お金があるほど無駄遣いする理由|見えなくなる「機会費用」

お金があるほど無駄遣いする理由|見えなくなる「機会費用」
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。給料日前には500円を必死に守るのに、給料が入ると同じ500円を簡単に使ってしまう。お金が多いときほど、買い物と引き換えに失う別の可能性が見えなくなります。今回は「お金がある時ほど見えな...

こんなコメントをいただきました。

「無駄遣いは、お金が入ってきたタイミングで起こりますね。退職金が入ってきたときは、一番注意しなければなりません」

とのことです。ありがとうございます。

退職金まで行かなくても、給料日になると、急に財布のひもが緩む人がいますね。

給料日前のカツカツのときには、スーパーを何軒も回って、できるだけ安い物を買ったりして、しのいでいたのに、給料が入った途端、コンビニでどうでもいいお菓子を買う。

ついでに飲み物も買う。

ネットを見ていたら、少し面白そうなものがあったので、それも注文する。

そうやって月の前半にホイホイお金を使い、後半になると、すさまじい節約を始めます。

同じ人が、同じ月の中で、浪費家と節約家を行ったり来たりしているのですね。

もちろん、給料日にはお金がありますし、給料日前にはお金がありません。

だから使い方が変わるのは、当たり前にも見えます。

しかし、給料日に使う500円と、給料日前に必死で守ろうとする500円は、同じ500円です。

お金の価値が変わったわけではありません。

変わったのは、その500円を使うことで、何を失うのかが見えているかどうかです。

お金が少ないときには、「これを買ったら、あれを買えない」が見えます。500円を使うことは、その500円で得られた別の可能性を無くすことにもなるのですね。この可能性のことを「機会費用」と言います。何かを選んだことで、選べなくなったものですね。

お金を使うということは、その機会費用の取捨選択をしているのです。

お金が多いときには、その機会費用が見えなくなります。500円を使うことで、その500円で得られた別の可能性を失うことを考えにくくなるのですね。「たくさんあるからいいじゃん」と、使い方が雑になるわけです。そして給料日前にカツカツになって、おなじことを毎月繰り返すわけです。

今回考えたいのは、お金を使ったときに、目の前の商品と引き換えに捨てている機会費用をどう扱うかについてです。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「お金がある時ほど見えなくなる機会費用」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、お金を使うと何を失うのか。

二つ目、なぜお金がある時ほど、その損失に気づけないのか。

三つ目、なぜ自分の好きなものを突き詰める必要があるのかです。

最後に、お金に余裕があるとはどういうことか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・買い物で失うもの

それでは一つ目、お金を使うと何を失うのかです。

ダン・アリエリーさんとジェフ・クライスラーさんの著書「無料より安いものもある お金の行動経済学」では、「人がお金を使うとき、機会費用を十分に考えない」という話が出てきます。

機会費用というのは、先ほども言ったように、何かを選んだことで、選べなくなった別のものです。

たとえば、ここにリンゴとオレンジがあるとします。

どちらか一つを選んでくださいと言われたら、話は簡単です。

リンゴを選べば、オレンジを諦める。それだけの話です。

ところが、リンゴは300円、オレンジは200円と、お金があいだに入ると、急に話が複雑になります。

リンゴを買って失うものは、オレンジだけではありません。

その300円で買えた、すべてのものが候補になります。

別の果物かもしれませんし、お菓子かもしれません。本かもしれませんし、そのまま貯めて、将来の旅行に使うお金かもしれません。

お金は何にでも交換できます。

だから便利なのですが、何にでも交換できるせいで、使ったときに何を捨てたのかが見えません。お金が無くてカツカツな状態でないかぎりは、機会費用が曖昧になって、なににお金を使うかを具体化しづらいのですね。

本書では、1,000ドルのパイオニア製ステレオと、700ドルのソニー製ステレオで迷った話が紹介されています。

このままでは、高価で性能のよい1,000ドルのパイオニアが魅力的に見えます。

しかし販売員から、「1,000ドルのパイオニアステレオにするか、700ドルのソニーステレオと300ドル分のCDにするか」と言い換えられると、ソニーのほうが急に魅力的になるわけです。

