
こんなご質問をいただきました。
「退職後に妻が働き始めました。
資産や年金は十分ですし、時給も高くないので、働くのは時間の無駄なんじゃないかとも思います。
Q太郎さんのご意見をお聞かせください」
とのことです。ありがとうございます。
Q太郎の知人にも似たような状況の人がいます。
家計だけを見れば、質問者さんの言うことにも一理あります。
生活できるだけの資産と年金があり、時給もそれほど高くない。通勤時間、仕事着、昼食代、仕事の疲れまで考えれば、数字の上では割に合わないかもしれません。
ただ、この問題をお金の軸だけで考えるのは、少し危ないとQ太郎は思います。
奥さんが仕事から受け取っているものは、給料だけとはかぎらないからです。
自分で稼いだお金、家庭とは別の居場所、自分で決めた予定、個人の経済的自立、夫とは別の人間関係。そして、夫と離れて過ごす時間です。
夫の退職後は、夫婦が一緒にいる時間も一気に増えます。
朝も一緒、昼も一緒、夜も一緒です。
仲が悪くなくても、四六時中ずっと一緒というのは、メンタル的になかなか厳しいものがあります。
妻は少ない時給のために時間を売っているように見えて、実は自分の時間を買い戻しているのかもしれません。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「妻のパートは時間の無駄なのか」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、家計だけを見れば、働かなくてもよいという考えは正しいこと。
二つ目、仕事で得られるのは給料だけではないこと。
三つ目、退職後の夫婦には適度な距離が必要なことです。
最後に、お金が十分にあるのに働くことをどう考えればよいのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・家計だけなら働かなくてもいい
それでは一つ目、家計だけを見れば、働かなくてもよいという考えは正しいことです。
仮に奥さんが1日5時間、週に3日働くとします。
そこから交通費、仕事用の服、外での昼食、働いた疲れによる出費などを差し引けば、手元に残る金額はそれほど大きくないかもしれません。
そのうえ、質問者さんには十分な資産と年金があります。
世帯の資産を増やすという目的だけなら、奥さんが働かなくても問題はありません。
家で過ごしたほうが、自由な時間も増えます。
この範囲では、質問者さんの計算は間違っていません。
ただし、計算の対象になっているのは、夫婦を一つにまとめた家計です。
世帯に十分なお金があることと、奥さん個人が自由に使えるお金を持っていることは、同じではありません。
夫婦のお金だから、妻も自由に使える。理屈ではそうかもしれません。
しかし実際には、何かを買うたびに夫へ説明したり、相手の反応を気にしたりすることがあります。
自分で稼いだ1万円と、夫婦の口座から受け取る1万円は、金額としては同じです。
しかし本人が感じる自由まで、同じとはかぎりません。
それと、長いあいだ収入の中心を夫が担ってきたなら、妻が自分で収入を得ることに、独立を感じる場合はあります。少額でも、夫に依存せずに自分で稼いだということが重要なのですね。
家計の数字というか、お金という軸だけでは、その意味は見えてこないわけです。
たぶん老後で一番重要なのは、お金の軸だけで物を考えてはいけないことですね。
・二つ目・仕事で得るものは給料だけではない
それでは二つ目、仕事で得られるのは給料だけではないことです。
我々は仕事の価値を、すぐ時給や年収で測ります。
時給が高ければ価値があり、低ければ時間の無駄だと考えます。
お金は数字で表示できるので、比べるのが簡単だからです。
しかし仕事には、給料明細に載らないものがあります。
朝起きる理由ができる。決まった時間に外へ出る。家庭以外の人と話す。自分の役割を持つ。自分で使えるお金を得る。
そして、誰かの妻ではない自分でいられる時間を持つ。
これらは時給には含まれません。
仮に時給が低くても、本人が家にいるより楽しく、生活にリズムが生まれているなら、仕事にはお金以外の利益があります。
反対に、時給が高くても、毎日怒られ、体を壊し、家へ帰っても機嫌が悪くなるなら、よい仕事とは言えません。
つまり、時給は仕事の一部分を測っているだけです。
お金という物差しで測れないものは、価値がないのではありません。
その物差しでは測れないだけです。
旅行の価値を、移動距離だけで判断するようなものですね。
遠くへ行くほどよい旅行とはかぎりませんし、高い時給ほどよい人生ともかぎりません。
以前も言いましたが、50代を過ぎたら、お金以外の物差しをたくさん持っておくことが重要とは思います。さすがにいい年をしてきたら、世の中がお金だけで動いているわけではないことはわかってくるとは思いますので、その時期になってまだお金という物差ししか持っていないのはまずいわけです。お金という物差しは、世の中の複雑さに比べて、単純すぎるのです。
