【節約】「自分へのご褒美」という名の消費|楽しむために頑張る必要はない

https://youtu.be/RHPMwP0adIc

こんなご質問をいただきました。

「消費を加速させるのは、やっぱり「自分へのご褒美」だと思います。とりあえず「自分へのご褒美」とつけておけば、無駄な出費が許されてしまいますね。頑張ったご褒美でお金を使うことは、資本主義の罠にハマっているのではないかと思います。Q太郎さんのお考えをお聞かせください。」

とのことです。ありがとうございます。

使い方次第かもしれませんが、消費のために頑張って働いて、また消費するという永久機関は、ある意味、資本主義の動力としてうまく組み込まれてしまっている感じもありますね。

金曜日の夜、仕事が終わりました。

今週も忙しかった。

嫌なこともあった。

家へ帰る途中で店へ寄り、「頑張った自分へのご褒美」ということで、いつもより高いお菓子を買ったりするわけです。お菓子を買うこと自体が悪いわけではないんですけど、消費のためにお金を稼ぐという循環に入ってしまうと、ちょっとどうかなという感じはありますね。「自分へのご褒美」とか言わずに、条件なしでも、べつにお菓子を買ってもいいわけです。

そんな感じでお菓子を買って、家に帰ってスマホを見ると、気になっていた商品が出てきたりするわけです。最近のAIのリコメンドは優秀ですしね。

そして商品を見ながら思うわけです。少し高いけれど、今月は残業も多かった。

これくらい買ってもよいだろうと思い、注文します。

こちらも、頑張った自分へのご褒美です。条件付きで購入するわけですね。

買った瞬間は、少し気分が晴れます。

そして月曜日になると、また同じ仕事へ戻ります。

今週も忙しい。

嫌なこともある。

週末には、また何かご褒美が欲しくなります。消費の永久循環なわけです。

先ほども言ったように、この買い物、一つずつ見れば、それほど変ではありません。

働いて稼いだお金で、好きな物を買っています。それは別にいいのです。

ただQ太郎的には、「自分へのご褒美」という言葉に、少し引っかかるわけですね。

自分のお金で、自分の好きな物を買う。

それなのに、なぜ「頑張ったから」という理由が必要なのかという問題です。

頑張らなかった日は、おいしい物を食べてはいけないのでしょうか。

そして、ご褒美を買わなければ続けられないほどつらい生活なら、買い物より先に、そちらを考えたほうがよいのではないでしょうか。そっちのほうが、あきらかに本質的な問題だとは思います。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。今回は「自分へのご褒美という消費」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、好きな物を買うのに、なぜ頑張った証拠が必要なのか。

二つ目、ご褒美の買い物が、疲れて働く生活を続けさせていないか。

三つ目、自分への査定をやめ、好きだから楽しむ消費へ戻すことです。

最後に、ご褒美を増やすべきなのか、ご褒美が必要になる生活を見直すべきなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・自分のお金を使うための許可

それでは一つ目、好きな物を買うのに、なぜ頑張った証拠が必要なのかです。Q太郎的に、ここが一番ひっかかります。

例えば、同じケーキを買うとします。

一人は、「このケーキが好きだから買いました」と言います。これは理解できます。

もう一人は、「今週は仕事を頑張ったので、ご褒美に買いました」と言います。ここでQ太郎は「なんで?」ってなってしまうわけですね。犬の飼育じゃないのに、なんでご褒美が必要なのかと。世界に誇るドッグトレーナーを目指しているのかと。

そんな感じで、買った物も、支払った金額も同じです。

しかし、自分への扱いが違います。

前者は、好みの話です。

後者は、査定の話です。もっと言えば、ちゃんと「お手」ができたことへの報酬ですね。

今週の自分は、十分に働いたか。

面倒な仕事を片づけたか。

嫌なことに耐えたか。

それらを確認してから、ケーキを買う許可を出します。

頭の中に、自分を評価するトレーナーや上司がいるわけです。

その上司が、働いた自分へ報酬を渡しているのですね。

会社では、仕事の成果を評価されます。

家へ帰ってからも、自分で仕事の成果を評価します。

その結果がよければ、少しよい物を買えます。

これでは、会社の人事評価を家へ持ち帰っているようなものです。

しかも、頑張ったから楽しんでよいという基準には、裏側があります。

頑張れなかった自分には、楽しむ資格がない。この心理状態が一番ヤバいとは思います。若い人は可能性を試すために、まだいろいろ頑張る必要がありますけど、50代以降はもっと楽に生きたほうがいいんじゃないかとは思います。

