
今回は、前回の話の深掘り的な内容で、我々が物の値段を絶対値ではなく、比較で考えていることについてです。
例えば9,900円のゲームが、90%OFFで990円になっている。
Steamのセールなどで、こんな表示を見かけます。
これは安い。ちょっと試してみようか。
そう思った時点で、我々の頭の中には、9,900円という比較対象が置かれています。これに比べれば、990円は安いのですね。
しかし冷静に考えると、90%OFFとはいえ、990円は、Steamにおいて、そこまで安い値段とはいえません。
インディーゲームとか、定価で普通に1,000円前後のものはたくさんあります。人気ゲームの「バンパイアサバイバーズ」は定価でも499円です。
そう考えると、990円は本当に安いのかという気になってきますね。
仮に、最初から990円で売っている別のゲームがあったら、どうでしょうか。
面白いのか。自分の好みに合うのか。本当に遊ぶのか。
普通は、そこを考えます。
ところが、横に9,900円と書かれ、それが取り消し線で消されているだけで、急に買う理由ができます。
ゲームが面白そうだからではなく、「8,910円も得するから」です。
ただ、買ったあとに財布を見ても、8,910円が入ってくるわけではありません。
たんに990円が出ていっただけです。
ただ我々は、990円という絶対値を考えることができず、定価という比較対象と比べて物の価値を決めてしまうのですね。それで得した気になるわけです。財布からは990円が減っているだけなんですけどね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「得した金額で買い物をする心理」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、なぜ定価がないと値段を判断しにくいのか。
二つ目、比較対象を用意すると、人の選択はどう変わるのか。
三つ目、本当に比較すべきものは何なのかです。
最後に、セールとの付き合い方について、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・公正な値段では物足りない
それでは一つ目、なぜ定価がないと値段を判断しにくいのかです。
前回に続いて、ダン・アリエリーさんとジェフ・クライスラーさんの著書「無料より安いものもある お金の行動経済学」をもとに考えます。
我々は、物の価値を、その物だけから判断するのが苦手です。
これは我々の脳の構造の問題もあり、相対的にしか物を考えられないのですね。「長い」があるから「短い」がありますし、「高い」があるから「安い」があるわけです。単独では存在でないわけです。
初めて見る服を渡され、これはいくらが妥当でしょうかと聞かれても、なかなか答えられません。「3000円の服」とだけ言われても、高いのか安いのかよくわからないわけです。
素材や縫製を見分ける知識がなければ、なおさらです。
そこで、近くにあるものと比べます。
隣の商品より安い。同じブランドの別の商品より高い。そして、定価より安い。
長いものがあるから短いと分かるように、比較対象があると判断が一気に楽になります。
問題は、その比較対象を、売る側が用意できることです。つまり一番比較しやすいものは「定価」です。
本書には、アメリカの百貨店、JCペニーの話が出てきます。
同社では、クーポンや頻繁なセールを使い、お得感を演出していました。
たとえば、100ドルの服が60ドルになる。客からすると、40ドルも得したことになります。
そこへ、公正で分かりやすい価格を掲げたのが、ロン・ジョンソンです。
2011年にCEOへ就任し、2012年から価格政策を変えました。
頻繁なセールやクーポンを大幅に減らし、普段の価格を引き下げるなど、単純な価格体系へ移行したのです。
先ほどの例なら、最初から60ドルと表示するような考え方です。
支払額が同じなら、そのほうが分かりやすいですし、セールを待つ必要もありません。
ジョンソンさんは客のために、いつでもフェアな価格で買えることを実現したのです。
ところが、客は離れてしまいました。
2012年度の売上高は約25%減り、継続事業からの純損失は約9億8500万ドルに達しました。翌年、ジョンソンさんはCEOを退きます。そしてまた、いつもの、高い価格を安くするスタイルに戻しました。
この問題は、客から「得をした」と判断する材料を取り上げてしまったことです。実際に得しているわけではなく、得をしたと感じていることですね。
同じ60ドルでも、100ドルから下がった60ドルには、お得な買い物をしたという物語があります。
最初からいつでも60ドルでは、その物語がありません。ジョンソンさんの善意は、理解されなかったわけです。
こうしてJCペニーは、人間は非合理的な判断をする人が大多数であること、人間の非合理さを踏み台にしたほうが商売になるということを学習したわけです。
・二つ目・売れない商品にも仕事がある
それでは二つ目、比較対象を用意すると、人の選択はどう変わるのかです。
有名な例ですが、松、竹、梅という三つの価格があると、人は極端なものを避け、真ん中を選びたくなるわけです。
店が竹を売りたいなら、その両側に松と梅を置けばいいわけです。つまり店が本当に売りたい物は竹なのですね。
この点がよく分かるのが、アリエリーさんが紹介している、エコノミストの購読プランを使った実験です。
世界的に有名なマサチューセッツ工科大学の大学院生たちに、エコノミストを購入するときに、どのプランを選ぶか尋ねました。
ウェブ版だけなら、年間59ドル。
ウェブ版と印刷版のセットなら、125ドルです。
この二つだけを見せると、68%が安いウェブ版を選び、セットを選んだ人は32%でした。Q太郎もそうすると思います。
ところが、ここへ「印刷版だけだと125ドル」という選択肢を加えます。
