
自分の家を売ろうとすると、こんなによい家なのだから、もう少し高く売れるはずだと思う。
日当たりがよい。間取りが使いやすい。駅から少し離れているけれど、そのぶん静かです。リフォームしたキッチンもあります。
買う人にも、このよさが分かるだろうと考えます。
ところが、自分が家を買う側になると、見るところが変わります。
駅から遠い。設備が古い。この間取りだと家具を置きにくい。
この条件なら、もう少し安くしてほしいと思うわけです。
売るときには長所が見え、買うときには欠点が見える。
どちらのときも、本人は冷静に値段を考えているつもりです。
しかし、その物が自分の物か、相手の物かで、物差しまで変わっているかもしれません。
これは家だけの話ではありません。
自分が持っている本やゲーム、使わなくなった道具でも、いざ売ろうとすると、この値段では安すぎると感じることがあります。
2,000円のお気に入りの新作ゲームを、クリアしたので1,500円で売りたい。
でも同じものを、その値段で他人から買いたいかと聞かれたら、「2,000円のゲームを、中古で1,500円で売るのはおかしいだろ。せいぜい1,000円じゃね?」となってしまうわけです。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「自分の物だけ高く見える理由」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、所有すると物の評価が変わること。
二つ目、手放すことを損失として感じること。
三つ目、自分の愛着と相手の価値を分けて考えることです。
最後に、自分のお金と物差しをどう見直すか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・持っているだけで高くなる
それでは一つ目、所有すると物の評価が変わることです。
今回も、ダン・アリエリーさんとジェフ・クライスラーさんの著書「無料より安いものもある お金の行動経済学」をもとに考えます。
自分が持っている物を、持っていないときより高く評価する傾向を「授かり効果」と言います。これは以前も話しましたね。
たとえば、同じマグカップでも、持ち主が手放してもよいと考える価格と、買う側が払ってもよいと考える価格には、開きが出ることがあります。
実験では、売り手の希望額が、買い手の支払いたい額の約2倍になった例もあります。
持っている側と持っていない側で、同じ物の評価が大きく違うのですね。
しかも、何十年も使い続けた思い出の品でなければ起きない、という話でもありません。
所有したというだけで、評価の出発点が変わることがあります。
実験では、カップにしばらく触っただけで、それを過大評価したわけです。しばらく触ったことで、自分のもののように感じられたのですね。
家なら、さらにいろいろなものが乗ります。
住み慣れた使いやすさ。ここを選んだときの判断。自分で手を入れた場所。
持ち主には、その家のよさを説明する材料がたくさんあります。
しかし、買う人は、その家で暮らしてきたわけではありません。というか、「そんなの知らんがな」の世界です。
持ち主が便利だと思っている間取りも、自分の生活には合わないかもしれません。
静かでよいと思っている場所も、買う側には、通勤に不便な場所かもしれません。
売り手が感じているよさが、そのまま買い手の欲しいものになるとはかぎらないのですね。
それでも自分の側から見ると、この価値を理解してもらえていないと感じます。
相手の目が節穴なのではなく、そもそも違う立場から見ているのですね。
売る側としては、良い点にばかり目が向くので、価値を過大評価しやすい。
ところが買う側からすれば、むしろ悪い点を探します。
仮にあなたが家を買うとすれば、まず問題点がないかを調べますよね。家や土地だけでなく、周辺の環境などもしっかり調べます。ゴミ捨て場が汚いのは、高確率で面倒なやつが近くに住んでいたりするわけです。
あとマンションの張り紙に、「夜中は静かに」とか、「タバコのポイ捨て禁止」とか書いていたら、つまりそういうことが頻発しているわけです。
高い買い物ですし、不動産屋さんが「キッチンが素敵ですよ」と言っても、そのまま食いつくことはまずないでしょう。
古着を買う時も、普通は「何か問題はないか。汚れはないか」と欠点を探し始めるはずです。
自分は「ブランド物だから高く売れるだろう」と思っても、お金を払う相手からすれば、「なにか問題は無いか」と、あら探しをすることになるのですね。人間は損したくない生き物ですしね。
・二つ目・売ることは失うことになる
それでは二つ目、手放すことを損失として感じることです。
買い手からすれば、お金を払って物を手に入れる話です。
売り手からすれば、すでに手元にある物を失う話になります。
もちろん、代わりにお金は受け取ります。
しかし、何を得るかだけでなく、何を失うかが強く意識されると、その埋め合わせを多く求めたくなります。
手放すくらいなら、この金額は欲しい。
その金額の中へ、自分だけが感じている手放しづらさまで入ってしまうのですね。
