
こんなご質問をいただきました。
「「欲しい物ではなく、必要な物を買う」という考えがありますが、どうもうまく納得できません。人は必要な物を買うために生きているわけではないのです。Q太郎さんは欲しい物を買う時は、どう切り分けていますか?」
とのことです。ありがとうございます。
これは節約界隈での、「ニーズ」と「ウォンツ」の問題ですね。「必要かどうかを考えて物を買う」というやつです。
物を増やしたくない。
無駄遣いもしたくない。
そこで何か欲しくなるたびに、こう考えます。
「これは、本当に必要なのだろうか」
一見すると、とても正しい質問です。節約の本でもよく書かれている話です。
必要のないものを買わなければ、お金は減りません。物も増えません。当たり前と言えば当たり前です。「痩せたければ食うな」と言っているようなものです。
でも、この質問を買い物のたびに繰り返していると、だんだん苦しくなってきます。
ゲームを一本買うだけなのに、自分への尋問が始まります。
本当に遊ぶのか。
途中で飽きないのか。
積みゲーにならないのか。
なくても困らないのではないか。
そして最後には、必ず同じ答えへたどり着きます。
「このゲームを買う必要はない」です。
まあ、当然と言えば当然なんですね。
ゲームは、なくても生きていけます。
本も、旅行も、外食も、生命を維持するために絶対必要なものではありません。
趣味へ「本当に必要か」という質問をすれば、ほとんどというか、すべての答えが、「必要ない」になります。実際、無くても生きていけますしね。
だからQ太郎は、一番いいのは、買う前に毎回「本当に必要か」と、あまり強く自問しないことだと思っています。
自分の趣味に合っていないのに、流行っているからとか、まわりにつられて買っているだけという可能性もあるので、あまり気軽に買うのもどうかと思いますが、「本当に必要か」と毎回問う必要もない。
そこまでやると、買い物そのものがストレスになります。趣味の買い物だと、先ほども言ったように、必要あるわけがないのです。最初から自分を責めているようなものです。
Q太郎が代わりに考えるのは、一つだけです。
「このゲームは、自分の定番ジャンルか」
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「『本当に必要?』と考えるほど、お金の使い方が苦しくなる」を深掘りしていきます。
今日は大きく三つ話します。
一つ目、「本当に必要か」という正しい質問が、なぜ趣味を苦しくするのか。
二つ目、Q太郎がゲームを「必要か」ではなく、「定番か」で選ぶようになった理由。
三つ目、欲しくなってから我慢するのではなく、買い物の入口を狭くするという考え方です。
最後に、自分にとって大切なものまで、毎回費用対効果を証明する必要があるのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・趣味に必要性を求めない
それでは一つ目、「本当に必要か」という正しい質問が、なぜ趣味を苦しくするのかです。
家電や保険を見直すとき、「これは本当に必要か」と考えるのは役に立ちます。
自動パン焼き機とか、自動餅つき機とか、買って何回かしか使わないような家電。
内容を理解しないまま払い続けている保険。
ほとんど観ていないのに、サブスクを解約していない動画サービスなど。
こういうものを整理するには、よい質問です。
でも、この物差しを趣味へ持ち込むと、少しおかしくなります。
休日にゲームをする必要はあるのか。
好きな作家の新刊を買う必要はあるのか。
旅行へ行く必要はあるのか。
少し高いものを食べる必要はあるのか。
必要性だけで考えれば、全部なくても困りません。というか、断言してもいいですが、「必要性」は一切無いです。
極端に必要なものだけで暮らせば、食事と衣服と住居、それに最低限の日用品ぐらいになります。
たしかに無駄はありません。
でも、楽しいことも、かなりなくなります。
それを「無駄のない人生」と呼ぶのか、「何も許可されない人生」と呼ぶのかは、少し考えたほうがいいと思います。
「本当に必要か」という質問には、「欲しいだけでは不十分だ」という前提があります。
欲しい理由を説明しなさい。
費用に見合う効果を証明しなさい。
最後まで使い切ると約束しなさい。
そこまでできたら、買うことを許可します。
買い物のたびに、頭の中で小さな審査会を開いているんですね。
しかも、審査員も被告も自分です。
これでは疲れます。
Q太郎はこういうことを考えるのは嫌いじゃないんですけど、毎回だとさすがに疲れます。
買わなければ、お金は減りません。
でも、自分の楽しみへ毎回存在理由を求めていたら、お金を使うこと自体が悪いことのように感じられてきます。
Q太郎は、買わない暮らしの目的は、欲望と一生戦い続けることではないと思っています。
必要性の裁判を毎回開かなくても、自然に買うものが少なくなるほうが楽です。
・二つ目・必要ではなく定番で考える
二つ目、Q太郎がゲームを「必要か」ではなく、「定番か」で選ぶようになった理由です。
Q太郎のSteamやエピックゲームストアなどには、無料配布なども含めて、数えてみたら四千本ほどのゲームがありました。知らないかたのために説明しておきますと、実物ではなく、ダウンロードで遊べるゲームですね。
エピックゲームストアは毎週無料でもらえるので、とりあえず毎週貰っています。それでいつの間にかゲームが貯まっていくのですね。買わなくても貯まる。
四千本と聞くと、毎日いろいろなゲームを遊んでいるように見えるかもしれません。
でも、実際に遊ぶものはかなり偏っています。
Q太郎の場合、アクションゲームは苦手なので、シミュレーションゲームが定番です。『モンスターハンター』とか、デモ版すらクリアできないので、これは確実に向いていないわけです。画面を止めて、じっくり考えられるゲームのほうがいいのですね。
