
こんなコメントをいただきました。
「物を買うことにこだわるのも執着ですが、買わないことにこだわるのも執着だと思います。この執着の境界線をQ太郎さんはどう考えていますか?」
とのことです。ありがとうございます。
「買わない」と決めて、欲しい物も我慢し続けるのも確かに執着ですね。このあたりは以前出した動画「『本当に必要?』と考えるほど、お金の使い方が苦しくなる」でも述べているので、そちらも参照にしていただければと思います。今回はお金への執着について、違う角度からこの問題を深掘りしていきます。
それでQ太郎は学生時代から、欲しいものを我慢できたとき、少し気分がよくなることがありました。
今日も無駄遣いをしなかった。
お金を守った。
欲望に負けなかった。
節約を続けていると、買わないことが小さな勝利になるんですね。ひと月、ゲームとか本とか、なにも買わないですませることができたら、なんかうれしいわけです。
ただ、ここで少し変なことが起こります。
十分なお金がある。
本当に好きなものだと分かっている。
値段も、自分の資産から見ればほとんど影響がない。
それでも、買わない理由を探し続ける。
買えばお金が減る。
なくても生きていける。
もっと安くなるかもしれない。
そして、買わなかった自分を褒める。
ここまで来ると、買わないことは本当に自由なのでしょうか。
欲しいから何でも買う人は、物に執着しているように見えます。
でも、お金を減らしたくないから何も買えない人も、別の形でお金に執着しているのかもしれません。
つまり、根っこはおなじ可能性があるわけです。お金への執着ですね。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「買うも執着、買わないも執着」を深掘りしていきます。
・話す内容
今日は大きく三つ話します。
一つ目、買わないことまで執着になるのは、どんなときなのか。
二つ目、Q太郎がRPGを買わないどころか、買うかどうかも考えなくなった理由。
三つ目、自分の好みと0.01%ルールを、どう組み合わせて考えるのかです。
最後に、悩まず買えるようになるまでに、なぜ自分の好みを悩み抜く必要があるのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・買わないことが目的になる
それでは一つ目、買わないことまで執着になるのは、どんなときなのかです。
最初に、はっきりさせておきたいことがあります。
Q太郎は、欲しいと思ったものを何でも買えばいいとは考えていません。
むしろ、自分の好みがまだ見えていないうちは、買わずに考える時間が必要だと思っています。
これは本当に自分が好きなものなのか。
流行しているから、気になっているだけではないか。
誰かが持っているのを見て、うらやましくなっただけではないか。
買った自分を、人に見せたいだけではないか。
ここはじゅうぶんに悩んだほうがいいでしょう。
この区別がつかないまま、少し欲しいと思うたびに買っていたら、いくらお金があっても足りません。
一回の金額が小さくても、欲望の入口が開きっぱなしだからです。
以前の動画、「『本当に必要?』と考えるほど、お金の使い方が苦しくなる」では、買い物のたびに必要性を審査するのではなく、自分の定番ジャンルを決めるという話をしました。
定番なら、毎回悩まない。
定番でなければ、そもそも検討の場所へ入れない。
ただ、この話には大切な前提があります。このあたり、前回の動画で説明不足だったので、今回補っておきます。そうじゃないと、「定番だから」を言いわけに、どんどん物を買っていたらキリがないですしね。
それで前提条件として、その定番は、本当に自分が好きなものなのか。
ここは、一度きちんと突き詰めなければなりません。ここはしっかり悩んでください。Q太郎も悩みまくって、好きなものを突き詰めていきました。欲しい物のメタ構造まで見て、限界まで突き詰める必要があります。
例えば、昨日まで流行を追いかけていた人が、今日から「流行品が自分の定番です」と言って、全部買い始めたら意味がありません。昔流行っていた「たまごっち」とか、このたぐいだと思います。
自分の好みを考えずに流行に乗るのは、それは判断を手放したのではなく、判断を放棄しただけです。
