老後は「便利」を削りすぎてはいけない|節約で生活の自由を失う人

【老後の節約】便利を削ると自由まで失う|生活費を下げすぎる落とし穴
【毎日17時更新中!】たまに午前中にも追加投稿します。老後は固定費を減らしたほうがよいと言われます。しかし、バス、タクシー、配送、冷暖房、通信環境などは、単なる無駄ではなく、外出や買い物、自立した暮らしを支える支出でもあります。今回は、便利...

こんなコメントをいただきました。

「老後の生活費ですが、下手に下げると生活自体困難になります。老後はあまり節約しすぎない方がいいとは思いますね」

とのことです。ありがとうございます。

老後は収入が減るので、固定費を減らしたほうがいい。

これは、資産形成や老後生活でよく言われることです。

使っていないサブスクを解約する。重複した保険を整理する。ほとんど乗らない車を手放す。

毎月自動的に出ていくお金を減らせば、生活費は下がります。

基本的には、Q太郎もその通りだと思います。不必要な出費は減らしたほうがいいとは思います。

しかし固定費や日常的な支出の中には、単なる無駄ではなく、生活の自由を維持するためのお金もあります。

通信費、車、バス、タクシー、宅配、冷暖房、家事代行。

これらを数字だけ見て削ると、支出は減っても、できることまで減ってしまいます。

若いころは、お金を使わず、自分の体力で解決できました。

歩く。重い荷物を運ぶ。何軒も店を回る。暑くても寒くても我慢する。

しかし年齢を重ねると、同じ節約へ必要な体力が大きくなります。

年間数万円を守るために、外出しなくなる。買い物へ行かなくなる。家族へ送り迎えを頼むようになる。

家計簿の数字は改善しても、生活の自由は失われています。

そんなわけで、ようこそ、Q太郎のお金の哲学へ。お金に飲み込まれないための生存戦略を独自の視点で解説します。

今回は「老後は便利を削りすぎてはいけない」を深掘りしていきます。

・三つの話

今日は大きく三つ話します。

一つ目、便利への支出で何を買っているのか。

二つ目、体力で支払う節約の落とし穴。

三つ目、削るべき便利と残すべき便利の見分け方です。

最後に、老後のお金は何のために使うのか、Q太郎なりの見立てを置いて終わります。

・一つ目・便利への支出で何を買っているのか

それでは一つ目、便利への支出で何を買っているのかです。

Q太郎の両親は、以前、最寄り駅まで歩いていました。歩いて15分ぐらいですね。

しかし近年は、バスを使うようになりました。料金は1回200円ほどです。

以前は歩けた距離に200円を払う。

節約だけを考えるなら、もったいない支出に見えるかもしれません。

往復すれば400円です。2人で出かければ800円になります。

しかし、駅へ着くまでに疲れてしまえば、その先へ出かけること自体が面倒になります。

駅まで歩けるかどうかを毎回考えなければならないなら、外出の回数も減っていくでしょう。

バス代として払っている200円は、数キロ移動することだけへの代金ではありません。

その先まで出かける体力を残し、外出の選択肢を維持するためのお金でもあります。

国土交通省の調査でも、移動手段が減って困ることとして、高齢者ほど買い物や通院を挙げる傾向が強く、公共交通の重要性が高くなっています。

それとQ太郎の両親は、以前は最寄りのイオンへも歩いていましたが、これも現在はバスを使っています。こちらも片道200円ですね。

バスを使えば、自分で店へ行き、自分の目で商品を見て、自分で選ぶことができます。

これは単に、楽をしているのではありません。

自分で生活を動かす力を、バス代によって維持しているのです。イオンの中も結構歩く必要がありますしね。

老後の支出を考えるときには、こうした便利へ繰り返し払うお金も同じように検討する必要があります。

毎月いくら出ていくかだけでなく、そのお金によって何ができているかを見るのですね。

・二つ目・体力で支払う節約

それでは二つ目、体力で支払う節約の落とし穴です。

Q太郎の両親は、買い物をしたあと、配送サービスを使っています。数百円で購入品を自宅まで送ってもらえるのですね。

自分で持って帰れば、お金はかかりませんが、実際には体力で払っています。

重い荷物を持って歩く疲労や、転倒する危険、買い物へ行くことへの心理的な負担もあります。とくにお米とか重い物は、サービスを使わないとかなり大変なことになります。

数百円を惜しんで買い物自体が嫌になれば、まったく割に合いません。

配送サービスへお金を払っているように見えますが、本当に買っているのは、自分で買い物を続けられる生活です。

普段から必要な食品や日用品をまとめて買うのであれば、数百円で重い荷物を運んでもらえるのは、かなり費用対効果の高い支出だと思います。

ここで、「健康のためには歩いたほうがよい」と考える人もいるでしょう。

歩くことは重要です。

しかし運動のために歩くことと、生活するために必ず歩かなければならないことは別です。

散歩なら、疲れたところで引き返せます。天気が悪ければ、別の日に変更できます。

買い物は、買った荷物を持って帰らなければなりません。通院なら、疲れたから今日はやめようというわけにもいきません。

運動と生活上の移動を全部一緒にすると、疲れた日に生活そのものが止まります。これが一番まずいですね。

高齢になっても、何でも自分の体でやることが自立なのではありません。

道具やサービスを使いながら、自分で行き先や買う物を決め、自分の生活を動かせることも自立です。

