こんなコメントをいただきました。
「離婚した方がいいのに、なかなか離婚できないというのも、サンクコストの一種とは思いますね。」
とのことです。ありがとうございます。
まあ、そうですね。離婚だけでなく、人付き合いは、サンクコストの問題はありますね。
もう何年も付き合っていて、一緒に出かけた場所もありますし、楽しかった思い出もあります。相手のために、お金も時間も使ってきました。
今さら別れたら、あの時間は何だったのだろうか。
そう考えると、別れるという判断がなかなかできないわけです。
恋人同士でも、夫婦でも、こういう迷いはあるとは思います。
ただ、ここには少し違う二つの理由が混ざっています。
これからも一緒にいたいから、続ける。
ここまで続けてきたから、やめられない。こちらは、これまでに投資してきた時間やお金が無駄になってしまうと考える、サンクコストの問題ですね。
外から見ると同じ関係の継続でも、本人が何を選んでいるかは違います。
これまでの時間を惜しむ気持ちが、未来に対して間違った判断をしていないか、という問いです。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「長く付き合ったから別れられない心理」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、使った時間とお金を取り返したくなること。
二つ目、別れが過去の失敗に感じられること。
三つ目、これから一緒にいたい理由を問い直すことです。
最後に、過去を大切にしながら未来を選ぶことについて、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・取り戻せないものを追いかける
それでは一つ目、使った時間を取り返したくなることです。
今回も、ダン・アリエリーさんとジェフ・クライスラーさんの著書「無料より安いものもある お金の行動経済学」をもとに考えます。
先ほども述べたように、すでに使って、取り戻せなくなった費用のことを、サンクコストと呼びます。
たとえば、ある開発へ10億円を使うことができるとします。それでこれまでそのうちの9億円を投入してきました。
ところが途中で、競合が、もっとよいものを安く提供できると分かりました。
ここから追加で1億円を使っても、勝てる見込みはありません。
ここで引き上げれば、9億円は損したけど、1億円は手元に残ります。
ところが多くの人は、ここで投資を続けないと、これまで投資した9億円が無駄になると考えてしまうのですね。
しかし、投資をやめようが、続けようが、すでに使った9億円は戻りません。
考える必要があるのは、残った1億円をこれからどう使うかです。
人間関係でも、似たことが起こります。
この人のために、何年もの時間を使ってきた。結婚のためにお金もかけた。いろいろ我慢もしてきた。
だから、離婚したら損だと思うのですね。これまでの努力が無駄になると感じるからです。
けれども、関係を続けたからといって、過ぎた時間が戻るわけではありません。
これからの一年を、またその関係へ使うことになります。
過去を取り返すために続けているつもりで、実際には、新しい時間を差し出しているのです。
先ほどの10億円の話は、寿命だと思えばいいでしょう。投資した9億円はこれまでに使った時間、そして残った1億円は残りの寿命です。それをどう使っていくかが重要なのですね。最後まで投資しきって人生を終らせるのか、それとも1億円を別の事に使って、残りの寿命で新たな人生を作っていくのか。
本書では、アリエリーさんが友人から離婚の相談を受けたときに、こう答えたそうです。
「もし奥さんと結婚してなくて、彼女について今知っていることをすべて知っていて、この10年間、彼女とずっと友達だったら、いま結婚する確率は?」
そう質問したところ、友人は「その確率は0だ」と答えました。
それで、「今の話がヒントにならないか?」と言ったら、友人は離婚を決めたそうです。
い友人には子供はいないかったですし、過去の投資のせいで同じ道を歩み続ける必要はありません。何にせよ、サンクコストを考え直すこと自体は、よいこととは思います。
そうでないと、勝ち目のない戦いに、最後の1億円も投資してしまうという事態になりかねませんしね。
このケースでは、現在結婚していないと仮定して、今後どうするかと考えることによって、サンクコストの罠から抜けることができたわけです。
例えば人間関係でも、嫌いな相手がいるけど、これまでいろいろ時間やお金をかけたりしてきたので、なかなか縁を切ることができない。そのときに、「この人と知り合いじゃないけど、この人のことを良く知っているとしたら、これから付き合いたいか」と考えるのですね。ノーだった場合は、それがあなたの本心なわけです。いったんこれまでのコストを無視して、未来に対してどうするかを考えるのですね。
まあ、現実問題、相手が家族とか上司とかだったら、簡単に縁が切れるわけでもないので、難しいところはありますけどね。
・二つ目・過去の自分まで否定したくない
それでは二つ目、別れが過去の失敗に感じられることです。
サンクコストの話は、頭で理解しても、簡単には割り切れません。
物を買った話なら、使わなかったお金がもったいなかったで済むかもしれません。
しかし、何年も一緒に過ごした人との関係には、自分の判断や、自分が生きてきた時間まで入っています。あと罪悪感や、自分の判断が間違っていたことを認めることにもなるのですね。
別れたら、あの人を選んだ自分は間違っていたことになるのではないか。
我慢してきたことも、努力したことも、全部無駄になるのではないか。
そう感じると、失いたくないものは、相手との関係だけではなくなります。