自分の好みが分からない時期の「買わない」は、悪い執着ではありません。
自分の欲望がどこから来たのかを見るための保留です。
しばらく買わずにいると、それでも気になるものと、数日で忘れるものが分かれてきます。
実際に買ったものを振り返れば、何度も使うものと、買った瞬間だけ満足したものが見えてきます。
そうやって、自分の好きなものを少しずつ絞っていく。
その過程を飛ばしてはいけません。ここは本当にしっかりやってください。そうじゃないと、今後の人生、お金に振り回され続けることになります。
一方で、自分の好みが十分に見えて、使っても生活が揺れないほどのお金があるのに、それでも買わないことだけを正解にする。
こちらは少し違うとQ太郎は思います。
物への執着は手放したように見えても、今度は減らない残高や、我慢できる自分に執着し始めているかもしれません。
買うことだけが執着ではないんですね。
買わないことも、自分を縛り始めたら執着になります。
・二つ目・RPGは判断しない
二つ目、Q太郎はゲームが好きですが、RPGを買わないどころか、買うかどうかも判断しなくなった理由です。
以前も言いましたが、Q太郎は現在、RPGを買いません。
嫌いだからではありません。
面白そうだと思う作品はあります。
評判のよい作品もありますし、昔遊んだシリーズの新作を見ると、少し気になることもあります。
ただ、Q太郎はRPGを最後まで遊ばないことが多いんですね。
途中で別のことを始めたり、操作を忘れたりして、そのまま止まってしまいます。
では、途中まで楽しめたのだから、それでいいではないか。
普通はそう考えればよいのですが、Q太郎は最後まで終わらせないと、モヤモヤします。この性格が、RPGを遊ぶには問題があるのです。
ゲームの世界では魔王が残ったままなのに、現実のQ太郎だけが次の仕事を始める。
あれが、どうにも落ち着きません。
遊ぶために買ったはずなのに、いつの間にか、終わらせなければならない仕事が一つ増えます。作業どころか、苦行になってしまうのですね。もう飽きてやりたくないのに、クリアまでやらないといけない苦行。
それなら最初から買わないほうがいい。
これは、RPGに価値がないという話ではありません。
Q太郎の性格と、今の生活には合わないという話です。
だから、新しいRPGを見るたびに、買うべきか、我慢すべきかという審査会は開きません。
Q太郎にとってRPGは、買わない物というより、買うかどうかを考えない物です。
ここには、我慢がほとんどありません。
自分の好みと、自分の面倒な性格が分かった結果、判断の対象から外れただけです。「苦痛や重荷になるのでいらない」というのが正しい表現とは思いますね。お金の問題ではないわけです。
反対に、Q太郎が繰り返し遊ぶ定番のゲームなら、話は変わります。
新作を見つけるたびに、本当に必要か、最後まで遊ぶか、何時間で元が取れるかとは考えません。
もちろん、いくらでも払うという意味ではありません。
値段が自分の資産に対して大きければ、好きなものでも考えます。
ただ、本当に好きなジャンルだと分かっているなら、もう「欲望の正体」について毎回裁判を開く必要はありません。
見るべきなのは、主に金額の重さです。
自分の好みが分からないと、店に並ぶすべての物が判断の対象になります。「読書が好きです」というような、ふわっとしたことを言う人にありがちな状況ですね。本にはいろいろなジャンルがあり、自分はどのジャンルが好きなのかをちゃんと考慮しない。だから流行っているものとかを買って、積読が増えてしまうわけです。
ゲームもそれとおなじで、いろいろなジャンルがあります。トライ・アンド・エラーを繰り返して、絞り込む必要があるのです。この作業をさぼってはいけない。
自分の好みが分かると、多くの物が、買う物と買わない物に分かれる前に、関係のない物になります。判断する必要がなくなる。
節約で我慢を強くするより、自分に関係のない売り場を増やしたほうが楽なんですね。
・三つ目・好みのあとに0.01%を見る
三つ目、自分の好みと0.01%ルールを、どう組み合わせて考えるのかです。
以前、買うか迷ったときは、商品の値段だけでなく、自分の資産に対する割合を見るという話をしました。ベストセラー本「ウェルス・ラダー」に書かれている、資産の0.01%ルールです。考えずに、自由に使っていいお金ですね。
