健康食品は生活を変えないための免罪符になる|健康法で不健康を隠す人

【資産形成】健康食品は50代からのサブスク?効果が分からないほどやめられない
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。健康食品、サプリメント、健康茶。効果がはっきり分からないまま定期購入を続けると、毎月の小さな支出が老後の固定費になっていきます。今回は、なぜ人は生活の原因を減らすより商品を足したがるのか...

こんなコメントをいただきました。

「健康食品ですが、実際に効き目があるかどうかわからないものが多いと思います。こういうものがサブスク的に、老後のコストになっていきますね」

とのことです。ありがとうございます。

健康食品とかは長期的に摂取しないといけないので、実際に効果があるかどうかがわかりづらいものでもありますね。

ちなみにQ太郎の父は、健康に対してかなり熱心ですが、運動はいっさいしませんし、食べたいものを控えたりもいっさいしません。なにに熱心かと言えば、食べ物に熱心なのですね。

たとえば医者から、キャベツは健康によいと聞くと、毎日、半玉ぐらい食べるわけです。

半玉です。

付け合わせの千切りキャベツとかではありません。キャベツを食べること自体が、かなり大きな仕事になっています。「今日も頑張って食べよう」とか言って、食べ始めるわけです。ほかの食べ物とのバランスとか、いっさい無視です。

それから、健康によいお茶があると聞けば、それを毎日、二時間ぐらい煮込みます。もはや意味がわかりません。

おそらく、長く煮込めば煮込むほど、健康成分が濃くなると思っているのでしょう。料理のしろうとにありがちな、「火にかけた時間と、おいしさや効能は比例する」という謎の信念ですね。テレビでよく、「煮込めば煮込むほどおいしい」みたいな嘘をばらまいているので、それに影響されている可能性はあります。

二時間も煮込むので、途中でお湯が蒸発するわけです。それを瞬間湯沸かし器をつかって、お湯を足すわけです。もはや意味がわからないし、エネルギー代がもったいない。

それで食べる方面ではここまでやっているのに、運動はしません。

父は糖尿病ですが、お菓子はかなり食べます。場合によっては、健常者より食べています。そして、毎日インスリン注射を打っています。お菓子をバグバグ食いながら、インスリン注射打っているわけです。

税金から出る健康保険料がもったいないというか、若い人に申しわけない感じですが、Q太郎が引っかかるのは、そこではありません。

お菓子を減らすことや、運動することはいっさいせず、キャベツや健康茶だけは、ものすごい勢いで頑張る。この奇妙な力の配分です。

これは本当に、健康になりたいのでしょうか。

もしかすると、今の生活を変えずに健康になりたいだけなのではないでしょうか。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「健康食品は生活を変えないための免罪符になる」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、なぜ健康によいことを極端にやってしまうのか。

二つ目、なぜ人は原因を減らすより、商品を足したがるのか。

三つ目、効果が分からない健康法ほど、なぜやめにくくなるのかです。

最後に、健康にお金を使うことについて、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・健康によいなら多いほどよい

それでは一つ目、なぜ健康によいことを極端にやってしまうのかです。

キャベツが健康によいと言われた。だったら、たくさん食べればもっと健康になる。

お茶が健康によいと言われた。だったら、二時間煮込めばもっと効く。

こういう考え方は、非常に分かりやすいです。

しかし健康というのは、一つの項目だけで点数が決まるゲームではありません。

食事の量やバランス、運動、睡眠、休養、持病の治療など、生活全体の組み合わせで決まります。消費者庁も、健康の維持や増進の基本を、栄養バランスの取れた食事、適度な運動、十分な休養としていて、健康食品は生活の乱れを解決するものではなく、あくまで補助的に使うものとしています。

何か一つが体によいからといって、それだけを増やし続ければよいわけではありません。

薬も過ぎれば毒になります。

これは薬にかぎりません。水でも、運動でも、休養でも、やりすぎれば別の問題が出てきます。体によいものと、量を増やせば増やすほどよいものは、同じではないのですね。「過ぎたるは、およばざるがごとし」です。

