
Q太郎のお金の哲学です。
今回は、「ブランド品」は無駄なのかについてです。
Youtubeで観たい方は以下のリンクから。
「ブランド品」は無駄?
最近ちょっと不思議だなと思ったことがあるんですよね。
節約界隈だと、「ブランド品なんてただの無駄遣いだ」って結構言われますよね。
「高級ブランド品を買う奴は馬鹿だ」
「ロゴをつけて歩くなんて、企業の動く広告塔になってるだけだ」
なんて言われ方、しませんかね 。
Q太郎もね、正直「確かにその通りだな」って思う部分、結構あるんです。
実際、スティーブ・ジョブズなんかもいつも同じシンプルな服を着ていましたし、日本でもホリエモンさんやひろゆきさんなんかは、ブランド物とは無縁そうな格好をしていますよね。
じゃあ、ブランド品を持つのは本当にただの無駄遣いなのかというと、これ、仕組みを紐解いていくと、けっこう面白い裏側が見えてくるんです 。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学チャンネルへ 。 賢く資産形成をしつつ、お金に悩まされない生存戦略を発信しています 。
それで、 今日考えていきたいのが、私たちが普段お金を払っている『ブランドの価値』って、一体どこにあるんだろう?っていう話なんですね。今回は、「ブランド品は人生の成功に必要なのか」という景色を、ちょっと一緒に見に行こうと思います 。
シグナリング理論
実はこれ、ビジネスの成功っていう視点から見ると、ブランド品を買うことにも、ある種の「合理性」が見えてきちゃうんですよね。
理由はいくつかあって、まず一つ目なんですが、前回もお話しした「シグナリング理論」が関係しているんです 。
シグナリング理論って簡単に言うと、「私はこういう人間です」という情報を、言葉じゃなくて行動や持ち物などで送ることです。
前回もお話ししましたが、例えばクジャクの大きな羽ですね。あれってダーウィンは、「なんて非効率なんだ」って思ったそうなんです。生物的には、無駄に重い羽ですし、実用性の面から言えば非効率なんですね。
でも実際は違った。大きな羽を持てるくらい健康で丈夫ですよ、というシグナルになっていたわけです。
人間には思い込みがある
このシグナルについては、クジャク界隈だけでなく、人間の世界でも似たようなことが起こっているのです。
しかも人間界では、「思い込み」による偽のシグナルも働いているんですね。
うちのチャンネルで何度も登場している本『人はなぜ物を欲しがるか』の著者、ブルース・フッドが、かなり面白い実験をしています 。 アメリカとインドで700人の人を集めて、高級ブランドの「本物」と、見分けがつかないレベルの「ニセモノ」を用意して評価してもらったんです。 結果はどうだったかというと、どちらの国でも、やっぱりニセモノはガクッと評価が下がったんですね。特にアメリカではそれが顕著だった。
要するに、高級品を買う人って、「作りが良いかどうか」じゃなくて、「本物かどうか」っていうラベルそのものを重視しているわけです。
これ、シグナリング理論で言うと、ブランド品って「庶民には絶対に手が届かない値段」じゃないと意味がないんですよね。「高いこと」そのものが、自分がエリートであるっていうシグナルを発信するための道具になるからなんです。
中国の偽ブランドと日本の事件
Q太郎も昔、中国に行ったときにちょっと笑える経験があって。靴下が必要で適当に買ったら、よく見たら「アディドス(Adidos)」って書いてあったんですよ(笑)。まあ、安い靴下なので、そもそもロゴがついているかどうかも注意していなかったのですが。
あと、当時の中国は、服やバッグを買ったあとに、その場で好きな高級ブランドのロゴをミシンでダダダッと縫い付けてくれる、謎の「サービス」なんかもあったりしました。クロコダイルとかプレイボーイとかのブランドですね。今もあるかは知らないですけどね。
でもこれ、中国だけの話ではありません。今でも世界中で偽ブランドは横行していますし、「安い」という理由でそれを買う人達もいます。
日本でもつい最近、フランスの人気ブランド「アミパリス」のニセモノを売っていた、大阪・鶴橋の衣料服店経営者ら7人が逮捕されました。シャツとかにロゴを貼り付けただけの作りだったそうですが、それでも売れていたのですね。ぶっちゃけ、ロゴがあるか無いかだけの話です。アパレルなんて原材料安いですしね。それがロゴを乗っけると、一気に値段が跳ね上がる。おいしい商売なわけです。
ちなみにこの店があったのは、JR鶴橋駅近くの、偽ブランド店が多い「鶴橋パチモン通り」と呼ばれる地域だそうです。もともとそういう場所にあったお店なので、買ってる人達も知ってて買ってたんじゃないかとは思います。押収された偽物とみられる衣類や靴などは約3,000点。結構すごい数なので、それだけ売れると踏んでいたのでしょうね。
