
こんなコメントをいただきました。
「資産が貯まると、やっぱり取り崩すのが難しくなりますね。使っても問題無いのは頭ではわかっているのですが、心理的に崩したくないのですね。子供がいないので、このまま持っていても意味ない気もしますが、自分が亡くなったあとは国が没収して上手く使ってくれるかもしれません」
とのことです。ありがとうございます。
似たコメントもいくつかあったので、合わせて答える形にします。
例えば百万円の現金があったとします。
それを使えば、旅行へ行くこともできます。
欲しかった家具を買うこともできます。
投資へ回すこともできます。
今後の医療費として残すこともできます。
仕事を少し休むための生活費にもできます。
百万円は、使う前なら、これらすべての可能性を持っています。つまりこの百万円は、可能性の塊なのですね。
では、その中から旅行を選び、三十万円を使ったとします。
楽しい旅行でした。
しかし口座の数字は、百万円から七十万円へ減ります。「可能性」がちょっと減ったわけです。
旅行を選んだ瞬間、三十万円を投資へ回す可能性も、家具を買う可能性も、将来へ残す可能性も消えました。
一つの人生を選んだことで、選ばなかった人生がいくつも見えてきます。
旅行へ行く前の三十万円には、無数の使い道がありました。
旅行へ使ったあとの三十万円は、もう旅行という一つの過去として固定されてしまいました。
お金を使うとは、商品や経験を手に入れることです。
同時に、そのお金が持っていた、ほかの選択肢を、そのぶん手放すことでもあります。
だからお金を持つほど自由になるはずなのに、使うことが怖くなります。
選択肢を増やすために貯めたお金を、今度は選択肢を減らしたくないために使えません。「可能性」を減らしたくないのですね。
これ、少し不思議な話ですね。
自由になるための資産が、結果的に「何も選ばないための資産」へ変わっているからです。可能性をキープするためだけに存在する資産ですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。今回は「お金は選択肢を増やす。でも、選べなくなる。資産を手放せない理由」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、使う前のお金は、なぜ実際の金額以上に大きく見えるのか。
二つ目、資産が増えるほど、なぜ一つを選ぶことが怖くなるのか。
三つ目、すべての可能性を残そうとせず、お金の一部へ役割を与えることです。
最後に、お金が与える自由とは、選択肢を持ち続けることなのか、それとも実際に何かを選ぶことなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・使う前のお金は何にでもなれる
それでは一つ目、使う前のお金は、なぜ実際の金額以上に大きく見えるのかです。
お金は、まだ形の決まっていない道具です。
一万円札は、本でも、食事でも、電気代でも、ゲームでもありません。
しかし店へ持っていけば、さまざまな物と交換できます。
何にでもなれることが、お金の便利さです。
同時に、それがお金を使いにくくする理由でもあります。
一万円で本を買うとします。
手元には本が残ります。
それだけを見れば、一万円と本を交換しただけです。
しかし頭の中には、一万円で買えた別の物も出てきます。
別の本を買えた。
食事へ行けた。
投資へ回せた。
何も買わず、安心として残せた。
買った本が期待ほど面白くなければ、失った選択肢が、さらに大きく見えます。
やっぱり、別の物へ使えばよかった。
貯金しておけばよかった。
使う前のお金は、まだ失敗していません。
何にも交換していないので、間違った選択をしたという履歴がありません。
百万円を持っていれば、いつでも最善の物へ使える気がします。
しかし使った瞬間、その選択が成功だったのか、失敗だったのかという評価が始まります。
資産のままなら、可能性は完璧です。
旅行にすれば、雨が降ります。
家具にすれば、思ったより部屋に合わないことがあります。
ゲームにすれば、途中で飽きることがあります。
現実へ交換した瞬間、完璧だった可能性には、欠点が付きます。
そのため現金のまま残すことが、一番安全に見えます。
