
こんなコメントをいただきました。
「投資はその時の相場の流れとかがあるので、大きく儲けた人は運要素が大きいのに、自分の実力と勘違いしている人は多いですね」
とのことです。ありがとうございます。
そういうのはありますね。
投資を始めて、数年経って証券口座を開くと、資産が増えています。最初は半信半疑で買った投資信託も、しっかり含み益が出ている。
すると、少しずつ気分が変わってきます。
「やっぱり、あのとき投資を始めて正解だった」
ここまではよいと思います。実際に口座の数字は増えています。
しかし、その次に、
「自分は投資の判断がうまいのではないか」
となると、少し話が変わります。
投資を始めた時期がよかったのかもしれません。たまたま買った後に、相場全体が上がったのかもしれません。同じ商品を選んでも、別の時期に始めた人は、まだ損をしているかもしれません。
もちろん、何もしなかった人と違って、自分で調べて、口座を作って、お金を入れた。その判断は自分のものです。
ただ、買った後に相場が上がったところまで、全部自分の手柄なのかといえば、そこは結構微妙なところです。
そもそも市場なんて他人任せですしね。それにも関わらず、相場が下がれば「市場が悪い」。上がれば「自分の判断が正しかった」。
ダメ上司でよくある、「手柄は全部自分のもの。問題があったら部下のせい」みたいなやつですね。普通に考えて最悪な野郎です。
そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。
今回は「資産が増えたのは、自分が優秀だったからか」を深掘りしていきます。
・三つの話
今日は大きく三つ話します。
一つ目、相場が上がると何を自分の手柄にしたくなるのか。
二つ目、結果と判断をどう分けて見るか。
三つ目、資産が増えたあとに何が起きるかです。
最後に、追い風の中で自分の実力をどう考えるか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。
・一つ目・追い風まで自分の手柄にする
それでは一つ目、相場が上がるとなぜ自分の手柄にしたくなるのかです。いわゆる、「手柄は全部自分のもの。問題があったら部下のせい」のダメ上司ムーブです。客観的に見ればクソ野郎ですが、案外気づかずにやっている場合があります。
たとえば自転車で長い坂を上っているときに、後ろから強い風が吹いたとします。
ペダルをこいでいるのは自分です。目的地を決めたのも自分です。途中で降りずに走ったのも自分です。
しかし、進む速度が急に上がったのは、追い風のおかげでもあります。
ここで「前より速く走れた。自分の脚力が上がった」と言い切ると、風の分まで脚力へ入れてしまいます。
投資でも似たことが起こります。
上昇相場で資産が増えれば、投資を始めた決断、商品を選んだ判断、値下がりしても売らなかった我慢が、すべて正しかったように見えます。
実際、その中には、よい判断もあったでしょう。
ただ、相場全体が上がった分まで、自分の腕前へ足してしまいがちです。さっきのダメ上司の例で言えば、部下たちも頑張っているのに、最終的な手柄をぜんぶ自分のものにしてしまうのですね。
たとえば、値動きの大きい商品をたくさん持っていた人が、上昇相場で大きな利益を出したとします。
本人は、「リスクを取った自分が正しかった」と思うかもしれません。
その見方も、一部は正しいです。
しかし、同じリスクを取って、最初に大きく下がる相場へ入っていたら、どうなっていたでしょうか。
そのときも「自分の判断は優秀だった」と言えるかどうか。
利益だけを見て実力を測ると、ここが抜けます。
この前の動画で、「お金持ちの共通点を見るなら、成功しなかった人も見なければならない」という話をしました。
今回も少し似ています。
見えているのは、投資を始めて資産が増えた現在の自分です。
しかし、同じ時期に別の商品を選んだ自分も、別の時期に始めた自分も、現実にはいません。
その見えない自分と比べることができないまま、今の結果だけを見て「実力だ」と言っているのですね。
いろいろなファクターが噛み合った結果なのに、相場がよかったこととか、運がよかったこととかは、無視してしまうわけです。それで全部自分の実力で、自分の手柄です。部下が頑張った事を無視しているのとおなじですね。
・二つ目・よい結果とよい判断は違う
二つ目、結果と判断をどう分けて見るかです。
投資で儲かったなら、判断も正しかった。
これは分かりやすい考え方です。
ただ、正しい判断をしても損をすることがあります。危うい判断をしても、儲かることがあります。
たとえば、生活費まで一つの商品へ入れた人が、たまたま大きく儲かったとします。
結果だけ見れば大成功です。それで、したり顔で、「現金なんて持っていても意味がない」とか言い出します。信用取引をしていたのであれば、「レバレッジをかけないと意味が無い」とか言い出すわけですね。
しかし、値下がりすれば生活が危うくなるお金まで投じた判断を、利益が出たから正解だと言ってよいのでしょうか。
逆に、余裕資金で分散して投資を始めた人が、その直後に相場の下落を経験したとします。
口座は赤字です。
投資した結果は悪かったですが、しかし、その人の判断が、先ほどの人より劣っていたとは限りません。
この2人を、口座の数字だけで比べれば、前者が優秀で、後者が失敗者になります。
これは単に、「いくら儲かったか」だけを見て、「危険を避けられたのか」を見ていないのですね。以前の動画でも言った、「人間は「無い」ものを想像しづらい」という脳の構造の問題もあります。
それでQ太郎は、ここで一つ考えたいのです。
