その値段、本当に正しい?|プロも気づけないアンカリング

高い買い物のあと、なぜ財布のひもが緩むのか|「あと少し」が出費を増やす
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。車や住宅の大きな契約では、普段なら迷う五万円のオプションが、小さな追加に見えることがあります。財布から出ていく金額は同じなのに、隣の大きな数字が価格感覚を変えてしまうからです。今回は、近...

こんなコメントをいただきました。

「似たような話で、『オプション』がありますね。例えば車とか住宅とか本体の価格がそれなりにするもののオプションに数万円から数十万円程度を費やすことに抵抗がなくなる。本体価格に引っ張られて感覚が麻痺してしまうんですね。これも脳の構造上不可避な部分はあるんでしょうけど、絶対額で見る視点も一方では必要ですよね。」

とのことです。ありがとうございます。

これは、本体を買うときと、それだけを買うときで、お金の感覚が変わるという話ですね。

普段なら5万円の買い物にかなり悩む人でも、何百万円という契約の途中では、あと5万円なら付けておこうと思ってしまう。

財布から出ていく5万円は同じです。

ただ、その隣に大きな数字があることで、相対的に小さく感じられるわけです。例えば車が300万円だったら、オプションの5万円のカーステレオぐらいつけてもいいかみたいな気分になるわけですね。5万円だけで考えると高いのですが、隣に300万円という数字があるので気にならなくなるわけです。

それで以前、90%OFFのゲームについて、得した金額より、実際に払う金額を見たほうがいいという話をしました。

では、その仕組みを知っていれば、我々は冷静に値段を判断できるのでしょうか。

今回の少し怖いところは、自分は影響を受けていないと思っているときにも、判断が動いてしまうことです。無意識で、比較対象に判断がひっぱられてしまうのですね。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「その値段を、本当に自分で決めているのか」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、近くにある値段を物差しにすること。

二つ目、プロでも気づかない価格の影響。

三つ目、過去の自分まで物差しになることです。

最後に、自分の価格感覚とどう付き合うか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・近くの数字が物差しになる

それでは一つ目、近くにある値段を物差しにすることです。

今回も、ダン・アリエリーさんとジェフ・クライスラーさんの著書「無料より安いものもある お金の行動経済学」をもとに考えます。

人は、その商品だけを見て、いくら払うのが妥当かを決めるのが苦手です。

人の脳は比較でものを考えるので、絶対値でいくらかは、そもそもわからないのですね。

そこで、近くにある分かりやすい数字と比べます。

一番わかりやすいのは「定価」ですね。目の前にありますからね。その次は、隣の商品とか、過去の自分の買い物経験だったりします。

最初に示された数字などが判断の足場となり、その後の見積もりを引っぱることを、アンカリングと呼びます。最初に示された数字が基準点、アンカーになるのですね。

大きな買い物の最中に、追加の5万円が気軽に見える場面にも、比較の基準が動くという問題があります。

仮に、新しいパソコンを買うとき、周辺機器をあれもこれも追加するとします。

本体が高いので、数千円の追加は小さく見えます。

ところが、翌日、別の店で同じ数千円の物を見たら、高いなと思うかもしれません。

昨日の数千円は、本体価格と比べていました。

今日の数千円は、普段の自分の買い物と比べています。

商品の値段が変わらなくても、比較する相手が変わると、払ってよいと感じる金額も変わるのですね。

9,800円のゲームが、90%OFFで980円になっている場合も、近くにある9,800円という定価が比較材料になります。

本来、考えるべきは980円か0円、つまり買わないかですね。

買わなければ、その980円は別の事に使えます。これを機会費用といいます。980円を使うことによって失われる、未来の可能性ですね。そのため、ここで考えるべきことは、980円を使うべきかどうかなのです。

それなのに、本来比較すべき0円と980円ではなくて、定価の9,800円と980円を比べてしまうわけです。

最近のゲームは1万円近くで結構高いのが多いですが、基本的にゲームは、発売日に定価で売られることはほとんどありません。だいたい割引価格で販売されることがほとんどです。つまり業者がアンカリングとして定価を使っているのですね。