面接で身だしなみが重要な理由
でも、なんでそんなことまでして、人はニセモノのロゴを欲しがるのか。
例えば、会社の面接なんかを思い浮かべてみてほしいんですけど、経営者ってリスクを避けたいので、どうしても学生の服装や持ち物を見ちゃう部分があるんですよね 。 そこで良いものを身につけていると、「あ、この子は裕福な家庭で育って、それなりの教育や人脈を持ってるのかな」と、無意識に判断材料にされたりする。
就職活動で身なりをちゃんとしないといけないのも、身なりが悪いと「こいつはリスキーだ」と判断されてしまうのですね。「人は身なりじゃない」とかで、ジーパンで面接に挑む学生がたまにいますけど、まあ、普通に落ちます。本当に優秀な人材の可能性もありますけど、企業側としては、その人材を取るためにバクチをしたくありませんしね。
それだけ身なりは大切ですし、相手にわかるようなブランド品だったら、それだけで有利なポジションを最初から確保できる、という側面が間違いなくあるんです。
なぜなら、ビジネスの世界における「身なり」や「ブランド品」というのは、単なる見栄や自己満足ではなく、自分のバックグラウンドや信頼性を相手に伝えるための「無言のプレゼンテーション」だからです。しゃべる前からプレゼンは始まっているのです。「面接でどう答えたらいいのか」とかいう以前に、ここでだいぶ判断されてしまいます。容姿の良い人が受かりやすいのも、それは「無言のプレゼン」が行われているからです。
ルックスはリスクの判断基準
経営者や採用担当者は、限られた面接の時間内で「この学生は採用しても大丈夫か」「会社に不利益をもたらすリスクがないか」を必死に見極めようとしています。
ここちょっと残酷なんですが、会社って「優秀な人」より、「やらかさない人」を取りたがるんですよね。
「この人すごいな」より、「この人なら安心できそうだな」が勝っちゃうことって結構あるんですよね。
ようするに「やらかさない人」ですね。
人間性なんて短時間では見抜けないからこそ、視覚から入る情報、つまり「服装、靴、時計、鞄」といった外見の要素が、想像以上に大きなウエイトを占めることになるわけです。
ここで、もし学生が誰もが知るような質の良いブランド品を、清潔な身だしなみで、上品に着こなして面接室に入ってきたらどうなるか。しかも明るい笑顔で、姿勢や態度もよく、育ちの良さがにじみでている感じで。
経営者の脳内では、無意識のうちに次のようなポジティブなプログラミングが作動します。
「これだけのものを買い与えられる」、あるいは「自分で選んで身につけられる」環境にいるということは、相応のマナーや教育を受けて育ってきたのだろう」
「TPOを理解し、相手に不快感を与えないための投資を惜しまない、常識的な判断力があるな」
つまり、まともなブランド品を身につけているだけで、「私は社会のルールを理解している、リスクの低い人間です」という強烈なシグナルを、言葉を発する前に相手の脳に送り届けることができるんですね。
「やらかさない」やつと「やらかす」やつ
これをマーケティングや経済学の用語では「シグナリング効果」と呼びます。
中身がどれだけ優秀であっても、それを証明するのには時間がかかります。でも、外見のブランド力は、一瞬で「信頼の担保」を肩代わりしてくれる。会社側からすると、こいつは「やらかさない人間」だとわかるわけです。「TPOを理解し、相手に不快感を与えない常識がある」ということですね。
逆に、面接にジーパンで来るやつはどうでしょうか。この時点ですでに、TPO的に「やらかして」いるのです。会社側からすれば、リスキーな人材なわけです。
ジーパンで面接に来る学生が落ちるのは、彼らが「中身で勝負しよう」としているからではなく、ビジネスにおけるこの「シグナリングの重要性」、つまり「相手のリスクを減らすという配慮」を理解していない、その不勉強さを見透かされてしまうからなんです。
だからこそ、就職活動や重要なビジネスの場で身なりを整えることは、合理的な生存戦略そのものです。
「就職活動の罠」みたいなのがあって、会社側が「面接は普段着でOKです」と言っても、実際に普段着で行ったら、普通に落とされたりします。そんなもんです。
偽のシグナルを送る
ただ、ここで話を最初のテーマ、「認知バイアス」に戻すと、また別の面白い、そして少し恐ろしい事実が見えてきます。
面接官が「あ、この子はちゃんとした育ちだな」と判断したそのブランド品。もしそれが、「実は精巧に作られたスーパーパチモノバッグ」だったら、一体どうなるでしょうか?
