
こんなコメントをいただきました。
「宝くじで夢を買うという言い方はありますが、やはり天文学的な当選確率を考えると、お金の無駄としか思えませんね。人にあげるぶんはいいとは思います」
とのことです。ありがとうございます。
以前に紹介した「年収90万円で東京ハッピーライフ」の著者、大原扁理さんは、いつも財布に宝くじを入れて、何かを手伝ってくれた友人へそれを渡しているそうです。
例えば引越しの手伝いをしてもらった。そのお礼として300円を渡す。
想像してみると、少し渡しづらいですよね。
気持ちはありがとうなのですが、相手からすると、自分の手間を300円と査定されたようにも感じます。ふざけんなという話にもなりますし、それなら渡さない方が良い。
ところが、同じ300円でも、宝くじを1枚渡すと、ちょっと雰囲気が変わります。生々しさが消えますし、笑いがとれるかもしれません。
当たる可能性は、かなり低いですが、それでも、もしかしたら大金になるという、小さな夢はあります。
ちなみにQ太郎は、お金を増やすために宝くじを買うことは、まったくおすすめしません。300円あったら、本とか自分の好きなものに使いたいからです。
ただ、人へ夢を渡す道具として考えると、案外、面白い使い道があると思っています。
夢を買うという言葉は同じでも、自分の人生を一発逆転させたいのか、感謝に添えて人へ渡したいのかで、買っているものが変わってくるのですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「宝くじで夢を買うとはどういうことか」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、宝くじで買っている夢の中身。
二つ目、人へ渡すと宝くじの役目が変わること。
三つ目、当たらなくても返ってくるものについてです。
最後に、お金の使い道と夢の渡し方について、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・その夢は何の夢か
それでは一つ目、宝くじで買っている夢の中身です。
前回に続いて、ひろゆきさんの著書「貧しい金持ち、豊かな貧乏人」にも宝くじについての話が出てきます。
基本的には宝くじは「愚か者の税金」と言われています。確率的にはほぼ当たりませんし、買えば買うほど確率に近づいてしまうわけです。
たとえば本書では、ジャンボ宝くじのあたる確率は、「太平洋に2センチのピンポン玉を投げ入れて、それをスプーンですくいだすぐらいの確率」と表現しています。それぐらい難しいのですね。
ひろゆきさんは、「宝くじは当たらないもの」だとしています。
夢を買うこと自体はいいのですが、宝くじで買う夢は、「「なにもせずに大金持ちになれる」というくだらない妄想」だと切り捨てています。結構辛辣ですね。
夢という言葉にすると、なんとなく前向きで、素晴らしいものに聞こえます。
しかし、具体的に何を待っているのかといえば、自分が何もしなくても、抽せんの結果で人生が変わることです。
Q太郎も、そこへ自分の生活を託すのは、おすすめできないと思います。そもそも300円が高い。そんなお金があったら本を買いたい。
ジャンボ宝くじの1等は、種類によって確率が違いますが、たとえば2026年のハロウィンジャンボなら、1枚で1等が当たる確率は1,000万分の1です。
当選する人もいるとは思います。しかし、それで人生一発逆転を狙う計画に組み込めるような確率ではありません。
ちょっとした遊びのためとか、夢を楽しむために少額を使うことと、お金を増やす方法として期待することは、分けて考えたほうがいいでしょう。
特に、当たれば今の仕事を辞められる、当たれば老後も安心できると考えているなら、注意が必要とは思います。その夢の手前には、今の生活への不満や不安があります。
そこを抽せん結果へ預けても、当たらなかった翌日には、同じ生活が待っています。
前回の自分へのご褒美もそうでしたが、何を買っているのかを考えると、何から離れたいのかが見える場合があります。
宝くじの券そのものより、仕事へ行かなくてよくなる自分を想像する時間が欲しいのかもしれません。
それなら、その想像の中にしか置いていない願いを、少し現実の生活へ戻してもいいと思うのですね。
・二つ目・300円を人へ渡すとき
それでは二つ目、人へ渡すと宝くじの役目が変わることです。
先程も述べた「年収90万円で東京ハッピーライフ」の著者、大原扁理さんですが、人へ宝くじを渡すというお金の使い方をしています。
本人へのインタビューでも、印税の使い道として、人にあげる宝くじや募金を挙げています。
