ、問題なのは、本当はやりたくないことを、見栄や義務感から「タイパよく」こなそうとすることです。映画やドラマを無理に倍速で観るくらいなら、そもそもまったく観ないか、相手に話を聞かせてもらう方が、よほどタイパがいいわけです。

そして、FIREしたあとに、また「タイパの良い稼ぎ方」を探してしまうのも、同じ構造かもしれません。本当にやりたくてやっているならいいんですが、「経済活動をしていないと落ち着かない」という不安から動いているなら、それは一度、見直した方がいいと思います。

タイパを追いかける前に、そもそも、それは本当に自分がやりたいことなのか。そこを問い直すことが、一番のタイパなのかもしれません。丸ごとやめてしまうのが一番タイパがよいですしね。

皆さんは、義務感でタイパを意識してしまっていることはありますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

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