
Q太郎のお金の哲学です。
今回は、FIROという言葉についてです。
YouTube動画で観たい方はこちらのリンクから。
FIREの次は『FIRO』?
FIREという言葉は、かなり一般的になりました。
Financial Independence, Retire Early。経済的独立をして、早期リタイアするという意味ですね。投資や資産形成に関心のある方なら、一度は聞いたことがあると思います。というか、もはや一般用語になってきていますね。
ただ以前から言っていますが、Q太郎はこのFIREという言葉に、少し引っかかるところがありました。
FIの部分はわかる。経済的独立。これは大事です。お金に振り回されない。会社にしがみつかなくてもいい。生活のために嫌な仕事を続けなくてもいい。これは、人生の自由度をかなり上げてくれます。これはわかる。これはOK。
ただ、問題はそのあとのREです。早期リタイア、ここがわからん。「なんでやねん」と。
経済的独立はわかります。でも、経済的独立したからといって、なぜ必ず早期リタイアしないといけないのか。
ここ、よく考えると、本来はまったく関係のない話なんですね。
お金に困らない状態になることと、仕事を辞めること。この二つは、似ているようで、実はまったくの別問題です。関係ないというか、関係なさすぎる。
経済的独立をしたからといって、仕事を続けてもいいわけです。好きな仕事なら続ければいい。人間関係が良いなら続ければいい。無理のない範囲で働けばいい。逆に、疲れたら休めばいい。
つまり、FIREの本質は、本来「仕事を辞めること」ではなく、「仕事との距離を自分で決められること」ではないかと思うんですね。
それでこのFIREの欠点を補うために、サイドFIREとかコーストFIREとかの用語が登場しましたが、それらをまとめたような用語としてFIROという言葉も登場しました。
今回は、FIROという考え方を紹介しながら、完全リタイアよりも「時々リタイア」の方が合う人について話していきます。
そんなわけで、ようこそ。Q太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされないための生存戦略を日々発信しています。今回はFIROについて、独自の視点で深掘りしていきます。
FIRE後に戻る人たち
FIREという言葉が広がってから、いろいろな人が早期リタイアを目指すようになりました。
ただ、実際にはFIREしたあとに、また働き始める人もいます。
最初は自由になって、毎日好きなことができるぞ、ということで楽しいわけです。ショーペンハウワーの言う人生二大地獄の「苦痛と退屈」の苦痛から逃れたのですからね。振り子がニュートラルに戻っていくわけです。
でも、しばらくすると、別の問題が出てくるんですね。振り子はどんどん「退屈」のほうへと振れていって、またもや人生の地獄がやってくる。
やることがない。人と話す機会が減る。社会との接点がなくなる。自分が何者なのかわからなくなる。毎日が休日になると、休日のありがたみが消える。「ハレとケ」が存在しない地獄です。毎日がハレであり、毎日がケ。
人間は、ただ自由時間だけあれば幸せになるほど単純ではありません。自由は大事です。でも、役割も大事です。社会との接点も大事です。誰かに必要とされる感覚も、けっこう大事です。
だから、FIREしたあとに、やっぱり少し働きたいと思う人が出てくる。あるいは、そもそも無理に辞める必要はないのではないか、と思う人も出てくるわけです。
働いていれば、収入があります。社会との接点もありますし、生活リズムもあります。人間関係もあります。
仕事が嫌で嫌で仕方ないなら別ですが、そこまで嫌ではないなら、完全に辞める必要はないのではないか。そもそも仕事が合わないだけなので、働き方を変えれば全部解決するのでは?
