
Q太郎のお金の哲学です。
今回は、FIREを目指す人が見てはいけない「嘘の成功」についてです。
Youtubeで観たい方は以下のリンクから。
SNSを見ると、なぜか自分の人生がしょぼく見える
SNSって、ちょっと見るだけのつもりが、なぜか自分の人生がしょぼく見えてくることありませんか。誰かが高級ホテルに泊まっている。海外旅行に行っている。ブランド品を買っている。高そうなレストランで、よくわからない名前の料理を食べている。こっちは普通にご飯を食べて、普通にお茶を飲んで、普通に生活していただけなのに、急に自分だけ取り残されたような気分になる。
これ、結構やっかいなんですよね。別にさっきまで不幸だったわけじゃないんです。普通に生活していた。部屋もある。ご飯もある。お風呂にも入れる。寝る場所もある。冷静に考えれば、かなりありがたい状態です。でもSNSを10分見るだけで、なぜか自分の生活が急に色あせて見えてくる。さっきまで何とも思っていなかった自分の部屋が、急にしょぼく見える。自分の食事が地味に見える。自分の服が安っぽく見える。
特にFIREを目指している人とか、資産形成をしている人は、ここにハマりやすいと思うんです。自分は将来の自由のために、今は無駄遣いを減らしている。外食も控える。ブランド品も買わない。新NISAでコツコツ積み立てる。これはかなり合理的な行動です。でもその横で、SNSには「成功者」と呼ばれる人たちのキラキラした生活が流れてくる。高級車、高級時計、タワマン、海外旅行、ホテルラウンジ。そういうものを見続けていると、だんだん自分の堅実な生活の方が間違っているような気がしてくるんですね。
そんなわけで、ようこそQ太郎のお金の哲学チャンネルへ。賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされない生存戦略を発信しています。それで今回は、SNSに流れてくる「嘘の成功」と、そこから自分の心を守る方法について、Q太郎が深堀りしていきます。ラジオみたいな感じで、気楽に聞いていただければと思います。
節約している人ほどSNSに心を削られる
それでこれ、ちょっと考えると変な話なんですよね。資産形成をしている人って、かなり冷静に数字を見ているはずなんです。毎月の支出を確認して、投資信託を積み立てて、生活防衛資金も用意して、将来のためにコツコツ準備している。普通に考えれば、かなり強い行動です。派手さはありませんが、地に足がついています。
ところが、SNSを見るとその地に足のついた生活が、急に弱く見えてしまうことがあります。例えば、自分は家で冷凍うどんを食べている。別に悪くないですよね。冷凍うどん、おいしいですし、一パック数十円で買えます。そこに卵でも落とせば、普通に満足できます。でもそのタイミングで、誰かがホテルの朝食ビュッフェを投稿している。海の見えるテラスで、オレンジジュース飲んで、クロワッサン食べて、「最高の朝」とか書いている。
すると、さっきまで普通においしかった冷凍うどんが、急に寂しく見えてくるんです。これ、うどんが悪いわけじゃないんですよ。自分の生活が急に悪くなったわけでもありません。ただ比較対象が現れただけです。昨日まで満足していたものが、誰かの「映え」と並べられた瞬間に、急にしょぼく見えてしまう。ここがSNSの怖いところなんですね。
しかもSNSの厄介なところは、向こうから勝手に比較対象を持ってくるところです。自分から「今日は高級ホテルの朝食と冷凍うどんを比較しよう」と思っているわけではありません。スマホを開いたら、勝手に流れてくる。自分の生活に、勝手に他人のハイライトが差し込まれてくるわけです。これは精神的にはかなり不利な戦いです。
SNSの成功は生活ではなく広告である
ここでまず大事なのは、SNSに流れてくる成功っぽいものを、そのまま「生活」だと思わないことです。なぜならこれ、生活ではなく「広告」かもしれないからです。もちろん全員がそうだとは言いません。純粋に旅行の思い出を投稿している人もいますし、普通に楽しいから写真を上げている人もいます。そこは別に悪いことではありません。
