
こんなご質問をいただきました。
「FANZAで散財した者です。断捨離についてですが、デジタルコンテンツの場合はゴミが出ないので、物理的に家が汚れるとかがないので、どんどん買ってしまうというのがあります。動画を切り貼りした「ベスト版・総集編」を買わないというのはしていますが、それでも結構買ってしまいます。満足感はあるので、後悔はないのですね。この辺りのQ太郎さんの考えをお聞かせください。お金の哲学、応援しています。」
とのことです。ありがとうございます。
以前の「FANZAで散財」の動画のかたですね。前回の動画「『本当に必要?』と考えるほど、お金の使い方が苦しくなる 」につながるところがあるので、このタイミングで取り上げさせていただきました。
デジタル断捨離自体は以前も動画にしたことがありますが、今回はもうちょっと突っ込んだ話をします。
Q太郎は、Steamやエピックゲームに四千本ほどのゲームを持っています。なんか数えてみたら、いつのまにかそんな数になっていました。無料でもらったものもかなり多いですね。知らないかたのために補足しておくと、これは実物では無くて、ダウンロードして遊ぶタイプのものです。家がゲームだらけで圧迫されることはないのですね。FANZAのかたとおなじような状況とは思います。
でも、普段、Q太郎の画面に見えているゲームは一本もありません。
Steamには非表示にする機能があるので、ゲームを全部、非表示にしています。
四千本をジャンル別にきれいに並べ、そこから今日遊ぶゲームを選んでいるわけではありません。
最初から、何も見えない状態にしています。Steamのライブラリを見ても、1本もないわけです。
では、どうやってゲームを遊ぶのか。
まず、遊びたいゲームが自分の中に浮かびます。
それから検索して、非表示の中から呼び出します。
インストールして遊ぶ。
そして、遊ばなくなったら、すぐにアンインストールして、非表示にします。
ゲームを四千本持っているのに、目の前には、今遊ぶ一本か二本しかありません。ゲームを遊ばない時期はゼロ本です。
これが、Q太郎のデジタル断捨離です。
普通、断捨離というと、持っているものを捨てることだと思います。
でも、デジタルデータは捨てなくてもいいと、Q太郎は思っています。
物理的なハードディスクを圧迫しているなら消す必要はありますが、クラウドであずかってくれているのでしたら、必要になるまで、自分の視界から消しておけばいいんですね。
以前紹介した『ギフトエコノミー―買わない暮らしのつくり方』という本では、買っていいジャンルを七つ紹介していて、その中に音楽や本など、知識や芸術に触れるための「デジタルデータ」を買うことは認められていました。あと博物館とかコンサートとかのチケットですね。
この「買わない暮らし」は、物を再利用し、プラスチックなどのごみを減らすことを、大きな出発点の一つにしています。
物理的な本やゲームを買えば、資源を使います。場所も使います。いつか処分すれば、ごみにもなります。とくにプラスチックごみは、マイクロプラスチックになって環境や健康にもあまりよろしくない。プラスチックが完全に分解するには、ペットボトルだと450年ほどかかると言われています。2050年には、海にいる魚よりも、重量比でプラスチックの方が多くなるとの研究もあります。
そんな感じで、完全にプラスチック製品をやめるのは無理ですが、できるかぎりプラスチック製品を購入しないという意識は重要とは思います。Q太郎は水筒を持ち歩いているので、基本的にペットボトル飲料は全然買いませんね。もらったら飲みますけど、自分では買いません。
一方、電子書籍や音楽データ、ダウンロード版のゲームは、物理的なゴミは出ませんし、新しい箱や円盤を部屋へ増やしません。
厳密には、データセンターや通信にも電力が必要ですから、環境負荷がまったくないわけではありません。
ただ、物理的なごみを増やしにくいという意味では、デジタル購入は「買わない暮らし」と両立させやすいのでしょう。それで、「買わない生活」でも購入を認められているというのがあります。
ところが、ここには別の問題があります。
