
こんなコメントをいただきました。
「FIREしても、ずっと資産残高を気にする人もいるので、それは本当に自由な生活なのかという気もしますね。結局、お金に振り回されていることには変わりない気がします」
とのことです。ありがとうございます。
FIREをすると、上司はいなくなります。
満員電車に乗らなくてよい。
朝、決まった時間に起きなくてよい。
嫌な仕事を続けなくてよい。
誰かに休暇の許可をもらう必要もありません。
ようやく自由になったと思います。
ところが、しばらくすると、新しい上司が現れます。
資産残高です。
この上司は、毎日、数字を変えます。
相場が悪い日は、一日で何十万円、何百万円と減らしてきます。
旅行中でも、食事中でも、スマートフォンを開けば付いてきます。
今日は、いくら減ったのか。
今年は、いくら使ったのか。
このまま取り崩して、老後まで足りるのか。
会社という主人から逃げるために資産を作ったのに、今度は毎朝、証券口座の数字へ出勤するようになります。
会社を辞めたのに、なぜか自由ではない。
むしろ、お金を使うたびに、自分の自由が減っていくような気さえします。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「FIREに待ち構える不自由。資産が主人になるとき」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、ニーチェの言う「所有が所有する」とは、どういう状態なのか。
二つ目、自由になるためのFIREが、なぜ資産を守る仕事へ変わるのか。
三つ目、資産を主人にせず、自由の道具のままにしておくには何が必要なのかです。
最後に、FIREに失敗するのは、本当に資産が尽きたときだけなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・所有が所有する
それでは一つ目、ニーチェの言う「所有が所有する」とは、どういう状態なのかです。
みんな大好きかどうかは知りませんが、哲学者のニーチェは、「人間的な、あまりに人間的な」の中で、こんなことを述べています。
「ある程度までのところ、所有は人間を、より独立的に、自由にする。
しかし一段進むと、所有が主人となり、所有者が奴隷となる。
そして所有者は、所有物のために、自分の時間と思考を差し出さなければならなくなる。」
百年以上前の言葉ですが、現在のFIREへ、そのまま当てはまるように見えます。
お金がまったくなければ、自由はかなり制限されます。
生活費を得るために、働かなければならない。
嫌な会社でも、簡単には辞められない。
病気になっても、収入が止まることが怖い。
住む場所や、働く時間も自由に選べません。
一定の資産があれば、こうした制限を減らせます。
仕事を選べる。
働く時間を減らせる。
嫌な場所から離れられる。
会社にノーと言える。
この段階では、所有が人を独立させています。
ニーチェも、所有そのものを否定しているわけではありません。
問題は、その一段先です。
自由を得るために作った資産を、今度は減らさないことが人生の目的になります。
株価が下がっていないか。
為替が動いていないか。
インフレ率は、何パーセントか。
安全な取り崩し率は、何パーセントか。
今年使った金額は、計画を超えていないか。
資産を持っているのではなく、資産の状態を一日中、見張るようになります。
所有物のために、時間と思考を差し出す。
これが、ニーチェの言う、所有が主人になる状態です。
所有しているのは、自分のはずです。
しかし、何をするか、どこへ行くか、いくら使うかを、資産残高が決め始めます。
主人と奴隷が、いつの間にか入れ替わっているんですね。
桐谷さんが株主優待で生活をしているということですが、視聴者さんから「桐谷さんはガンになって、株主優待生活について後悔している」とのコメントをいただきました。Q太郎はこのことを知らなかったのですが、自分の生活が株主優待に縛られてしまって、主体的な自由が無くなっていた後悔なのかなと感じました。どこへ行くにも株主優待に振り回されていたら、自由な人生ではないとは思いますね。
・二つ目・FIREが資産を守る仕事になる
二つ目、自由になるためのFIREが、なぜ資産を守る仕事へ変わるのかです。
FIREする前は、達成条件がはっきりしています。
年間生活費は、いくらか。
必要な資産は、いくらか。
毎月、いくら積み立てるのか。
あと何年働けば、会社を辞められるのか。
数字を使って、自由になる日へ近づいていきます。
この時期の資産残高は、自由までの距離を示す数字です。
増えるほどうれしいですし、目標へ到達すれば、会社を辞められます。
ところが会社を辞めたあと、数字の意味が変わります。
自由までの距離ではなく、自由の残量に見えてくるのです。
一万円使えば、自由が一万円分減った。
旅行へ行けば、自由な期間が短くなった。
外食すれば、そのお金を運用した場合の将来価値まで失った。
お金を使って自由を楽しむはずが、お金を使うほど、自由を壊しているように感じます。
これは、かなり苦しい状態です。
会社員時代には、毎月、給料が入ってきました。
使っても、次の月には入金があります。
しかしFIRE後は、基本的に資産から取り崩す側です。
相場がよければ安心しますが、暴落すれば、自分の寿命まで削られたように感じます。
そこで、毎日残高を確認する。
支出を減らす。
旅行をやめる。
欲しい物も我慢する。
さらに安全な金額へ到達するまで、もう少しだけ働こうと考える。