ただ、世の中には明らかに、自分がお金を稼ぐために、「見せるための生活」を作っている人もいます。高級ホテルに泊まる。ブランド品を並べる。高そうな食事を撮る。豪華な部屋を背景にする。そういう映像を見せることで、「この人は成功している」と思わせる。
以前も話しましたが、本来お金は、交換を便利にするための道具でした。でも現代では、「お金を持っていること」、さらに言えば「お金を持っているように見えること」そのものが、信用を作る材料になってしまっているところがあります。
そしてSNSでは、その「お金を持っているように「見せる」技術」が、そのまま商売につながってしまうんですね。
高級ホテルにいる。ブランド品を持っている。高そうな時計をしている。それだけで、「この人は稼いでいるんだろう」「この人の話には価値があるんだろう」と思ってしまう。
そこを利用するわけですね。 そしてその先に、何か商品がある。高額セミナー、情報商材、投資案件、コンサル、オンラインサロン、怪しい副業。ようするに、キラキラした生活が入口になっているわけです。
これ、街中の広告と同じなんですね。電車の中吊り広告を見て、「この広告のモデルさんは毎日こんな生活をしているんだ」とは思わないですよね。あれは広告です。たぶん日常では普通に冷凍うどんを食ったり、卵ご飯を食ったりしているわけです。
でもSNSだと、なぜか広告と生活の境目がぼやけます。本人が自分の部屋で、自分のスマホで、自分の言葉で投稿しているように見えるから、「これは本物の生活なんだ」と感じてしまう。でも実際には、かなり演出された広告かもしれないんです。
だからSNSを見るときは、一度心の中でこう聞いた方がいいと思います。「これは生活なのか。それとも広告なのか」。この問いを挟むだけで、かなり心の守りが強くなります。ホテルの写真を見たら、「いいなあ」と思う前に、「これは何かを売るための背景かもしれない」と考える。高級時計を見たら、「すごいなあ」と思う前に、「これは信用を作るための小道具かもしれない」と考える。そうすると、少しだけ魔法が解けるんですね。
キラキラ投稿の裏にあるビジネスモデル
SNSのキラキラ投稿って、見ている側には娯楽に見えます。でも発信している側にとっては、ビジネスの一部になっていることがあります。豪華な生活を見せることで、「信用」を作る。信用を作ることで、商品を売る。商品を売ることで、お金が入る。そしてそのお金で、また豪華な生活を見せる。こうやって輪っかができていくわけです。
これは別に、すべて悪いという話ではありません。ちゃんと価値のあるサービスを提供している人もいますし、発信自体が仕事の人もいます。ただ、見る側がそれを「ただの成功者の日常」と受け取ってしまうと、かなり危ないんです。なぜなら、その投稿はあなたに「うらやましい」と思わせるように作られているかもしれないからです。
例えば、普通の部屋で普通にお茶を飲んでいる写真より、ホテルラウンジでパソコンを開いている写真の方が、成功しているように見えますよね。普通のスーパーで買ったお弁当より、高級レストランのコース料理の方が、豊かに見える。軽自動車より、高級車のハンドルの写真の方が、稼いでいるように見える。
実際に成功しているかどうかはともかく、成功しているように「見せる」ことはできる。
でもそれは、本当に人生全体の豊かさなのでしょうか。単に、豊かに見える部分だけを切り取っているだけかもしれません。
ここがSNSの怖いところです。SNSは人生全体を見せません。見せたいところだけを見せます。部屋が散らかっているところは見せない。支払いに追われているところは見せない。売上が落ちて焦っているところは見せない。家族関係がうまくいっていないところも見せない。
そういうものを全部カットして、見栄えのいい数秒だけを見せる。こちらはその数秒を見て、自分の24時間と比較してしまうわけです。これは勝てるわけがないんですよ。
