
こんなコメントをいただきました。
「仕事を辞めたら、旅行をしたり、積んでいる本を読んだり、昔好きだった趣味を再開したりしたいと思っています。
今は仕事が忙しいので、老後に時間ができたら、ゆっくり楽しめばいいと考えています。
ただ、本当に老後になったらやるのか、自分でも少し疑問ですね」
とのことです。ありがとうございます。
老後には時間があります。
だから、今できないことは老後にやればいい。
旅行、本、映画、ゲーム、楽器、創作。仕事を辞めれば毎日が自由になるので、いくらでも楽しめるように思えます。
しかし、楽しみはお金と違います。
銀行口座へ預けておけば、20年後に同じ状態で引き出せるものではありません。
以前も言いましたが、未来の自分は、今の自分とは別人です。20年後には体力が変わります。考え方も、集中力も変わります。人間関係も変わります。そして何より、自分がそれを好きかどうかも変わっています。
現在の自分がやりたいことを、別人になっている未来の自分も同じ熱量でやりたいとはかぎらないのですね。
子供のころにウルトラマンごっこが好きでも、同じ熱量でいまできる人は少ないとは思います。
楽しみを先送りすることは、楽しみを保存することではありません。
場合によっては、賞味期限を迎えるまで放置することになります。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「老後に先送りした楽しみの末路」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、時間ができれば自然にやるという思い込み。
二つ目、未来の自分を現在の自分の延長で考えてしまう問題。
三つ目、楽しみには賞味期限があることです。
最後に、楽しみを老後へ先送りしすぎないためにどうすればいいのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・時間ができれば自然にやるという思い込み
それでは一つ目、時間ができれば自然にやるという思い込みです。
多くの人は、何かをしていない理由を、時間がないからだと考えます。
本を読みたいけれど、仕事が忙しい。旅行へ行きたいけれど、まとまった休みがない。楽器を始めたいけれど、毎日練習する余裕がない。
それで、「退職したらやろう」と考えます。
ただ、仕事を辞めて時間が増えたら、自動的に行動力まで増えるわけではありません。
むしろ仕事を辞めると、逆にテンションや熱量が落ちて、朝起きる理由や、外出するきっかけ、人と話す機会まで減ることがあります。
忙しいときは「あれやりたい、これやりたい」と思うのに、いざ解放されて、なんでもやっていいとなると、いつでもできると思って、急にやる気が落ちる感じですね。
時間はある。しかしそうなると、明日でもできるから、今日はやらなくていいと思います。
そして明日になれば、また明日でもできます。
期限のない楽しみは、緊急性がありません。
仕事があったときは、休みを使ってきっちり楽しまないといけなかったのですが、いつでもいいとなってしまうと、いくらでも先延ばしをしてしまうのですね。
仕事のように誰かから催促されることもありませんし、やらなくても誰にも怒られません。
そのため、楽しみであるはずのことほど後回しになります。
「いつでもできる」という状態は、「今日やる理由がない」という状態でもあるのですね。
夏休みの宿題なら、最終日が来ます。仕事の長期休暇も、年に何回かしかありません。
しかし老後の趣味には、寿命が尽きる以外の期限がありません。
その結果、時間ができたのに何もしない。暇だから動画を眺める。今日は疲れているから、また今度にする。
そうやって、やりたかったはずのことが、何年も始まらない場合があります。
もしかすると足りなかったのは、時間ではありません。
始めるきっかけだったのかもしれません。
・二つ目・未来の自分は現在の自分とは違う
それでは二つ目、未来の自分を現在の自分の延長で考えてしまう問題です。
これも以前に言ったことですが、我々は未来を想像するとき、現在の自分をそのまま未来へ移動させます。
今ゲームが好きなら、70代になってもゲームが好きだろう。今海外へ行きたいなら、退職後も同じ場所へ行きたいだろう。今読みたい本なら、10年後にも読みたいだろう。
そんなふうに考えます。
しかし、未来の自分は、現在の自分に白髪を足しただけの人物ではありません。
好みも体力も生活環境も変わった、かなり別人に近い存在です。
小学生のころに、「おもちゃ屋さんになったら、毎日おもちゃが遊べて楽しいだろう」と考えて、「将来はおもちゃ屋さんになりたい」というやつですね。
将来やりたいことというのは、じつは「今やりたいこと」なのです。
50代では面白そうに見えた100時間のRPGも、70代では起動すること自体が面倒になるかもしれません。
世界中を旅行したいと思っていても、長時間の飛行機や重い荷物がつらくなるかもしれません。
