払ったお金の「元を取る」と人生まで損をする|食べ放題とサンクコスト

払ったお金の「元を取る」と人生まで損をする|食べ放題とサンクコスト
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。食べ放題で苦しくなるまで食べれば、本当に元を取れたことになるのでしょうか。戻らない料金を惜しむほど、時間や健康まで追加で失うことがあります。この動画では、・満腹でも食べ続けてしまう心理・...

こんなコメントをいただきました。

「私もQ太郎さんと同じく、食べ放題は苦手です。どう考えても元を取れないですし、そもそもお金を払った時点でサンクコストになってますしね」

とのことです。ありがとうございます。

以前の動画で、中国に行ったときに、知人の誘われていった食べ放題の店がヤバかったという話をしました。

お客さんたちが、冗談抜きで、お皿に山ほど料理を取るのですね。漫画であるような、文字通りの山盛りなわけです。

しかも最初の皿を食べている途中なのに、次の皿も確保します。テーブルに山盛りの皿が並べられているわけです。一人だけじゃなくて、ほとんどのテーブルがそんな感じになっています。

その店は料金が結構高くて、寿司やら刺身やらもあって、焼き肉も生から焼いてくれたり、アイスクリームは全部ハーゲンダッツだったりと、なんか聖書に出てくるような退廃の都市みたいな感じで豪華でした。

そしてそこに来た客は、「せっかく食べ放題なんだから、元を取らないと」という感じで、途中でおなかがいっぱいになっても、食べるのをやめません。

食べられなくなっても、山盛りに皿にとって、それをそのままテーブルに置いて店をあとにします。食べ残してはいけませんというルールがなかったのですね。どこのテーブルも山盛りの皿だらけで、かなりひどいありさまでした。とにかく元を取ろうとするわけですね。

日本の場合はまだましで、食べ残してはいけないというルールがあります。

そのため、無理に食べようとする人たちもいます。

ここでやめたら損をする。

料金分は食べていない。

高そうな料理を、もう少し食べなければならない。

最後は苦しそうな顔をしながら、デザートまで持ってきます。

店を出たあと、しばらく動けません。

場合によっては、おなかを壊します。

翌日の食事まで、あまり入らなくなります。

それでも本人は、たくさん食べたから元を取ったと思っています。

しかし、食べ放題の料金は、店へ入った時点ですでに払っています。サンクコストです。

満腹になったあと、さらに一皿食べても、そのお金は一円も戻ってきません。

戻ってこないお金のために、今度は自分の体調と時間を追加で差し出しています。

これ、本当に元を取れているのでしょうか。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「払ったお金の元を取ると、人生まで損をする」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、なぜ食べ放題では、満腹になっても食べ続けてしまうのか。

二つ目、払ったお金と、そのあと何をするかを、なぜ分けて考えなければならないのか。

三つ目、外食の元を取るとは、本当は何を受け取ることなのかです。

最後に、お金の元を取ろうとして、人生まで追加で支払っていないか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・満腹でも食べてしまう

