資産目標に届いても辞められない。「もう1年」症候群の正体

資産目標に届いてもFIREを決断できない。『もう1年』症候群の正体
FIREに必要な資産額に、実はもう届いている。それなのに「もう1年だけ働こう」と、退職をずっと先延ばしにしてしまう人がいます。厄介なのは、この「もう1年」が1回で終わらないことです。この動画では、・なぜゴールに届いても満足できないのか(馴化...

こんなご質問をいただきました。

「どこまでお金を貯めればいいのかは、永遠の課題だとは思います。つまりこれはどこまで貯めれば幸福になれるのかという問題であり、お金で幸福を買う問題でもあるのですね。この「お金で買える幸福」をQ太郎さんはどう見積もっていますか?」

とのことです。ありがとうございます。

先に結論から言ってしまうと、お金で幸せを変えるかもしれませんが、お金以外でも、幸せは買えるんですね。

もう一度言います。結構みんな気づいていませんが、「お金以外でも幸せは買えます」。

お金は幸せを買うための、一つの手段でしかないのですね。日本円以外にドルやユーロがあるように、幸せを買うためには「お金」以外の通貨や物差しもあるのです。

「時間」という通貨がまずそうですね。時間や休暇がたくさんあったほうが、幸福度は上がります。お金以外で幸せを買っているわけです。

でもやっぱり多くの人は、幸せをお金に頼ってしまう。だからお金が十分なのに不安になる。「もっともっと」の渇愛になってしまう。

今日はこの話をしたいんですけど、そのために、まず一つ、身近な現象から見ていきたいと思います。

FIREを目指しているかたのコミュニティでよく語られる話に、「ワンモアイヤー症候群」というものがあります。目標にしていた資産額に、実はもう届いている。それなのに、「もう1年だけ働こう」と、退職を先延ばしにし続けてしまう現象のことです。

厄介なのは、この「もう1年」が、1回で終わらないことなんですね。1年働いて、目標額を達成しても、また新しい不安が顔を出して、「もう1年」を繰り返してしまう。今日は、この終わりのない「もし」の正体と、その「もう1年」に、実際にはどれくらいの意味があるのか、という話をしたいと思います。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に振り回されないための生存戦略を日々発信しています。

今回は「終わりのない『もし』、ワンモアイヤー症候群の正体」を深掘りしていきます。

・馴化という罠

まず、なぜゴールに届いても、いつまでも満足できないのか、というところから見ていきます。

これだけ稼げたら満足できる、この資産額に届いたら満足できる。多くのかたが、そう思っています。ただ、実際にその金額に届いてみると、満足はほんの一瞬しか続かず、ゴールはまた少し先に遠ざかってしまうんですね。

この現象は「馴化」と呼ばれています。物質的なものが与えてくれる幸福感は、長くは続かないという性質のことです。新しい車、新しい家、新しい資産額。手に入れた瞬間はうれしくても、その感情はすぐに薄れて、また次の「これだけあれば」が顔を出します。馴化がある限り、物質的な目標だけを追いかけている間は、いつまでたっても「満たされた未来」は訪れないんですね。

・「もし」が終わらないもう一つの理由

馴化がゴールを遠ざける一方で、もう一つ、別の心理も働いています。損失回避性というものです。

人間は、得られるかもしれない利益より、失うかもしれない損失の方を、心理的にずっと重く感じてしまう性質があります。すでに経済的に自立できているはずなのに、「もし暴落が来たら」「もし医療費が想定以上にかかったら」「もし想像より長生きしたら」という、資産が足りなくなるかもしれない可能性の方に、意識が引っ張られてしまうんですね。

馴化が「届いても満足できない」理由だとすれば、損失回避性は「それでも辞める決断ができない」理由です。この二つが組み合わさることで、ゴールはどんどん遠ざかり、しかも立ち止まる勇気も出ない、という、なかなか厄介な状態ができあがってしまいます。

これ、ゲームで例えると分かりやすいかもしれません。ラスボスに挑めるだけの装備とレベルは、もうとっくに整っている。それなのに、「まだ足りないかもしれない」という不安から、同じ雑魚敵を延々と狩り続けてしまうプレイヤー、見たことないでしょうか。経験値バーはもう天井に近いのに、レベル上げそのものをやめられなくなってしまう状態です。ワンモアイヤー症候群は、まさにこの「終わらないレベル上げ」に近い構造をしていると思います。

