
こんなコメントをいただきました。
「「高いときに買って、安い時に売る」をやりがちなのは、今の状態から未来を予測してしまうからですね。」
とのことです。ありがとうございます。
これは人間の本質ですね。いま目の前の現実を元にして、未来を予測してしまいます。
たとえば、食べ放題で食べすぎたときに、「もう二度と食べすぎない」と、誓うわけです。
その瞬間は、本気です。
しかし、数日後にはおなかが減ります。
すると今度は、満腹で苦しんでいた自分の気持ちが分かりません。
「今日は朝からあまり食べていない」
「かなりおなかが減っているから、たくさん食べられる」
「今回は前より上手に立ち回れる」
そして、また食べすぎます。
人間は、何度でも新鮮な気持ちで、同じ失敗ができます。
二日酔いもそうですね。
気分が悪く、頭が痛いときには、「もう二度と酒は飲まない」と誓います。
しかし体調が戻り、楽しい飲み会へ誘われると、
「まあ、少しくらいなら」
と考えます。
ゲームの遊びすぎで目が痛くなったときも、「ゲームは一日一時間にしよう」とそのとき誓っても、また遊びすぎてしまうわけです。
人間は現在の気分で未来を判断したり、誓いを立てたりしてしまうのですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「人は今の気分で未来を決める」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、なぜ脳は目の前を最優先するのか。
二つ目、誓いが続かない理由。
三つ目、投資で現在を未来へ延長してしまう問題です。
最後に、未来予測をどうすればいいのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・目の前のダチョウを処理する
それでは一つ目、なぜ脳は目の前を最優先するのかです。
人間が現在を最優先するのは、単なる欠陥ではありません。
目の前の状況へ対応しなければ、生きていけないからです。
信号が赤だったとします。
このとき、
「しかし、この信号は少し待てば青になる」
「過去には青だった」
「未来では青になっている可能性が高い」
と考えて道路を渡ったら、車にひかれます。
未来の予測は正しいでしょう。信号は、おそらく青になります。
しかし、いま赤なら止まらなければなりません。
未来より現在を優先することが、命を守っています。
熱い物へ触れたときも、「数分後には冷める」と考える前に手を離します。危険な音が聞こえたら、来週の予定より、いま逃げることを考えます。
目の前への対処では、現実第一主義が正しいのですね。
目の前にダチョウがいるのに、ペンギンのことを考えるのは難しいという話になります。
なぜ目の前にダチョウがいるのかは分かりません。
しかし大きなダチョウが、こちらを見ています。首が長い。足も速い。そして、少し怖い。
その状態で、ペンギンのことを考えるのは難しいのですね。脳は目の前のダチョウを優先します。
ペンギンも地球には存在しています。しかし、その場にはいません。頭の中で、わざわざ呼び出さなければならないのですね。
未来も同じです。
いま感じている空腹、満腹、痛み、欲望、恐怖は、目の前のダチョウです。
状態が変わった未来の自分は、そこにいないペンギンです。
人間は未来を考えられないわけではありません。
ただ、目の前にダチョウがいる状態で、ペンギンのことまで真剣に考えるのが苦手なのです。
音もそうですね。ロックを大音量で聞きながら、頭の中でクラシック音楽を再現するのは難しい。少なくとも耳をふさがないと想像できないわけです。
つまり目の前のものをいったん遮断しないかぎりは、正確な想像が困難なわけです。
この現状にひきずられてしまう脳の仕組みが、未来予測を間違えさせる理由にもなります。だから株価が高いと、将来はもっと上がると思って、ジャンピングキャッチしてしまうわけですね。
・二つ目・未来の自分へ今をコピーする
二つ目、満腹の誓いが続かない理由です。
心理学では、現在の状態を、未来の好みや判断へ投影してしまうことを、「投影バイアス」と呼びます。
いま満腹なら、今後は食べ過ぎないようにしようと思う。ところが、いま空腹なら、たくさん食べたいと思う。
いま目が痛いなら、今後はゲームは控えようと思う。ところが、いまゲームが楽しかったら、そのままずっと遊び続けようと思う。
現在の自分を、そのまま未来へコピーしてしまいます。
冷静な状態では、空腹や欲望、強い感情の中にいる自分を正確に想像しにくい。反対に、欲望の中にいるときには、冷静な自分を想像しにくい。