それでは一つ目、なぜ食べ放題では、満腹になっても食べ続けてしまうのかです。

普通の食事なら、おなかがいっぱいになれば食べるのをやめます。

これ以上食べてもおいしくない。

苦しくなる。

体にもよくない。

自分の体が、やめる理由を教えてくれます。

ところが食べ放題になると、体の声より、料金の声を聞くようになります。お金に自分の意思がコントロールされてしまっているのですね。

三千円払った。

それなら、三千円分を食べなければならない。

肉は原価が高そうだから、肉を中心に食べる。まあ、実際は安い肉なんですけどね。

ご飯や麺は、おなかが膨れるから避ける。

飲み物も、なるべく高そうな物を選ぶ。

食べたい物ではなく、元を取れそうな物を選び始めます。自分の意思ではなくなっているのですね。

店へ入る前は、好きな物を食べるための外食だったはずです。

しかし料金を払った瞬間から、店との勝負になります。

できるだけ原価の高い物を、できるだけ大量に食べた客が勝つ。

少ししか食べられなかった客は負ける。

食事が、原価回収ゲームになるのですね。

ちなみにQ太郎は、食べ放題があまり好きではありません。

そもそも少食なので、食べた量で元を取るという話なら、確実に取れません。確実に負ける戦いなわけです。

隣の席で肉を何皿も食べている人を見ながら、こちらは二皿くらいで、もう十分です。

そこから無理をして食べても、料理がおいしくなるわけではありません。

だんだん味より苦しさが強くなります。

それに、食べ放題は、店側も利益が出るように料金や料理を組み立てています。食材も安い物だったりします。

客全員が、料金以上に高い料理ばかりを大量に食べ続け、それで店が損をする仕組みには、普通はなっていません。というか、基本的には勝てないようになっています。

Q太郎のような少食の客もいますし、ご飯や麺、飲み物を多く取る客もいます。

そこで一人だけ、肉をたくさん食べたからといって、店に勝ったことになるのかは、よく分かりません。高い肉では無いので、案外、もとは取れません。

少なくとも、おなかを壊して帰るなら、Q太郎には勝ちには見えません。

もともと食べることが好きで、いろいろな料理を少しずつ選べることが楽しい。

家族や友人と、自分の好きな物を自由に取って楽しめる。

そういう理由で食べ放題を選ぶなら分かります。

しかし食べたい量を超えて、料金分を取り返すために食べているなら、食事を楽しんでいるのではなく、支払ったお金に働かされています。

あとQ太郎的には、久しぶりに会った友人とかと、食べ放題へ行くのはあまりよくないと思っています。料理を取るために席を立ちますし、話をする時間が減ってしまうのですね。食事の時間が、食べ物のことばかりになっているわけです。

