FIREしても、なぜ忙しいのか|空白を他人に配る人

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こんなコメントをいただきました。

「仕事を辞めてFIREした後も結構忙しいですね。雑事やら何やらで、朝から晩までやることがある状態になっています。」

とのことです。ありがとうございます。

Q太郎もそういうのはありますね。

仕事を辞めたら、毎日かなり暇になる。

会社へ行かなくてよい。会議もない。通勤もない。平日の昼間に、自分の時間が戻ってくる。

そんな生活を想像する人は多いと思います。

ところが現実には、結構やることが多いというか、いろいろやらされることが多いですね。

家族を病院へ送る。親族の用事を手伝う。近所の集まりへ出る。以前は断っていた頼みごとも、平日が空いたので引き受ける。

一つひとつは、それほど大きな用事ではありません。

しかし気がつくと、午前中はこれ、午後はあれ、明日は別の人の予定です。

会社を辞めたのに、また誰かのスケジュールで一週間が埋まる感じですね。

自由な時間を得るために仕事を辞めたはずなのに、空いたところへ他人の用事が流れ込んできます。

自分の予定が空いていると、断りにくい感じがあるのですね。

「その日は何か予定があるの?」

「特にないけど」

「じゃあ、お願いしてもいい?」

この「じゃあ」の間に、いったい何が起きたのでしょうか。

予定がないことと、その時間を相手へ渡すことは、本来、別の話のはずです。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「仕事を辞めたあとも、なぜ忙しいのか」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、仕事を辞めても用事が減らない理由。

二つ目、予定がないと断れなくなる心理。

三つ目、自分の時間の使い道を、いつ決めるのかです。

最後に、退職後の空白について、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・仕事の代わりに用事が入る

