
こんなコメントをいただきました。
「FIREしても結局資産が減るのをずっと心配するだけになるので、自分は働いていた方が良いですね。余計な心配がない事の方が自由だし幸せとは思います。」
とのことです。ありがとうございます。
確かにFIREにはそういう面がありますね。
会社を辞めれば、自由になれる。
朝、決まった時間に起きなくていい。嫌な上司と顔を合わせなくていい。平日の昼間から、好きなことをしていられる。
そういう生活を想像すると、FIREは不自由な人生から抜け出す出口のように見えます。
では、会社を辞めたあとには、不自由が一つもなくなるのでしょうか。
仕事へ行かなくてよくなった代わりに、今度は資産の残高が気になります。
このお金を使っても大丈夫だろうか。物価が上がったら、あと何年暮らせるだろうか。
せっかく平日が空いていても、お金が減るのが怖くて、出かけるのをためらう。
一方で、何も予定がない日が続くと、時間をどう使えばいいか分からなくなる人もいるでしょう。
会社へ行きたくないと思っていたのに、会社へ行かなくていい毎日も、案外しんどい。
ここには、自由についての思い込みがあるように、Q太郎は感じます。
FIREをしたら不自由が消えると考えていたけれど、実際には、不自由の形が変わっただけなのですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「FIREしても自由にはなれない」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、時間の自由とお金の自由の交換。
二つ目、退職後に現れる不安と退屈。
三つ目、自分が引き受けられる不自由を選ぶことです。
最後に、自由とはどんな状態なのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・時間とお金を交換している
それでは一つ目、時間の自由とお金の自由の交換です。
仕事をしていると、自分の時間を自由には使えません。
今日は天気がよいから散歩へ行こうと思っても、勤務中なら簡単には出かけられません。
眠くなったから寝る。気が向いたから旅行へ行く。そういうことにも制約があります。
その代わり、収入が入ります。
家賃を払える。好きなものを買える。休みの日に、お金を使って楽しめる。
時間の一部を差し出して、お金を使える自由を得ているわけです。
仕事を辞めれば、その交換をやめられます。
自分の時間は戻りますが、給料も入らなくなります。
十分な資産があれば、すぐ生活に困るわけではありません。それでも、今ある資産や、その後に入るお金の範囲で暮らすという条件は残ります。結局のところは、制限のある自由なのですね。
この条件を受け入れられるなら、FIREは、自分に合った生活を作る選択になります。
ただ、そのあたりを考えずに、仕事を辞めてFIREしたのだから、時間もお金も何も気にせず自由に使えるはずだと思っていると、話が合わなくなるのですね。
時間が空いたので、旅行を増やしたい。外食も楽しみたい。趣味にもお金をかけたい。
それらを選ぶ自由はありますが、当然、選んだぶんだけ資産を使います。
支出を抑えれば、資産を長く保ちやすくなりますが、そのために諦めることも出てきます。
どちらへ進んでも、条件が付いてくるわけです。
これは、FIREが失敗だという話にはなりません。
働いていたときにも条件はあったのですから、どちらの条件で暮らしたいかという話です。
会社の予定表に従って金銭の自由を得るのか、自分の資産の範囲に従って時間の自由を得るのか。
何をしようと完全な自由というものは存在せず、条件の中でどうやりくりするのかの問題になるのですね。
・二つ目・不安と退屈も制約になる
それでは二つ目、退職後に現れる不安と退屈です。
以前、FIREで自由を得たはずなのに、今度はお金に支配されることがあるという話をしました。
資産を使って生きるために仕事を辞めたのに、資産が減ることを受け入れられない。
口座残高を確認し、相場を見て、毎日のように支出を気にする。
会社からの指示はなくなりましたが、お金を減らすなという指示が、頭の中に残っています。
好きなものを買える状態でも、自分で自分へ許可を出せなければ、生活の中では使えません。
選択肢を持っていることと、その選択肢を実際に選べることには、違いがあるのですね。
そして、もう一つあるのが退屈です。何度も登場したショーペンハウアーのいう、苦痛と退屈の二大地獄の一つですね。
働いているときは苦痛です。何もしなくていい一日が、ご褒美のように見えます。
ところが、それが毎日になっても、同じ気分でいられるとはかぎりません。
何もしなくていい。何をしてもいい。
最初は苦痛に偏っていた振り子が中央にきたので快適だったのですが、だんだんと今度は退屈へと振り子が向かっていきます。
ゲームをしても飽きる。本を読もうとしても気が進まない。出かけるのも面倒くさい。