これは、「ホット・コールド共感ギャップ」と呼ばれる考え方です。
言葉は少し難しいですが、やっていることは単純です。
おなかがいっぱいの人には、空腹の人の気持ちが分からない。
二日酔いの人には、楽しく酒を飲みたい人の気持ちが分からない。
全部、自分なのですが、そのとき目の前にいる自分しか見えません。
買い物も同じです。
家で家計簿を見ているときには、もう無駄遣いはしないと決めます。
しかしセール会場へ行くと、「本日限り」「残り1点」「50%引き」という大きなダチョウが現れます。
家に帰れば欲しくなくなるかもしれない。
来週になれば、セールのこと自体を忘れているかもしれない。
その未来の自分は、ペンギンです。
目の前に「セール」というダチョウがいるので、「節約する」というペンギンを想像するのが難しいのですね。
目の前には、半額の商品があります。
すると、「買わない」という昨日の誓いより、「いま買わなければ損をする」という現在が勝ちます。目の前のダチョウのほうが強いわけです。
これを意志の弱さだけで片づけると、また同じことが起こります。
未来の自分は、今日の決意をそのまま実行する人ではありません。
未来の売り場で、ダチョウを見て判断する人です。
人間の脳は、現実第一主義です。目の前のダチョウが優先です。
ですから、満腹のときに「二度と食べすぎない」と誓うより、空腹の自分を想像して、食べすぎにくい方法を考えたほうがよい。
スマホを見て目が痛くなって、「スマホはもう見ない」と誓うより、「スマホが見たくなったときにどうするか」を考えたほうがいい。アプリを使って使用時間を減らすか、そもそも物理的にアクセスできないようにしてしまうか。
今の状況で判断するのではなく、今と逆の状況だったらどうするかを考えるのですね。おなかいっぱいだったら、おなかがすいたときにどうすれば食べ過ぎないかを考える。ただ、目の前のダチョウが強すぎるので、言うほど簡単では無いですね。訓練が必要とは思います。
・三つ目・上がっているから上がると思う
三つ目、投資で現在を未来へ延長してしまう問題です。
投資では、「安いときに買い、高いときに売る」と言われます。
言葉にすると簡単です。
しかし、株価が安いときには、たいてい何か悪いことが起きています。
ニュースは暗い。専門家は、まだ下がるかもしれないと言う。SNSには、大損した人の話が並んでいます。
目の前の信号は赤です。
将来は回復するかもしれませんが、それは未来の青信号です。
いま赤なのだから、買えません。人間の脳は現実第一主義です。
反対に、株価が上がっているときは、よいニュースが増えます。
利益を出した人が現れます。まだ上がるという予想が広がります。買っていない自分だけが、取り残されている気がします。
目の前の信号は青です。
それで、この先も青が続くと思って買います。
しかし買った直後に、赤へ変わるかもしれません。
相場の高値と安値を正確に当てることはできません。
それでも人間は、いま上がっていれば未来も上がり、いま下がっていれば未来も下がるように感じます。
現在の値動きが、未来予測の土台になるからです。
未来を見ているつもりで、現在を延長しているだけなわけです。
ユダヤ人はこの人間の脳のバグに早くから気づいて、ユダヤの聖典である「タルムード」では、「最良の時こそ、最悪の事態に備えよ」ということを説いています。ユダヤ人にお金持ちが多いのも、このあたりの慎重さがあるからだとは思います。
Q太郎としては、株式にかぎっていえば、相場が動いてから毎回判断するより、先にルールを決めておくほうがよいと思います。
毎月、決まった額を積み立てる。資産配分が崩れたら、決めた範囲へ戻す。暴落時にニュースを見て、全財産の方針を変えない。
冷静なときの自分が、熱狂や恐怖の中にいる未来の自分へ、短いルールを残しておくのですね。ダチョウにひきずられないためのルールです。
もちろん、未来の状況によっては、ルールを変える必要もあります。
ただ、目の前の赤や青だけを見て、毎回すべてを決め直すよりは、現在の色が永遠ではないことを思い出せます。
これは投資だけでなく、嫌なことがあった日にも起こります。
仕事で失敗した。誰かに嫌なことを言われた。楽しみにしていた予定が、うまくいかなかった。
受験に落ちたときもそうです。
行きたかった学校へ行けない。その結果自体は変わりませんし、その瞬間につらいのも当然です。
ただ、目の前に不合格という大きなダチョウがいると、その先の人生まで全部失敗したように見えます。