五千万円あればFIREできると思っていたのに、五千万円になると、六千万円ほしくなります。
六千万円になると、暴落へ備えて七千万円ほしくなります。
物価上昇を考えると、一億円は必要だと思い始めます。
自由になるための目標額には到達しても、安心できる金額には到達しません。
なぜなら、安心には上限がないからです。
FIREしたのに働き続けることが、悪いわけではありません。
好きな仕事なら、続けてもよいでしょう。
問題は、働くかどうかを自分で選べる状態になったのに、資産を減らす恐怖から働かされることです。
会社を辞めたあとに始まる仕事は、資産を守る仕事です。
勤務時間はありません。
休日もありません。
証券口座を開けば、いつでも始められます。
そして給料の代わりに、使わなかった金額が成果になります。
これでは、FIREによって仕事をなくしたのではありません。
上司が会社から資産残高へ変わっただけです。結局、何かに縛り付けられていることには変わりないのですね。
・三つ目・自由になったあとの終了条件
三つ目、資産を主人にせず、自由の道具のままにしておくには何が必要なのかです。
Q太郎は、FIREには二つの条件が必要だと思っています。
一つは、会社を辞めるための達成条件です。
資産がいくらになれば辞めるのか。
年間支出を、いくらと見積もるのか。
どのように運用し、取り崩すのか。
多くの人は、こちらをかなり細かく考えます。ここはお金の話ですね。
もう一つは、自由になったあとの終了条件です。こちらは人生の話です。
資産残高を、どのくらいの頻度で確認するのか。
年間いくらなら、気持ちよく使ってよいのか。
何のためなら、資産を減らしてよいのか。
どの程度まで減ったら、働き方や生活を見直すのか。
こちらが決まっていないと、毎日の値動きに合わせて、人生の計画を作り直すことになります。
相場が上がった日は、外食してもよい。
下がった日は、家でじっとしている。
翌日さらに下がれば、旅行を取り消す。
自分の人生が、市場の営業日に合わせて動きます。
ですから、資産を見る日を決める。
使ってよい金額を先に分ける。
計画の範囲内なら、使うたびに将来価値を計算しない。
そして、次の見直し日までは、相場へ人生の許可を求めない。
資産管理をやめるのではありません。
資産管理が一日全体へ広がらないように、仕事の時間を決めるのです。
FIREによって得た自由は、資産残高の数字そのものではありません。
嫌な仕事を断れること。
時間の使い方を、自分で決められること。
会いたい人に会えること。
体力のあるうちに、行きたい場所へ行けること。
やりたかったことへ、今日の時間を使えることです。
資産は、その選択を支える道具です。あくまで道具であり、商品券なのですね。
その道具を減らさないために、選択をすべて諦めれば、何のために道具を持ったのか分かりません。
もちろん、資産を使い切ればよいという話でもありません。
長生きや病気、相場の低迷へ備える必要はあります。
ただ、未来のあらゆる危険をなくすことはできません。
ゼロにできない不安を、資産を増やすことでゼロにしようとすれば、所有に終わりがなくなります。ここでニーチェの言うように、主人と奴隷の逆転が起こります。
どこまで備えたら、残った不確実性を引き受けるのか。
ここを決めることも、FIREの計画に含める必要があります。こちらは自分の生き方など、哲学的な分野にもなりますね。
・まとめ
最後に、FIREに失敗するのは、本当に資産が尽きたときだけなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
ニーチェは、ある程度の所有は、人を独立させ、自由にすると言いました。
しかし一段進めば、所有が主人となり、所有者が奴隷になります。
FIREのために作った資産は、会社から離れる自由を与えてくれます。
働くかどうかを選べる。
時間の使い方を選べる。
嫌な場所から離れられる。
ここまでは、所有が人を自由にしています。
しかし、自由になったあとも残高を毎日確認し、資産を減らさないことへ時間と思考を差し出し始める。
旅行も、趣味も、外食も、将来価値を計算して諦める。
すると、今度は資産が主人になります。主従の逆転が起こるのです。
Q太郎は、FIREに失敗するのは、資産が尽きたときだけではないと思っています。
資産を守ることに、毎日を使い始めたときにも、FIREは失敗しています。
残高が十分にあっても、使うのが怖い。
会社へ行かなくてもよいのに、相場を毎日監視する。
自由な時間があるのに、その時間を失わないための計算だけに使う。
それは、数字の上ではFIREでも、生活の中では自由ではありません。
会社という主人から逃げるために資産を持ったのに、資産残高が新しい主人になれば、主人が交代しただけです。
資産は、自由の残量ではありません。
自由を使うための道具です。
道具は、手入れしなければなりません。
しかし、一日中、道具を磨くために生きる必要はありません。
FIRE後に必要なのは、さらに多く所有することだけではなく、所有から離れている時間を持てることです。
証券口座を閉じ、今日やりたかったことへ戻る。
その時間にこそ、FIREで買いたかった自由があるのだと思います。
皆さんは、資産が増えたことで自由になった部分と、反対に資産が気になって不自由になった部分がありますか。また、資産を確認せずに過ごせる日は、どのくらいあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