以前、支払うときに感じる出費の痛みを考えましたが、物を手放すことにも、似たような抵抗があります。
人は得することの2倍ぐらい、損することへの抵抗があります。200円得するよりも、100円損するほうがダメージが大きいのですね。得することより、損失回避を優先させる生き物なわけです。
そして、同じ交換でも、失う側から考えると、受け止め方が変わることがあります。
たとえば、二つの質問をしてみます。
「現在の収入の80%で、生活できますか?」
「現在の収入を20%失っても、生活できますか?」
聞いている内容自体は同じですし、生活に使う金額も同じです。
しかし、二つ目では、20%を失うことが強く目に入ります。
80%でどう暮らすかと考えるより、20%を取られることへの抵抗を感じてしまうのですね。
もっと分かりやすい例だと、医者に「生存確率は20%です」と言われた場合と、「死亡確率は80%です」と言われた場合、内容自体は同じですが、感じ方が違うわけです。「死亡確率80%」とネガティブな面を言われたほうが、事態を重く見るわけですね。
物の売買でも、自分が受け取るお金より、物を失うことに目が向きますので、相場よりも高い値段をつけがちになります。
自分は冷静に相場を見ていると思っても、そこへ自分の損失感が混ざっていないかは、別に考える必要があるのですね。
・三つ目・愛着は相手へ請求できない
それでは三つ目、自分の愛着と相手の価値を分けて考えることです。
Q太郎は、自分の物へ愛着を持つこと自体は、悪いことだと思いません。
人から見れば古い本でも、自分には大切かもしれません。
今では遊ばないゲームでも、その時期のことを思い出すものなら、手元に置きたくなるでしょう。
それは、自分の中で感じている価値です。
ただ、「売る」という場面では、その価値を相手も同じように感じているかを考える必要があります。
自分が気に入っているからといって、相手が高いお金を払う理由にはなりません。
自分がこれを買うために苦労したことや、長い間持っていたことは、相手には関係がないわけです。
ブックオフにお気に入りの本とか漫画を何十冊も持っていって、査定してもらって、「全部で80円です」と言われて、「えっ?」と驚くあの感じですね。
Q太郎も何度も経験があります。
自分は大切に思っていても、相手からするとその価値は無いわけです。
ただ、自分が買う側に回ると、似たことをしています。
知らない人がどんな思いで買った物かより、自分が使えるか、もっと安い物はないかを見ているでしょう。
売るときだけ、自分の事情を価格へ入れてもらいたくなるのですね。人間は自分に都合の良い生き物なのです。
こういうときは、仮に今これを持っていなかったら、自分はいくらで買いたいだろうかと考えてみると、違う見え方が生まれます。
売りたい値段では買いたくないのであれば、その差には何が入っているのでしょうか。
愛着なのか。手放す抵抗なのか。それとも、今はもう使わないのに、持っていたいだけなのか。
一度買う側へ立ってみると、自分だけの物差しに気づくきっかけにはなります。
そこで、「他人には価値がないけど、自分には価値があるので、売らずに持っておこう」と決めてもいいでしょう。
相場と自分の愛着が違うからといって、愛着を捨てる必要はありません。
ただ、その愛着の分まで、他人が払ってくれると思わないことです。自分も同じことをしていますしね。
・まとめ・Q太郎の見立て
最後に、自分のお金と物差しをどう見直すか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
自分の物を売るときには、よいところが目に入る。
他人の物を買うときには、悪いところが目に入る。
その両方で、自分は正しく値段を判断していると思ってしまいます。
以前のアンカリングの話では、売り手の定価や、過去の自分の判断が、今の物差しになることを考えました。
今回は、持っているという自分の立場そのものが、物差しを変えてしまう話です。授かり効果ですね。
Q太郎は、買い手と売り手のどちらが正しいかを決める前に、自分も立場が変われば、違う値段を言い出すかもしれないと考えておくことが大切だと思います。
自分が惜しいと感じる値段と、相手が欲しいと感じる値段は、別なのです。
それが分かれば、安く見積もられたときにも、自分の大切な物を否定されたと感じすぎずに済むかもしれません。
他人の評価が低くても、自分には価値がある。
それは、それでよいでしょう。
しかし、自分にとって手放しづらいことと、他人がお金を払う価値があることを、一つにしない。
自分の愛着は、自分の中で大切にする。相手へ、その分まで請求しようとしない。
Q太郎は、その区別ができると、物を売るときにも、持ち続けるときにも、少し気楽になれるのではないかと思います。
皆さんには、自分では高い価値を感じていたのに、買取価格や周りの反応を見て驚いた物がありますか。
よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
