
前回の動画で出てきた「パラレルトーク」について、今回深掘りしていきます。
パラレルトークとは、相手の会話を利用して、自分の話を始めることですね。
例えば友人が、アメリカへ旅行した話を始めたとします。
「この前、初めてアメリカへ行ったんだけど、空港で大変なことがあって」
すると聞いていた人が、こう言います。
「アメリカといえば、私も以前ニューヨークへ行ったことがありますよ。そのときはですね」
どちらもアメリカの話なので、会話はつながっているように見えます。
しかし最初に話していた人の、空港で何があったのかは、どこかへ消えてしまいました。
相手の話に出てきた言葉をきっかけに、自分の体験談を始める。
前回紹介した、ピーター・ボゴジアンとジェームズ・リンゼイの共著「話が通じない相手と話をする方法」では、このような会話をパラレルトークとして扱っています。
話題は平行に並んでいますが、二人の話は交わっていません。
相手の話を聞いているようで、実際には、相手が出した単語を、自分の話を始めるための発射台にしているのですね。
反面教師として極めて優秀なQ太郎の父も、これをよくやります。
こちらが何かを話すと、内容を最後まで聞く前に、途中で出てきた単語へ反応して、自分の経験談を始めて気持ちよくなるわけです。
子供のころ、家に客が来たときも、父が客の話に差し込んでいくのを何度も見てきました。基本的に人の話は聞いていない。チャンスがあれば自分語りが始まる。客は自分の話を中断して、苦笑いしながら父の自分語りを聞く。
子供ながら、「これはよくない」と思っていましたが、なにがよくないのかはまだ言語化出来ていなかったです。
一番の問題は、人の話を遮ってしまっていることですが、本人には、関連する話題を提供して、会話を盛り上げている感覚があるのかもしれません。
しかし話している側からすると、「こちらの話は、どこへ行ったのだろう」となります。そもそも捉え方によっては、「おまえの話など聞く価値もない」と中断されて、自分語りが始まって、雑に扱われていることにもなるので、そういう相手とまた会話がしたいかという話にもなりますね。
ただこういうパラレルトークは、Q太郎の父だけでなく、案外、人は無意識でやりがちです。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「パラレルトークという会話泥棒」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、パラレルトークは、なぜ会話に見えるのか。
二つ目、なぜ人は相手の話を自分の話へ変えてしまうのか。
三つ目、自分の体験を話しながら、会話を奪わない方法です。
最後に、会話では誰が話題を所有しているのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・話題は同じでも会話は交わらない
それでは一つ目、パラレルトークは、なぜ会話に見えるのかです。
パラレルトークのやっかいなところは、まったく関係のない話を始めるわけではないことです。ここが巧妙です。
アメリカ旅行の話に対して、すぐさま自分のアメリカ旅行を話す。
仕事で失敗した話に対して、すぐさま自分が以前失敗した話をする。
病気で大変だった話に対して、すぐさま自分が入院したときの話をする。
話を遮って、自分の話に変えていくのですね。
さらにテクニックみたいなのがあって、「わかります」と共感を示しつつ、「私の場合はこうでした」と言って、そこから自分の話につなげていく。
話題は関連しているため、一見、きちんと会話へ参加している感覚があります。
しかしいつの間にか、相手が聞き手になり、自分が話し手になっています。
会話のキャッチボールで考えると、少し不思議な状態です。
相手が投げたボールを受け取ったあと、そのボールを相手へ返さず、自分が隠し持っていた別のボールを投げ返すわけです。
話していた人が本当に求めていたのは、自分と同じ経験を持つ人を探すことではないかもしれません。
驚いた気持ちを聞いてほしい。困ったことを整理したい。ただ最後まで話したい。
それなのに「別の体験談」というボールを投げ返されたら、「自分の投げたボール、どこへ行った」という話になりますね。
会話が成立しているかどうかは、話題が同じかだけでは決まりません。
相手が渡した話を受け取り、相手が続けたい方向へ返しているかが重要なのですね。
・二つ目・なぜ自分の話へ変えてしまうのか
それでは二つ目、なぜ人は相手の話を自分の話へ変えてしまうのかです。
パラレルトークをする人が、全員、自分だけ目立ちたいわけではありません。無意識でやってしまうことも多いと思います。
一つ目の理由は、共感の示し方を、自分の経験を話すことだと思っているからです。
相手が失敗したら、自分の失敗談を話す。
相手が病気になったら、自分が病気になったときの話をする。
「あなた一人ではありません」と伝えたいのですね。
気持ちは親切でも、長く話せば、主役が入れ替わります。
二つ目は、相手の話を、自分の経験に置き換えなければ理解しにくいからです。
人は、知らない出来事を、知っているものへ結びつけて理解します。
「アメリカ」と聞けば、自分が行ったアメリカを思い出す。「投資」と聞けば、自分が損をした経験を思い出す。
連想すること自体は自然です。