よく芸能人とかが、自分の家をすごい高い値段で売ることがありますが、あれもアンカリングの一種です。その値段で売れることはまず無いのは、売り手もわかっています。しかし最初に高い値段を出して、あとで値段を落とせば、仮に周辺の相場よりも高かったとしても、お得に感じてしまうわけです。

そして高い値段を最初に出すことでアンカーをつくり、いかにもその物件には価値があるというような錯覚を起こさせることができるわけですね。美術品も、結構こういうやり方が多いように思われます。

・二つ目・プロも自分では気づかない

それでは二つ目、プロでも気づかない価格の影響です。

ここまでは、比較に気をつければよい話に聞こえます。

ただ、気をつけているつもりの自分を、どこまで信用してよいのでしょうか。

本書では、不動産の価格判断に関する実験が紹介されています。

不動産の専門家たちが、物件や周辺の情報を与えられ、価格を見積もります。

そこで研究者が変えたのが、資料に記された希望販売価格でした。

物件を評価するための材料は同じでも、見せられた希望販売価格が高いと、専門家たちの見積もりも高くなったのです。

普通は周辺の物件とか、物件の状態とかから査定額を出すわけで、売り手がいくらで売りたいかは、基本的には関係なのですね。売り手は好き勝手な値段をいいますからね。

それで、そういう好き勝手な値段を無視して、冷静に査定ができるのがプロのはずなのですが、実際にはそうではなかったわけです。希望販売価格にひっぱられていたわけですね。

さらに面白いのはここからです。なんと専門家の81%が、「希望販売価格はまったく考慮しなかった」と答えていたわけです。ところが実際は、希望販売価格が大きくなれば、査定額も大きくなるという相関があったわけで、本来は関係の無い希望販売価格に、無意識にひっぱられているわけです。プロでもこんな状態なのですね。それだけアンカリングは強いわけです。

プロでもそうなら、我々が買い物の途中で、何の影響も受けずに判断していますと言い切るのは、なかなか難しいでしょう。

仕組みを知ったから、もう引っかからない。

そこまで自信を持たないほうがよさそうです。脳は無意識で比較をしてしまうのですね。

それと、プロと一般人の不動産価格の査定ですが、この実験は一般人を対象にも行われました。

それでプロの場合は一般人に比べて、希望販売価格が上がったときの査定価格の上がり方が半分ぐらいだったというのがあります。一般人ほど大きな影響は受けないということですね。ただそれでもやはり、影響を受けているわけです。

人間の脳がいかにいい加減かというのは、マサチューセッツ工科大学の学生を対象にした実験でも証明されています。なんかいつも実験材料にされていますね。数字に強いやつらが、こんな間抜けな判断をしているということに、説得力を持たせるためでしょうかね。

それでMITの学生に、自分の持っている社会保障番号の下2桁の数字を書いてもらいます。例えば下2桁が54だったら「54ドルでキーボードを買いますか?」と質問するのですね。そのあとで、「いくらまでなら出せますか?」と質問するわけです。

すると、本来まったく何の関係もない社会保障番号の下2桁の数字が大きい人ほど、出せる金額が大きくなっていたのですね。ガチでまったく関係のない社会保障番号が、値段のアンカリングに使われてしまっているわけです。

これが人間の脳のいい加減さであって、いかに近くのものと比較して楽したいかということですね。MITの学生でもこれなのです。

・三つ目・過去の自分についていく

それでは三つ目、過去の自分まで物差しになることです。

売り手が示した定価を疑えば、それで終わりというわけでもありません。

自分の過去の行動が、次の行動の基準になることもあります。

「自己ハーディング」と呼ばれる考え方です。

たとえば、初めて一杯500円のコーヒーを買うときには、少し迷ったとします。

「コーヒーごときに500円は高いな。コンビニで買ったら100円やん」とか思うわけですね。

ところが、一度でもスタバとかに行って、500円のコーヒーを買ってしまうと、次は、前にも買った値段だからと、払いやすくなっていくわけです。過去に払った値段がアンカーになっているのですね。

