FIRE後に取り崩すべきはお金よりプライド【資本主義から降りる勇気】

oriru yuuki

取り崩し投資運用中のQ太郎です。

今回は、比較を捨てて「FIRE後の幸福度」を最大化する、資本主義から降りる勇気、というテーマでお話ししていきたいと思います。

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比較を捨てて「FIRE後の幸福度」を最大化する

以前の動画のコメント欄で、視聴者様から非常に興味深いご意見をいただきました。

FIREを目指す過程で、人との関わりを適度に断つようにしたら、ものすごく心に平穏が訪れました

という内容です。コメントありがとうございます。これ、本当にその通りでして、Q太郎自身も深く共感しました。

私たちが生きているこの資本主義という社会は、実のところ、私たちの「不足感」を燃料にして回っているシステムなんです。

これをQ太郎は「資本主義のバグ」と呼んでいるんですが、資本主義においては、人々が「今の自分に満足して、心穏やかに過ごしてしまうこと」は、経済の停滞を意味します。逆に言えば、ずっと満足させない状態にしていれば、どんどん消費を増やしてくれるということですね。

だからこそ、世の中は常に「もっと良い車に乗りましょう」「もっと広い家に住みましょう」「同年代の平均年収はこれくらいですよ、あなたは負けていませんか?」と、あらゆる手段で私たちに比較競争をさせようと煽ってきます。

ここで、人間の心理を表す非常に面白い行動経済学のお話をします。 実は、人間というのは「世間の平均年収より自分の給料が高いこと」よりも、「すぐ隣の席で働いている同僚よりも、自分の給料が少しだけ高いこと」の方を強く好む生き物なんです。

例えば、1998年のハーバード大学でおこわれた有名な実験があります。サラ・ソルニックとデビッド・ヘメンウェイという学者が行った調査で、学生に次の2つの世界どちらに住みたいかを選ばせました。Aは、自分は年収5万ドルで、周りは年収2万5000ドルという世界。Bは、自分は年収10万ドルで、周りは年収20万ドルという世界。

結果は「絶対的な金額が半分になってもいいから、周りより高いAの世界がいい」と答えた人が多数派でした。まさに「人は絶対的な金額よりも、周りとの比較を重視する」という事実です。

どれだけ自分が高い給料をもらっていても、隣の同僚が自分より一万円多くもらっているだけで、猛烈な不満を感じてしまう。逆に、給料が低くても、周りがもっと低ければ満足してしまう。アメリカのジャーナリストの言葉に「金持ちとは、妻の妹の夫よりも、年間百ドル多く稼いでいる男のことだ」という有名な皮肉があるくらいです。

つまり、どれだけ資産が増えても、どれだけ高い時計を買っても、一番身近な「誰か」と比較している限り、この「不足感」の穴が埋まることは永遠にありません。

「もっと上に、あいつよりも上に」という私たちの欲求は、巨大な資本主義のシステムをぐるぐると回し続けるための、ただの燃料に過ぎないという残酷な真実から、まずは目を背けずに認識する必要があります。

どれだけ資産が増えても、どれだけ高い時計を買っても、上には上がいます。タワーマンションの二十階に住んだら、三十階に住んでいる人が羨ましくなる。誰かと比較している限り、この「不足感」の穴が埋まることは永遠にありません。

「もっと上に」という私たちの欲求は、巨大な資本主義のシステムをぐるぐると回し続けるための、ただの燃料に過ぎないという残酷な真実から、まずは目を背けずに認識する必要があります。

卒業の定義は「精神の独立」

では、FIREの本当の目的は何でしょうか。多くの人は「一億円貯めて、嫌な仕事を辞めること」だと考えています。もちろんそれも一つの側面ですが、本質はそこではないと思います。

FIREの本当の「卒業」の定義は、資産額の多さではなく、「比較競争からの脱出」、つまり「精神の独立」にあるとQ太郎は考えています。

労働から解放されても、心の中が「あいつより私の方が金持ちだ」とか「FIREしたのに世間からニートだと思われたらどうしよう」といった比較や見栄で満たされていたら、それはまだ資本主義の奴隷のままです。

先ほどの視聴者様の「人との関わりを適度に断つことで得られる平穏」というのも、まさにこの精神の独立に直結します。

Q太郎自身も、たとえば台湾の台北に長期滞在して、自炊しながらのんびりと過ごしている時や、日本にいる時でも、あてもなく静かに散歩している時なんかに、この「平穏」を強烈に実感します。

そこには「同僚の出世」も「隣の家の新車」も関係ありません。誰の目も気にせず、社会的な肩書きも比較競争もない環境に身を置くことで、初めて「ああ、自分はもう競争しなくていいんだな」と、心からホッとできるわけです。人との無駄な比較を生むような関わりを適度に断ち切ることは、幸福度を最大化するための非常に有効な防具になります。

幸福度を最大化する「取り崩しの思考」

そして最後に、FIRE後の幸福度を決定づける一番重要なポイントをお話しします。私たちは普段から、バケツ戦略などで「どうやってお金を取り崩していくか」という資産の取り崩しについては真剣に考えていますよね。

しかし、FIRE後に本当に取り崩さなければならないのは、実はお金以上に「プライド」や「承認欲求」なんです。

長年、競争社会で生きてきた私たちは、「常に何か生産的なことをしていなければならない」「人から褒められるような、立派な人間でいなければならない」という呪いにかかっています。

FIREを達成して毎日が日曜日になった時、この呪いを解き、自分のプライドを取り崩せるかどうかが勝負の分かれ目になります。

たとえば、一日中部屋に引きこもって、時間が無限に溶けていくようなゲームにただひたすら没頭する。

資本主義の価値観にどっぷり浸かった人から見れば、「生産性が全くない、無駄な時間の使い方だ」と鼻で笑われるかもしれません。

でも、誰の許可も得ず、誰の承認も求めず、自分のためだけに「何もしない時間」や「生産性のない趣味」を心から贅沢だと感じて楽しめる。これこそが、本当の意味での「豊かな取り崩し」だとQ太郎は思います。

社会の評価や、見栄、プライド。そういった心の重荷を少しずつ取り崩して手放していく。それこそが、資本主義のゲームから無事にログアウトし、自分だけの本当の人生を歩み始めるための、一番大切なマインドセットになるはずです。

今回のまとめ

それでは、今回のまとめです。今回は「比較を捨てて幸福度を最大化する、資本主義から降りる勇気」についてお話ししてきました。

第一のポイントは、「比較競争は資本主義の燃料に過ぎない」ということです。私たちが感じる不足感や「もっと上に」という欲求は、経済を回すためにシステムが仕掛けたバグのようなものです。誰かと比較している限り、どれだけ資産を築いても永遠に幸福にはなれません。

第二のポイントは、「FIREの本質は精神の独立である」ということです。目標金額を達成して仕事を辞めることではなく、世間の目や見栄といった「比較競争」から抜け出すことこそが本当の卒業です。適度に人との関わりを断ち、自分だけの平穏な時間を持つことが重要になります。

第三のポイントは、「お金と一緒に、プライドや承認欲求を取り崩す」ということです。常に生産的で立派でなければならないという呪いを解き、「何もしない時間」や「ただゲームに没頭する時間」を心からの贅沢として味わうマインドセットを持ちましょう。

資本主義というゲームは、資産を築くまではルールを利用して賢く立ち回る必要がありますが、目標を達成した後は、勇気を持ってそのリングから降りなければなりません。どうか、他人の定めた「成功」の基準に振り回されることなく、ご自身の心の中のプライドを上手に取り崩して、穏やかで自由な本当のFIRE生活を楽しんでいってください。

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