こんなコメントをいただきました。
「稲垣えみ子著「買わない生活」という本を読んでますが、Q太郎さんに考え方が近いですよ。おすすめします。」
とのことです。ありがとうございます。
Q太郎も読みましたし、多くの人に読んで欲しい作品だと思います。この資本主義社会で、お金を使わないほうが健康で豊かな生活が送れるという内容です。
値段は二千円ほどですが、後書きを読むと「印刷代などを含めるとどうしても二千円を超えてしまうので、著者の印税を引くことで、二千円以内に収めた」と恐ろしいことが書いてあったので、むしろ大丈夫かと思ってしまいました。つまりこの本を買うと、稲垣さんの原稿料を我々が受け取ることになるのですね。ギフトエコノミーの実践です。いや、本当に大丈夫なのかと。毎月6つの団体に寄付しているらしいですし、原稿料ぐらいは受け取ってもいいんじゃないかという気がします。
そんな感じで、この本のテーマは「ギフトエコノミー」と「欲の少なさ」になっています。
「欲が少ない」と聞くと、少し寂しい人生のように感じるでしょうか。
欲しいものがあまりない。
行きたい場所も、それほどない。
もっとお金を使って、もっといろいろな経験をしたほうがいい。
そんなふうに言われることもあります。
現代では、欲が大きい人のほうが、人生を楽しんでいるように見えるんですね。
大きな家が欲しい。いい車に乗りたい。世界中を旅行したい。もっと成功したい。
欲があるから働ける。欲があるから成長できる。
それも、たぶん間違いではありません。
でも最近、Q太郎は、欲が少ないことには、まったく別の豊かさがあるのではないかと思っています。
欲が少ない人は、人生から受け取るものが少ないのではありません。
少し受け取っただけで、すぐに満たされるのです。
稲垣えみ子さんの著書『買わない生活』に、こんな言葉があります。
「欲の器が小さいということは、すぐに満たされるということだ」
これは、なかなか面白い見方です。
普通は、たくさん入る大きな器を持っている人が、豊かな人だと思います。
でも、器が大きければ、満たすためにもたくさん必要になります。
反対に、小さな器なら、ほんの少しでいっぱいになります。
そして、いっぱいになった器へ、さらに何かが入ってくれば、それは余ります。
欲の器が小さい人ほど、実は、余るのが早いんですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「欲の器が小さい人ほど、すぐ満たされる」を深掘りしていきます。
今日は大きく三つ話します。
一つ目、大きな器を持つほど、なぜ満たされにくくなるのか。
二つ目、Q太郎がお金をあまり使わないのは、本当に節約が好きだからなのか。
三つ目、満たされた人ほど、なぜ気前よく人へ渡せるのかです。
最後に、豊かな人とはどんな人なのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・大きな器ほど満たされにくい
それでは一つ目、大きな器を持つほど、なぜ満たされにくくなるのかです。
お金が百万円あれば満足できる人と、一億円あっても足りない人がいます。
どちらがお金持ちかと聞かれれば、絶対量で言えば一億円を持っている人です。
でも、どちらが満たされているかは、金額だけでは分かりません。
一億円を持っていても、二億円なければ不安だと思っているなら、その人の欲の器はまだ半分しか埋まっていません。足りませんので、「もっともっと」の渇愛が発動するわけです。
百万円しかなくても、自分に必要なものは十分にあると思っているなら、その人の欲の器はすでにいっぱいです。そこからあふれたものを、人にあたえることができるのです。
私たちは、欲の器へ入っている量ばかりを比べます。
年収はいくらか。資産はいくらか。家はどれくらい広いか。どんな車に乗っているか。
でも、その人の欲の器が、どれくらい大きいのかは見ません。
入ってくる量を増やしても、同じ速さで器まで大きくなれば、いつまでも満たされません。
年収が上がると、住む家が変わる。付き合う人が変わる。欲しいものの値段も上がる。
昨日までは必要なかったものが、今日からはないと恥ずかしいものになる。
持っているものは増えているのに、足りないものまで増えていきます。
これでは、穴の開いたバケツへ水を入れるのとあまり変わりません。
貧しいから足りないのではなく、「欲の器」が大きくなり続けるから、いつまでも足りない。
前回、欲望とは、欲しいものを手に入れるまで「私は不幸です」という契約書へサインすることだ、という話をしました。
欲の器が大きくなり続ける人は、その契約書を次々に更新しているようなものです。
一つ手に入れたら、次のものが欲しくなる。
器がいっぱいになる直前に、器のほうを一回り大きくしてしまう。
それでは、永遠にあふれることはありません。
・二つ目・Q太郎は節約が好きなのか
二つ目、Q太郎がお金をあまり使わないのは、本当に節約が好きだからなのかです。
Q太郎は、節約好きだと思われることがあります。
でも、自分では、そこまで節約が好きだと思っていません。
以前も言いましたが、一円でも安い店を探して歩き回りたいわけでもありませんし、ポイントを集めるために時間を使いたいわけでもありません。