1000ドルを使うなら、ステレオしか手に入らないパイオニア製よりも、ステレオに300ドル分のCDを付けられるソニー製のほうが、なんかお買い得感があると考えるのですね。

しかし実際には、ソニーのステレオを買うだけなら、300ドルは手元へ残ります。

その300ドルはCD以外にも使えますので、300ドル分のCDより、自由な300ドルのほうが価値は高いはずです。

それでも、ただ300ドルが残ると言われるより、「300ドル分のCD」と具体的に言われたほうが、失うものを想像できます。

高いステレオを買うということは、差額の300ドルを払うことではありません。

300ドルで買えた音楽の可能性を捨てることだったのですね。店員はそれを「300ドル分のCD」と具体化したわけです。CDが1枚10ドルなら、30枚も買えるわけです。ステレオしか手に入らないか、ステレオに30枚のCDが付いてくるか。後者のほうが魅力的な感じですね。家に帰ったら、すぐに30枚のCDが聴けるわけですしね。だから単に1000ドルと700ドルのステレオを比べるよりは、魅力的に感じたわけです。

買い物とは、商品を手に入れる行為だけではありません。

その商品以外の可能性を捨てる行為でもあるのです。そして先程の例では、「300ドル分のCD」という可能性が具体化されたことにより、その可能性を捨てたくなくなったわけです。

・二つ目・お金があると機会費用が消える

それでは二つ目、なぜお金がある時ほど、その損失に気づけないのかです。

お金があっても、機会費用が消えるわけではありません。

金額の少なさによって、機会費用が見えなくなるだけです。機会費用自体は、どんな億万長者でも発生しています。イーロン・マスクでも発生しています。ただ気づかなくなる、見えなくなるだけです。

給料日前に、財布や口座へ3,000円しか残っていなければ、500円のお菓子を買う意味は具体的です。

これを買えば、残りは2,500円になる。

明日の昼食や、月末までの食費に使えるお金が減る。

500円で捨てる別の可能性が、目の前に見えます。機会費用が恐ろしく見えている状態です。

ところが給料が入り、口座に十分なお金があると、500円使っても生活は何も変わりません。

明日の昼食も買えますし、請求も払えます。

選択肢がまだ大量に残っているため、何も諦めていないように感じます。

しかし、使った500円で選べた未来が一つ減ったことに変わりはありません。機会費用は必ず発生しているのです。

コンビニのお菓子が本当に好きで、その500円と交換したいのであれば、何の問題もありません。

問題は、特に欲しくもないのに、お金があるという理由だけで交換してしまうことです。意味のない機会費用の損失ですね。

その場では機会費用が見えず、月末になってから、まとめて見せられます。

給料日にどうでもいいものへ使ったお金のぶんだけ、給料日前の食事や楽しみを削ることになる。

月の前半に考えなかった機会費用を、月の後半に強制的に考えさせられ、払わされているわけです。

それで、「今月もお金が足りなかった。もっと節約しないといけない」と考えます。

しかし本当に必要なのは、節約を厳しくすることではありません。節約の問題ではないのですね。機会費用を考えないということが問題なわけです。つまり、どうでもいいことにお金を使って、本当に使うべき機会費用を失っていないかという話です。

お金がある時にも、「これを買えば、別の何かは選べなくなる」と機会費用に気づければ、お金の使い方がだいぶスマートになるとは思います。

・三つ目・好きなものを突き詰める理由

それでは三つ目、なぜ自分の好きなものを突き詰める必要があるのかです。これがお金の使い方の本質だとは思いますね。見栄や流行ではなく、「自分にとって価値のあるもの」との交換です。