見せつける成功とカウンターシグナリング
以前の動画で、カウンターシグナリングの話をしました。本当に社会的地位がある人や、自信がある人ほど、逆に着飾らなくなることがあるという話ですね。超富裕層が地味な服を着たり、成功者がラフな格好をしたりする。あれは、「私はもう見せつける必要がありません」という逆方向のシグナルでもあります。
この視点でSNSを見ると、少し面白いんです。もちろん全員がそうだとは言いませんが、必死に成功を見せつけている人ほど、もしかすると「見せつける必要がある人」なのかもしれないんですね。高級車を見せる。札束を見せる。タワマンを見せる。ブランド品を見せる。毎日のように「自由な人生」「好きなことで生きる」「労働から解放されました」と投稿する。そこまで見せる必要があるということは、逆に言えば、見せないと信用されないのかもしれません。
本当に満たされている人は、意外と静かだったりします。もちろん例外はあります。でも、近所の散歩を楽しんでいる人とか、図書館で本を読んで満足している人とか、自分で焼いたスコーンを食べて「うまいな」と思っている人は、わざわざそれを毎日「成功者の生活です」とは言わないんですよね。たぶん本人にとっては、それが普通の幸せだからです。
ここで大事なのは、「見せているもの」と、「持っているもの」は違うということです。SNSでは、「見せる技術が高い人」が成功しているように見えます。
でもそれは、人生そのものの豊かさとは限りません。映えるものを持っていることと、満たされていることは別です。ここを間違えると、他人の演出に自分の人生を支配されてしまう可能性が高くなります。
SNSを見る前に「これは広告か?」と考える
ではどうすればいいのか。Q太郎が一番簡単だと思うのは、SNSを見るときに「これは広告か?」と一回考えることです。別に難しいことではありません。投稿を見るたびに、心の中で小さくラベルを貼るんです。「これは広告かもしれない」「これは販売導線かもしれない」「これはブランドづくりかもしれない」と。
これをやると、少し冷静になれます。例えば誰かが高級ホテルの写真を上げている。そこで「うらやましい」と思う前に、「これはホテルの写真ではなく、信用を作るための背景かもしれない」と見る。誰かが高級時計を見せている。そこで「自分も欲しい」と思う前に、「これは成功者っぽく見せるための小道具かもしれない」と見る。誰かが「月収何百万円」と言っている。そこで焦る前に、「これは何かを売るための数字かもしれない」と見る。
もちろん、疑いすぎる必要はありません。すべてを敵だと思うと、それはそれで疲れます。ただ、SNSは「広告が混ざっている場所」だと最初から理解しておくだけで、かなり心が楽になります。テレビCMを見て「この人たちは毎日こんなに幸せなんだ」と思わないのと同じです。SNSも同じように見ればいいんです。
もう一つの防衛術は、見たあとに自分の生活を一つ確認することです。例えばSNSを見て心がざわついたら、スマホを置いて、自分の部屋を見る。温かい飲み物を飲む。家計簿を見る。今日の支出を見る。自分の投資額を見る。散歩に出る。つまり、他人の画面から、自分の半径5メートルに戻ってくるんです。
ちなみにQ太郎の場合、キラキラした生活を見ると、逆に「面倒くさそう」と思ってしまうタイプです。広い家を見たら、「掃除面倒くさそう」。豪華な料理を見たら、「胃もたれしそう」。高級車を見たら、「駐車しにくそう」。そういう方向に考えてしまうんですね(笑)
Q太郎は運転の才能がなさすぎて、「これは確実にいつか事故るな」と思って、車は手放していますしね。高級車どころか、普通の車でも厳しいです(笑)
でもこれ、案外大事だと思うんです。キラキラしたものを見るときに、表面の華やかさだけじゃなくて、その裏にある管理とか、掃除とか、維持費とか、手間とか、責任までセットで見る。そうすると、急に魔法が解けることがあります。
