退職後に生活費は本当に下がるのか|時間が増えるとお金を使う人

退職後に生活費は本当に下がるのか|時間が増えるとお金を使う人
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。退職すれば通勤費や仕事着、昼食代は減ります。しかし、空いた時間を外食、買い物、旅行、習い事で埋めるなら、生活費はむしろ増えるかもしれません。今回は、仕事が「お金を使わない時間」も作ってい...

こんなコメントをいただきました。

「退職後は生活費は下がると考えていました。しかし、実際に退職した人を見ると、毎日のように外食したり、買い物へ出かけたり、新しい趣味や旅行へお金を使っています。自由時間が増えることで、かえってお金を使うようになっている気がします」

とのことです。ありがとうございます。

退職すると、仕事へ行くためのお金は減ります。

電車に乗らない。仕事着もいらない。会社の近くで昼食を食べない。付き合いの飲み会も減る。

そのため、退職後は生活費が自然に下がるように思えます。

ただ、仕事がなくなると、給料と一緒に失うものがあります。

忙しさです。

朝起きる理由、出かける場所、人と話す機会、今日やるべきこと。それまで会社が作ってくれていた一日の時間割が、まとめて消えます。

すると人は、買い物、外食、旅行、習い事などへお金を払い、もう一度予定を作ろうとします。

会社員時代は、忙しさと引き換えに給料をもらっていました。

ところが退職後は、お金を払って忙しさを買うようになるのですね。

自由時間は無料に見えます。

しかし、その時間を自分で楽しむ技術がなければ、自由時間ほど高くつくものはありません。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「退職後に生活費は本当に下がるのか」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、仕事は給料だけでなく、お金を使わない時間も作っていたこと。

二つ目、忙しすぎても、暇すぎても幸福にはなりにくいこと。

三つ目、自由時間を無料にする技術についてです。

最後に、退職後の生活費を本当に決めるものは何か、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・仕事は消費する時間も奪っていた

それでは一つ目、仕事は給料だけでなく、お金を使わない時間も作っていたことです。

会社員は、仕事のためにお金を使います。

通勤、昼食、服、靴、仕事上の付き合い。会社へ行かなければ必要のなかった支出もあります。

退職すれば、この部分は確かに減ります。

ただし、仕事に関係する支出が減ることと、生活全体の支出が同じだけ減ることは、別の話です。

会社で8時間働いているあいだ、人はそれほど自由にお金を使えません。

旅行へは行けません。ショッピングモールを歩き回ることもできません。昼から酒を飲むことも、新しい趣味の店へ行くこともできません。

仕事は時間を奪います。

しかし、消費する機会も同時に奪っているのですね。

退職すれば、この時間が一気に自由になります。

最初のうちは、何もしなくてよいことがうれしいと思います。

朝寝坊をする。平日の昼間からゲームをする。見たかった映画を観る。

ところが、それが毎日になると、だんだん休日ではなくなります。ハレとケが無くなるのですね。

会社員時代の休日は、仕事に挟まれているから休日でした。

明日からまた仕事だから、今日を楽しもうと思えます。

退職後は、今日も休み、明日も休みです。毎日がハレであり、毎日がケです。

休みが日常になれば、「せっかくの休日だから」という特別感もなくなります。

そこで、一日を成立させるために外へ出ます。

暇なのでランチへ行く。用事がないので買い物へ行く。家にいても退屈なので、日帰り温泉へ行く。

何か欲しいから出かけるというより、出かける理由を作るためにお金を使います。

店へ行けば、客として応対してもらえます。

習い事へ行けば、今日の予定と、人と話す機会ができます。

旅行を予約すれば、出発日まで調べることや準備することが生まれます。

買っているのは、商品やサービスだけではありません。

予定、役割、人との接触、今日も何かをしたという実感です。

退職後の生活費は、仕事に関係する支出が消える一方で、失った一日の構造を買い戻す支出が増えることがあります。

・二つ目・暇すぎても幸福になれない

二つ目、忙しすぎても、暇すぎても幸福にはなりにくいことです。これは以前も言った、ショーペンハウワーの「人は苦痛の退屈の二大地獄の間を行き来している」という話ですね。

退職後は、仕事という「苦痛」から解放され、振り子はいったんニュートラルに戻ります。が、今度は次第に「退屈」というもう一つの地獄へ向かっていきます。

2021年に発表された研究では、自由時間が少なすぎるとストレスによって主観的幸福度が下がる一方、自由時間が増えれば、どこまでも幸福度が上がり続けるわけではありませんでした。