それでは一つ目、仕事を辞めても用事が減らない理由です。

会社員のころは、平日の時間に大きな札が貼られています。

「仕事中」

実際にその時間ずっと忙しいかどうかは、あまり関係ありません。

仕事の日であれば、家族も友人も、その時間に何かを頼もうとはしません。本人も、「その日は仕事だから」と言えます。

断る理由が、最初から用意されているのですね。

ところが退職すると、その札というか、免罪符が無くなります。

月曜日の午前中も、水曜日の午後も、見た目には空白です。

その空白へ、今まで入らなかった用事が入ってきます。

たとえば、家族の代わりに荷物を受け取る。車を出す。役所の手続きに付き添う。ちょっと買い物へ行く。

一回なら、もちろん、たいしたことはありません。

しかし、「時間がある人」として認識されると、次の用事も来ます。

「この前もお願いできたから、今回も大丈夫かな」

頼む側にも悪気はないでしょう。

以前は仕事があったから遠慮していた。今は時間があるはずだから、聞いてみよう。それだけかもしれません。

しかも、手伝う側も最初はうれしいのですね。

自分の時間で誰かの役に立てる。仕事を辞めても、家族や地域に必要とされている。

そう感じられること自体は、悪くありません。

ただ、一度引き受けた用事が、いつの間にか自分の担当になることがあります。

最初は「今週だけ」だったものが、「いつもお願いしているから」へ変わる。

退職で空いた時間が、自分の生活に戻る前に、別の予定の定位置になるわけです。

会社を辞めたら、仕事の予定は消えます。

しかし、空いた時間を誰が使うかまでは、自動では決まりません。

そこを決めないままにしていると、予定のないところから、順番に誰かの用事で埋まっていきます。

・二つ目・予定がないと断れない

二つ目、予定がないと断れなくなる心理です。

「その日は予定がありません。でも、引き受けません」

これを言うのは、けっこう難しいと思います。

仕事がある。通院する。先約がある。

そういう理由なら、相手も納得します。

でも、今日は家でゆっくりしたい。読みかけの本を読みたい。何をするかまだ決めていない。

そんな理由では、断ってはいけないような気がします。

自分でも「大した予定ではない」と思っているからです。

すると、用事の重要さで勝負が始まります。

相手の病院への送迎は、家でぼうっとする時間より重要だ。親族の頼みごとは、散歩より重要だ。

一つひとつ比べれば、その通りに見えるでしょう。

しかし、相手の予定と自分の空白を毎回比べていたら、自分の空白は必ず負けます。

何も書かれていないカレンダーは、どんな用事にも勝てないのですね。

Q太郎は、ここが退職後の忙しさの入り口だと思います。

人に頼まれるから忙しいだけではありません。

本人が、自分の空白を「価値の低い時間」と見なしているのです。空白の時間が罪悪感になっているのですね。「なんか仕事しないと悪い」みたいな感じになっているわけです。

だから、誰かの用事が入ると、「この時間にも使い道ができた」と感じます。

これでは、仕事をしていたころの価値観を、退職後にも持ち込んでいます。空白の時間を許さない状況ですね。

予定が埋まっている時間は有意義で、空いている時間は、まだ何も生み出していない。

仕事を辞めても、時間の成績表だけは、捨てていないわけです。

もちろん、人を手伝うことが楽しいなら、いくら手伝ってもよいと思います。

問題は、手伝いたいから引き受けているのか、それとも「暇なのに断るのは悪い」と思って引き受けているのかです。

同じ用事でも、この二つはかなり違います。

前者なら、自発的にやっているので、自分で時間を有効に使っていると言えます。

後者なら、自分の時間を持っていることに、どこか後ろめたさを感じています。それで悪いと思って、時間を埋めにいっているわけです。

人を手伝うことは悪い事では無いのですが、それが自発的にやっていることなのか、罪悪感からやっていることなのかで、意味が違ってくるとは思います。

・三つ目・空白の使い道は先着順ではない

三つ目、自分の時間の使い道を、いつ決めるのかです。

仕事を辞めたあと、毎週何をするか、最初から全部決めておく必要はありません。

月曜日は運動、火曜日は勉強、水曜日は地域活動。

そんなふうに表を埋めたら、会社の予定表を、自分で作り直しただけかもしれません。

Q太郎が大切だと思うのは、空白をすべて埋めることではなく、空白を渡すかどうかを自分で決めることです。

今日は誰かを手伝いたい。それなら引き受ける。

今日は予定を入れずに過ごしたい。それなら引き受けない。

理由の立派さを競わなくていいはずです。

断るときにいちいち理由を言う必要もなくて、「今日は都合がつきません」だけで十分だとは思います。

予定がないのに都合がつかないのは、おかしなことではありません。

自分の時間として取っておきたいのですから。

もちろん家族と暮らしていれば、分担すべき用事はあります。相手が困っているときに助け合うことも大切でしょう。家事や掃除など、日常の営みはちゃんとやったほうがいいとは思います。そこをさぼるのは、ちょっと意味が変わってきます。

ここで言いたいのは、誰かの頼みを全部断ろうという話ではありません。

空き時間がある、イコール「自動的に予定を入れる」というふうにしなくてもいいということです。

頼みごとは、早く来たものから順に空白を埋めてよいわけではありません。

その用事を自分が引き受けたいのか。引き受けたあと、自分の生活はどうなるのか。これからも担当したいのか。

そこまで考えてから返事をしてもよいと思います。

とくに一度きりではなく、毎週、毎月続く用事は、最初の返事が重要になります。

「今日だけならできます」

「毎週は難しいです」

そんなふうに、できる範囲を最初に伝えておく。

人に親切にすることと、自分の空いている時間をなんでもかんでも差し出すことは、同じではありません。自分を犠牲にしてまで他人を喜ばせる必要はないとは思います。

あくまでそれをやることで、自分も喜んで、相手も喜ぶみたいなウィンウィンの状況で、予定を入れるのがいいでしょう。

たとえばボランティア活動も、自分がやりたければ、それはウィンウィンなのでやったほうがいいです。相手も自分も喜べます。

そうじゃなくて、自分を犠牲にしてまで、何かを手伝うというのは、やっぱり違うとは思いますね。

親の介護なんかもそうですが、どこまでができて、どこまでが無理なのか、そのラインをちゃんと把握しておいたほうがいいでしょう。

そうじゃないと、どこかで限界が来ます。そのときには、自分も相手も困るみたいな状況になったりしますしね。

・まとめ・空白は余り時間ではない

最後に、退職後の空白について、Q太郎なりの見立てを置きます。

Q太郎は、暇な時間は余っている時間ではないと思います。

まだ使い道を決めていない、自分の時間です。

仕事を辞めると、カレンダーから会社の予定が消えます。

その空白を見て、周りの人も、本人も、「時間が空いた」と考えます。

しかし、空いていることと、何にでも使ってよいことは違います。

家でぼうっとする日にも、価値があります。

何をするか決めずに朝を迎える自由にも、価値があります。

それを誰かの用事と比べて、毎回「自分のほうが重要ではない」と譲っていたら、退職後の時間は、いつまでたっても自分のものになりません。

Q太郎は、仕事を辞めたあとも忙しい人には、二種類いると思います。

自分がやりたいことで忙しい人と、空白を他人へ配って忙しい人です。

前者で忙しいのなら、別に問題はありません。問題は後者です。義務感で自分の時間を犠牲にして、他人に尽くしているのは、長期的にはあまりよろしいことにはならないと思います。

頼みごとに応える日があってもよい。

誰にも会わず、何もしない日があってもよい。

ただ、そのどちらも、自分で選びたいのですね。

仕事から自由になったあと、その時間を守るために、カレンダーをまた予定でいっぱいにする必要はありません。義務感とか罪悪感で時間の空白を埋める必要はないわけです。

空白のまま、自分の時間として持っていていい。

Q太郎は、そこまでできて初めて、仕事を辞めて得た自由が、自分の手元に残るのだと思います。

皆さんは、予定がないというだけで、気が進まない頼みごとを引き受けたことがありますか。退職後や休日の「空白」を、どんなふうに守っていますか。よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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