セットと同じ125ドルなのに、ウェブ版が付いていません。
すると、この印刷版だけのプランは当然誰も選ばなかったのですが、その代わりに、同じ価格の、ウェブ版と印刷版のセットを選ぶ人が32%から一気に84%へ増えました。
そして先程は68%もの人が選んだウェブ版が、一気に16%へ減ったのです。
セットの値段も内容も変わっていません。
変わったのは、隣に、もっと損に見える比較対象が現れたことだけです。
印刷版だけでも125ドル。それならウェブ版が付いて125ドルのセットがお得だ。
そう考えてしまうのですね。結果、セットを選ぶ割合は32%から84%へ、一気に約2.6倍にもなりました。ウェブ版だけを選ぶ人は、値段が一番安いにもかかわらず、一気に68%から16%まで減ったわけです。
JCペニーで買い物をしていた一般の人たちだけでなく、数字に強そうなMITの学生ですらも、目の前に用意された比較対象に引っぱられて、非合理的な判断をしているわけです。
エコノミストを読んで賢くなろうとしたら、お金について賢くないことを示す実験に参加していたというのは、なかなか皮肉な話です。
人は物を買う時には、そのもの自体の価値がわからないので、近くのものと比較するしかないわけです。そして誰にも選ばれなかった印刷版だけのプランが、セットの売り上げを増やすために、実は一番いい仕事をしていたわけです。グッドジョブなわけですね。
そしてマーケティングというのは、こういう比較の罠を仕掛けてくるわけですね。
・三つ目・990円か0円か
それでは三つ目、本当に比較すべきものは何なのかです。
冒頭のゲームへ戻りましょう。
9,900円から90%OFFで990円になったゲームを見たとき、我々は、その二つの数字を比べます。9,900円と990円です。定価と比較してしまっているわけですね。
しかし、今から払うかどうかを決める金額は、990円です。
本当に比較しなければならないのは、9,900円と990円ではありません。
0円と990円です。つまり、買うか、買わないかです。買わなければ0円です。これと比較するのが合理的な判断なわけです。絶対値と機会費用で考えるのですね。
990円を払い、ゲームを手に入れる。
もしくは買わずに990円を残し、別のことに使える状態を保つ。
これが前回お話しした機会費用ですね。
990円を使うというのは、その一方で、990円の可能性を失うということです。
定価990円のゲームでも、セールで990円になったゲームでも、手元から出ていく金額は同じ990円です。
その990円で選べた、別の可能性を手放すことに変わりはありません。
100ドルから60ドルになった服も同じです。
40ドル得したという感覚はありますが、買わなければ残った60ドルを、実際には使っています。
つまり本当に比較しなければならないのは、0ドルか60ドルかですね。合理的に機会費用を考えれば、定価の100ドルは比較対象にしてはいけないわけです。
払っていない40ドルを喜ぶ前に、払う60ドルで何を手に入れるのかを見る必要があります。
990円のゲームなら、最初から同じくらいの価格で売っているインディーゲームも比較対象になります。先ほど述べた「ヴァンパイアサバイバーズ」は499円です。
さらにいえば、すでに持っているゲームを遊ぶことだってできます。
比較の範囲を少し広げるだけで、90%OFFという表示の迫力は弱くなります。というか、意味が無くなります。本当に比べなければならないのは、絶対値の990円なのです。
もし自分にとってクソゲーだったら、990円は明らかに安くありません。499円の「ヴァンパイアサバイバーズ」を買った方が幸せになれます。
安いから試してみたい。その体験へ990円払いたい。そう思うなら買えばいいのです。
ただ、そのときの理由は、8,910円得するからではなく、「試すことへ990円払ってもいい」と思ったからです。
この二つは、似ているようで、判断の主導権が違います。990円を払うということは、そのぶんの、ほかの面白い990円以下のゲームを買える可能性を失ってもいいということにもなります。本当に比較すべきなのは、990円という機会費用なわけです。
・まとめ・Q太郎の見立て
最後に、セールとの付き合い方について、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
Q太郎は、比較すること自体をやめる必要はないと思っています。というか、脳の構造上、無理です。
我々は比較を使って考える生き物ですし、すべての物の価値を、その場で一から見積もるのも無理があります。見積もるにも比較対象が必要ですしね。
ただ、売り手はこの比較対象を、定価やセール、まわりに配置した「誰も買わない商品」などの形でうまく利用してきます。自分で選んだつもりで、売り手の欲しい答えを出してしまうわけですね。
人は楽したいので、それらが置かれた理由をほとんど考えず、一番近いものと比べてしまうからです。一番近いのは「定価」で、その次が「まわりの商品」なわけです。
だからセールを見たら、一度、取り消し線の付いた定価を無視する。そして値段だけを見る。
990円。このゲームに、990円払いたいか。990円で本当に欲しいゲームが買えるのではないか。
それだけを考えてみればいいと思います。定価はいっさい見ない。0円か990円で考える。
自分の好きなものを突き詰める意味も、ここにあります。
自分の基準があれば、定価という借り物の物差しに頼る場面を減らせます。
90%OFFは、8,910円得したのではなく、990円使わされる状態。
その990円を使ってよかったと思えるかどうかが、買い物の答えなのだとQ太郎は思います。
皆さんには、値引き率を見て買ったものの、結局使わなかったものがありますか。
よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