過去の自分は間違っていなかったという見方まで、守りたくなるのですね。あと自分のモラルとかですね。配偶者によるモラハラというのは、こういうモラルを上手く使って、相手に罪悪感を持たせるのですね。それで別れられないようにする。
ここには、損失を避けたい気持ちも重なります。
別れたあとに得られる未来の可能性より、今ある関係や、積み重ねたもの、自分のモラルを失うことが、強く目に入ります。
サンクコストと損失回避は同じ言葉ではありませんが、過去の出費を無駄にしたくないという場面で、重なって働くことがあります。
ただ、人間関係を終えると、過去まで全部消えるのでしょうか。
楽しかった旅行が、楽しくなかった旅行に変わるわけではありません。
当時うれしかった言葉まで、なかったことになるわけでもありません。
その関係から知ったことや、助けてもらった事実も残ります。
これからは続けないという判断と、あの時間には何の意味もなかったという評価は、別のものです。そもそも人は時間とともに変化しますし、仏教的にはそれが当たり前ですしね。変化しないものは存在しないのです。諸行無常なわけです。
以前の動画でも、過去の自分を、結果が分かった未来のクソ野郎の自分が裁くという話をしました。過去と未来の自分は別人なわけです。
過去の自分は、その人と一緒にいたい理由があったのでしょう。
その過去の自分を、結果のわかっている今の自分が否定するのは、ちょっとずるい気がするわけです。最近初めて知ったくせに、「えっ、そんなのわからないの? 常識だよ」とか、まるで昔から知っていたかのように言う、あのクソムーブですね。
そんなわけで、昔の自分はそのときの知識や経験から判断したわけで、答えを知っている状態の今の自分がそれに文句を言うのは、ちょっと違うんじゃないかとは思います。
そうではなく、過去の自分がそういう判断をしたことを認めつつ、今の自分は違う選択をしてもよいという話です。過去を裁くより、これからどうするかですね。
別れれば過去が無駄になると思って、これからの時間まで差し出してしまう。先ほどの投資の話だと、勝てないとわかっていても、9億円を無駄にしないために、残りの1億円も差し出してしまう。
その重さを少しほどくには、終わったことにも意味が残ると考えてみる必要があるのだと思います。過去の自分を別人だと思って、それはそれで認めることですね。今は別人の自分が、別の判断をすればいいわけです。
・三つ目・続けたい理由は今もあるか
それでは三つ目、これから一緒にいたい理由を問い直すことです。
本書の友人のように、今なら結婚しないと感じたら、誰でも別れるべきだという話にはなりません。
長い関係の中で育った信頼や、今も互いに支え合っていることは、これからの生活にも関わります。
それまで一緒にいたことで生まれたものを、全部サンクコストとして捨てる必要もありません。
大切なのは、過去に努力した量と、これから関係を続ける理由を、分けてみることです。
長く一緒にいたから、相手を信頼できる。
長く一緒にいたから、今さらやめるのはもったいない。
同じ長い時間でも、前者は今の関係にある価値を話しています。
後者は、取り戻せない過去へ気持ちが向いています。
また、別れることで、これから生じる負担もあります。
住まいや生活費をどうするか。子どもがいるなら、その暮らしをどう守るか。手続きや仕事への影響はどうか。
こうしたことは、未来の判断材料です。
過去に縛られるなと言って、現実的な問題まで無視する必要はありません。
過去へ払ったものと、これから必要になるものを、同じ箱へ入れないことですね。
そのうえで、「長く一緒にいたから」をいったん外しても、これから一緒にいたい理由は残るでしょうか。
そう聞いてみる。
まだ改善したいことがある。一緒にしたいことがある。この人となら、これからの生活も作っていきたい。
そういう答えが残るなら、続けることも、今の自分が改めて選んだ判断になります。
過去に押されて続けるのか、今の自分が続けたいと思うのか。
この違いを見つけるための問いなのです。
・まとめ・Q太郎の見立て
最後に、過去を大切にしながら未来を選ぶことについて、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
Q太郎は、これまで一緒に過ごした時間を、大切にしてもよいと思っています。
そこには、自分にしか分からない思い出もあるでしょう。
ただ、その大切さを、これからも同じ道を進まなければいけない理由にしなくてもよいのです。
投資でも仕事でも、長く続けたという事実は重く感じられます。
しかし、続けてきたことだけで、その先も続ける意味が決まるわけではありません。
過去の10年を無駄にしたくないからと、これからの10年まで差し出す必要はありません。
同時に、関係を終えたからといって、その10年を全部失敗と呼ぶ必要もありません。
過去には、その時間の意味があった。
これからには、今の自分が選ぶ余地がある。
その二つを、分けて持っていてもよいと思います。過去の自分を別人だと考えれば、客観的な判断がしやすくなるでしょう。実際、思想的には別人ですしね。
別れるか続けるかを、Q太郎が決めることはできません。
ただ、過去を取り返すための選択になっていないかは、サンクコストを一度外して考えてみてもよいでしょう。
過去の自分を間違いにしないために、今の自分を我慢させ続ける必要はありません。
これまでの時間をどう正当化するかより、これからの時間をどう過ごしたいか。
Q太郎は、そちらを判断の中心へ戻してもよいのではないかと思っています。
皆さんには、長く続けたことが理由で、やめる判断が難しくなった経験がありますか。
人間関係以外のことでも、よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
