
この前、ちょっと面白いというか、妙なことに気づいたんですよね。
50代に入ると、YouTubeや本でも「人間関係の断捨離をしよう」とか「会社の無駄な付き合いは全部捨てろ」みたいなテーマがすごく増えるじゃないですか。
「退職を見据えて、義理の飲み会はやめよう」
「愚痴ばかりの友達とは縁を切ろう」
こういう話って、すごく耳触りがいいんですよね。自分を縛っていた重い鎖を断ち切って、すっきり自由になれるような気がします。実際、付き合いを減らせば、飲み会代やゴルフ代、交際費なんかが浮くわけですから、一見すると「お金も溜まるし一石二鳥じゃないか」と思えてきます。
ところがですね、いろいろ観察していると、すごく不思議なことが起きているんです。
人間関係をスパッと断捨離して「これで無駄遣いが減ったぞ」と喜んでいるはずなのに、なぜか逆にお金が減っていく人、もっと言うと、資産形成の歯車が狂ってしまう人が一定数いるんですね。
節約のために付き合いを切ったはずなのに、なぜ逆にお金が逃げていくのか。
今回は、50代からの「人間関係と資産の出口戦略」について、少し裏側を覗いてみようかと思います。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に振り回されないための生存戦略を日々発信しています。
今回は「50代の人間関係の断捨離でお金が減る人、増える人」を深掘りしていきます。
・孤立がもたらす「思考の歪み」
まず、なぜ人間関係を整理したはずなのに、お金が減ってしまうのか。
その一つ目の理由は、「一匹狼気取り」による孤立と、それに伴う情報の偏りなんですね。
会社や地域の付き合いを「自分にとって無駄だ」とバッサリ切り捨てて、誰とも話さない生活に入るとどうなるか。一見、誰にも邪魔されない理想の生活に見えます。しかし人間というのは、他者との日常的な雑談を失うと、想像以上に「自分の客観性」を失ってしまう生き物なんですね。
例えば、平日の昼間に、家族も同僚も忙しい中、ソファーで一人座ってスマホを眺めている50代の男性を想像してみてください。
誰とも喋らない時間が何日も続くと、人の脳はネット上の極端な情報や、刺激的なニュースに吸い寄せられやすくなります。
「これから日本円は大暴落する!」
「この投資信託を選ばないと大損する!」
普段なら「いやいや、そんな极端な話あるわけないでしょ」と笑い飛ばせるような怪しい話や、煽り気味の投資情報に対しても、一人で画面を見つめていると、だんだん「あれ? 本当にそうなのかもしれない」と不安が膨らんでいってしまうんです。
身近に「今日こんなニュースあったけど、ちょっと怪しくない?」とか「いやー、それは言い過ぎでしょ」と笑い合える知人が一人でもいれば、そこで自分の偏った思考がリセットされます。
つまり、他者との「何でもない雑談」というのは、自分の判断力を正常に保つための「精神の安全装置」なんですね。
人間関係をゼロにして孤立してしまうと、この安全装置が外れます。その結果、ネットの怪しい投資話に騙されたり、焦って高リスクな資産運用に手を注ぎ込んでしまったりして、一気に数百万円単位のお金を飛ばしてしまう。人間関係で節約した数万円の交際費なんて、一瞬で吹き飛んでしまうわけです。
・「孤独のコスト」という本末転倒
もう一つ、人間関係を断捨離したのにお金が減る大きな理由があります。
それが「孤独のコスト」です。
人付き合いをゼロにすると、当然ながらストレスや寂しさ、退屈という感情が襲ってきます。人間は社会的な動物ですから、誰とも関わらない状態が長く続くと、脳はそれを「生命の危機」だと誤認して、強烈なストレス反応を起こすんですね。
そして、その寂しさや退屈を埋めるために何をするかというと、人間はお金を使おうとするんです。
例えば、夜中に一人でネットショッピングのサイトを開いて、大して欲しくもない家電やガジェットをポチってしまう。あるいは、ソーシャルゲームの課金にハマったり、パチンコや競馬などのギャンブルに足繁く通うようになったりするわけです。
高級な時計や外車を買って、SNSに写真を投稿し、見知らぬ人からの「いいね」を欲しがるケースもあります。これは要するに、リアルな人間関係で得られなくなった承認欲求を、お金で買い叩こうとしている状態なんですね。
人付き合いの飲み会代、数千円をケチった結果、孤独感を埋めるために月に数万円、数拾万円の買い物を繰り返してしまう。
これこそが、人間関係の断捨離が引き起こす「本末転倒な貧困化」の正体なんです。
・人間関係の「鎧」と「命綱」
ここからが、今回一番言いたいことなんですけど。