一日ぼうっとしていた。

予定していた作業が終わらなかった。

仕事で失敗した。

そんな日は、ご褒美を受け取れるほどの成果がありません。

お金には余裕があり、本当に食べたいケーキもある。

それでも、今日は頑張っていないからと、買うことへ罪悪感を持ちます。

Q太郎は、自分のお金を使うために、そこまで条件をつけなくてもいいとは思っています。

生活に無理のない値段で、自分が本当に好きな物なら、好きだから買えばよいでしょう。

好きなゲームで遊ぶために、先に嫌な仕事を何時間するべきか。

おいしい物を食べるために、どれだけ苦労すれば資格がもらえるか。

人生の楽しみを、労働の成績表と交換する必要はありませんし、しなければいけない理由もありません。

まあ、実際のところ、ご褒美という言葉は、ただの軽い言い方として、使っている場合もあるとは思います。

Q太郎が引っかかるのは、その言葉がないと、楽しむ許可を自分へ出せなくなることなのですね。脳内のドッグトレーナーによって、条件付けがなされてしまっているわけです。

・二つ目・疲れて買って、また働く

二つ目、ご褒美の買い物が、疲れて働く生活を続けさせていないかです。

仕事で疲れました。

嫌なこともありました。

それを埋め合わせるために、何かを買います。

気分が晴れたので、また仕事へ行けます。

買った物の支払いもあるので、収入は減らせません。

働いて疲れ、ご褒美としてお金を使い、そのお金を稼ぐために、また働きます。

この循環ができると、消費は生活を楽しむためだけでなく、つらい生活を続けるための補修になります。

冒頭の金曜日へ戻りましょう。

今週も忙しかったので、少し高い物を買いました。

その買い物自体は、楽しいかもしれません。

しかし月曜日からの仕事量は、変わっていません。

嫌な相手との関係も、そのままです。

自分の時間がない状態も、変わりません。

ご褒美で気分を持ち直し、同じ一週間へ戻ります。

また金曜日になれば、次のご褒美が必要です。

ここで考えたいのは、買った物が悪いのではなく、毎回同じ場所で自分が削られていることです。

穴の開いたバケツへ、水を足し続けています。

水を足すことばかり考えているので、どこから漏れているのかを見る時間がありません。

ご褒美を買うなと言われても困ります。

それがないと、一週間を乗り切れないからです。

しかし、それがないと乗り切れないという状態こそ、一度立ち止まって考えたいところです。

自分は、その商品を本当に欲しかったのか。

それとも、この一週間が割に合わなかったという気持ちを、買い物で清算しようとしているのか。

後者なら、売り場には根本的な解決がありません。

服を買っても、職場の仕事量は減りません。

高い食事をしても、断れなかった頼まれ事は消えません。

最新の家電を買っても、いつも他人へ気を遣う生活が、そのままなら疲れは戻ります。

本当は休む時間が欲しかったのに、休めない生活の中で使う商品を買っているのかもしれません。

そして、ご褒美には、買い物の判断を飛び越える便利さもあります。

「頑張った自分へのご褒美に」という広告を見ます。

自分が頑張ったことには、誰でも心当たりがあります。

それなら買ってもよいと思います。じつに巧妙な広告なわけです。

しかし、自分が頑張ったことと、その商品が自分に必要なことは、別の話です。ここはわけて考えたほうがいいでしょう。

苦労した量を証明しても、商品の必要性は証明できません。まったく関係のない話だからです。

それなのに、頑張ったという事実が、欲しいかどうかを確かめる前の購入許可証になります。

店は、あなたの一週間を査定しているわけではありません。

商品を売っています。

こちらが抱えた苦労を、購入する理由へ変えてくれるだけです。

・三つ目・好きだから楽しんでよい

三つ目、自分への査定をやめ、好きだから楽しむ消費へ戻すことです。こっちのほうが健全です。

Q太郎は、買い物で気分がよくなることまで否定したいわけではありません。

おいしい物を食べれば、楽しいです。

欲しかった物を買えば、うれしいです。

その楽しみも、お金と交換できる大切なものです。

ただ、そこへ苦労の証明を付けなくてもよいと思います。餌をもらうのに、芸は必要ない。

今週は仕事を頑張ったので、このケーキを買う。

ではなく、このケーキを食べたいので買う。

残業をしたので、このゲームを買ってもよい。

ではなく、このゲームで遊びたいので買う。

以前から動画で言っているように、自分が何が好きなのは、時間をかけてでもきっちり突き詰めたほうがいいです。「流行っているから」みたいな理由での無駄遣いは結構多いです。今どき、タマゴッチを買う人があまりいないのと同じですね。