お金には、実際に買える物の価値だけでなく、「いつか最善の選択ができる」という期待まで乗っているのですね。
しかし、百万円で旅行と家具と投資を同時に選べるわけではありません。
使う前から、本当に持っているのは百万円分の選択肢です。
頭の中では、百万円を何度も使い回し、複数の未来を同時に持っているように感じているだけです。
・二つ目・選択肢を減らすのが怖い
二つ目、資産が増えるほど、なぜ一つを選ぶことが怖くなるのかです。
資産を作り始めたころは、目的がはっきりしていた人もいると思います。
生活を安定させたい。
会社を辞められるようにしたい。
老後に困らないようにしたい。
好きなことへ使える自由がほしい。
お金が増えれば、選べることも増えます。
嫌な仕事を辞められる。
住む場所を変えられる。
しばらく働かずに暮らせる。
家族を助けられる。
ところが実際に資産が増えると、その選択肢を行使するのが難しくなります。
会社を辞めれば、毎月の給与を受け取る選択肢が消えます。
家を買えば、別の場所へ移る自由が小さくなります。
旅行へ使えば、その分を老後へ残すことはできません。
お金によって選択肢は増えました。
しかし一つを選べば、可能性がそのぶん減りますので、ほかの選択肢も減ります。
自由を失いたくないので、結局何も選べないという状態になってしまうのです。
会社を辞められるけれど、辞めない。
旅行へ行けるけれど、行かない。
欲しい物を買えるけれど、買わない。
資産は自由を使うためではなく、自由を持っていると確認するために残されます。
口座の数字を見れば、これだけの選択肢があると安心できます。
しかし、そのうちの一つを使おうとすると、不安になります。
これは以前話した、資産を取り崩すと数字が減って怖いという問題と似ていますが、少し違います。
今回Q太郎が考えたいのは、減る数字そのものより、使った瞬間に、ほかの未来が閉じることへの抵抗です。可能性が減ることへの恐怖ですね。
たとえば、十分なお金があっても、旅行へ三十万円を使えない。
これは、老後が不安だからだけではありません。
三十万円のままなら、今後もっとよい使い道が現れるかもしれないからです。
今使えば、未来の最善へ使う可能性を失います。
ただ、その「もっとよい使い道」は、いつ現れるのでしょうか。
来年かもしれません。
十年後かもしれません。
最後まで現れないかもしれません。
よりよい選択肢を待ち続けると、現在の選択は、いつも仮の候補になります。
今の旅行より、いつかの旅行。
今の趣味より、いつか見つかる本当に好きな趣味。
今の自由より、もっと資産が増えたあとの自由。
今の楽しみより、老後の楽しみ。こう考えている人は、結構多いですね。
こうして選択肢を保存している間にも、時間や体力、興味は変わっていきます。
お金の可能性は残っていても、そのお金で選びたかった人生の可能性は、少しずつ減っていくのですね。
お金は数字なのでわかりやすいですが、人生の可能性は、時間とともに減っていることには、なかなか気づきにくいのです。
・三つ目・お金の一部へ役割を与える
三つ目、すべての可能性を残そうとせず、お金の一部へ役割を与えることです。
この話は、資産を全部使ってしまおうという結論ではありません。有り金を全部使ったら、普通に貧乏になって困ると思います。
将来の生活費や、病気、介護、家の修繕などへ備えるお金は必要です。
何にでも使える資産があることで、守られる自由もあります。
問題は、すべてのお金へ、すべての可能性を持たせ続けることです。
老後にも使える。
緊急時にも使える。
旅行にも使える。
投資にも使える。
一つの百万円へ、四つの役割を同時に期待すれば、どの用途にも使えません。
旅行へ使った瞬間、ほかの三つを裏切ったように感じるからです。それで結局、何にも使うことができない。
そこでQ太郎は、お金の一部へ先に役割を与える考え方がよいと思います。
大きく、将来を守るお金と、現在の人生に使うお金を分けます。以前にも話した、あと出しで批判してくる未来のクソ野郎の自分と、今の自分を共存させるのですね。
将来を守る分には、すぐ使わない役割を与えます。
現在へ使う分には、資産総額を守る役割を背負わせません。