・三つ目・役割のない支出を削る

それでは三つ目、削るべき便利と残すべき便利の見分け方です。

便利な物をすべて残せばよい、という話ではありません。

使っていない動画配信サービス。読んでいない読み放題サービス。補償内容が重複している保険。ほとんど乗らず、公共交通で十分なのに所有している車。

こうした支出は、生活の中で役割を失っています。

役割のない固定費は、整理したほうがよいでしょう。

ちなみにQ太郎は車を早めに処分したので、結構快適です。ガソリン入れたり、掃除をしたり、冬にフロントガラスの氷を溶かしたりみたいな作業がいっさいなくなりましたしね。車が必要な地域なら仕方がないですが、そうでない場合は一考してみるのもいいとは思います。いつまでも運転できるわけでもありませんしね。

ちなみにQ太郎の父は、通院はタクシーを使っています。車の平均維持費は、月額換算で約2万5,000円から4万5,000円と言われていますので、月に1、2回通院するだけだったら、車を持つより、タクシーを使った方が安いし安心ですね。

一方で、定期的に使うバス、買い物の配送、適切な冷暖房、家族や友人と連絡を取るための通信環境などは、金額だけで判断できません。

判断するときには、その支出をやめたあとを想像します。

やめても生活がほとんど変わらないなら、削減候補です。

やめることで外出しなくなる。買い物が難しくなる。人との連絡が減る。家族へ頼むことが増える。

そうなるなら、その支出には生活上の役割があります。

とくに注意したいのが、家族の労力への付け替えです。とくに家族を無料の労働力のように考えてしまう人がいます。

タクシー代を節約するために、毎回子どもへ送迎を頼む。

配送代を節約するために、家族へ買い物を頼む。

家計簿から費用は消えますが、家族の時間と手間は増えています。言い換えれば、家族の労働力と時間を搾取しているわけです。自分はいいかもしれませんが、家族が迷惑なのですね。

業者に頼むのはいいのです。対価としてお金を払っているのですから。でも家族となると、なんか無料の労働力として見てしまう。自分が得したり楽するために、家族を苦労させているわけです。簡単にできるちょっとしたことぐらいならいいのですが、業者レベルのやたらと面倒なことを頼んだり、長時間拘束するようなことを頼んだりは考えたほうがいいでしょう。

Q太郎の父は、この手のムーブをよくかましてくるので、車を手放したのもある意味よかったのかもしれません。車があったら、なんか用事を言いつけられたりしますしね。車が無ければ、「車が無いので無理です」って簡単に断れますしね。

そんなわけで、必要なのは、固定費を最小にすることではありません。

自分の生活を維持するために必要な支出を残し、役割のない支出を取り除くことです。

そして、自分が得をしたり、楽をしたりするために、人を苦労させるようなことをしない。ジョジョの奇妙な冒険でいうところの「吐き気を催す邪悪」ですね。

・Q太郎の見立て・老後のお金は体力を補うためにある

ここからは、Q太郎なりの見立てです。

Q太郎は、老後のお金には、若いころに自分の体でやっていたことを、少しずつ外部へ任せる役割があると思っています。

歩いていた距離をバスに任せる。自分で運んでいた荷物を配送に任せる。難しくなった家事をサービスへ任せる。

できるのならいいのですが、そうでなければ無理をしないほうがいい。

これは、自分で生きることを放棄しているのではありません。

できなくなった部分だけをお金で補いながら、自分で生活を続けるための方法です。

家事については、生活を小さくしていくことも考えたほうがいいですね。高い樹木だらけの大きすぎる庭とかも、老後に自分で管理ができなくなるので、伐採などして管理できる大きさにしておくとかですね。管理コスト自体を減らすことです。

若いころは、時間や体力を使ってお金を守ることができました。

しかし年齢を重ねたあとも同じ節約を続ければ、今度はお金を守るために、残された体力や自由を使うことになります。

それでは、何のために老後資金を貯めてきたのか分かりません。

固定費とは、毎月自動的に奪われるお金だけではありません。

毎月お金を払うことで、自動的に維持されている自由もあります。

便利へ払うお金も同じです。

バス代の200円や配送代の数百円を削れば、その日の支出は減ります。

しかし、そのお金によって外出でき、自分で買い物ができ、自分の生活を自分で動かせるなら、数字以上のものを買っています。

老後の節約で目指すべきなのは、最も安い生活ではありません。

少ない負担で、自分の生活を自分で動かせる状態です。

削るべきなのは、役割のない支出です。これはいくらでも削っていいとは思います。

しかし自分の自由を支えている支出まで、無駄と呼んで削る必要はないわけです。

皆さんは、以前は自分でしていたけれど、現在はお金を払って任せていることがありますか。

また、削らなくてよかった便利な支出があれば、コメント欄から教えてください。全部読ませていただいています。

数字を味方に。そして、誰の欲望でもない自分の人生を、自分の手で耕していきましょう。

ではまた、Q太郎でした。この動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録をよろしくお願いいたします。

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