AIを使えば使うほど残業が増える?100年前から解けない『労働の呪い』の正体

AIを使えば使うほど残業が増える?100年前から解けない『労働の呪い』の正体
AIで労働時間が減る、というのと裏腹に、実際は増えてしまうことについての動画です。録音できない環境なのでゆっくり実況形式(セルフボイス)でお送りします。チャンネル紹介ゆっくり実況形式(セルフボイス)について

Q太郎、最近ちょっと不思議に思うことがありまして。AIが普及したら、仕事がラクになって、もっと自由な時間が増えるはずだった。少なくとも、そう期待していたかたも多いんじゃないかと思うんです。

ところが周りを見ても、Q太郎自身の生活を振り返っても、なんだか前より忙しくなっている気がするんですね。

たとえば、AIに議事録の要約を任せられるようになったのに、浮いた時間で結局、別の資料をもう一本作り始めてしまう。そんな経験、心当たりのあるかたも多いんじゃないでしょうか。

この現象、実は今に始まった話じゃないんです。1930年、イギリスの経済学者ケインズが、こんな予言をしていまして。「100年後の2030年には、週15時間働けば十分な時代が来る」と。週15時間ですから、一日2時間ほど労働すればいいということですね。

機械化が進めば進むほど、人間の労働時間はどんどん短くなっていくはずだ、という予測でした。あと数年で2030年ですが、週15時間労働どころか、Q太郎の周りで週15時間しか働いていない会社員のかた、ちょっと思いつかないんですね。下手したら一日15時間働いている人もいるわけで。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に振り回されないための生存戦略を日々発信しています。

今回は「AIで私たちは暇になるのか」というテーマを深掘りしていきます。

・ケインズの外れた予言

ケインズの予言、理屈としては別に間違っていなかったんです。前提はシンプルでして、「同じ量のモノを作るなら、生産性が2倍になれば、働く時間は半分で済む」という計算でした。この計算自体は、算数としては正しいんですね。4時間でやっていたことが、2時間でできるようになる。残りの2時間は自由に使うことができる。

ところが実際に起きたのは、まったく違う選択でした。生産性が上がったとき、人間や企業が選んだのは「同じ時間だけ休んで、同じ量のモノを作る」ではなくて、「同じ時間働き続けて、もっとたくさんのモノを作る」だったんです。

空いたはずの時間を、休むためではなく、さらに生産力を上げるために使い続けた。その結果、モノはどんどん安くなって、生活は便利になったんですが、労働時間そのものはほとんど減らなかったんですね。

たとえるなら、ドラクエで経験値効率が2倍になる装備を手に入れたようなものです。普通に考えれば、今までの半分の時間で同じレベルまで上がれるので、残り半分の時間は町でのんびりしていてもいいはずなんです。

でも実際のプレイヤーがやることは、だいたい決まっていまして。「せっかく効率が2倍になったんだから、同じ時間でもっと先まで進もう」なんですね。休むための効率化のはずが、いつのまにか、もっと先へ進むための効率化にすり替わっている。ケインズが見落としていたのは、まさにこの人間の癖だったんじゃないかと思います。

しかもドラクエは終わりがありますが、現実の仕事は終わりがない。時間が空くたびに、新しい仕事を追加できる。

実際、ケインズのあとにも、多くの経済学者が同じ疑問を投げかけてきました。生産性はケインズの予想以上に伸びたのに、なぜ労働時間だけがほとんど変わらなかったのか。この謎、今でも経済学の世界で語り継がれているんですね。

・AI時代も変わらない現実

同じことが、今まさにAIでも起きています。日本のパーソル総合研究所が今年2月に発表した調査によりますと、生成AIを仕事で使っているかたのうち、実際に労働時間が減ったと感じているのはわずか25.4%だったそうです。

しかも、週4日以上AIを使っているヘビーユーザーほど、逆に残業時間が増えるという、なんとも皮肉な結果も出ています。

別のマクロミルの調査でも、似たような話が出ていまして。生成AIによって業務時間は平均で16%、1日8時間勤務で計算すると75分ほど削減されているそうなんです。ところが、この浮いた75分のうち61.2%は、休憩でも自己研鑽でもなく、「日常の業務」に使われているんだそうです。つまり、せっかく浮いた時間のほとんどが、また別の仕事で埋められているということなんですね。

海外でも似たような研究が出ていまして、アメリカのUCバークレー・ハース校の研究チームが調べたところ、生成AIは労働者の時間を解放するどころか、より速いペースで、より幅広い業務を、より長い時間こなすようになった、という結果が出ています。誰かに指示されたわけでもないのに、AIで浮いた時間を、自分から新しい仕事で埋めていったということなんですね。空いたら詰め込むテトリス状態です。

この構造、ケインズの時代から100年近く経って、道具が蒸気機関からAIに変わっただけで、人間がやっていることはまったく同じなんじゃないかと、Q太郎は思っていまして。

スラムダンクの安西先生の言葉を借りれば、「まったく成長していない」といったところですね。

・「もっともっと」という渇愛

ここからが、今回Q太郎が一番話したかったところなんですけど。なぜ人間は、休めるはずの時間を、休まずに埋めてしまうのか。この問い、突き詰めていくと、仏教の考えかたに行き着くんじゃないかと思っていまして。