たとえば、使える金融資産が二千万円ある人にとって、0.01%は二千円です。これは考えないで好きに使っていい値段です。
ただし、二十万円なら二千万円の1%ですから、好きなものでも考える必要があります。これは好きに使っていい金額ではありません。
資産1%の消費を前にして悩むのは、執着ではありません。金額が十分に大きいからです。
一方、0.01%なら、資産全体への影響はかなり小さい。
自分が本当に好きな定番ジャンルの商品で、生活費にも問題がないのなら、何日も比較し、買う理由を証明し続ける必要はないとQ太郎は思います。
ここで大切なのは、0.01%ルールが働く順番です。
最初に、自分の好みを絞る。
そのあとで、金額の重さを見る。
順番を逆にしてはいけません。
自分が何を好きなのか分からないまま、「二千円以下なら悩まなくていい」と考えれば、目に入った物を次々に買う言い訳になります。Q太郎的には、このあたりのことを「ウェルス・ラダー」ではちゃんと書いていないので、0.01%を無駄遣いの免罪符にしてしまう危険性があります。
二千円でも、五回なら一万円です。
百回なら二十万円です。
金額が小さくても、買う対象が無制限なら、支出は小さくありません。
それに、家の中には、自分でもなぜ買ったのか分からない物が増えていきます。
ですから、自分の好みがまだ見えていないなら、Q太郎は二千円でも悩んだほうがいいと思います。
その迷いは、時間の無駄ではありません。
これは自分の欲望なのか。
何度も戻ってくる好きなものなのか。
買ったあと、実際に楽しんでいるのか。
自分の取扱説明書を作るための時間です。
ただし、好みが見えたあとまで、同じ尋問を一生続ける必要はありません。
本当に好きだと分かっている。
資産の0.01%程度で、生活にも影響しない。
それでも、お金が一円でも減ることを嫌がって買えない。
そこでは、節約ではなく、お金への執着が始まっている可能性があります。
0.01%ルールは、欲しい物を買うための免罪符ではありません。
自分の好みを絞り込んだ人が、もう金額について悩まなくていい場所を決めるためのルールです。そこは間違いないほうがいいでしょう。
・まとめ
最後に、悩まず買えるようになるまでに、なぜ自分の好みを悩み抜く必要があるのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
買うことに執着すると、欲しいと思うたびにお金を使います。
買わないことに執着すると、本当に好きなものまで我慢して、減らない残高を眺めます。
どちらも、物やお金に心を動かされ続けているという意味では、あまり自由ではありません。どちらも執着が発生しているのですね。
ただし、自由とは、何でも買うことでもありません。
流行のものを買うのは、外部からコントロールされているのとおなじことなので、それは「自由」ではないとは思います。自分で選んでいるわけではないからですね。
自分の好みが分からないうちは、少額でも考える必要があります。
流行なのか。
比較なのか。
本当に自分が繰り返し戻るものなのか。
ここを曖昧にしたままでは、0.01%という数字も、浪費の免罪符になります。
Q太郎の場合、RPGは買わないのではありません。
買うかどうかを考えません。
最後まで遊ばず、それでも終わらないことが気になり、楽しみが義務へ変わりやすいと分かったからです。買ったあとに、心理的な苦痛と負担が待っていることがわかっているからです。
反対に、本当に好きな定番ジャンルで、値段が資産の0.01%程度なら、買わない自分を誇る必要もありません。
Q太郎は、悩まず買うためには、その前に、自分の好みを悩み抜かなければならないと思っています。
何でも買うのでもない。
何も買わないのでもない。
自分に関係のあるものを少なくして、その少ないものには、気持ちよくお金を使う。
買うも執着。
買わないも執着。
その間にあるのは、我慢ではなく、自分を知ることなのかもしれません。
皆さんには、以前は買うかどうか悩んでいたけれど、今は判断の対象から外したものがありますか。反対に、「これは本当に自分が好きなものだ」と分かり、迷わず買えるようになったものはあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