それでも、一つの健康法へ極端に走ってしまうのは、そのほうが努力した実感を得やすいからだと思います。

健康になったかどうかは、今日一日では分かりません。

しかし、キャベツを半玉食べたことは分かります。お茶を二時間煮込んだことも分かります。

健康という見えない成果の代わりに、目に見える作業量を積み上げる。そして、その作業量を見て、「これだけやったのだから健康になっているはずだ」と安心するわけです。

健康になったかは分からない。しかし今日も二時間煮込んだことだけは分かる。

これ、仕事でもよくありますね。成果が出ているかは分からないけど、とりあえず残業時間だけは長い。健康法まで会社みたいになっています。

・二つ目・引き算は売れない

二つ目、なぜ人は原因を減らすより、商品を足したがるのかです。

ダイエットしたいという人がいます。

しかし、食べる量は減らしたくない。運動もしたくない。生活時間も変えたくない。それで、「何かよい方法はありませんか」と聞いてきます。

太るもとになっているものは絶たず、その結果だけを消してくれる方法を探しているのですね。

もちろん、楽をしたいのは悪いことではありません。Q太郎だって楽をしたいです。苦労そのものに価値があるとも思っていません。

ただ、原因をそのまま残しながら、都合のよい結果だけを得ようとすると、そこに商品が入り込んできます。

飲むだけで痩せる。これを食べれば帳消しになる。これを身につければ運動したことになる。毎月これを買えば健康を維持できる。

世の中の健康法は、何かをやめる話より、何かを足す話になりがちです。

なぜなら、足し算は商品になるからです。そうやって、支出がどんどん増えていきます。

お菓子を一袋買わないことでは、健康食品の会社に売り上げは立ちません。夜更かしをやめることにも、定期購入はつけられません。しかし、サプリメントや健康茶なら、毎月売ることができます。

企業にとって都合がよいのは、生活を根本から変えて健康になってもらうことではありません。

今の生活に不安を残したまま、その不安を和らげる商品を買い続けてもらうことです。

だから、「まず原因を減らしてください」という地味な話より、「今の生活に、これを一つ足してください」という話のほうが広がります。

薬を適切に使うこと自体は問題ないですが、何か一つを足せば生活全体の矛盾まで消えるという考えかたが問題なのですね。

健康食品を買っているつもりが、実際には「今の生活を変えなくても、自分は健康に取り組んでいる」と思える免罪符を買っている場合があります。ダイエット食品なんかもこのたぐいですね。

キャベツを大量に食べた。健康茶も二時間煮込んだ。だから、お菓子を食べても、自分は健康に無関心な人間ではない。

そんな心の帳簿が、どこかにあるのかもしれません。そしてそのかたわら、お菓子をバグバグ食べているわけです。

・三つ目・効果が分からないからやめられない

三つ目、効果が分からない健康法ほど、なぜやめにくくなるのかです。

健康食品の曲者なところは、長期間使うことを求められやすいことです。

一回飲んで、はっきり結果が出れば簡単です。効いた。効かなかった。それで判断できます。

ところが、「健康のために毎日続けてください」と言われると、効果を確かめるのが難しくなります。

十年間飲み続けて病気にならなければ、「これを飲んでいたから病気にならなかった」と考えられます。

病気になったら、「飲んでいたから、この程度で済んだ」と考えられます。

どちらの結果になっても、健康食品のおかげにできるのですね。

しかも、その健康食品を使わなかった自分と、使った自分を同時に生きることはできません。比較対象がありません。

体調がよくなったとしても、健康食品の効果なのか、睡眠が増えたからなのか、仕事のストレスが減ったからなのか、季節が変わったからなのかは、なかなか分かりません。

効果が見えにくいから売れないのではありません。

効果が見えにくいから、やめにくいのです。

やめた翌日に病気になったら嫌だ。今まで飲んだ分が無駄になる気もする。そうして、効果を確認できないものへ、時間とお金を払い続けます。

健康のために生活していたはずが、健康法を続けるために生活するようになるわけです。

Q太郎なら、健康食品を始める前に、一つだけ決めます。

これは、何を改善するために使うのか。

「なんとなく健康によさそう」では、終了条件がありません。目的が曖昧なものは、効いたかどうかも分かりませんし、いつまでたってもやめられません。

体調や検査値、服用中の薬との関係があるなら、健康食品を自己判断で重ねるのではなく、医師や薬剤師へ相談する。そのうえで、使う量と期間を決める。これは健康法を増やす話ではなく、健康法に生活を支配させないための境界線です。

基本的には、健康食品より、ふだんの食事をしっかりさせることのほうが重要ですね。健康食品は、あくまで補助ですしね。

・まとめ・健康法の成績を上げない

最後に、Q太郎なりの見立てを置きます。

Q太郎は、健康とは、健康によいものを最大化することではないと思っています。

健康法をたくさん知っていることでも、毎日二時間お茶を煮込めることでもありません。

生活全体にある矛盾を、少しずつ減らしていくことです。

たくさん食べながら痩せる方法を探す。まったく休まず、疲労回復の商品を買う。運動はしないけれど、健康食品だけは増やす。

こういうとき、必要なのは新しい健康法ではなく、「何を足せば解決するか」という問いを一度やめることではないでしょうか。とくに50代からは必要になってくる、「何を引けば解決するか」の考え方ですね。

人は健康になりたいのではなく、好きな生活を変えずに健康になりたい。

Q太郎も含めて、たぶん、みんな楽をしたいのです。

ただ、その気持ちを責めるより、「いま探しているものは治療なのか。それとも生活を変えなくてよいという免罪符なのか」と考えたほうがいいとは思います。

健康法の成績を上げるために、健康を損なってはいけません。

皆さんにも、健康のために始めたものの、効いているのか分からないまま続けている食品や習慣はありますか。あるいは、一つの健康法を頑張ることで、別の生活習慣には目をつぶっていた経験はありますか。よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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