別の学校へ行った未来。そこで新しい人に会う未来。数年後には、どの学校を受験したかをほとんど思い出さなくなる未来。
そういう未来は、まだその場にいないペンギンです。ダチョウのせいで、このペンギンが想像できなくなる。
仕事で嫌なことがあったときも、今日の職場、今日の上司、今日の失敗が、今後の仕事人生すべてを代表しているように感じます。
「これから先も、ずっとこんな毎日なのだろう」
しかし、部署が変わるかもしれません。仕事を変えるかもしれません。同じ出来事でも、時間がたてば受け取り方が変わるかもしれません。
そんな日は、明日も、来週も、この先ずっと嫌なことばかり続くように感じます。
今日の気分を、そのまま未来へコピーしてしまうからです。
しかし、今日嫌なことがあったからといって、明日も嫌なことがあるとは限りません。
今日の問題が解決していなくても、よく眠っただけで、見え方が変わることもあります。別の人と話したり、外へ出たり、おなかが満たされたりするだけで、昨日ほど大きな問題には見えなくなるかもしれません。
問題が消えたのではなく、現在の状態が変わったのですね。ダチョウの種類が変わった。
反対に、今日は楽しいから、これからもすべてうまくいくと考えるのも同じです。
よい現在も、悪い現在も、そのまま未来を保証するものではありません。
嫌な一日の中で人生全体の結論を出さない。
それだけでも、現在第一主義に未来まで支配されにくくなると思います。
・まとめ・未来には別の現在がある
最後に、仏教の無常と未来の自分について、Q太郎なりの見立てを置きます。
仏教では、すべてのものは変化し続けると考えます。
空腹は満腹になり、満腹はまた空腹になります。
二日酔いは治り、酒がおいしく見える夜が来ます。
上昇相場は下落相場になり、絶望の中にも、また熱狂が戻ってきます。
嫌な一日も、ずっと同じ形では続きません。
頭では、誰でも分かっています。
それでも、その状態の中にいるときだけは、いまが未来まで続くように感じます。
我々はみんな、いまいる場所、いまという時間、いま置かれている環境にとらわれます。
精神力が弱いからではありません。
目の前にあるダチョウは、見ようとしなくても入ってきます。しかし、ここにはない場所、まだ来ていない時間、これから変わる環境というペンギンは、自分から想像しなければ判断へ入ってきません。
ただし精神の力だけで、ペンギンを想像するのは、かなり難しいのですね。目の前のダチョウが強すぎるわけです。目を閉じるとか、耳をふさぐとか、そういうことをしないと難しい。
これは、前回の動画で話した「ないものへ注意を向けにくい」という性質にもつながります。
「犯罪者の95%はパンを食べる」と言われたとき、目の前に示された1つの枠は見えます。しかし、示されなかった残りの3つの枠は、こちらから探さなければ見えません。
今回も同じです。
今日の失敗、今日の空腹、今日の相場は目の前にあります。しかし、状態が変わった未来の自分は、まだここにいません。
見えない未来が存在しないのではありません。いま目の前にないため、判断から消えているだけです。
目の前のダチョウが、永遠にそこにいると思ってしまうのですね。
しかしダチョウはいなくなります。
そして今度は、ペンギンが目の前へ来るかもしれません。
未来の自分を信用してはいけない、という話ではありません。
未来の自分には、未来の現在があると知っておくことです。
今日とは違うおなかの減り方をしています。今日とは違うニュースを見ています。今日とは違う価格を目の前に置かれています。
その人が、今日の自分と同じ判断をするとは限りません。
そして以前も言ったように、未来の自分はクソ野郎なので、後出しで現在の自分の判断を批判してきます。おなじ人間と思わない方がいいです。
Q太郎は、現在第一主義をやめる必要はないと思います。
目の前を生きるときには、必要な仕組みです。
赤信号なら、未来に青になると分かっていても止まる。それでよいのです。
ただ、未来を考えるときだけは、信号の色が変わることを忘れない。
今日が赤信号だからといって、人生の信号が、この先ずっと赤だとは限りません。
いまの決意を強くするより、状態が変わる前提で仕組みを作る。
それが、無常を日常の判断へ使うということなのかもしれません。
皆さんは、満腹や二日酔いのときに固く誓い、状態が変わったら簡単に破ってしまった経験はありますか。また、セールや相場の熱気の中で、普段とは違う判断をしたことはあるでしょうか。よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