時間は十分あるのに、自分がその時間を楽しめない。
これもまた、不自由な状態だとQ太郎は思います。
退屈なら好きなことをすればいい、と言うのは簡単です。
しかし、好きなことへ気持ちが向かないから、退屈に苦しむわけです。
仕事があったときには、行く場所と、やることと、人に会う理由が用意されていました。
そこには面倒もありますが、毎日を自分一人で組み立てなくてよいという面もあったのですね。
そして、自動的にハレとケの状態が作られるので、休日が楽しかったり、ゲームを遊ぶのも楽しかったりします。幸せと言うのは、このハレとケの差の大きさなのですね。
自由な時間が増えると、その時間の中身を作る役目も、自分へ戻ってきます。
そして毎日好きなことをして、ハレの状態にしていたとしても、毎日がハレということは、毎日がケということにもなるのです。ハレの存在しない地獄が始まるのですね。
そんな感じでFIREしても幸せを感じられず、結局仕事へ戻っていく人も多いわけです。ハレとケの差を作らないと、毎日のハレがケになって、ケが枯れてケガレになってしまうのですね。
・三つ目・どの不自由なら引き受けられるか
それでは三つ目、自分が引き受けられる不自由を選ぶことです。
ここまで考えると、FIREをするべきか、働くべきかという二択だけでは、少し大ざっぱな気がします。
仕事による制約も、働き方によって違います。
週に何日働くか。何時から働くか。どんな人と働くか。どこまで責任を引き受けるか。
同じ仕事でも、その条件によって、受け入れやすさは変わります。
退職後の生活も同じです。
自分で食事を作り、身近な場所を散歩し、本を読んでいるだけで満足できる人なら、大きな支出がなくても、十分楽しめるかもしれません。
そういう人にとっては、使えるお金に上限があることより、会社へ毎日行くことのほうが、はるかに大きな不自由でしょう。
反対に、人と働くことが好きで、趣味にも気兼ねなくお金を使いたい人なら、働く時間が多少あっても、その生活のほうが楽かもしれません。お金を使いたい人は、正直FIREするより、働いた方が良いとは思います。これについてはまた別の動画で述べようと思います。
そんな感じで、他人から見れば制約でも、本人には、それほど苦にならないものがあります。
だから、自由を何個持っているかと数えるより、どの不自由なら引き受けられるかと考えたほうが、自分の生活に近づきます。そもそも自由は単独で存在しません。かならず何かの不自由と引き換えているわけです。
FIREしたのだから、今さら働いたら負けだ。
そう考えてしまうと、また一つ、自分で制約を増やすことになります。結局それも不自由なのですね。「「とらわれない」ことに、とらわれる」という執着です。
生活を楽にするために仕事を辞めたのに、仕事をしてはいけないという決まりを作るのは、少し変な話です。
働くことで、退屈やお金への不安が小さくなるなら、その交換を選んでもいいでしょう。
逆に、支出を少し減らせば嫌な仕事を減らせるなら、そちらを選んでもいい。
いったん決めた生き方を、最後まで守り抜く競技でもありません。
体力や好み、家族の事情が変われば、引き受けられる制約も変わります。
自分に合わなくなった交換を、選び直せる余地があること。そのほうが、Q太郎には自由に見えます。
・まとめ・Q太郎の見立て
最後に、自由とはどんな状態なのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
先程も言ったように、Q太郎は、完全な自由というものは存在しないと思っています。というか、どこかで交換条件が発生しているので、存在しようがないわけです。
時間にも、お金にも、体にも限りがあります。それをどう分配するかの話になってくるのですね。
ある不自由から離れることで、今まで引き受けずに済んでいた別の不自由が現れます。
それを見て、自由になったはずなのにおかしいと思うより、自分はどんな交換をしたのだろうかと考えるほうが、納得しやすいでしょう。
FIREをした人も、働いている人も、それぞれ条件のある暮らしをしています。
だから、どちらが自由な人間かと競う必要もありません。
自分にはつらい不自由を減らし、自分が引き受けられる不自由へ置き換える。
その選択を自分でできることに、自由はあるのだと思います。
会社を辞めることが、その選択になる人もいます。
少し働くことが、その選択になる人もいます。
自由とは、不自由が一つもない状態ではありません。
自分が引き受ける不自由を、自分で選べることです。我々は、自分にとって適した不自由を選択しないといけないのですね。
皆さんには、他人から見ると不自由そうでも、自分では案外気にならないことがありますか。
反対に、これだけは減らしたいと感じている制約は何でしょうか。
よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