自由時間が多すぎる場合、本人が生産性や目的を感じられないと、幸福度が下がる傾向が見られています。

一方、その時間を本人にとって意味のある活動や、人と関わる活動へ使えば、悪影響は弱まりました。

別の研究では、何もせず待っていた人より、用事を与えられて歩いた人のほうが、高い幸福感を報告しています。

用事に大きな意味がなくても、何もしないより、何かをしているほうが気分がよかったのですね。

人は暇を嫌います。

しかし、意味もなく忙しくすることにも抵抗があります。

そのため、「買い物をする」「健康のために歩く」「習い事をする」など、忙しくしてよい理由を探します。

退職後に支出が増えるのも、単なる物欲とは限りません。

幸福になるために、忙しさと、その忙しさを正当化する理由を買っている場合があります。

退職によって、会社が強く張っていた弦を一気に緩める。

すると今度は、旅行や買い物、外食などへお金を使い、もう一度弦を張りを戻そうとします。

問題は、忙しいことでも、暇であることでもありません。

自分に合った弦の張り具合を、自分で調整できないことです。

現役時代は会社が一日の時間割を作ってくれました。

退職後は、自分で生活へ適度な忙しさを作らなければなりません。

その忙しさを毎回消費で作るなら、自由時間が増えるほど生活費も増えていきます。

・三つ目・自由時間を無料にする技術

三つ目、自由時間を無料にする技術についてです。

ここでいう無料とは、完全に1円も使わないという意味ではありません。

お金を使わなければ、楽しい一日を作れない状態から抜けるという意味です。

日本には、図書館、公園、公民館、地域の催し、散歩道など、追加の支出をほとんどせずに過ごせる場所があります。

図書館へ行けば、本、雑誌、新聞、地域資料などを読めます。

家とは違う場所で数時間を過ごせますし、何かを買わなくても外出する理由と居場所を得られます。

散歩も、健康のために1万歩を達成する仕事にする必要はありません。

いつもと違う道を歩く。古い建物を見る。神社や公園へ寄る。季節による植物や店の変化を見る。

自分が暮らしている町を、観光客のように眺めることもできます。

京都に住んでいる人は、案外、京都の有名な観光地へ行っていないという話を聞きます。

遠くから来た人は、交通費や宿泊費を払い、寺社や町並みを見に行きます。

しかし、近くに住んでいる人ほど、「いつでも行ける」と思って行きません。

これは京都だけではないでしょう。

近所の史跡、公園、商店街、川沿いの道などは、日常に近すぎるため、楽しみとして認識されにくいのだと思います。

楽しみがないのではありません。

近すぎることと、値札が付いていないことで、楽しみとして数えていないのですね。

音楽や創作も、自由時間を長く使えます。

音楽を聴く。楽器を演奏する。文章を書く。絵を描く。写真を撮る。料理を作る。動画を作る。

道具や材料にお金がかかる場合はあります。

ただ、創作では、余った時間そのものを材料にできます。

消費は、時間を埋めるためにお金を使います。

創作は、余った時間から何かを作ります。

この違いは、退職後にかなり大きいと思います。

以前の動画で話した、ハレとケのコントロールにもつながります。

毎日を旅行や外食というハレにすれば、お金がかかりますし、刺激にも慣れてしまいます。毎日がハレというのは、毎日がケということにもなるのですね。落差がないので、どんなにお金をかけてすごいことをしても、平坦な毎日にしかならないのです。

普段のケを、図書館、散歩、音楽、読書、ゲーム、創作などで楽しめれば、ときどき行く旅行や外食の喜びも大きくなります。これを意識的にコントロールすることが重要とは思います。

とくに消費の多いお金持ちの多くは、普通に頭が悪いんじゃないかと言うレベルで、これが理解できていない人が多い気がします。なぜ自分から地獄へ突入するような真似をしているのかと。そういうことしているから、最終的にライオン狩りに行ったり、スカイダイビングをしたりとか、薬物を吸い始めたりとか、暇すぎて奇妙なことをやり始めたりするわけです。

退職後の生活費を下げるために、毎日我慢する必要はありません。

必要なのは、お金を使わない日常を、退屈だと思わないことです。それはハレとケをコントロールするのに必要なことです。

これは節約能力というより、遊ぶ能力なのですね。

・まとめ・自由時間はいくらかかるのか

最後に、退職後の生活費を本当に決めるものは何か、Q太郎なりの見立てを置きます。

退職後の生活費を決めるのは、食費、光熱費、住居費だけではありません。

自分の自由時間を、いくらで楽しめるかです。

1日を過ごすたびに外食や買い物が必要なら、自由時間は高くつきます。

何も買わなくても、本を読み、町を歩き、音楽を聴き、何かを作って一日を面白くできるなら、自由時間はかなり安くなります。

もちろん、お金を使うことが悪いわけではありません。

本当に行きたい旅行へ行く。食べたい物を食べる。学びたいことへお金を払う。

それは自由時間を楽しむための、立派なお金の使い方です。

ただ、それはハレのための行動なので、そこはしっかりコントロールする。

何もすることがないから買い物へ行く。家にいたくないから外食する。予定がないから旅行を入れるとかは、この場合に買っているのは、欲しい物や経験ではありません。

時間の使い道です。

会社員時代は、会社がお金を払い、あなたの時間を使っていました。

退職後に、今度はあなたがお金を払い、自由時間を処理するようになったら、何のために自由になったのか分かりません。

退職後に必要なのは、大量の自由時間だけではありません。

自由時間を、お金を使わなくても楽しめる技術です。

老後に強いのは、お金をたくさん持っている人だけではありません。

何も買わなくても、一日を面白くできる人です。

仕事で張りすぎず、暇で緩みすぎない。ハレのやりすぎでやることがなくなって、ライオン狩りに行くような羽目にならない。

会社員時代は、会社が人生の弦を張ってくれました。

退職後は、その張り具合を自分で調整しなければなりません。

老後の豊かさは、自由時間の長さではなく、その時間をいくらで楽しめるかによって決まるのかもしれません。

今のところ、Q太郎はそんなふうに考えています。

皆さんには、お金をほとんど使わなくても、何時間でも楽しめることがありますか。また、退職後に続けたい一日の過ごし方はあるでしょうか。よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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