老後は「趣味に生きる」が難しい|仕事を辞めると趣味までつまらなくなる理由

老後は「趣味に生きる」が難しい|仕事を辞めると趣味までつまらなくなる理由
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。退職したら、ゲーム、読書、旅行など、好きな趣味へ思う存分時間を使える。そう考えていたのに、実際にはすぐ飽きてしまい、パートで働くほうが楽しくなった。なぜ、自由時間が増えるほど趣味へ集中し...

こんなコメントをいただきました。

「現役時代は、退職したら趣味に生きようと思っていましたが、実際に退職すると、趣味に集中するのは難しいですね。以前は休日になるのが楽しみだったのに、今はゲームも読書もすぐに飽きてしまい、パートで働くことの方が楽しくなってきました。」

とのことです。ありがとうございます。

老後の計画を立てるとき、多くの人は、仕事を辞めたら趣味へ使える時間が増えると考えます。

現役時代は、仕事が忙しくてゲームをする時間がない。本を読む時間がない。旅行へ行く休みがない。

だから退職後は、毎日好きなことをして暮らそうと思います。

しかし、いざ仕事がなくなると、趣味に打ち込むどころか、以前よりやる気がなくなる人もいます。

もちろん、年齢による体力や集中力の変化もあるでしょう。

ただ、それだけではありません。

働いていた頃は、仕事があるから趣味の時間が貴重でした。

仕事で疲れるから、趣味が回復として機能しました。つまり仕事があることによって、趣味が輝いていたのですね。

そして仕事へ行けば、趣味で得た話題を持っていく相手がいる場合もあります。

退職すると、仕事と一緒に、趣味を楽しくしていた背景まで消えてしまうのですね。

趣味そのものを一人で楽しめる人なら、あまり問題はないかもしれません。

しかし趣味に飽きやすい人や、これといった趣味がない人は、無理に趣味を増やすより、案外少し働いたほうが満足できる場合もあります。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「老後は趣味に生きるのが難しい」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、仕事があるから趣味へ熱中できたこと。

二つ目、趣味へ人生と人間関係のすべてを背負わせると、趣味が壊れること。

三つ目、小さな仕事が自分と社会をつないでくれることです。

最後に、老後も少し働くことをどう考えればよいのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・仕事があるから趣味を楽しめた