「もし結果が反対だったとしても、その判断を自分で引き受けられるか」
大きく儲かった投資が、同じくらい大きく下がっていたらどうでしょう。
それでも生活は続けられたか。慌てて売らずにいられたか。家族との暮らしまで壊さずに済んだか。
結果がよかったから、考えなくてよくなっただけの問題はないでしょうか。
もちろん、これで自分の投資能力を正確に測れるわけではありません。
ただ、たまたま点が入っただけかもしれないシュートを、「自分はいつでも決められる」と思い込むよりは、冷静になれます。
成功から学ぶのはよいことです。
しかし「利益が出た」という一つの事実だけから、どこまでを自分の判断の成果と呼べるのかは、簡単には決められません。
だからQ太郎は、バケツ戦略を使うなどして、いま見えていないリスクに備えておく必要があるとは思っています。Q太郎的には、「買った後に落ちたけど、分散していたので全体的なダメージは少ない」という人のほうが、「全額使って大きく儲けた」という人よりは、はるかに優秀だと思います。
少なくとも、失敗するというパターンに対する想像力があるのですね。全ツッパする人は、完全にその想像力が抜け落ちているわけです。ある意味、ギャンブル脳とも言えます。
投資の実力と言うのは、やはりリスクコントロール能力の高さですね。ウォーレン・バフェット氏も、このリスクコントロール能力がかなり高いです。場合によっては、ポジションを外して現金をたっぷり持ちますしね。
・三つ目・増えた資産が態度を変える
三つ目、資産が増えたあとに何が起きるかです。
口座の数字が増えること自体は、うれしい話です。
問題は、その数字が自分への評価に変わってしまうことです。
「自分は資産形成のやり方を分かっている」
「まだ投資していない人は、勉強が足りない」
「損をしている人は、判断が悪かったのだろう」
だんだん、そんなふうに見え始めます。「手柄は全部自分のもの」の、ダメ上司ムーブがはじまるわけです。
自分の資産が増えた理由の中には、買い始めた年、続いた上昇相場、生活の事情が重なって、売らずに済んだことなど、自分だけでは動かせないものもあります。つまり「部下たちの働き」ですね。
損をした人にも、本人には選べなかった事情があるかもしれません。
急な出費が必要になり、安いときに売らなければならなかった。投資を始めた直後に下落した。家庭の事情で、追加資金を入れる余裕がなかった。
自分がよい結果を得たからといって、違う結果になった人の判断まで、上から採点できるわけではありません。
基本的に上昇相場は、人を賢くするより、賢くなった気分にさせることがあります。これがあまりよろしくない。
相場が強いあいだは、少々雑な判断でも、口座の数字が褒めてくれます。デイトレードしても案外勝てます。
そんな状況が続くと、だんだん自分の判断へ疑いを持たなくなります。
それで、以前より大きなお金を入れる。リスクの高い商品にも手を広げる。人にも勧める。
利益が増えたことより、こちらの変化のほうが、Q太郎は怖いと思います。
資産が増えたのに、失敗に近づいていくことがあるからです。映画や漫画でこういう場面が出てきたら、完全にこのあと没落するフラグです。
ここでの問題は、リスクコントロールがだんだんと雑になっていくことなのですね。
何を買うか。どのくらい買うか。生活費を残すか。下がったときに続けられるか。
自分で考え、選べる部分はあります。
だから、自分がした判断を消して、すべて相場の手柄にする必要もありません。
ただ、結果のすべてを自分の実力だと思わない。「部下の努力」にも目を向ける。成功したら、「運が良かったです」「皆さんのおかげです」「相場がよかったです」と謙虚かつ俯瞰した目線を取りつつ、リスクコントロールを雑にしない。
そのくらいの距離を置いたほうが、次の相場でも判断しやすいと思います。
・まとめ・追い風の中では脚力を測れない
最後に、追い風の中で自分の実力をどう考えるか、Q太郎なりの見立てを置きます。
資産が増えたら、うれしがってよいと思います。
自分で調べ、決めて、買い、続けたことも、自分の仕事です。
ただ、増えた金額を、そのまま自分の優秀さへ換算しないほうがよい。
追い風の中で速く走れたことと、脚力が上がったことは、別です。
本当に怖いのは、風に押されて速く走れた人が、自分の脚力を信じて、次の下り坂で「ブレーキ」という名の「リスクコントロール」を外してしまうことです。
資産が増えたから、もっと大きなリスクを取れる。もっと難しい商品も理解できる。人にも教えられる。
そうやって、相場から受け取った利益を、自分の能力証明書に変えてしまう。
Q太郎は、その証明書を、相場は発行していないと思います。
口座に表示されているのは、資産の現在地です。
そこには、自分の判断も、世の中の景気も、始めた時期も、運も混ざっています。
どこからどこまでが自分の手柄なのか、きれいに分けることは難しい。
だからこそ、利益を喜びながらも、実力については少し保留にしておく。
「自分は正しかった」ではなく、「自分の判断と、よい相場が重なった」。
ちゃんと部下を評価し、全部自分の手柄にするダメ上司にならないように気を付ける必要があるとQ太郎は思います。
皆さんは、投資がうまくいったとき、どの部分を自分の判断のおかげだと感じましたか。逆に、あとから「相場に助けられていた」と気づいた経験はあるでしょうか。よろしければコメント欄で教えてください。全部読ませていただいています。
数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。
ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。