質問者さんが言うように、場所を取らないので、いくらでも買えてしまうんですね。
部屋は散らかっていない。でも、選択肢だけが増え続ける。
物理的なごみは出ていない。でも、自分の注意が大量のデータに埋まっていく。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「Steamのゲーム四千本を全部隠す理由」を深掘りしていきます。
今日は大きく三つ話します。
一つ目、デジタル商品には、なぜ買いすぎを止めるブレーキがないのか。
二つ目、四千本を整理して見せるのではなく、Q太郎が全部隠している理由。
三つ目、一覧から選ばず、遊びたいものが決まってから検索するという方法です。
最後に、デジタル時代の「少ない暮らし」とは何なのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・デジタルには満杯がない
それでは一つ目、デジタル商品には、なぜ買いすぎを止めるブレーキがないのかです。
物理的な物には、満杯があります。
本を買い続ければ、本棚がいっぱいになります。
服を買い続ければ、クローゼットへ入らなくなります。
ゲームの箱を買い続ければ、置く場所がなくなります。
部屋が狭くなり、片づけが面倒になり、「さすがに買いすぎた」と気づきます。
つまり、収納場所が自然なブレーキになります。そもそも置けなくなってしまうのですね。
人によっては倉庫まで借りて保存したりしますが、基本的には限界があります。
でも、デジタルデータには、ほとんど満杯がありません。
ゲームを一本買っても、部屋は狭くなりません。
電子書籍を百冊買っても、机の上は散らかりません。
音楽を何千曲追加しても、棚が倒れることはありません。
しかも、クリックすればすぐに買えます。
セールで安くなる。無料で配られる。まとめて買えば、一本あたりの値段はさらに下がる。
買ったあとに運ぶ必要もありません。箱を開ける必要もありません。収納場所を考える必要もありません。
物を買うときにあった摩擦が、ほとんど消えています。
だから、買うことと使うことが簡単に離れていきます。
買った。でも遊ばない。
もらった。でも一度も開かない。
いつか遊ぶつもりで、ライブラリに追加する。
そして、追加したことさえ忘れます。
物理的な部屋は片づいています。
だから、自分は物を増やしていないように感じます。
でも、アプリを開けば、何百、何千という選択肢が並んでいます。
デジタルデータは部屋を狭くしません。
でも、頭の中を狭くします。ここが一番の問題だと、Q太郎は思います。
今日は何を遊ぼうか。
これはまだ途中だった。
せっかく買ったのだから、一度は遊ばなければ。
選択肢が多いほど自由になるように見えて、実際には、選ぶことだけで疲れるんですね。
なんかゲームや本をたくさん買う人は「老後の楽しみ」という言いわけをよく使いますが、老後に選択の地獄が待っている可能性もあるわけで、楽しみどころか苦しみになったりもします。
あと老後だと、今のゲームは全部古くなって、遊ぶ気が起こらなくなるという可能性もありますね。何十年も前のゲームを今遊ぶ人も少ないですしね。せいぜいYoutubeでレトロゲーム配信とか見るぐらいとは思います。
・二つ目・四千本を全部隠す
二つ目、四千本をジャンル別に整理するのではなく、Q太郎が全部非表示にしている理由です。
四千本もゲームがあれば、きれいに分類したくなります。
RPG、シミュレーション、アクション、格闘ゲーム。
未プレイ、プレイ中、クリア済み、いつか遊ぶもの。
実際、Q太郎も、ときどき好きだったゲームを掘り出して、分類することがあります。
これは好きだったな。
これは、また遊ぶかもしれない。
そうやって整理して、少し満足します。
そして、また隠します。
整理したのだから、その棚を毎日眺めればよさそうなものです。
でも、見える場所へ置けば、その瞬間から、全部が現在の選択肢になります。
遊んでいないゲームが目に入る。
途中で止めたゲームが気になる。
無料でもらっただけなのに、遊ばなければ損をしたように感じる。