自分を面白がってくれた社会へ、お金を返していくという考え方なのですね。
何かを手伝ってもらったときなどに、宝くじをちょっと渡す。
この使い方は、Q太郎には面白く感じられます。
現金だと、金額がそのまま相手へ伝わります。
300円なら300円です。それ以上でも、それ以下でもありません。
好意で手伝ってくれた相手へ渡すと、急に仕事の精算のようになってしまう場合もあります。
それならもっと払うべきか、そもそも受け取るべきかと、双方が構えてしまうのですね。
ところが宝くじなら、金額のほかに、ひょっとしたらという余地が付いてきます。この妄想の余地が強い。
当たったら、おごってください。大金持ちになっても、忘れないでください。
渡す時に、そんな冗談をいうこともできます。
相手へ渡しているのは、300円相当の券だけではなく、当たったらどうしようと笑える時間でもあるのですね。
生々しい現金ではなく、夢のある宝くじを渡す。気軽な厚意への小さなお礼として、夢を添えることができるわけです。
そのくらいのジョークとしての距離感だから、面白いのだと思います。
一方で、自分のためにガチで何万円分も宝くじを買うとかは、ちょっと笑えないわけです。なんか追い詰められている感じがするのですね。溺れる者は藁をもつかむみたいな状態になっているわけです。
・三つ目・当たる前に役目を果たす
それでは三つ目、当たらなくても返ってくるものについてです。
自分のお金を増やすために宝くじを買った場合、当たらなければ目的は達成できません。
ところが、人と笑うきっかけとして渡した場合は、抽せんを待つ前に、すでに起きていることがあります。
ありがとうが伝わった。
相手が笑った。
ちょっと話が弾んだ。
それなら、その300円の支出には、もう返ってきたものがあります。リターンをすでに得ているのですね。
先日の動画では、本を読んで満足した、温泉へ行って気分がよくなったという、自分のためだけのリターンを考えました。
今回は、人とのあいだに返ってくるリターンです。
これは、投資の利回りでは測れません。
当選金がいくらだったかだけで評価すると、何も返ってこなかったことになるかもしれません。
しかし、渡したときの会話まで消えるわけではありません。
もちろん、必ず喜ばれる贈り物などはありませんし、宝くじなら人間関係がよくなる、という万能な方法でもありません。
ただ、お金としての期待だけで見ていたものにも、使う場面を変えると、別の役目が見つかる。お金以外の役割が出てくる。
その先に、ひょっとしたら当たるかもしれないという夢を相手にあたえられる。
現金より夢があるというのは、受け取ったあとに少し想像して遊べる余地があるということなのだとは思いますね。
・まとめ・Q太郎の見立て
最後に、お金の使い道と夢の渡し方について、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
Q太郎は、自分が金持ちになるために宝くじを買うことは、おすすめしません。
宝くじはそもそもの値段が高いですし、ひろゆきさんの言うように、その夢は「「なにもせずに大金持ちになれる」というくだらない妄想」なのかもしれません。
ただ、自分に対してはあまりよろしくありませんが、人にお金の代わりに夢を渡す道具としてなら、面白いと思っています。
自分の人生を宝くじへ託すのと、人への感謝に小さな夢を添えるのとでは、意味が変わってきます。
当たらないと困る夢と、当たらなくても笑って渡せる夢の違いです。そもそも人に渡すのですから、当たっても当たらなくても、どちらでもいいですしね。
ひろゆきさんが批判している、一発逆転を待つような夢には、Q太郎も共感しにくいところがあります。
一方で、大原さんのように、人とのあいだへ置く夢なら、同じ宝くじでも違って見えます。その使い方なら、宝くじも悪い物ではありません。
お金の使い方は、買った商品名だけでは分からないのですね。
宝くじだから全部無駄だと切り捨てるより、誰へ、何のために使うのかまで考えてみる。
そのほうが、お金の使い道も少し面白くなります。
Q太郎には、自分が大金持ちになる夢を買うより、人と笑えるきっかけとして渡すほうが、ずっと手応えのある使い方に見えます。
夢がかなわなくても、ありがとうは届いている。
そういう使い方なら、宝くじも捨てたものではないと思います。
皆さんには、金額以上に話が弾んだり、笑ってもらえたりした、小さな贈り物がありますか。
よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
