こんなご質問をいただきました。
「老後不安が消えないのは、インフレなど先行き見えない状況と、何歳まで生きるかわからないという問題があります。Q太郎さんはどう折り合いをつけているのでしょうか?」
とのことです。ありがとうございます。
50代を越えてくると、やはり老後不安は出てきますね。最近だと20代から老後不安を抱えている人がいたりして、さすがにそれはどうなんだという気がしなくもありません。未来の準備をすることは必要ですが、やりすぎもどうかとは思います。
では具体的に、老後のために、いくらあれば安心できるのでしょう。
一千万円でしょうか。
二千万円でしょうか。
それとも、五千万円あれば、もう心配しなくてよいのでしょうか。
Q太郎のチャンネルを見ている方は、老後資金をきちんと計算している人が多いと思います。
年金はいくらもらえるのか。
毎月の生活費はいくらか。
資産を年に何%取り崩せば、何歳まで持つのか。
数字で考えることは大切です。
ただ、計算をすればするほど、不安が増えることもあります。むしろ考えれば考えるほど、不安は膨らんでいきます。
百歳まで生きたらどうしよう。
物価がもっと上がったらどうしよう。
病気や介護で、大きなお金が必要になったらどうしよう。
子どもへ迷惑をかけることになったらどうしよう。
ここで問題にされているのは、やはり「お金」なのですね。
それで、未来に起こり得ることを全部、お金だけで解決しようとすると、必要額には上限がなくなります。
どれだけ貯めても、「これで絶対に大丈夫」とは言えません。
以前も紹介した『買わない生活』の著者・稲垣えみ子さんは、老後不安とは、お金に頼ることから起こると述べています。
なかなか大胆な言葉です。
普通は、お金がないから老後が不安になると考えます。
でも稲垣さんは、お金に頼ろうとするから不安になると言うんですね。
もちろん、老後にお金が必要ないという話ではありません。
問題は、お金が「頼れる道具の一つ」ではなく、「頼れる唯一のもの」になっていることです。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「老後不安は、お金だけに頼ることから始まる」を深掘りしていきます。
今日は大きく三つ話します。
一つ目、なぜ老後資金を増やしても、不安が終わらないのか。
二つ目、お金だけに頼る暮らしとは、どんな暮らしなのか。
三つ目、お金以外に頼れるものを持つと、なぜ必要なお金まで減るのかです。
最後に、老後の安心はどこへ貯めればよいのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・安心に必要な金額は決められない
それでは一つ目、なぜ老後資金を増やしても、不安が終わらないのかです。
老後資金の計算には、必ず分からない数字が入ります。
何歳まで生きるのか。
将来の物価はどうなるのか。
どんな病気になるのか。
介護が必要になるのか。
株価はどう動くのか。
どれも、今の時点では分かりません。
そこで私たちは、安全のために少し多めに計算します。
九十歳までは足りそうだけれど、百歳まで考えておこう。
普通に暮らせば足りそうだけれど、医療費も多めに見ておこう。
投資で増えるかもしれないけれど、増えない場合も考えておこう。
慎重に考えること自体は悪くありません。
でも、不確実な未来をすべてお金で埋めようとすると、安全の余白はいくらでも広げられます。
二千万円あれば足りると思っていた人が、物価上昇を見て三千万円必要だと思う。
三千万円貯まったら、今度は介護費用を考えて五千万円欲しくなる。
五千万円になったら、長生きと暴落が同時に来る可能性を考える。
金額が増えるたびに安心するのではなく、守らなければならないお金が増えていきます。
そして、失うことが怖くなります。
前回まで、欲の器が大きくなり続ければ、どれだけ入れても満たされないという話をしました。
老後資金も同じです。
お金を増やすたびに、「安心に必要な金額」のほうまで増やしてしまえば、いつまでも終わりません。
本当は、「安心」を増やすために、お金を貯めていたはずです。
ところが、貯めたお金を減らさないことが、新しい「不安」になります。
老後不安を消すためのお金が、老後不安そのものを育て始めるんですね。安心を増やすほど、不安が増えていく状態になっているわけです。
・二つ目・お金ですべてを買う暮らし
二つ目、お金だけに頼る暮らしとは、どんな暮らしなのかです。
お金に頼るというと、投資や貯金の話に聞こえます。
でも、もっと日常的な話だと思います。
食事を作れないから、毎回買う。
掃除や片づけができないから、誰かへ頼む。
体を動かさなくなり、近い場所へ行くにもお金を使う。
話せる人がいないから、お金を払うサービスだけが外との接点になる。
生活のほとんどを、自分ではできず、周りとも助け合えず、すべて商品やサービスとして買う。
そうなれば、生きているだけで多くのお金が必要になります。当たり前と言えば当たり前です。
そしてお金がなくなった瞬間、暮らしを維持できなくなります。生活能力が無いということは、「お金のある無能」が「お金の無い無能」になってしまうということなのですね。無能という部分は変わらないわけです。その無能をお金で支えていただけなのです。
以前、Q太郎は、お金はしょせん商品券であり、それ自体に価値はないという話をしました。
食事と交換する。住む場所と交換する。誰かの時間や技術と交換する。