そんな感じで、自分の好きなものを突き詰めつつ、生活費や将来への備えを考えたうえで、自分が使える範囲のお金なら、使う理由は自分の好みでよいのです。

報酬を受け取れるほど頑張ったかではなく、自分が本当にそれが好きで、その時間を楽しめるかを見ます。

これは、お金を使う許可を緩めるだけではありません。

反対に、いらない買い物を減らすことにもつながります。

今週は頑張った。

しかし、特に欲しい物はない。

それなら、何も買わなくてよいでしょう。

苦労したからといって、それに対応する商品を探す必要はありません。

疲れているなら、寝てもよいのです。

予定を入れず、家で過ごしてもよい。

昔買ったゲームを遊んでもいい。

自分を大切にすることと、自分へ商品を与えることは同じではありません。イルカショーで、イルカが芸をするたびに、トレーナーのかたが餌を投げあたえるのと同じ状態になる必要はありません。

もちろん、仕事や生活を短期間で変えることはできません。

生活費もありますし、簡単に辞められない仕事もあります。

だからこそ、ご褒美を買う前に、一度だけ考えます。

今、自分が欲しいのは、この商品なのか。惰性や条件付けで買ってはいないか。

欲しいのが商品なら、ご褒美とか関係なしに、予算の中で買えばよい。

欲しいのが休息なら、買い物で代用せず、家でゆっくり休めばいいだけです。

毎週何を買えば乗り切れるかだけでなく、どうすればそこまで乗り切ろうとしなくて済むのかを考えます。ストレスを減らす方法ではなく、ストレスの発生源にどう対処するか、そもそもストレスを受けないためにはどうすればいいかですね。

自分を大切にするというのは、苦労した分だけ商品を買うことではありません。

そもそも自分へ課している苦労やストレスが、多すぎないかを見直すことでもあります。

なにかあるたびに、いちいち物を買っていたら、イルカショーのイルカとやっていることはあまり変わらないと思います。

・まとめ

最後に、ご褒美が必要になる生活を見直すべきなのか。Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

自分へのご褒美という言葉は、自分に優しい言葉に聞こえます。

しかし、その奥で、頑張った人だけが楽しんでよいという査定が行われていることがあります。そして広告はこの心理をうまく使ってきます。現代マーケティングをなめないほうがいいです。

会社で評価され、家でも自分を評価する。

苦労した証拠を確認し、その報酬として商品を渡す。芸をするたびに餌をもらうイルカショーのイルカとおなじようなものです。

買い物を楽しんでいるようで、生活全体を成果主義の中へ置いています。成果主義どころか、イルカショーレベルの条件付けになっている場合もありますね。

仕事で疲れた分を消費で埋め、その消費を続けるために働くようになると、自分へのご褒美は、自由ではなく、今の生活を続けるための維持費になります。

今週もつらかった。

だから何かを買う。

来週もつらい。

だから、また何かを買う。イルカショーの餌と同じで、条件付けになってしまうわけです。

Q太郎は、ご褒美がないと続かない生活なら、ご褒美を増やす前に、その生活を疑ったほうがよいと思います。

なぜ、毎週これほど埋め合わせが必要なのか。

どこで自分の時間や気力が削られているのか。

手を抜くことができるところはないのか。他の部署へ移動できないのか。

そこを見ずに買い物だけを続けても、翌週には、また同じ不足が生まれます。

必要なのは、もっと立派なご褒美ではなく、ご褒美を要求するほど自分を追い込まない生活かもしれません。

そして、何も頑張らなかった日でも、好きな物を楽しんでよいのです。

今日は仕事が進まなかった。

しかし、このケーキは食べたい。

予算にも無理がない。

それなら、おいしく食べればよいと思います。

逆に、今日はよく働いたけれど、何も欲しくない。

それなら、何も買わずに寝ればよいでしょう。

頑張った量と、使うお金を、いちいち連動させない。ここ、かなり重要だと思います。じゃないと、「頑張ったあなたへのご褒美に」とかいう巧妙な広告にひっかかって消費を増やしてしまいます。

自分を褒めることと、企業の商品を買うことを分ける。条件付けしない。イルカショーのイルカにならない。

Q太郎は、それだけでも、お金の使い方は少し自由になると思います。

自分は、働いたら餌をもらえる存在ではありません。

苦労と引き換えでなければ、楽しめない存在でもありません。

好きだから楽しむ。

疲れたから休む。

その二つを、ご褒美という一つの買い物で処理しなくてもよいのですね。

皆さんは、頑張った自分へのご褒美として、何を買うことがありますか。また、本当は商品より休む時間が欲しかったと思うことはあるでしょうか。よければコメントで教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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