Q太郎は以前から、自分の定番ジャンルを決め、そのジャンルについては悩まずに買ってもいいという話をしています。

ただし、その前に、本当にそのジャンルが好きなのかを突き詰める必要があります。

流行しているから欲しいのか。他人が持っているから欲しいのか。安くなっているから欲しいのか。見栄で欲しいのか。

それとも、ほかの可能性を捨ててでも、自分はこれが欲しいのか。この機会費用の交換こそが、お金の使い方の本質なわけです。

ここを曖昧にしたまま、「好きなものにはお金を使おう」と言えば、ちょっと欲しいものを何でも買う話になってしまいます。

お金はいくらあっても足りません。

自分の好きなものを突き詰めるのは、欲しいものを増やすためではありません。

何を捨ててもいいのかを決めるためです。

ゲームが好きと言っても、アクションとかRPGとかいろいろジャンルがありますし、それを全部買うわけにもいかないわけです。ファイナルファンタジーやドラクエは流行っていますが、クリア率は3割とかなので、実際のところちょっとプレイしただけで飽きてしまった人のほうが多いわけです。宣伝を見せられて、ちょっと遊んでみようとなって買って、途中で飽きたパターンがほとんどなのですね。

何度も言っていることですが、Q太郎はゲームが好きでも、基本的にRPGを買いません。

面白そうな作品を見ても、最後まで遊ばない可能性が高く、一方で、途中でやめるとモヤモヤするからです。

お金だけでなく、時間や気持ちまで拘束されます。

そのRPGを買えば、別のゲームを遊ぶ時間や、本を読む時間、何もしない時間まで捨てることになります。機会費用をたくさん失うことになるのですね。

そこまで考えると、セールで安くなっていても、Q太郎にとっては安くありません。

無料でもらったなら遊ぶかもしれませんが、自分からわざわざお金を出すことはしたくないわけです。買ったあとにどうなるかはわかっているからです。あとFPSとかの3Dゲームも、3D酔いするので買いませんね。

反対に、本当に好きなジャンルなら、ほかの可能性と交換することを納得したうえで買えます。だから、買いたいジャンルの本とかは、高くても迷わず買いますね。

機会費用を意識する目的は、何も買わない人になることではありません。

自分にとって、何を捨ててでも選びたいものなのかを、はっきりさせることです。この自分の好きな物を突き詰める作業が必要なわけです。

・まとめ・Q太郎の見立て

最後に、お金に余裕があるとはどういうことか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

お金に余裕があるとは、機会費用がなくなることではありません。

機会費用が見えなくなることです。

お金が少ないと、選べるものが限られますので、「これを買えば、あれを諦める」が嫌でも見えます。

お金が多いと、まだ何でも買えるような気がします。

しかし、何かを選ぶたびに、別の可能性は静かに消えています。イーロン・マスクでも消えているわけです。ただ多いから気づいていないわけです。

だからQ太郎は、お金が多い時にも、お金が少ない時の感覚を少し持っておくことが大切だと思っています。

人は退職金とか相続とかで大きなお金が入ってくると、急に気が大きくなって、まず使う事を考えがちです。

なんでいきなり使う話になるのかQ太郎的には理解できませんが、とにかく大金と言うのは、人に機会費用を見えなくさせ、使わなければいけないみたいな気持ちにさせるのですね。

それで、よくも考えずになんかどうでもいいことに使ったり、投資詐欺にだまされたりみたいなケースが出てきてしまう訳です。「大金によって、機会費用が見えなくなっているだけ」ということに気づく必要があるのですね。

といっても、買い物のたびに、この500円を投資すれば将来いくらになる、と計算する必要はありません。

そんなことをしていたら、今度は何も買えなくなります。

ただ一つ、「これを買わなければ、代わりに何を選べるか」を具体的にしてみる。

その候補と比べても欲しいなら、買えばいいのです。だから自分の好きなものを突き詰める必要があるわけです。

節約とは、お金を使わないことではありません。

値札に書かれていない、選ばなかったものを見ることです。

皆さんは、お金に余裕がある時ほど買ってしまうものがありますか。

また、ほかの可能性を捨てても買いたいと思える、自分の定番はあるでしょうか。

よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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