こう考える人が増えても不思議ではありません。
つまり、FIREの中でも、RE、つまり早期リタイアの部分が本当に必要なのかという疑問が出てくるわけです。
FIROとは何か
そこで出てくるのが、FIROという考え方です。
FIROは、Financial Independence, Retire Occasionally の略です。
読み方は「ファイロ」でいいとは思いますが、「フィーロ」とか「フィロー」だったらすみません。とりあえず「ファイロ」で通します。
FIROのFI、経済的独立の部分はFIREと同じですが、後半のROは、早期リタイアではなく、時々リタイアするという意味ですね。
完全に仕事を辞めてしまうのではなく、必要に応じて働いたり、休んだりする。しばらく働いて、しばらく休む。そんな感じのゆるい働き方です。
Q太郎的には、Retire Occasionallyよりも、Retire Optionallyの方がしっくりくる気もします。Occasionallyだと「時々」ですが、Optionallyなら「選択できる」という意味になります。つまり、リタイアするかどうかを、自分で選べる状態です。こっちのほうが主体的でいい気もします。そんなわけで、今後この言葉が「Retire Optionally」にしれっと変わっていたら、Q太郎が最初に考案したということは忘れないでほしいかと思います。
なんにしろ、働くこともできるし、休むこともできる。仕事を減らすこともできるし、無理ならしばらく離れることもできる。これがFIRO的な生き方だと思います。
ここで重要なのは、仕事を辞めること自体を目的にしなくていいことです。
大事なのは、経済的独立です。仕事を辞めることではありません。というか、本来経済的独立と仕事を辞めることは関係ありません。
経済的独立で、お金に追われない状態を作る。そのうえで、働くか、休むか、どれくらい働くかを自分で選ぶ。これがFIROの本質だと思います。
FIREの種類が増えすぎている問題
最近はFIREにも、いろいろな種類があります。いわゆる「FIREの種類が増えすぎている問題」ですね。
サイドFIRE、バリスタFIRE、コーストFIRE、リーンFIRE、ファットFIRE。みんな適当なことを言いまくって、もう何が何だかわからなくて、言葉の意味を覚えるのも面倒みたいな状況です。
サイドFIREとバリスタFIRE、ほぼ内容おんなじだから、まとめてサイドFIREでいいじゃねーかよと。コーストFIREも正直わけわかりませんし、たんに資産貯めて退職してないだけじゃん、それ普通の会社員じゃんという気もします。「静かな退職」との違いもよくわからない。
ただ、なぜこんなに種類が増えたのかと考えると、結局、FIREのRE部分に無理があったからではないかと思うんですね。
完全に仕事を辞めることを前提にすると、合わない人が出てきます。
経済的独立はしたい、会社に縛られたくない、嫌な仕事はしたくない。でも、完全に無職になるのもなんか違う。
こういう人たちのために、サイドFIREやバリスタFIREやコーストFIREという言葉が生まれてきたのだと思います。
つまり、いろいろなFIREの種類は、REの扱いに困った結果として出てきたのではないかと、Q太郎は思うのです。
そう考えると、FIROという言葉でまとめてもいいんじゃないかと思うんですね。
経済的独立を目指す。でも、働き方は固定しない。必要なら働く。休みたいときは休む。自分で仕事との距離を決める。
これで十分ではないかと思います。「なんちゃらFIRE」はもう増やさなくていいとは思います。
FIROのメリット
FIROの良いところは、仕事をしてはいけないという謎の圧力がないことです。
以前の動画でも話しましたが、FIRE界隈には、どこか「働いたら負け」みたいな空気があります。
せっかくFIREしたのに、また働くのか。働いたらFIRE失敗ではないか。本当のFIREではないのではないか。
こういう見方ですね。
でも、よく考えると変な話です。
自由を手に入れたはずなのに、「働いてはいけない」に縛られる。それは本当に自由なのか、という話です。
会社に縛られるのが嫌でFIREしたのに、今度はFIREという肩書きに縛られる。これでは、鎖の種類が変わっただけです。
FIROなら、そこまで肩肘を張る必要がありません。
働いてもいいし、休んでもいいし、また戻ってもいい。仕事を減らしてもいいし、気が向いたときだけ関わってもいい。
このゆるさが大事です。
経済的独立があれば、嫌な仕事を断る力が生まれます。生活のために無理して働く必要が減ります。
でも、だからといって、仕事を全部捨てる必要もありません。
自分に合う仕事だけ残す。自分に合う人間関係だけ残す。無理のない範囲で社会と関わる。
これがFIROの大きなメリットだと思います。
仕事は社会との接点にもなる
特に50代以降で完全リタイアすると、社会との接点が大きな問題になります。