面接官はそんなこととは夢にも思わず、そのバッグから漂う「品格」を信じ込み、その学生に高い評価を下すでしょう。そして学生の側も、「自分は今、一流のブランドを身につけている」という全能感から、いつも以上に堂々と、自信に満ち溢れた態度で面接を受けられるはずです。
結果、面接は見事に合格。
現実を動かしたのは、「バッグが本物かどうか」ではなく、お互いの脳が「本物だと信じ込んだ」という事実だけなんですよね。
これ、取引の現場でも全く同じで、相手の時計やスーツを見て、ステータスを測ることってありますよね。日本で昔から「ビジネスマンは良い時計を持て」って言われるのも、実はシグナリングの観点からは、残酷なまでに合理性があると言えるわけです。Q太郎は絶対に付けたくないですけどね(笑)。
トランプのプレゼント
逆に言えば、有名大学を出ていなくても、成功していなくても、ブランド品という「偽のシグナル」を送ることで、ハッタリから実際の成功に結びつけちゃうこともできてしまう。
それでここから、Q太郎が今回一番「人間って面白いな」と思った話なんですが、映画『プラトーン』とかで有名な俳優のチャーリー・シーンが、あるレストランで前妻とディナーをしていたら、たまたまドナルド・トランプに会ったらしいんですね。
そしたらトランプが、結婚祝いだって言って、その場で自分が身につけていたカフスボタンを外してプレゼントしてくれたそうなんです。「これはハリー・ウィンストンのプラチナとダイヤのカフスだから」って説明されて。ハリー・ウィンストンって、あのティファニーと並ぶ世界5大ジュエラーの、超ハイブランドですよね。
ところが半年後、チャーリーが自宅に宝石鑑定士を呼んだときに、ついでにそのカフスを診てもらったら、なんと模造ダイヤのパチモノだったんです(笑)。しかも、ご丁寧に「Trump」って文字まで刻印されてた。
トランプは自分の権力を誇示するために、偽のブランドのシグナルを平気で使っていたわけです。ただ、これを「トランプはせこい」で片付けられないのは、鑑定されるまで誰もニセモノだと気づかなかったこと。それくらい、私たちは「ラベル」に弱い生き物なんですよね。
ブランド品のプラシーボ効果
実際、高級ブランド品には、身につけるだけで自分に自信が湧いてきたり、その品格に合うような振る舞いをしたくなる「プラシーボ効果」みたいなものがあります。
まったく同じワインでも、「これは1本10万円の高級ワインです」って言われると、脳が勝手に美味しく感じて、満足度が上がっちゃうのと同じです。
ここで恐ろしいのは、重要なのは「それが本当に高級品かどうか」ではなくて、「自分が高級品だと信じているかどうか」っていう点なんですよね。
ハーバード・ビジネススクールの面白い研究があるんですが、学生たちに、有名ブランド「クロエ」の本物のサングラスを渡したんです。
ただし、半分の学生には「これ、本物だよ」と伝え、もう半分の学生には「これ、実はよくできたニセモノなんだ」と嘘を伝えて実験をしました。
すると、中身は全く同じ「本物のクロエ」なのに、「ニセモノだ」と言われて身につけた学生たちは、なぜか自分が詐欺師になったような気分になって、テストでのカンニングや不正をする確率が劇的に上がっちゃったそうなんです。
本物であっても、ニセモノだと信じ込まされるだけで、人間の行動のブレーキって壊れちゃうんですよね。
つまり、私たちはもう、物の本質そのものを消費しているんじゃなくて、そこに貼られた「ラベル」を消費しているんじゃないかな、と思うわけです 。 「人気のスイーツ」とか「行列のできる有名ラーメン店」に並ぶのも、実は味そのものというより、その「ラベル」を消費している場合がほとんどだったりします。
ラベルの消費と「もっともっと」
ただ、Q太郎がここでちょっと立ち止まりたいのは、この「ラベルの消費」って、実態が伴わないから、いくら買っても心から満足することができないんですよね。
これ、ちょっと考えてみてほしいんですけど、例えば食べ物とか飲み物みたいに「実体」があるものなら、人間って物理的にどこかで満足するじゃないですか。どんなに大食いの人でも、お腹がいっぱいになれば「もう満腹だからいいや」って、自然にストッパーがかかりますよね。
でも、ラベルっていう「他人の目」とか「安心感」みたいな実体のないものを消費しているときって、脳に満腹中枢がないんですよ。 だから、1個ブランドバッグを買って一瞬満たされた気がしても、すぐにまた次の新しいラベルが欲しくなって、「もっともっと」という終わりのないループにハマってしまう。
強制終了のボタンがないゲームを、ずっと全速力で走らされているようなものなんですよね。
だから最近Q太郎も、ときどき思うんですよね。「これ、本当にQ太郎自身が好きなのかな」って。ラベルを楽しむのは全然いいんですけど、気づいたらラベルのために走ってないかなって。
皆さんは最近、ラベルじゃなくて「本質で買ってよかったな」と思う道具、何かありましたかね。よかったらコメント欄で教えてください 。
それでは、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう 。