そして人間は間違いを認めたくない生き物です。500円も払ってコービーを買ったという愚行を認めたくないのですね。それでそれを正当化するわけです。

つまり「コーヒーに500円を払ってもいい」という気分になっていくわけです。それを否定すると、過去の自分を否定することになりますしね。

何度か買っているうちに、自分は一杯500円のコーヒーを飲むのは当たり前という感覚にもなってきます。

毎回、自分にとって500円の価値があるかを調べ直しているわけではありません。

以前の自分が払ったという事実、そしてそれを否定したくないという気持ちが、今の支出を支えるのです。

もちろん、以前飲んでおいしかったから、また買うなら、経験を参考にした判断です。

気をつけたいのは、以前買ったこと自体を、正しい値段の証拠にしてしまうことです。

最初に払った理由は、たまたまそこしか店がなかったからかもしれません。

人と一緒だったので、あまり考えず注文したのかもしれません。

それでも、自分が選んだものという形で残ると、次の自分が、そこへついていきます。

最初の一回は偶然でも、その後の習慣を作ってしまうわけです。

高い買い物を続けていると、その価格帯が自分にとって普通になります。これが生活レベルを上げるということですね。その価格帯を正当化するわけです。

その価格に疑問を持つことが、過去の自分の選択を否定するように感じられるわけです。

推し活もこういう面がありますね。

例えば1個2,000円のキーホルダーを買ってしまった。キーホルダーごときに2,000円は高いですが、一度買ってしまうと、その自分の判断を否定したくないのですね。だから今後もそれが正当な値段だと思って、買い続けてしまうわけです。

しかし、過去に買ったことと、今も買いたいことは別です。

売り手が置いた物差しを外しても、自分の中へ取り込んだ物差しが残っている。

お金の感覚を見直すときには、自分の中にあるアンカーに目を向ける必要があり、場合によっては否定する勇気が必要になるのだと思います。「自己ハーディングを否定する勇気」ですね。

・まとめ・Q太郎の見立て

最後に、自分の価格感覚とどう付き合うか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

我々は、自分の買い物を、自分で判断していると思っています。

しかし、その判断に使った比較対象まで、自分で選んだとはかぎりません。

売り手が示した定価。隣に並べられた高額商品。そして、過去にお金を払った自分。

そういうものが、気づかないうちに、今の値段の感覚を作っています。

とくに定価や、そのまわりに置いている物は、業者側がコントロールしていますしね。買い手はそれに誘導されているわけです。

不動産のプロでも無意識でひっかかってしまい、それにもかかわらず「影響されていない」と言い張りますし、MITの学生でもまったく関係の無い社会保障番号にひきずられますので、自分の感覚には、無意識に比較対象による影響が入ってくると考えておくほうが、現実的だと思います。

それで影響をやわらげるやり方としては、つねに0円を比較対象にすることですね。

たとえばオプションの5万円も、0円か5万円かで考える。

この機能だけを、今日5万円で買いたいだろうか。5万円あったら、もっと別の事に使えるんじゃないかという話ですね。

いつもの500円のコーヒーも、0円と比較する。この一杯へ500円を払いたいだろうか。500円で本を買った方が良いのではないだろうか。機会費用を考えるのですね。

そう聞き直しても欲しいなら、買えばいいのです。

ただ、前にも払ったから、定価より安いから、本体に比べれば小さいからという理由だけで、今の支出を決めない。そこを比較のアンカーにしない。

売り手の価格も、過去の自分も、いつでも正しい物差しとはかぎりません。

自分で選ぶというのは、その物差しを、ときどき選び直すことでもあるのでしょう。

皆さんには、初めは高いと思ったのに、いつの間にか普通になった支出がありますか。

よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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