交換した先に価値があるのであって、お金は、そのための道具です。
ところが、あらゆるものをお金で買う暮らしになると、商品券を大量に持っていなければ安心できなくなります。
料理ができなくても、お金があれば食べられる。
人間関係がなくても、お金があれば誰かに来てもらえる。
体が動かなくても、お金があれば運んでもらえる。
確かに、お金は便利です。
ただし、商品券が使えなくなったら、何も残りません。
物価が上がれば、同じ枚数の商品券で買えるものが減ります。
必要なサービスが値上がりすれば、予定より早くなくなります。
そして、自分の暮らしを支えるものがお金しかなければ、商品券の残高を毎日確認し続けることになります。
残高が人生の残り時間に見えてくるんですね。
Q太郎は、これが、お金だけに頼る老後の怖さだと思っています。
お金が少ないことだけが怖いのではありません。
お金がなくなったときに、自分を支えるものが何もないことが怖いのです。
・三つ目・お金以外の資産
三つ目、お金以外に頼れるものを持つと、なぜ必要なお金まで減るのかです。
稲垣えみ子さんは、自分でご飯を作り、家事をし、少ないエネルギーで暮らしています。冷蔵庫も洗濯機も掃除機もクーラーも持っていません。電気代はひと月に200円から300円だそうです。
食べ物は、ぬか漬けや干し野菜などを使って保存。毎日快便で、健康状態はめちゃくちゃいいとのこと。ガスも契約していないので、調理はカセットコンロを使います。災害があったとしても怖くないわけですね。
さらにギフトエコノミーを構築しているので、そもそも食べ物とか身の周りのものに困らないわけです。人からどんどんもらえるので、それをまた他人に流すのが大変という状況。お金が余ってしょうがいないので、毎月六つの団体に寄付しているような状況です。
そんな感じで、老後不安のない人は、何でも自分一人で抱え込んでいるわけではありません。
周りへ物を渡し、周りから食べ物などを受け取る関係もあります。
前回お話しした、ギフトエコノミーに近い暮らしです。
自分でできることは、自分でする。
自分のところで余ったものは、誰かへ渡す。
誰かのところで余ったものが流れてきたら、必要な分だけ受け取る。残ったものはまた誰かへ流す。
こういう暮らしでは、必要なものをすべて市場で買う必要がありません。
だから、生活に必要なお金そのものが小さくなります。
ここで大切なのは、老後のために人脈を作り、将来助けてもらおうという話ではありません。
それでは、人間関係まで老後商品として買うことになります。
前回も言いましたが、助けてもらうことだけを考えている人には、なかなか助けは集まりません。逆に欲のない人のところへ、物は集まってきます。
欲のない人は、受け取ったものがじゅうぶんなら、ほかのところへ流してくれる安心感があるからです。「とりあえずこの人にあげれば間違いないだろう」という信用ですね。
まず、自分ができることを持つ。そして、まず自分があたえる。
余ったものがあれば渡す。
そして、自分でできないときには、素直に受け取る。
一方的に依存するのではなく、日常の中で小さく与えたり、受け取ったりする関係です。
料理ができることも資産です。
少ないもので楽しめることも資産です。
自分の体を動かせることも資産です。
困ったときに相談できる人がいることも資産です。
そして、自分から人へ渡せるものがあることも資産です。
これらは証券口座の残高には表示されません。
値段もつきません。
でも、お金を使わずに暮らしを支え、不安を小さくしてくれます。
金融資産が同じ三千万円でも、お金を払わなければ何もできない人と、自分で暮らしを作り、周りと物や助けを渡し合える人では、必要な金額が違います。
お金以外に頼れるものが増えるほど、お金だけが背負わなければならない役割は減ります。その結果、老後に必要なお金まで小さくなるんですね。
お金に頼るということは、アセットアロケーションで考えれば、お金に集中投資しすぎている状態とも言えますね。
・まとめ
最後に、老後の安心はどこへ貯めればよいのか。Q太郎の見立てを置いて終わります。
Q太郎は、老後資金を貯めることを否定していません。
お金は便利な商品券です。生活の土台です。
体が弱ったとき、自分ではできないことを誰かへ頼むためにも必要です。
ただし、老後の安心をすべて証券口座へ入れようとすると、必要額に終わりがなくなります。
未来の病気も、物価上昇も、長生きも、孤独も、すべてお金で解決しようとするからです。
お金に一人で老後を背負わせてはいけません。
安心は、証券口座以外の場所にも貯められます。
自分でできることを増やす。
少ないもので満たされる欲の小さな器をつくる。
人へ何かを渡せる関係をつくる。
必要なときに「助けてください」と言える素直さを持つ。
お金だけに頼らないということは、お金を捨てることではありません。
お金以外にも、自分を支えるものを残しておくことです。お金への集中投資をやめるということです。
老後不安は、お金がないことから始まるとは限りません。
お金しか頼れるものがないことから始まります。
Q太郎は、今のところ、そんなふうに考えています。
皆さんには、お金がなくても自分の暮らしを支えてくれるものがありますか。身につけた力でも、人との関係でも、少ないお金で楽しめることでもかまいません。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