問題は、頭の中に浮かんだことを、そのまま全部口へ出してしまうことです。これが相手の話を遮って、自分語りを始めてしまう結果になるのですね。
三つ目は、沈黙や聞き役へ耐えられないからです。
何か言わなければならない。役に立つ話を返さなければならない。会話を盛り上げなければならない。
そう考えると、相手が話し終わった一瞬の空白を、自分の体験談で埋めたくなります。
ようするに沈黙が怖いのですね。
しかしこれは「話が通じない相手と話をする方法」でも指摘されていることですが、会話には、相手が次の言葉を探すための沈黙も必要です。
すぐに自分の話を始めると、相手が本当に言いたかったことが出てくる前に、話題が終わってしまいます。相手の考える時間や、しゃべる機会を奪ってしまう場合があるのですね。
四つ目は、会話を情報交換だと考えているからです。頭のいい人は、これをやりがちです。
相手がアメリカ旅行の情報を一つ出した。だから自分もアメリカ旅行の情報を一つ返す。
同じ量の情報を交換すれば、公平な会話に見えます。
しかし相手が求めているのは情報ではなく、自分の気持ちを受け止めてもらうことかもしれません。
会話では、同じ時間だけ話すことが、必ずしも公平ではないのですね。
しかも相手はまだしゃべることがあるのに、それを遮ってしまうこともあるわけです。本当に公平になっているのかも謎なわけです。
・三つ目・自分の体験を話す前に返す
それでは三つ目、自分の体験を話しながら、会話を奪わない方法です。
自分の話を一切してはいけない、ということではありません。
お互いの体験を話すことで、理解が深まり、距離が縮まることもあります。
問題は、自分の話を始める順番です。
相手がアメリカ旅行の話を始めたら、普通に聞いて、興味ある部分に対して質問すればいいでしょう。
相手がしゃべることもなくなってきたときに、自分の話をちょっとするぐらいでいいとは思います。その話に乗っかってきたら、また相手に話をさせればいいでしょう。
自分の体験を、相手の話を終わらせる材料ではなく、相手がさらに話せる材料になれば、それは立派な会話のキャッチボールになっているとは思います。
もう一つ大切なのが、自分の頭に体験が浮かんでも、すぐに言わないことです。
思いついた話は、今ここで言わなければ消えてしまう気がします。
そのため相手の話を聞きながら、自分の話をするタイミングを待ちます。
しかし、その状態では、相手の話を聞いていません。
前回も言いましたが、会話は、自分が思いついたことを全部発表する場所ではないからです。
相手の話を最後まで聞いた結果、自分の体験を話す時間がなくなることもあります。
それでよいのです。「嫌われる勇気」ならぬ、「話さない勇気」ですね。
時間が無くなるぐらい会話ができれば、それでじゅうぶんじゃないかとは思います。
・Q太郎の見立て・話題には一時的な持ち主がいる
ここからは、Q太郎なりの見立てです。
Q太郎は、会話の話題には、一時的な持ち主がいると思っています。
相手が自分の旅行、失敗、病気、家族について話し始めたら、その話題は、しばらく相手のものです。
聞き手は、その話題を一時的に預かっています。
そこに自分の経験を足すことはできます。
しかし、預かった話を勝手に自分の物へ変えてはいけません。人の話を遮って、自分語りをして気持ちよくなるのは論外なわけです。
パラレルトークが不快なのは、話す時間を奪われるからだけではありません。
自分が大切に持ってきた経験を、相手の自分語りの材料にされたように感じるからです。
Q太郎の父も、悪意があってやっているわけではないと思います。基本、思い付きでやっていて、そこまでいろいろ考えていないだけですね。その場の気分で動いているだけとは思います。
そんな感じで、パラレルトークは無意識でやりがちなわけです。
自分の経験を話せば、相手にも役立つ。似た話をすれば、会話が盛り上がる。
そのつもりなのでしょう。
だからパラレルトークをやめるために必要なのは、いま、この話題を誰が持っているのかを考えることです。相手から話し始めたら、少なくとも自分ではない。
自分の体験を話したくなったら、その前に相手へ一度返す。
相手がまだ話したそうなら、もう一度返す。
そして相手の話が終わってから、自分の話を差し出す。
会話は、二人が同じ量だけ話せば成功するものではありません。
自分が話したい時間と、相手が話したい時間を、お互いに尊重できることです。
前回も言いましたが、聞き上手とは、相づちをたくさん打つ人でも、気の利いた体験談を返す人でもありません。
相手が渡した話を奪わず、いったん最後まで持っていられる人です。
自分の話は、次の機会でもできます。
しかし相手が、いま話そうとしていた気持ちは、話題を奪われた瞬間に引っ込んでしまうかもしれません。
会話で大切なのは、自分の言いたい事をどれだけ言えたか、経験を何個出せたかではありません。
相手が持ってきた話を、相手のものとして返せたかどうかとは思います。隠し持っていた自分のボールを突然投げ返さないことですね。
皆さんは、つい相手の話を自分の体験談へ変えてしまうことがありますか。
また、話している途中で話題を奪われた経験があれば、コメント欄から教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