旅行へ使うと決めた三十万円を、使う直前になって老後資金と比較し直さない。
老後へ必要な備えを別に確保したうえで、この分は現在の選択肢を実行するためのお金だと決めます。
役割を与えるとは、お金の可能性をわざと狭くすることです。
しかし可能性を狭くするから、実際に使えるようになります。
どの料理にも使える万能の材料を、永遠に冷蔵庫へ残しておいても、食事にはなりません。
切って、焼いて、一つの料理にすると、ほかの料理には使えなくなります。
しかし、そのとき初めて食べられます。
お金も似ています。
何にでもなれる状態を終わらせ、何か一つに変えなければ、人生では使えません。あえて可能性を絞らないといけないわけです。
旅行にする。
自由時間にする。
誰かへの贈り物にする。
安心として残す。
安心として残すことも、一つの立派な選択です。
ただし、選んだのが安心なら、「何にも使えなかった」のではありません。
そのお金で安心を買っていると自覚します。
反対に、現在へ使うと決めた分まで、無限の可能性として保存しないことです。未来のクソ野郎が確実に、「あのときなんでお金を使ったんだ」とか文句を言ってきますしね。最初からその可能性しかないお金にしておかないといけないのです。
Q太郎がよく言う、「好きな物を突き詰める」ことも、可能性を減らす作業でもあります。そうじゃないとあれこれ手を出し過ぎて、けっきょく何もできなくなるのですね。
・まとめ
最後に、お金が与える自由とは、選択肢を持ち続けることなのか、それとも実際に何かを選ぶことなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
お金は、選択肢を増やします。
持っている間は、旅行にも、家具にも、投資にも、将来の安心にも変えられます。
この、何にでもなれる状態は、とても強いものです。
だから手放したくありません。
何か一つへ使えば、ほかの可能性が消えます。
しかも現実に選んだ物には、必ず欠点があります。
旅行では雨が降るかもしれません。
買った物には飽きるかもしれません。
投資は値下がりするかもしれません。
それに比べて、まだ選んでいない未来は完璧です。
しかし、まだ選んでいないから、欠点が見えていないだけです。実行した場合、未来のクソ野郎が、何かしら欠点を見つけては、文句を言ってくるのは目に見えているわけです。
Q太郎は、資産を持つ目的は、選択肢の数を最大にしたまま人生を終えることではないと思っています。
必要な選択肢を持ち、その中から、自分の人生に必要なものを実際に選ぶことです。
選択肢を一つ使えば、資産は減ります。
しかし、その選択肢が「自分の人生」へと変換されます。
旅行へ行った。
仕事を休んだ。
欲しかった物を使った。
大切な人を助けた。
口座から可能性は減りますが、自分の人生には、選んだ結果が残ります。
選択肢を残すために貯めたお金が、選択しない理由になったら、自由の向きが逆です。
資産は増えている。
しかし、使える時間や体力は減っている。
それでも、もっとよい使い道が現れるまで待ち続ける。まあ、なにを選んでも、未来の自分というクソ野郎は文句を言ってきますけどね。
最後に大量の選択肢だけが残り、一つも使わなかったのであれば、自由を持っていたとは言えても、自由を使ったとは言いにくいでしょう。そして選ばなかったことに対しても、未来の自分というクソ野郎は文句を言ってきます。何をやっても文句を言ってきます。
Q太郎の見立てでは、お金は可能性の保存装置です。
しかし人生は、可能性のままでは経験できません。
どこかで一つを選び、ほかの可能性を手放す必要があります。
将来を守るお金には、安心という役割を与える。
現在へ使うお金には、人生を選ぶ役割を与える。
すべてを何にでも使えるまま残そうとしない。何でもかんでも手を出して、何もできなくなるのとおなじことです。
自由とは、選択肢を減らさないことではありません。
自分で納得して、選択肢を一つ使えることです。
皆さんは、使えるお金があるのに、もっとよい使い道がある気がして、選べなかった経験がありますか。また、資産の中で、現在の人生へ使う役割を与えているお金はあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