こういうゲームは、欲しいと思えば買います。
「このゲームは、Q太郎の人生に本当に必要なのか」などとは考えません。
「本当に必要ではない」からです。答えは最初から出ています。
ただ、好きなんですね。
反対に、RPGとかアドベンチャーゲームは現在ほとんど買いません。
面白そうな作品を見かけることはあります。
評価が高い。映像もきれい。昔好きだったシリーズの新作でもある。
それでも、今のQ太郎の遊び方からは外れています。
だから、「買いたいけれど我慢する」のではありません。
最初から、基本的には検討する場所へ入れません。無料ならプレイするかもしれませんが、だいたい途中でやめます。ストーリーを追うような内容なら、小説や映画のほうが速いと思ってしまうのですね。
ボードゲームやレトロゲームは少し気になるので、準定番ぐらいです。
完全に買わないわけではないけれど、定番ほど無条件ではない。
そのぐらいの分類です。
ゲームが四千本あっても、ときどき遊びたいと思うゲームを掘り出してみると、自分の好みは案外少ないことが分かります。実際遊んでいるものは、そんなにたくさん無いのですね。
いろいろ持っていることと、いろいろ好きなことは別なんですね。
この大量のゲームを普段どう整理し、どう見えなくしているのかは、デジタル断捨離という別の話になりますので、次回以降に回したいと思います。
今回大切なのは、四千本という数ではありません。
その中から、自分が繰り返し戻る定番を見つけることです。
必要かどうかを考えると、すべて必要ありません。これは断言してもいいでしょう。人はパンのみで生命維持できます。ぶっちゃけ食い物があれば生きられます。人間以外の動物はみんなそうやって生きています。ドラクエとか遊んでいません。
そんな感じで、趣味全般は必要ない物なのです。
ただ、その必要のない物から選別するさい、「自分の定番かどうか」を考えれば、買っていいものと買わないものが、かなり簡単に分かれます。
・三つ目・買い物の入口を狭くする
三つ目、欲しくなってから我慢するのではなく、買い物の入口を狭くするという考え方です。
一般的な節約では、欲しいものが見つかったあとにブレーキを踏みます。
無駄遣いをするな。
一週間待て。
本当に必要か考えろ。
もっと安いものを探せ。
つまり、欲しくなったものを全部、いったん検討の場所へ入れます。
そして、その一つ一つと戦います。
これは、かなり意志力を使います。下手に我慢すると、リバウンドが来て、逆に無駄遣いが多くなったりもします。
Q太郎の考え方は逆です。
出口で我慢するのではなく、入口で分類します。
これは自分の定番ジャンルなのか。
定番なら、欲しいときに買う。
定番でなければ、基本的には検討へ入れない。選ぶ余地を残さないのですね。
「欲しいけれど禁止する」のではなく、「これは現在の自分の棚ではない」として、買うか買わないかの選択自体をしないわけです。
そうすると、毎回、自分を説得する必要がありません。
大切なのは、無条件で買ってよい領域を、少数だけ決めておくことです。
一般的な節約論では、「買うときは必要かどうかよく考えろ」と言われます。
でも、自分の人生で大切なものまで、毎回費用対効果を計算していたら、お金に支配されます。
千円使うたびに、これは有意義か。
本当に元を取れるのか。
もっと安い楽しみで代用できないか。
そんなことを考え続ければ、資産は減らなくても、精神が消耗します。
だから、「ここには使う」という聖域を作ります。それ以外は全部スルー。いっさい検討の対象にしない。
Q太郎なら、シミュレーションゲームです。さらに絞ると、歴史ものとか遊んで勉強になるものがいいですね。
皆さんなら、服かもしれません。本かもしれません。旅行や食事かもしれません。
何を定番にするかは、人によって違います。
ただ、定番が少数なら、それ以外のものへ使うお金は自然に減ります。
最初は定番を見つけるために、無駄な出費もしなくてはならないですが、使ったあとの自分の気持ちをちゃんと考え続けていれば、だんだんと使うお金は減っていきます。
自分の定番へ気持ちよく使う代わりに、どうでもいいものを検討しない。
これなら、節約のために毎日自分を叱らなくても済みます。そこにストレスはありません。
・まとめ
最後に、自分にとって大切なものまで、毎回費用対効果を証明する必要があるのか。Q太郎の見立てを置いて終わります。
「これは本当に必要か」という質問は、正しい質問です。
でも、正しい質問を、あらゆる買い物へ使う必要はありません。
趣味は、必要だから持つものではありません。
好きだから、お金や時間を使うものです。
好きなものへまで毎回理由を求めたら、人生の楽しみが審査待ちになります。
一番いいのは、買う前に毎回「本当に必要か」と自問しないことだと思います。
そこまでやると、買い物がストレスになります。
Q太郎は、代わりに一つだけ考えます。
「これは、自分の定番ジャンルか」
定番なら、欲しいときに買う。
定番でないなら、基本的には入口へ入れない。だからQ太郎は、RPGは買わない。くれるならもらう。
必要かどうかで、自分の楽しみを毎回削っていくのではありません。
自分が繰り返し戻ってくるものを、少しずつ見つけていきます。
そうすると、我慢して買わないのではなく、欲しいものそのものが少なくなります。
買わないことを目的にしなくても、結果として買うものが減ります。
そして、自分にとって大切なものには、気持ちよくお金を使えるようになります。
皆さんには、「これは自分の定番だから、欲しければ買う」と決めているものがありますか。反対に、以前は買っていたけれど、今の自分の定番ではなくなったものはあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