ただ、お金を使うことが少ないだけです。
欲しいもの自体が、あまりないんですね。あまりないというか、「足りている」というのが正しいかもしれません。
今は、お金を使わなくても楽しめるものがたくさんあります。
無料で遊べるゲームもあります。本も全部買わなくても読めます。散歩をするのに入場料はいりません。
もちろん、欲しいものがあれば買います。稲垣さんの著書もkindleで買わせていただきました。
そんな感じで、買わないことを我慢しているのではありません。
そもそも、それほど欲しくない。
ここは、似ているようで、かなり違います。
欲しいものを必死に我慢して、安いものだけで暮らしているなら、欲の器の中は空っぽです。欲を満たしていないので、不満足な状態です。
外からは節約生活に見えても、本人はずっと不足を感じています。
一方で、これで十分だと思っている人は、同じようにお金を使っていなくても、我慢をしている感覚がありません。
節約とは、欲しいものを我慢する技術だと思われがちです。
でもQ太郎の場合は、我慢の技術というより、稲垣さんとおなじく、欲の器が小さいだけなのだと思います。
小さな器を見て、「もっと大きくしなければ人生を楽しめない」と言う人もいます。
でも、小さな器には、小さな器の便利さがあります。
すぐにいっぱいになることです。しっかり欲を満たすことができます。
たくさん稼がなくてもいい。たくさん買わなくてもいい。次々に新しい刺激を入れなくてもいい。
少し面白いことがあって、ご飯を食べて、今日も無事に終われば、だいたい満たされる。下手すれば器からあふれ出す。
人生の要求スペックが低いんですね。
欲はしっかり満たすけど、器が小さいのであっという間に満たされる。
これは、なかなか強いことだとQ太郎は思っています。
・三つ目・満たされた人ほど気前がいい
三つ目、満たされた人ほど、なぜ気前よく人へ渡せるのかです。
欲の器が満たされていないとき、人はなかなか人へ渡せません。
自分の分が足りなくなるかもしれない。あとで必要になるかもしれない。今よりもっと持っておきたい。
そう思えば、手元にあるものを離したくなくなります。
反対に、器がすでに満たされていれば、器からあふれたぶんは人に渡せます。
自分には十分あるから、誰かへ渡せる。
気前のよさは、持っている量だけでは決まらないんですね。
たくさん持っていても、まだ足りないと思っている人は渡せません。
少ししか持っていなくても、もう十分だと思っている人は渡せます。
つまり、気前のよさを決めるのは、資産の大きさより、満たされるまでの距離なのかもしれません。
これは、お金や物だけではないと思います。
自分の時間が足りないと思っているときは、人の話を聞く時間さえ惜しくなります。
自分が認められていないと思っているときは、人を褒めることまで損のように感じます。
でも、欲の器が満タンで、自分はこれで十分だと思えると、少しずつ人へ渡せるようになります。
余った時間を渡す。知っていることを渡す。使わなくなったものを渡す。
満たされた欲の器から、外へこぼれたものを渡す。
稲垣えみ子さんは、自分から人へいろいろなものを渡す一方で、食べきれないほどの食べ物をもらうこともあるそうです。
自分のところで余ったものを誰かへ渡していると、別の誰かのところで余ったものが、こちらへ流れてくる。
ここから先は、物を貯め込まず、人から人へ流していく「ギフトエコノミー」という話につながります。
ただ、この話を始めると、もう一本必要になります。
受け取ったものは、どこまで自分のものなのか。売ってお金に換えてもいいのか。人の善意を利用する人が現れたら、この仕組みはどうなるのか。
これはまた次回以降に、あらためて考えてみたいと思います。
今回は、その手前までです。
人へ渡せるのは、立派な人だからとは限りません。
自分の欲の器が、もういっぱいだから渡せる。
気前のよさとは、人格の問題というより、「自分にはもう十分ある」という感覚から生まれるのかもしれません。結局は「足るを知る」につながるのですね。
・まとめ
最後に、豊かな人とはどんな人なのか。Q太郎の見立てを置いて終わります。
私たちは、豊かになるために、器へ入れるものを増やそうとします。
もっと稼ぐ。もっと買う。もっと経験する。もっと評価される。
そして、たくさん入る大きな欲の器を持っている人を、うらやましいと思います。
でも、欲の器が大きいほど、満たすためには多くのものが必要です。
Q太郎は、豊かさとは、たくさん入る大きな器を持つことではないと思っています。
今あるもので、あふれるくらいの小さな器を持つことです。
欲の器が小さければ、すぐに満たされます。
満たされれば、入ってきたものが余ります。
余れば、人へ渡せます。
気前のよさは、たくさん持っている人の特権ではありません。
「自分には、これで十分です」と言える人から始まります。
欲が少ない人生は、何もない人生ではありません。
少しのもので、満たされる人生です。
皆さんの欲の器は、大きいでしょうか。それとも、案外小さいでしょうか。最近、「これだけで十分だったんだ」と気づいたものがあれば、コメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