四千本を所有していることより、四千本から何かを選ばされ続けることのほうが負担なんですね。選択には本当にエネルギーがいります。ステーブ・ジョブズが毎日同じ服を着るのも、選択に頭を使いたくないわけです。
そこでQ太郎は、ゲームを全部非表示にします。
削除するわけではありません。
買った権利を捨てるわけでもありません。
ただ、今の生活から外します。
Q太郎にとって、Steamのライブラリ全体は倉庫です。
インストールしたゲームだけが、現在の部屋に置かれた物です。
倉庫に何千本あっても、普段の部屋に置いてあるのが一本なら、目の前の暮らしは一本分です。
デジタル断捨離では、所有している数と、生活の中に存在している数を分けて考えられます。
持っているものを全部、現在の自分へ見せる必要はありません。見せないことで、選択の負担を減らすわけです。
・三つ目・遊びたいものを先に決める
三つ目、一覧から選ばず、遊びたいものが決まってから検索するという方法です。
普通は、Steamを開き、ライブラリを眺めながら、今日遊ぶものを探します。
つまり、選択肢が先で、遊びたいものがあとです。
大量のゲームを見せられ、その中から気分に合うものを選びます。
Q太郎は、この順番を逆にしています。
最初に、遊びたいゲームが自分の中に浮かびます。
あのゲームを久しぶりに遊びたい。
あのシミュレーションを、また最初からやりたい。
そう思ってから、名前を検索します。
検索で呼び出し、インストールする。
そして遊ばなくなったら、すぐにアンインストールして、非表示にします。
アンインストールは、ゲームを捨てることではありません。
現在の部屋から、倉庫へ戻すことです。
また遊びたくなれば、検索して呼び出せます。
だから、「いつか遊ぶかもしれない」という理由で、目の前へ置き続ける必要がありません。
前回、買い物では「本当に必要か」ではなく、「これは自分の定番ジャンルか」で考えるという話をしました。
今回は、その次の話です。
買ったものを、すべて見える場所へ並べない。
定番であっても、今遊びたいものだけを呼び出す。
ゲームの一覧を眺めて、遊びたい気持ちを作ってもらうのではありません。
遊びたいものが自分の中から出てきたあとで、データを探しに行きます。
自分の欲望が先。検索があとです。
これなら、プラットフォームに並べられた選択肢から、今日の時間の使い方を決められずに済みます。
・まとめ
最後に、デジタル時代の「少ない暮らし」とは何なのか。Q太郎の見立てを置いて終わります。
物理的な断捨離では、物を捨てれば部屋が広くなります。
でも、デジタルデータを削除しても、部屋の広さは変わりません。
だからQ太郎は、デジタル断捨離で大切なのは、データの数を減らすことではないと思っています。
自分の注意を奪う選択肢を、見えなくすることです。
四千本持っていてもかまいません。
ただし、四千本すべてと、毎日向き合う必要はありません。
ライブラリは倉庫にする。
遊びたいものが決まってから検索する。
今遊ぶものだけをインストールする。
遊ばなくなったら、すぐにアンインストールする。
所有する。隠す。必要になったときだけ呼び出す。使い終えたら、また消す。
デジタル断捨離とは、データを捨てることではありません。
必要になるまで、自分の視界から消しておくことです。
デジタル時代の「少ない暮らし」は、所有しているデータの数ではなく、今日、自分の目に入っている選択肢の数で考えたほうがよいと思います。
Q太郎はSteamに四千本のゲームを持っています。
でも、目の前にあるのは、今遊びたいゲームだけです。遊びたいゲームが無ければゼロ本です。
この方法をFANZAのシステムで再現できるかわかりませんが、基本的にはこの方法を試してみるといいとは思います。うまく応用してやってみるといいでしょう。
皆さんのスマートフォンやパソコンには、持っているだけで、毎日見る必要のないものがありませんか。削除せず、いったん視界から隠したものがあれば、コメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