もちろん、「働くことは尊い」と美談にする必要もありません。
本人が嫌な仕事を我慢し、低い時給で理不尽な扱いを受けているなら、資産が十分にある以上、辞めればよいと思います。
大切なのは、働いているかどうかではありません。
本人が自分の意思で選べているかです。
・三つ目・夫婦にも離れる時間が必要
それでは三つ目、退職後の夫婦には適度な距離が必要なことです。
会社員時代の夫は、朝に家を出て、夕方や夜に帰ってきます。
夫婦であっても、別々に過ごす時間が自然にありました。
ところが夫が退職すると、突然ずっと家にいるようになります。
朝食も一緒。昼食も一緒。夕食も一緒。買い物へ行くのも一緒。テレビを観るのも一緒です。これは結構きつい。
一緒にいる時間が増えれば幸せも増えるように思えます。
実際、夫婦で過ごす時間を楽しめる人たちもいます。
一方で、距離がなくなったことで、相手の細かい行動が気になり始める夫婦もいます。
「昼ごはんは何?」
「今日はどこへ行くの?」
「またスマホを見ているの?」
「それを買う必要があるの?」
会社が作っていた距離がなくなると、お互いの生活へ口を出しやすくなります。
退職と夫婦関係を扱った研究でも、退職後の関係がどう変わるかは一様ではありません。
一緒に過ごす時間が増えて幸福になる夫婦もいれば、役割や生活の変化によって摩擦が増える夫婦もいます。
つまり、夫婦仲がよいことと、四六時中一緒にいられることは別問題なのですね。
夫は会社を退職しました。
しかし、妻まで夫婦生活へ専業で再就職したわけではありません。
妻から見れば、家に新しい同僚が毎日出勤してきたようなものです。
しかも、その同僚は昼食まで要求してきたりします。普通にきつい。
妻がパートへ出れば、数時間だけでも別々に過ごせます。
家庭以外の人と話し、自分の役割を持ち、家へ戻ったときには話題もできます。
仕事は給料を得る場であると同時に、夫婦のあいだへ空気を入れる場所にもなります。
夫から見れば、妻は低い時給のために時間を使っています。
しかし妻から見れば、働くことで、自分のお金、自分の予定、自分の人間関係、自分だけの時間を取り戻しているのかもしれません。
仮に奥さんが働かずに家にいる場合は、自分が通勤がわりに図書館出かけたり、カフェへ行ったりして、自ら距離をつくるのもいいとは思います。
もしくは奥さんも通勤のように、毎日図書館やカフェ、散歩に出かけたりですね。
どちらも独立した大人として、自由に自分時間を使えるほうが長続きするとは思いますね。おたがいが依存関係になってしまうのが、一番ヤバいとは思います。
・Q太郎の見立て・経済的自由は働かないことではない
ここからは、Q太郎なりの見立てです。
質問者さんが考えるのは、「その仕事がいくらになるのか」だけではありません。
「妻はその仕事によって、何を手に入れているのか」だと思います。
仕事が楽しいのかもしれません。
夫の財産に依存せず、経済的に自立したいのかもしれません。
家にずっと夫がいるので、外へ出たいのかもしれません。
このあたりの理由はわかりせんが、「その時給なら働く意味がない」と夫が判定すれば、妻の時間の価値まで夫がお金という物差しで決めてしまうことになります。
それでは妻が独立するために始めた仕事を、再び夫が許可する構造になってしまいます。これはあまりよろしくない。
お金に困らないために資産を作ったのに、その後の人生までお金だけで評価していたら、結局お金から自由になれていません。
資産や年金が十分にあるのは、もう働いてはいけないという意味ではありません。
お金のためだけに働かなくてもよくなったという意味です。
生活費のためなら、嫌でも働かなければなりません。
しかし生活費が足りているなら、時給が低くても、本人が面白いと思う仕事を選べます。
嫌になれば辞めることもできます。
経済的自由とは、働かないことではありません。
働くことも、働かないことも、お金以外の理由で選べる状態です。お金を軸にして考える必要がないのですね。
妻のパートを時給だけで見れば、時間の無駄に見えるかもしれません。
しかし夫婦げんかが減り、妻が機嫌よく過ごし、本人の独立や尊厳が守られるなら、家計簿には表示されない大きな利益があります。
奥さんは時間を売っているのではなく、自分の時間を買い戻しているのかもしれません。そんな感じで、お金が足りているのなら、むしろお金以外の物差しで物事を考えるといいんじゃないかとは思います。
皆さんは、生活に十分なお金があっても働きたいと思いますか。
また、仕事から給料以外に得ているものがあれば、コメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