・二つ目・払ったお金は戻ってこない

二つ目、払ったお金と、そのあと何をするかを、なぜ分けて考えなければならないのかです。

食べ放題の料金を払ったあと、私たちには二つの出来事があります。

一つは、すでに料金を払ったという過去です。

もう一つは、今からどれだけ食べるかという未来です。

すでに払った料金は、たくさん食べても、少ししか食べなくても変わりません。

途中で満腹になっても、三千円は三千円です。

ここから一皿追加しても、二千五百円にはなりません。サンクコストなわけです。

今の時点で、もう一皿食べると、自分は幸せになるのか。

おいしく食べられるなら、食べればよい。

苦しくなるだけなら、やめればよい。

先ほど払った料金ではなく、ここから先の自分にとって、どちらがよいかで決めます。

コンコルド問題などもそうですが、このサンクコストの元を取ろうとすることで、人は判断を間違えることが多々あります。

三千円払ったのだから、もう一皿食べる。

旅行代を払ったのだから、疲れていても予定した観光地を全部回る。

テーマパークの入場料を払ったのだから、足が痛くても閉園まで残る。

サブスク料金を払ったのだから、興味のない作品まで見る。

高いゲームを買ったのだから、面白くなくても最後まで遊ぶ。

お金だけなら、すでに失っています。

しかし元を取ろうとすると、そこへ時間、体力、健康、気分まで追加で支払います。

最初の損を認めたくないために、損を大きくしているのですね。

これは、途中でやめればよかったと自分を責める話ではありません。

料金を払う前には、楽しいと思っていたのかもしれません。

食べ放題も、旅行も、ゲームも、実際に始めなければ、自分に合うか分からないことがあります。

判断を間違えることはあります。

そのとき必要なのは、過去の判断を正しかったことにするため、未来の自分まで巻き込まないことです。

もう払ったお金は、もう払ったお金です。

ここから先の時間と体調は、まだ失っていません。

過去の支出は取り戻せなくても、追加の損失は止められます。

・三つ目・外食を原価回収ゲームにしない

三つ目、外食の元を取るとは、本当は何を受け取ることなのかです。

食べ放題で元を取るというと、食べた料理の原価を足し算します。

肉を何グラム食べた。

寿司を何皿食べた。

店で単品注文すれば、いくらになる。

支払った料金より多く食べたら得をしたと考えます。

しかし客が受け取っているのは、食材の原価だけではありません。

料理を作ってもらう。

皿を洗わなくてよい。

いろいろな料理から選べる。

家族や友人と同じ場所で、それぞれ好きな物を食べられる。

そうした時間や体験も含めて、外食へお金を払っています。

反対に、原価の高い料理を大量に食べても、ずっと苦しければ、楽しい時間を受け取ったとは言いにくいでしょう。というか、楽しくはないでしょう。

Q太郎は、外食をエンターテインメントだと考えています。

家で栄養を取るだけなら、自分で簡単な物を作ることもできます。

わざわざ店へ行ってお金を払うのは、自分では作れない味を楽しんだり、いつもとは違う時間を過ごしたりするためです。

そう考えると、量を増やすことだけが、元を取る方法ではありません。あくまで非日常の体験をするところなので、そもそも量は重要ではないのですね。

Q太郎なら、同じお金を使うのであれば、大量の安い物を詰め込むより、量は少なくても、普段食べられないおいしいと思える物を食べたいです。

量の勝負へ参加するより、最初から食べたい一皿を選んだほうが満足できます。たとえば食べ放題が三千円だったら、普段食べられない高めの料理や、珍しい料理を、三千円払って食べたほうがいいと思っています。

食べ放題へ行った場合も、早めに満腹になったら、そこで食べるのをやめます。

残り時間があっても、料理が残っていても、限界まで食べません。すでにお金を払った以上、多く食べても少なく食べても、損失は同じですしね。

気分よく店を出られたら、それで十分です。

外食の価値は、胃袋へ入れた重量だけではありません。

おいしかった。

楽しかった。

もう少し食べられそうだけれど、ちょうどよいところで終わった。

この満足まで含めて、払ったお金と交換したものだと思います。

・まとめ

最後に、お金の元を取ろうとして、人生まで追加で支払っていないか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

食べ放題で料金を払ったあと、満腹になりました。

ここで食べるのをやめても、さらに三皿食べても、払ったお金は戻ってきません。

それなら、これから先の判断に、過去の料金を参加させないことです。サンクコストと割り切るのですね。

もう一皿を、おいしく食べられるのか。

食べたあと、自分は気分よく帰れるのか。

見るべきなのは、そこです。

元を取るために、苦しくなるまで食べる。

旅行の予定を、疲れていても全部消化する。

面白くないゲームを、買った値段が高いから最後まで続ける。

これらは、お金を取り戻しているように見えて、実際には戻らないお金へ、人生を追加で差し出しています。

お金はすでに渡しました。この時点で損失は発生しているので、そのあとの、時間や健康の損失まで発生させる必要はありません。

Q太郎は、払ったお金の元を取るとは、支払った金額以上の量を受け取ることではないと思っています。

そのお金を使ったあと、時間や体調まで損なわず、気分よく終われることです。

食べ放題で二皿しか食べられなかった。

でも、好きな物を食べて満足し、苦しくならずに帰った。

量だけを見れば、負けたように感じるかもしれません。

しかし、その日の夕方も元気に動けて、翌日も普通に食事ができたなら、人生全体では負けていません。あと「その店を体験した」という記憶があればじゅうぶんなのですね。あくまで体験にお金を払ったわけです。

反対に、店の原価には勝ったけれど、おなかを壊して一日を失ったなら、何に勝ったのか分かりません。

元を取るという言葉は、払ったお金だけに視野を狭めます。

お金の損を避けるためなら、時間や健康を使ってもよいと思わせます。コンコルド問題で頭のいい人たちすらひっかかっていた、サンクコストの罠ですね。

しかし、お金は人生の一部であって、人生全部ではありません。

Q太郎の見立てでは、元を取ろうとしているときほど、すでに払ったお金ではなく、これから追加で払おうとしているものを見る必要があります。

その一皿で、何を追加で払うのか。

その観光地でもう一時間過ごすことで、何を追加で払うのか。

そのゲームを続けることで、何を追加で払うのか。

答えが体調や自由時間であるなら、そこでやめてもよいと思います。

お金の元を取ろうとして、人生まで損をしない。

戻らないお金は置いていき、まだ残っている自分の時間と健康を守る。

Q太郎は、それがサンクコストから降りるということだと考えています。

皆さんは、食べ放題で元を取ろうとして、苦しくなるまで食べた経験がありますか。また、払ったお金がもったいなくて、やめられなかったことはあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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