本当の生活は画面の外にある
それでQ太郎が最近よく思うのは、本当の生活って、だいたい半径5メートル以内にあるんじゃないかということです。遠くの高級ホテルではなく、自分の机。誰かの高級車ではなく、自分が歩く道。SNSの豪華な食事ではなく、自分が今日食べるご飯。派手さはないですが、実際に自分の体を支えているのは、そういうものなんですよね。
例えば、朝に自分でコーヒーを淹れる。お茶でもいいです。別に高級な豆じゃなくてもいい。いつものマグカップで、温かい飲み物を飲む。それだけでも、ちゃんと味わえばかなり豊かです。ちなみにQ太郎は刺激物が苦手なので、基本的にはお湯を飲んでいます(笑)コーヒーも自分ではほとんど買いません。もらったら飲むかもしれない、くらいですね。
でも別に、それでいいと思うんです。大事なのは、何を飲むかではなくて、自分の生活の中に「これで十分だな」と思える時間があるかどうかなんですね。
あと図書館に行って本を借りる。無料です。でも、下手な娯楽よりずっと面白いことがあります。散歩する。近所の公園の木を見る。季節が変わっていることに気づく。こういうものって、SNSではあまり映えません。でも人生を支える力はかなり強いんです。
自分で焼いたスコーンを食べるとか、スーパーで買った安い紅茶を飲むとか、昔買ったゲームをじっくり遊ぶとか、そういう小さい楽しみも同じです。
嬉しいことに、スコーンを作る動画を望んでくださっている視聴者様もいらっしゃるんですね。いまQ太郎は台北にいるので、作れる環境ではなくて申し訳ないのですが、家に帰ったらちょっと考えてみます。でもたぶん、動画としてはかなり地味だと思います(笑)再生数5とか、そんな感じになりそうです(笑)
ただ、その地味さが大事なのかもしれません。高級ホテルでも、高級レストランでもなく、家でスコーンを焼いて、安い紅茶を飲む。それでちょっと上機嫌になれるなら、もうかなり強い生活だと思うんですよ。
派手な成功者の投稿と比べたら地味です。でも、その地味さの中にしかない安定感があります。毎回ホテルラウンジに行かなくても、毎日ちゃんと機嫌よく過ごせる方が、Q太郎はかなり強いと思うんですね。
FIREとか資産形成って、本来はこの半径5メートルを守るためのものだと思うんです。誰かに見せびらかすためではなく、自分の生活を静かに守るため。嫌な仕事から距離を取るため。余計な競争から降りるため。自分の時間を取り戻すため。
なのにSNSを見て、また他人との競争に戻ってしまったら、本末転倒なんですよね。そこに戻るために、FIREや資産形成を目指していたわけじゃないはずなんです。
他人の成功ではなく、自分の生活を耕す
そんなわけでまとめると、SNSに流れてくる成功は、必ずしも本物の生活ではありません。広告かもしれないし、演出かもしれないし、販売導線かもしれない。もちろん全部が嘘だとは言いません。ただ、こちらがそれを無防備に受け取ると、自分の生活が不必要に貧しく見えてしまいます。
特にFIREを目指している人や、資産形成をしている人は、他人のキラキラした生活に心を削られないことが大事です。自分は自分のペースで、支出を整え、投資を続け、生活を守っている。それはかなり立派なことです。SNSの派手な成功と比べる必要はありません。
大事なのは、遠くの誰かの成功ではなく、自分の半径5メートルの生活です。今日のご飯がおいしいか。部屋で落ち着けるか。散歩できるか。好きな本を読めるか。無理なく眠れるか。家計がちゃんと回っているか。こういう地味なものを守るために、お金や投資はあるんだと思います。
今日の話をしていて、Q太郎もちょっと思ったんですが、皆さんはSNSを見て、自分の生活がしょぼく感じたことってありますかね。逆に、SNSから離れて「これで十分だな」と思えた瞬間があれば、よかったらコメントで教えてください。コメントは全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