もう一つ、この症候群を見分ける、分かりやすい目安があります。FIREに必要な資産額の計算を、生活費が実際に変わったわけでもないのに、3回、4回と上方修正しているとしたら、それは数字の問題ではなく、心理の問題である可能性が高い、という指摘です。計算をやり直すたびに、目標がするりと逃げていくとしたら、その目標は、そもそも「届くこと」を目的にしていないのかもしれません。

・「もう1年」の効果を、実際の数字で見る

ここから本題です。この「もう1年」、感覚の話ではなく、実際にどれくらいリスクを減らしてくれるのか、数字で見てみたいと思います。

アメリカの元デリバティブトレーダーで、安全な取り崩し率の研究を長年続けているビッグ・アーンというかたの分析によると、退職を1年遅らせるだけで、安全に引き出せる金額はおよそ4パーセント増えるという結果が出ています。その1年の間も貯蓄を続けた場合は、増加幅はおよそ7から8パーセントまで広がります。

さらに踏み込んだ分析もあります。株価がやや割高な水準、たとえば市場の平均的な株価収益率が高めのタイミングで退職した場合、資産が尽きてしまう確率は、統計上およそ19パーセントにもなるそうです。ここで「もう1年」働くと、この確率はおよそ4パーセントまで下がります。数字だけ見ると、「もう1年」には、たしかに大きな効果があるように見えます。

一方で、株価が割安なタイミングで退職できたかたの場合、そもそもの失敗確率は、もともと2パーセント程度しかないという結果も出ています。この状態で「もう1年」を重ねても、確率はゼロに近づくだけで、得られる改善はごくわずかです。同じ「もう1年」でも、割高な市場で退職するかたにとっては大きな意味を持ち、すでに割安な市場で十分に安全なかたにとっては、ほとんど意味を持たない。ここは、一律に「もう1年働けば安心」と言えない、大事なポイントだと思います。

・それでも、なぜ「もし」は終わらないのか

ただ、ここが今回、一番お伝えしたいところなんですけど。この分析、良いニュースだけではないんですね。

株価が割高なタイミングで退職して、「もう1年」働いたとしても、資産が尽きる確率は、ゼロにはなりません。先ほどの例で言えば、19パーセントあった確率が4パーセントまで下がる、というだけで、4パーセントのリスクは、まだ残ったままです。もっと長い期間で見た試算では、「もう1年」働いても、リスクが18パーセントほど残ってしまうケースも報告されています。

つまり、「もう1年」を1回実行しても、不安がゼロになるわけではないんです。だから、律儀なかたほど、また次の「もう1年」に手を伸ばしてしまう。

ちなみに、同じ分析の中には、「もう2年」まで延ばすと、失敗確率がほぼゼロに近づく、という試算も出てきます。ただ、Q太郎がここで言いたいのは、「じゃあ2年延ばせばいいんですね」という話ではないんですね。2年で満足できる性格なら、そもそも最初の「もう1年」で満足できているはずです。「もう1年」で足りなければ、次は「もう2年」、それでも不安なら「もう3年」と、同じ理屈がどこまでも続いていきます。理論上、確率が完全にゼロになることは、ほとんどありませんので、この理屈で言えば、「もう1年」は永遠に正当化できてしまうんですね。これが、「もし」が終わらない、本当の正体なんじゃないかと思います。

・保証された代償と、不確かなご褒美

もう一つ、大事な視点があります。「もう1年」で得られるものと、「もう1年」で失うものの、性質の違いです。

「もう1年」で得られるものは、あくまで確率の改善です。19パーセントの失敗確率が4パーセントに下がる、というのは、たしかに嬉しい変化ですが、あくまで統計上の見込みでしかありません。一方で、「もう1年」で失うものは、確実です。その1年という時間は、何をどうやっても、二度と取り戻せません。