定年後は夫婦で旅行しようと思っていても、そのとき相手も同じ場所へ行きたいとはかぎりません。
友人といつか会おうと言っていても、相手の健康状態や家庭の事情が変わることもあります。
お金は残せても、条件までは残せないのですね。
以前の動画では、「老後の楽しみに取っておく」という言葉で、現在の買い物を正当化する話をしました。
ゲームを買って積んでおく。本を買って棚へ並べておく。そして、老後に楽しむ予定だと言う。
今回は、その買い物が無駄かどうかという話ではありません。
買わなかったものも含めて、今やりたいことを未来の自分へ丸投げしてよいのか、という話です。
未来の自分は、現在の自分の宿題を処理するために存在しているわけではありません。
老後になって大量の積みゲーや積読を見せられても、「いや、知らんがな。興味ないわい」と思うかもしれません。
あくまでそれらは、将来やりたいことではなく、いまやりたいことなのですね。おもちゃ屋さんになりたいとおなじなわけです。
・三つ目・楽しみには賞味期限がある
それでは三つ目、楽しみには賞味期限があることです。
物であれば、状態がよければ長く保管できます。
しかし楽しみは、物だけでは成立しません。
それを楽しめる自分と、それを楽しめる環境がそろって、初めて成立します。
旅行には体力が必要です。読書には視力と集中力が必要です。創作には気力が必要です。友人との時間には、相手の都合と健康も必要です。
さらに、時代の空気もあります。
発売されたばかりのゲームについて、友人と話す楽しさ。話題の映画を観て、みんなで感想を言い合う楽しさ。子どもが小さいうちに、一緒に出かける楽しさ。
同じ作品や同じ場所はあとから体験できても、その時期にしか存在しない楽しみまでは再現できません。
子供が大きくなってから、「一緒にアンパンマン観よう」とか言っても、相手は困るわけです。その時期にはその時期に楽しめるものがあるわけです。アンパンマンを観るんだったら、子供が小さいうちに一緒に楽しめばいいのです。
もちろん、何でも今すぐやれという話ではありません。
お金にも時間にも限界があります。仕事や介護で、本当に動けない時期もあります。
ただ、「今できない」と「今はやらない」を同じにしないほうがいいとは思います。
本当にできないのか。それとも、まとまった時間ができてから完璧にやろうとしているだけなのか。
海外旅行は無理でも、近くの行ったことのない街なら歩けます。
楽器を買って毎日練習するのは難しくても、体験教室へ一度行くことはできます。無料体験とかに申し込めば、お金もかかりませんしね。
長編小説だったら、一気に読む時間がなくても、今日10ページ読むことはできます。
一気にやろうとするから、将来に先送りされてしまうのですね。
小さく切れば、今の生活にも入れられるものはあります。
・Q太郎の見立て・楽しみは未来へ保存できない
ここからは、Q太郎なりの見立てです。
以前も似たようなことを言いましたが、Q太郎は、楽しみは老後資金のように貯めておけないと思っています。
お金であれば、現在使わなかった分を未来へ移せます。
しかし、現在遊ばなかった1日を、老後へ移すことはできません。
50代で使わなかった体力を、70代でまとめて引き出すこともできません。
楽しみを先送りすることは、楽しみを貯蓄することではないのですね。
むしろ現在の自分が受け取らなかった楽しみを、未来の自分なら受け取ってくれるだろうと、勝手に送りつけている状態です。
未来の自分にとっては、ありがたい贈り物ではなく、趣味の押し売りかもしれません。
それに「将来やりたいこと」というのは、じつは「今やりたいこと」なわけです。
「将来、おもちゃ屋さんになりたい」というのは、今なりたいわけなのですね。将来は将来で、またなりたいものが変わっているわけです。
だからQ太郎は、老後にやりたいことがあるなら、今の生活へ少しだけ入れたほうがいいと思います。
旅行なら、いきなり世界一周をしなくてもいい。近場へ日帰りで行ってみる。
創作なら、仕事を辞めてから大作を書くのではなく、今日少しだけ作ってみる。
会いたい人がいるなら、老後に時間ができてからではなく、短い連絡だけでもしてみる。
そして今少し試してみて、別に面白くなかったなら、それも収穫です。
老後まで大切に抱えていた夢が、実は自分の好きなものではなかったと、早めにわかるからですね。
楽しみを老後のために保存するのではなく、今の自分と未来の自分で少しずつ分ける。
今1%だけでも楽しんでおけば、未来の自分にすべてを背負わせずに済みます。
人生には、いつでもできることがたくさんあります。
しかし、今の自分にしかできないことも、同じぐらいたくさんあります。
「いつでもできる」と思ったときこそ、本当に未来へ送ってよいものなのか、一度考えたほうがいいのではないでしょうか。
皆さんは、老後にやろうと思って先送りしていることがありますか。
また、先送りせずにやっておいてよかったことがあれば、コメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