それでは一つ目、仕事があるから趣味へ熱中できたことです。

会社員時代は、趣味へ使える時間が限られています。

平日の夜に1時間だけゲームをする。休日に映画を観る。連休が取れたら旅行へ行く。

仕事中にも、「帰ったら続きをやろう」「土曜日になったら、あの本を読もう」と考えます。

仕事という拘束があるから、趣味の時間が貴重になるのですね。

心理学には、自由を制限されると、その自由を取り戻したくなる「心理的リアクタンス」という考え方があります。

仕事が忙しく、趣味の時間を取れないほど、「仕事さえなければ、もっと趣味を楽しめるのに」と思います。

しかし退職して、その制限が完全になくなると、自由を取り戻そうとする反発も消えます。

我々は趣味そのものを楽しみにしていただけではなく、仕事によって趣味を制限されていた反動で、趣味を強く求めていた部分もあるのですね。

そして人間は現在の気持ちの延長で未来を考えてしまうため、「退職後は趣味をバリバリ楽しもう」みたいな発想になるわけです。

さらに趣味には、仕事から回復する役割があります。

嫌なことがあったからゲームをする。疲れたから音楽を聴く。休暇が取れたから旅行へ行く。

仕事という負荷と、趣味による回復がセットになっています。

ところが退職すると、いつでも趣味ができます。

朝からゲームをしてもよい。毎日映画を観てもよい。好きなだけ本を読んでもよい。

一見、理想的です。

しかし以前も言いましたが、「いつでもできる」は、「今日やらなくてもよい」でもあります。

趣味の時間から希少性が消え、始めるきっかけも弱くなります。

仕事で疲れていないので、趣味へ逃げ込む必要もありません。

仕事から逃げる場所だった趣味が、仕事がなくなることで、逃げ込む必要のない場所になるのですね。

そして趣味を一日中できるようになれば、それはもう余暇ではありません。

ゲームをする。本を読む。映画を観る。

今日も何かをしなければ一日が終わらないので、趣味がその日の仕事になります。

以前話したハレとケの話のように、ケーキは食後に少し食べるからおいしいのであって、朝昼晩ずっとケーキではつらくなります。

趣味も生活の一部だから楽しかったものを、人生全体へ広げれば日常になります。

趣味に飽きたのではなく、人生を支えるという大きすぎる仕事を趣味に押しつけたとも考えられます。

・二つ目・趣味へ人間関係まで背負わせない

それでは二つ目、趣味へ人生と人間関係のすべてを背負わせると、趣味が壊れることです。

現役時代の仕事は、本人が意識していなくても、世の中とのつながりを作っていました。

決まった時間に行く場所がある。顔を合わせる人がいる。やるべき作業がある。仕事の結果に反応が返ってくる。

仕事自体が好きでなくても、自分が社会の中にいるという感覚は得られます。

趣味で得た話題を、職場へ持っていくこともできます。

「昨日この映画を観ました」「休みにここへ行きました」と話す相手がいます。

つまり現役時代は、仕事が趣味を間接的に社会へつないでいたのですね。

退職すると、仕事だけでなく、趣味の感想を持っていく場所までなくなります。

映画を観ても話す相手がいない。旅行へ行っても土産話をする相手がいない。ゲームを終えても翌日に会う人がいない。

同じ趣味なのに以前ほど面白くないのは、集中力だけが落ちたからではなく、趣味を受け取ってくれる社会的な背景がなくなったからかもしれません。

それなら趣味のサークルへ入ればよいと思いますが、これも簡単ではありません。

囲碁が好きでも、サークルに苦手な人がいれば行きたくなくなります。

写真が好きでも、教室の先生や参加者と合わなければ、写真まで面倒になります。

「○○さんがいるから、この趣味はもう面白くない」となるのですね。

趣味を楽しむことと、趣味の集まりを楽しむことは別です。

仕事には共通の作業があるので、個人的に気が合わなくても、最低限の関係は成立します。

しかし趣味の集まりでは、活動が好きなだけでなく、そこにいる人とも、ある程度うまく付き合う必要があります。

人とのつながりを目的に趣味を始めると、人間関係が崩れたときに、趣味まで一緒に失う可能性があります。

趣味には、暇を埋める、人生を充実させる、人とつながる、居場所を作る、自分の価値を感じるという役割が一気に押しつけられます。

これは趣味には荷が重すぎます。

趣味そのものを一人で楽しめる人なら問題ありません。

しかし趣味がすぐに続かなくなる人は、趣味が足りないのではなく、役割や社会との接点が足りないのかもしれません。

・三つ目・小さな仕事が社会との接点になる

それでは三つ目、小さな仕事が自分と社会をつないでくれることです。

退職後に趣味が続かないと、次の趣味を探そうとします。

ゲームに飽きたから写真を始める。写真に飽きたから釣りへ行く。次は陶芸、その次は楽器です。

しかし不足しているものが社会との接点なら、趣味を変えても同じことが起こります。

本人が求めているのは、心から夢中になれる趣味ではなく、外へ出る理由、一日の予定、人と話す機会、自分の役割なのかもしれません。

それなら、無理に趣味を見つけるより、少し働いたほうが、質問者さんのように案外充実する場合があります。

仕事には最初から、時間、場所、役割、相手が用意されています。

仕事が大好きでなくても、役割を果たし、少し人と話し、給料を受け取って帰る。

それだけで世の中との接点になります。まだ働けるという自信と承認欲求も満たされます。

退職後に短時間だけ働くことは、一般にブリッジ雇用などと呼ばれます。

研究では、退職後の仕事の量と質が、仕事への満足だけでなく、退職後の生活満足度や生活の質と関連した例があります。

また、日本の高齢者を追跡した研究でも、働く理由を含めて、就業と社会的孤立との関係が調べられています。

老後の仕事には、生活費を稼ぐ仕事とは違う選び方ができます。生活費が足りているのであれば、お金を優先させる必要がないのですね。

週に2日だけ働く。短時間で帰る。責任が重すぎない仕事を選ぶ。通いやすさを優先する。合わなければ辞める。

資産と年金があるからこそ、給料よりも、自分に合った社会との接点を選べます。

そして仕事の日があるから、休みの日が楽しみになります。

仕事で人と話すから、一人で趣味をする時間も心地よくなります。

少し疲れるから、趣味が再び回復として機能します。

仕事は趣味を邪魔するものではなく、趣味を趣味のまま保つ背景にもなるのですね。

・Q太郎の見立て・趣味を守るために小さな役割を残す

ここからは、Q太郎なりの見立てです。

Q太郎は、老後も全員が働くべきだとは思いません。

一人で本を読み、ゲームをし、創作をして、それだけで満足できる人もいます。

趣味そのものに文化的な価値を感じ、誰にも見せなくても楽しめる人なら、趣味に生きる老後も成立するでしょう。

ようするに人や社会とのつながりを必要とせずに、ガチで趣味に打ち込める人ですね。「嫌な奴がいるからやめる」みたいなのではなく、本当にそれが好きで、SNSにその趣味を公表して承認欲求を得る必要もなく、どんな状況だろうと一人で黙々と続けられる人なら、働かなくていい適性があります。

一方で、趣味にすぐ飽きる人や、これといった趣味がない人へ、「老後のために趣味を見つけましょう」と言っても、うまくいかない場合があります。

その人が欲しいのは、趣味ではなく、社会とのつながりや役割かもしれないからです。

それなら新しい趣味の道具を買い続けるより、週に何日か働いたほうが、質問者さんのように生活の満足度は高くなる可能性があります。

もちろん有償労働でなくてもかまいません。

地域活動、ボランティア、家族の手伝いなど、自分の行動が誰かへ届き、反応が返ってくる場所であれば、社会との接点になります。

重要なのは、趣味へ人生のすべてを背負わせないことです。ぶっちゃけ趣味って、仕事がないと案外すぐ飽きる物だったりしますしね。

趣味は自分が楽しむものとして残す。

生活のリズム、人とのつながり、社会的な役割は、小さな仕事や別の活動へ分ける。

そうすれば職場の人間関係が合わなくても、趣味まで嫌いにならずに済みます。

反対に趣味の集まりが合わなくても、社会とのつながりをすべて失わずに済みます。

承認欲求を必要とせずガチで一人で趣味に打ち込める人や、趣味が仕事になっている人はともかく、老後に少し働いたりボランティアしたりするのは、趣味を趣味のまま守るためでもあります。

仕事を完全になくせば自由になると思っていたのに、自由を楽しむために、もう一度小さな仕事や役割が必要になる。

これは矛盾しているようですが、人間にとっては案外自然なことなのかもしれません。

皆さんは、退職後に打ち込みたい趣味がありますか。

また、趣味とは別に残しておきたい仕事や役割があれば、コメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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