以前にも言いましたが、仏教では、この「もっともっと」という心の動きを「渇愛」と呼びます。喉が渇いた人が水を求めるように、満たされても満たされても、次を求め続けてしまう心の状態のことです。

労働だけの話じゃないんですね。消費もまったく同じ構造でして。新しいスマートフォンを買った瞬間、来年の新モデルのことがもう気になり始める。年収が上がった瞬間、その年収に見合った暮らしにすぐ慣れてしまって、また次の年収を求め始める。周りが新しい車を買えば、自分も欲しくなる。人間として自然な反応ではあるんですが、放っておくと一生終わりが来ません。

ドラクエでも、ひのきの棒を買ったら、次は銅のつるぎが欲しくなる。銅のつるぎを手に入れたら、今度は鋼のつるぎが欲しくてたまらなくなる。ゲームの中なら、武器を強くしていくこと自体が目的ですので別にいいんですが、この構造をそのまま人生に持ち込んでしまうと、ちょっと厄介でして。

年収も、資産も、肩書きも、武器と同じようにどこまでも強化し続けられてしまう。そして資本主義社会というのは、この渇愛をエンジンにして回っている仕組みなんじゃないかと、Q太郎は思っています。効率化して浮いた時間を、また働くことに使わせる。安くなったモノを、また次のモノを買うことに使わせる。渇愛が、経済全体を前に進める燃料になっているわけです。

・FIREという降りかた

さて、ここで出てくるのがFIREという生きかたでして。Q太郎、FIREというのは、単なる早期リタイアの手法というより、この「もっともっと」の渇愛から、意図的に降りようとする行為なんじゃないかと思っています。

普通に生きていると、渇愛のベルトコンベアに乗ったまま、なんとなく毎日を過ごしてしまいます。給料が上がれば、それに合わせて生活水準も上がる。周りが昇進すれば、自分も焦り出す。こうした焦りも人間として自然な反応なんですが、放っておくと一生終わりが来ません。

FIREを目指すかたというのは、どこかのタイミングで「もう十分だ」と、自分から見切りをつけている人たちが多いと思うのですね。年収をこれ以上上げなくても、資産をこれ以上増やさなくても、もう戦わなくていい、という線を自分で引く。投資で資本主義を利用しつつも、生活ではドロップアウトしていく。

渇愛は労働だけの話でなく、消費についても同じことが言えると、Q太郎は思っていまして。ブランド品でも、車でも、新しいガジェットでも、「もっといいものを」という渇愛にはキリがありません。

止まることなく発売され続ける新作iPhoneも、この渇愛を利用したマーケティングとも言えます。Q太郎はネットが見られれば十分みたいな感じなので、楽天モバイル加入時に無料でもらったファーウェイのスマホをいまだに使っています。タッチ決済機能とか当然のようについていませんが、クレカとかペイペイを使えばいいだけなので、まったく困らないです。基本料金の3ギガを越えたこともありません。それで、新NISAのクレカ積み立てでもらった楽天ポイントで払っているので、毎月無料です。iPhoneとか欲しいと思わないわけです。

そんな感じで、どこかで自分から「これで十分」と線を引かないと、収入がいくら増えても、AIがいくら仕事を肩代わりしてくれても、忙しさも物欲も一向に減っていかないんですね。

ただ、ここでちょっと厄介な話もありまして。実際にFIREを達成して、渇愛のベルトコンベアから降りたはずのかたが、平日の昼下がり、誰にも急かされない中で、逆に落ち着かなくなってしまう、という話もよく聞くんです。何十年もかけて「もっと稼ぐ」ためのスキルは鍛えてきたのに、「何もしない時間をどう過ごすか」というスキルは、誰も教えてくれなかったわけでして。渇愛から降りることと、降りたあとの時間を使いこなすことは、実は別の技術なんじゃないかと、Q太郎は思っています。これはまた今後の動画でお話しします。

・まとめ

そんなわけでまとめると、ケインズは100年前、「生産性が上がれば労働時間は減る」と予言しましたが、実際に起きたのは逆でして、人間は空いた時間をさらに働くことに使い続けました。AI時代の今も、同じ構造がそのまま繰り返されています。

この背景にあるのが、仏教で言う「渇愛」、つまり満たされても満たされても次を求めてしまう心の動きです。労働も消費も、この渇愛に突き動かされていて、放っておくと一生終わりが来ません。FIREという生きかたは、この渇愛から意図的に降りようとする一つの試みだと、Q太郎は捉えています。

AIがどれだけ進化しても、時間を自動的にプレゼントしてくれるわけではなさそうです。本当に問われているのは、浮いた時間をまた働くことに注ぎ込むのか、それとも「もう十分だ」と自分で線を引くのか、その選択権を自分の手に握れるかどうかなんじゃないかと思います。

そしてもし本当に暇な時間が手に入ったとしても、その時間をどう過ごすかというのは、また別に鍛えないといけないスキルなんじゃないかと、Q太郎は思っています。

皆さんは、もし今の仕事が半分の時間で終わるようになったら、残りの時間をもっと働くことに使いますか。それとも、思い切って休むほうを選びますか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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