先ほどのビッグ・アーンさん自身にも、こんな体験があったそうです。安全のために退職を先延ばしにして、ようやく退職できたタイミングで、今度は世界的な感染症の流行で、海外旅行が長期間できなくなってしまったんですね。「もし」を潰すために先延ばしにした結果、別の「もし」に足をすくわれてしまったわけです。ビッグ・アーンさん自身、この分析の結びで、ドイツの神学者ボンヘッファーの「時間は、われわれが所有するもののうち、最も取り返しのつかない贈り物である」という言葉を引用しています。確率のご褒美と引き換えに、確実な時間を差し出しているんだ、ということは、頭の片隅に置いておいた方がいいと思います。

・お金以外の物差しを持つ

ここで、冒頭の結論に戻りたいと思います。お金以外でも、幸福は買える、という話です。

以前の動画で、お金そのものではなく、お金が生む「自由」が幸福度を押し上げている、という研究を紹介しました。実は、自由時間や余暇が増えることそのものにも、幸福度を上げる効果があるというデータがあります。資産という物差しだけを見ていると、この効果には気づきにくいんですね。資産額はゼロか一ではなく、際限なく増やせてしまう数字なので、いつまでも「もっと」を追いかけられてしまいます。一方で、自由時間や、誰と何をして過ごすかという物差しは、資産額とは違う軸で、はっきりと満足を返してくれます。

馴化から完全に逃れることはできませんが、物差しを資産額一本から、自由時間や人間関係、日々の充実感といった、複数の物差しに分散させておくことはできます。お金という物差しが馴化で鈍っている間も、別の物差しで満たされる瞬間を作っておけば、「もっと稼がないと満足できない」という一本道から、少しだけ抜け出しやすくなるんじゃないかと思います。

・Q太郎の結論

ここまで話してきたことをふまえて、Q太郎なりの結論を言わせてください。

「もし」を完全に潰すことは、そもそも不可能です。確率は、どこまで頑張ってもゼロにはならないので、「もう1年」で安心を買い続けようとすると、理屈の上では一生働き続けることになってしまいます。だとしたら、大事なのは、リスクをゼロにすることではなく、自分にとって「ここまで下がれば十分」というラインを、あらかじめ自分で決めておくことなんじゃないかと思います。

さきほどの分析でも、株価が割安なタイミングで退職しているかたは、そもそもの失敗確率がかなり低く、「もう1年」を重ねても、得られるものはわずかしかない、という報告もありました。すでに十分安全な状態にいるのに、それでも不安だけでもう1年を重ねてしまうのは、確実な時間を、わずかな安心と引き換えに手放しているだけかもしれません。

もし、いきなり完全に辞めるのが怖いのであれば、以前の動画で紹介したセミFIRE、週に数日だけゆるく働くというスタイルも、一つの現実的な落としどころだと思います。収入をゼロにせず、心理的な安心を保ちながら、少しずつ「もう働かなくても大丈夫だ」という感覚に自分を慣らしていく。「働くか辞めるか」の二択で考えるより、この中間地帯を用意しておく方が、終わりのない「もし」から抜け出しやすいんじゃないかと思います。

・まとめ

そんなわけでまとめると、ワンモアイヤー症候群の背景には、馴化と損失回避性という、二つの心理があります。馴化のせいでゴールに届いても満足が長続きせず、損失回避性のせいで、それでも辞める決断ができない。「もう1年」には、実際に資産が尽きる確率を下げる効果がありますが、その確率がゼロになることはなく、だからこそ、この理屈はいつまでも「もう1年」を正当化できてしまいます。

得られるのは確率の改善という不確かなご褒美で、失うのは二度と戻らない確実な時間です。この非対称性を分かった上で、自分なりの「十分」のラインを先に決めておくこと、そして資産額という一本の物差しだけに頼らず、自由時間や人間関係といった、お金以外の物差しも育てておくこと。冒頭で言った「お金以外でも幸福は買える」というのは、そういう意味です。それが、終わりのない「もし」から抜け出す、一番現実的な方法なんじゃないかと、Q太郎は思っています。

みなさんは、もし目標の資産額に届いたとしたら、そこで区切りをつけられそうですか。それとも、やっぱり「もう1年」と言ってしまいそうですか。よかったらコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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