会社を辞めると、毎日会う人が減ります。雑談する相手が減りますし、用事が減ります。頼まれごとが減りますし、責任も減ります。
これは一見、良いことだらけに見えます。
でも、人間関係をゼロから作るのは、年齢が上がるほど難しくなります。
若い頃なら、学校、職場、趣味、いろいろな場所で自然に人間関係ができます。でも50代、60代になってから、何もないところで新しい友人や知人を作るのは、けっこうハードルが高いです。しかも無職だと、さらにハードルが上がる。
もちろん、できる人はできます。地域活動をする人もいるでしょう。趣味の集まりに入る人もいるでしょう。ボランティアをする人もいるでしょう。
ただ、全員がそれを簡単にできるわけではありません。
その意味で、仕事は社会との接点としてかなり便利です。
お金を得るだけではありません。人と会ったり、役割を持ったり、何か頼まれたり、感謝されたりする。たまには腹が立つこともありますし、面倒くさいこともあります。
でも、その面倒くささが、人間を社会につなぎ止めている部分もあります。
以前の動画でも話しましたが、お金で全部解決する生活は、便利なようでいて、自分の生きる力を落とすことがあります。
料理しない。掃除しない。歩かない。壊れたものを自分で直さない。誰とも関わらない。ただお金を払って、サービスを受け取るだけ。
これが続くと、自由人というより、だんだん自分で生きる力が落ちていきます。
FIROなら、そこまで極端に仕事を切らなくていい。
働く選択肢を残せるし、社会との接点も残せる。お金も少し入るし、資産を取り崩す不安も減る。
これは、精神的にもかなり安定しやすいと思います。
FIROの弱点
ただし、FIROにも弱点があります。
一番の弱点は、名前があまり一般的ではないことです。
FIREは、言葉として強いんですね。英語で「クビにする」という意味もあります。
昔、トランプ氏がテレビ番組でよく言っていた「You’re fired」というやつですね。「おまえはクビだ!」というやつです。
つまり、仕事から降りる、会社から離れる、というイメージと相性がいい。
短くて、覚えやすくて、かなり強い言葉です。
一方で、FIROはかなり語呂が悪いです。
ファイロ。フィーロ。なんかよくわかりません。読み方もよくわかんない。
なんか家電の新機能みたいです。「新型FIRO搭載」とか言われても、何の機能なのかわかりません。イメージがまったく湧かない。
だから、このチャンネルでも、わかりやすさを考えると、今後もFIREという言葉は使っていくと思います。FIROと言っても伝わらない可能性がきわめて高いからです。読み方が合ってるかどうかすらわからない。
ただ、考え方としてはFIROの方が、現実に合う人はかなり多いと思います。
FIREという言葉を使いながら、実際にはFIRO的に生きる。
これでいいのではないかと思います。
言葉に厳密になりすぎる必要はありません。
大事なのは、肩書きではなく、自分の生活です。
まとめ
そんなわけで、今回の話をまとめます。
FIREのFI、つまり経済的独立はとても大事です。
お金に振り回されない。嫌な仕事から距離を取れる。生活の選択肢が増える。これは人生の自由度をかなり上げてくれます。
ただし、RE、つまり早期リタイアは、必ずしも全員に必要なわけではありません。
経済的独立をしたからといって、仕事を辞める必要はありません。
好きな仕事なら続ければいいですし、無理のない範囲で働けばいい。疲れたら休めばいいですし、また働きたくなったら働けばいい。
そこで出てきたのが、FIROという考え方です。経済的独立をして、時々リタイアする。Retire Occasionallyですね。
完全に仕事を辞めるのではなく、働くことも、休むことも、自分で選べるようにする。
Q太郎的には、Retire Optionally、つまり退職を選択できる状態と考えた方がしっくりきます。今後、しれっと「Retire Optionally」に変わっていたら、最初に言い出したのはQ太郎だと覚えていていただければと思います。
そんなわけで、大事なのは、働くか、働かないかの二択ではありません。
仕事との距離を自分で決められることです。
FIREしたのに働いてはいけない。FIREしたのに仕事に戻ったら失敗。そういう考え方に縛られる必要はないわけです。
自由を手に入れたはずなのに、今度はFIREという言葉に縛られるなら、それはまた別の不自由です。
完全リタイアが合う人もいますし、FIROのように、働いたり休んだりする方が合う人もいます。
どちらが上という話ではありません。
自分に合う距離感を選べること。それが本当の自由だと思います。
ちなみに、FIREの目的が「仕事を辞めたい」になっている人が多いことについては、また別の動画で話したいと思います。
皆さんは、完全リタイアと時々リタイア、どちらの方が自分に合うと思いますか。
よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