人間関係の断捨離をするときに、絶対に混同してはいけない二種類の付き合いがあるんですね。
それが「鎧」と「命綱」です。
50代になって捨てなきゃいけないのは、若い頃に着込んでしまった「重い鎧」なんですよ。
会社の同僚とのマウントの取り合い、見栄を張るための高級ゴルフ、断ったら出世に響くからという理由で行く気もない二次会。こういった付き合いは、まさに自分を縛る「鎧」です。こういうものは、50代になったらさっさと脱ぎ捨てていいわけです。他人の視線に自分の財布を握らせる必要はありませんからね。
でも、世間で「人間関係を捨てろ」と言われると、この「重い鎧」と一緒に、生きるための「命綱」までハサミでチョキチョキ切ってしまう人がいるんです。
「命綱」というのは何かというと、損得勘定抜きで話せる知人や、趣味の集まり、近所で挨拶を交わす散歩仲間、あるいは「最近どう?」と生存確認ができるくらいのゆるい友達のことです。
こういう「ゆるい接点」は、決してお金を産み出すわけではありませんし、実利があるわけでもありません。でも、私たちが社会の中で孤立せず、正気を保って生きていくための「大切な命綱」なんですね。
Q太郎が以前から話している「FIRO」という考え方があります。完全リタイアして完全に社会から降りてしまうのではなく、仕事や社会との「距離感を自分で調整する」という生き方ですね。
人間関係もまったく同じなんじゃないかと思います。
完全にゼロにする「断絶」ではなく、不快な人とは距離を置きつつ、居心地の良い人とはゆるく繋がり続けるという「距離の調整」こそが、50代からのスマートな生き方なわけです。
・お金が増える(守れる)人の人間関係
では逆に、人間関係を賢く整理して、ちゃんとお金を残していける人、あるいは資産を守れる人というのは、どういう付き合い方をしているのでしょうか。
特徴は、大きく分けて二つあります。
一つ目は、「薄く広い、損得のない接点」を維持していること。
お金が減らない人は、肩書きや年収、資産額がまったく関係ない場所を持っています。地元の趣味のサークルでも、公園の清掃ボランティアでも、行きつけのカフェのマスターとの雑談でも何でもいいんです。
そこでは「お前は何万稼いでいるんだ」とか「どこの会社で役員をやっていたんだ」という比較が存在しません。ただの「一人の人間」として、世間話ができる場所がある。
こういう場所を持っている人は、孤独感から変な買い物をすることもありませんし、ネットの過激な情報に振り回されることもありません。結果として無駄な出費が抑えられ、資産が自然と守られていくわけです。
二つ目は、「他人の視線に財布を握らせない」ことです。これはこのチャンネルで何度も言っている「見栄の消費」のことですね。
断捨離に成功してお金を増やす人は、「付き合いが悪いと思われたらどうしよう」という恐怖を完全に手放しています。だから、気が乗らない飲み会には「今日は家で本を読むので」とあっさり断れる。
でも、だからと言って周りに対してトゲトゲしく「お前たちの付き合いは無駄だ!」と攻撃したりはしません。いい歳した大人なのですから、サラッと断りつつも、日常の挨拶や雑談には笑顔で応じる。
つまり、自分の快適な距離感をしっかり把握していて、壁を作るのではなく「境界線」を上手に引いているんですね。
なんか人付き合いで、タイパのために積極的に断捨離する人がいますが、逆にそんなことしている時間のほうがタイパが悪いんじゃないかと。人間関係なんて、離れるときは自然に離れますし、くっつくときは自然にくっつきますし、それを意図的にやる必要性がよくわかりません。判断する時間が勿体なすぎる。もっと自然に任せていいとは思います。
・まとめ
そんなわけでまとめると、50代の人間関係の断捨離で本当に大切なのは、人付き合いをゼロにすることではなく、自分を苦しめていた「見栄の付き合い」という鎧だけを脱ぎ捨てることです。
節約のために人間関係を完璧に断ち切ってしまうと、孤立して判断力を失ったり、孤独感を埋めるための余計なお金がかかったりして、結局は貧しくなってしまいます。
不快な重い鎧は脱ぎ捨てる。けれど、ゆるい社会との接点という命綱はしっかり握っておく。この絶妙なバランスこそが、50代以降の資産とお金を守る最強の防波堤になるのではないかと思います。
皆さんは、50代に入ってから「やめてよかった付き合い」や、逆に「残しておいてよかった人間関係」はありますか。もしよかったら、コメント欄で教えていただけると嬉しいです。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。
